goo blog サービス終了のお知らせ 

純丘曜彰 Teruaki Georges SUMIOKA のメモ

昨今の動向、気になったニュースなど

ブギウギは鉄道から

2023-10-30 06:01:00 | 日記
いま、朝ドラで笠置シズ子をモデルに『ブギウギ』をやってる。1947年、『東京ブギウギ』が大ヒット。作曲した服部良一は、電車の音から思いついた、などと言っているが、これは後付けのウソ。手柄を自分のもののように騙るやつは嫌いだ。すでに米軍キャンプでブギウギが当然のように演奏されていた。
 
とはいえ、米国で、どこからブギウギが出てきたか、というと、やはり鉄道が関係している。音楽的には、ブギは、シャッフルの入ったベースリフ(定型)を特徴とし、コード進行もⅠVⅣI(CFGC)の繰り返し。つまり、黒人音楽ながら、アドリブを聞かせるジャズと違って、あくまでダンスのためのもの。
 
南北戦争の後、奴隷から解放された黒人たちは、荒廃した南部から北部へ。戦時の移送の都合もあって、おりしもちょうど蒸気船や鉄道など、北部と南部をつなぐ交通網が整備され、彼らはこらに乗って、ニューオリンズからミシシッピ川を遡り、内陸にできたばかりのテキサス州の新都ダラスをめざした。そして、彼らは開拓のための白人たちの伐採製材キャンプに飛び込んで、即興で娯楽を提供。
 
とはいえ、彼らはプロのミュージシャンではなく、くわえて、白も、黒も、たがいに方言が強く、言葉も通じなかっただろう。それ以前から、白人が顔を靴墨で黒く塗り、バカな黒人たちを演じて笑わすスラップスティックな音楽劇「ミンストレルショー」が人気だったが、南部から来た彼らはこれを地で上演じ、線路の継ぎ目音や工作作業の機械音のように繰り返しだらけのブギウギを演奏して、人気になった。
 
いまなら、差別的、と問題になっただろうが、白人の方だって、戦争に負けて落ちぶれて、こんな辺境に流れてきた連中だ。だから、ここでは、白も黒もなく、奇妙にもカントリーミュージックとしてブギウギが完成していく。後に、プレスリーがミシシッピやテネシーで、ロックンロールを体得するのも、こういう不思議な融合があればこそ。
 
本国では陰湿で峻厳な人種差別が続いていたが、黒人や下層白人が多かった米軍キャンプでは、白だ黒だと言っている余裕などなく、みんなで踊れるブギウギは大人気だった。日本側も似たようなもので、軍隊は出身地方別に編成されていたが、引き上げ者や集団就職でさまざまな地方の人々が集まる東京や大阪などの都会では、言葉以前に、共通の話題にも欠ける。とりあえずいま生きて、きょうここにいることを喜んで踊り明かすブギは、多くの人々に受け入れられた。

文明の転換点:イスラエルの国際戦略

2023-10-28 13:41:00 | 日記

/ガザ侵略の背景には、ユダヤ系富裕層が国際支配を確立した金融資本主義による重化学工業産業革命の終焉、農業とエネルギーという人間生存の基本資源への世界的な回帰という、もっと大きな文明論的転換の問題が潜んでいる。/

世界が不安定だ。だが、それは、たんなる地政学上の、小さな土地の奪い合いが原因ではない。背景には文明の転換に伴う、もっと大きな問題が潜んでいる。つまり、ユダヤ系富裕層が国際支配を確立した金融資本主義による重化学産業革命の終焉であり、農業とエネルギーという人間生存の基本資源への世界的な回帰だ。

現代において「ユダヤ人」と言っているものからして、かなり疑わしい。ドイツナチスのホロコースト以前に、等しく「ユダヤ人」と呼ばれた人々においても、地域貧困層と、国際富裕層と大きな亀裂があり、第二次戦前に反ユダヤ主義がはびこる元凶となったのは後者の政治文化的な専横支配であるにもかかわらず、その敵意憎悪は地域のユダヤ系貧困層に向けられ、あの狂気の虐殺を引き起こすことになった。

そもそもそのナチスにしても、「ユダヤ人」を身体的特徴で人種として定義することができなかった。白から黒まで多様で、信仰に関しても、すでに何代も前にキリスト教に転向してしまっている一家の者も多かった。それで、結局のところ、父母の遠い先祖のだれか一人でもユダヤ教コミュニティに属していた者すべてが「汚れたユダヤ人」ということに。このことから逆に、現代では、実際に迫害を受けたかどうかにかかわらず、ナチスに追われる可能性があった者の子孫は、みんな「ユダヤ人」になった。つまり、現代の「ユダヤ人」は、ナチスによって逆に定義された。

だから、現代においては「ユダヤ人」であっても、ユダヤ教徒とはかぎらない。それどころか、黒い帽子に黒いスーツで、顎髭を伸ばしている戒律厳格派の世界中のガチのユダヤ教徒、「ハレーディーム(神を畏れる人々)」からすれば、人為的なイスラエル建国は神に対する越権であり、当初からむしろあの土地をパレスチナの人々に返すように主張している。このように、イスラエル問題は、宗教対立ではない。これを「野蛮」なイスラム教徒との「文明人」の戦いに擦り替えるのは、イスラエルや欧米側の人種差別的な反ムスリム主義のプロパガンダだ。

とはいえ、名ばかりの「ユダヤ人」であろうと、実際に迫害された地域貧困層はもちろん、米国などに逃れた国際富裕層にとっても、ホロコーストはあまりに強烈なトラウマとなり、奇妙にもむしろナチスの「生存圏」思想によってイスラエルを建国し、実際に周辺を侵略し拡大し続けてきた。いや、本来は、貧困層が不毛の地に入植し、これを農地として開拓する、ということで、地元のパレスチナ人たちとも融和共存できるはずだった。だが、この計画は、事実上、失敗だった。厳しい気候条件下にあって、空白だった南部はどうやっても農地にはできなかった。それゆえ、「ユダヤ」らしく、多産で爆発的に増え続ける現地貧困層の人口を支えるためには、北部ヨルダン川西岸や沿岸部のパレスチナ人がいた可住地や可農地を侵略奪取せざるをえなかった。

イスラエル国外にいる国際富裕層にしても、安泰ではない。農民や庶民が多かったユダヤ系貧困層と違って、彼らは、中世から王室御用達の資金調達係として特権的な地位にあった。そして、彼らの国際支配を決定づけたのが、対仏ナポレオン戦争だった。彼らは、各国でナショナリズム化した当時のフリーメーソンに代わって、その莫大な戦費を、敵国からさえ広く世界的に無国籍の「戦争投資博打」として吸い上げて調達してみせた。以後、アジア・アフリカの植民地侵略、その帝国主義戦争において、彼らは無くてはならない政治的存在となり、また、民生部門においても、その基幹となる重化学工業への産業革命と資本主義に対して国際金融で活躍し、さらには国民を戦闘的なナショナリズムで洗脳する新聞や映画、ラジオ、テレビなどのメディアを独占的に支配してきた。

しかし、今日、植民地拡大だの、帝国主義戦争だの、米国ですらベトナムやアフガンでも失敗し、それこそもはやイスラエルくらいしか残っていない。重化学工業も、いまさら水利ダム建設や鉄鋼石炭業、石油コンビナードでもなく、それほど巨大な国家的資本調達の必要性もなくなっている。また、新聞やテレビのような国民洗脳メディアも、インターネットの登場で、情報統制力を失っている。このため、ユダヤ系国際派富裕層は、金融とメディアに代えて、イスラエルを拠点に、今日、ITと医薬品による世界支配戦略に転換し、これらを彼らの新たな存立基盤にしようとしている。

だが、農地開拓の失敗、致命的なエネルギー不足は、ITだの医薬品だの以前に、イスラエル存立の根底を揺るがしている。農業自給率は、農地侵略と技術開発によって、かろうじて高い水準を保っているが、これももはや限界。まして、エネルギーに関しては、米国政府と一体となって中東諸国を分断することで、カネの力で石油を調達してきたものの、いま、アジア・アフリカに関しては、反英反米の中国・ロシアの金融支援がすでに確立しており、分断対立からイスラム圏復興に向かいつつある中東諸国の石油とそのオイルマネーの規模が、もはやユダヤ系の資源と資金の調達力を上回っている。くわえて、ITや医薬品に関しても、ロシアや中国、インドの技術力が劇的に向上しつつあり、かならずしもイスラエルが優位有望とは言えない。

それで、とりあえずガザ地区だ。2000年代になって、東地中海の天然ガス田が開発され、イスラエルは、米国中東政策経由での石油から、この天然ガスにエネルギー政策を一気にシフト。ガザ自治区領海をかってに横断している海底パイプラインでエジプトに送って、液化して世界に再輸出し、地球の危機の世論を煽って、環境負荷が少ないとされる天然ガスで、中露やオイルマネーから国際経済の主導権を奪い返す、などという壮大な計画だった。ところが、早くもその近々の枯渇が明らかになってしまった。一方、むしろエジプトのナイル河口沖で、はるかに巨大な天然ガス田群が発見され、むしろイスラエルはいずれエジプトなどの中東側からふたたびエネルギー供給を受けなければならない側に。

しかし、ガザ地区のすぐ沖、その領海にも、ガス田があるのがわかっている。つまり、ガザ地区侵略は、かつて東欧を侵略したナチスの主張と同様、イスラエル「生存圏」の生命線であり、国際金融と世界エネルギーを支配し続ける政策においてユダヤ系国際富裕層の存亡がかかっている。ハマス云々は、もとより口実にすぎない。そんな身勝手な話のために殺されるパレスチナ人はもちろん、彼らを殺しにいって死ぬことになる現地貧困層の若い男女イスラエル兵士たちが、あまりに哀れだ。

ところで、日本。防衛力増強だのなんだのと騒いでいるが、食料やエネルギーの自給の目途も無く、少子高齢化で国民そのものが消滅しかかっているのに、この国に、どういう将来的な国家としての国際戦略があるのか? まさか、アニメ立国、観光立国、などと、中二のガキのように浮ついたことを本気で考えているわけではあるまい?


弦楽四重奏曲の古典的構造

2023-10-23 06:01:00 | 日記
ようするに、ヴァイオリン二本、ビオラ、チェロ、というシンプルな楽器構成というだけなのだが、楽理としては、ちょっとやっかいな問題を秘めている。
 
和声というと、ヴィヴァルディ(1678~1741)が「発明」したかのように言われるが、むしろバロック音楽全体が和声の時代だった。バロックより前、ルネサンス期に、古代ギリシア悲劇を再上演しようとした際に、コロヌス(合唱)がいたのはわかっていながら、ろくに譜面が残っておらず、その歌詞しかわからない。それで、セリフの単旋律を和声化する必要を生じてできたのが、通奏低音(バッソ・コンティヌオ)。現代風に言えば、メロディラインに対して、小節単位で続く和音コードのパッド。しかし、持続音が出せる教会のオルガンならともかく、伴奏楽器としてチェンバロなどが主流になると、もっと細かくメロディラインに対して経過音を含む和音が振られるようになって、数字だらけに。
 
それで、ヴィヴァルディより前、スカルラッティ(1660~1725)が、伴奏楽器抜きでシンプルにやろうぜ、と言いだしてできたのが四重奏。それは、ヴァイオリンのメロディラインを、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの三和音で支えるもの。だから、メロディラインは、かならずしも第一ヴァイオリンではなく、フルートなどで演奏されることもあった。とはいえ、弦楽のみのシンプルで全音域的な構成は、対位法やフーガなどの古典的なポリフォニックな展開を含むソナタ形式を取り込むようになっていく。
 
かくして、通奏低音だらけのバロック時代、そして、ヘンデル、モーツァルト、ベートヴェンと、よりメロディラインが明確な、多楽器のアリア交代的シンフォニーが流行する一方で、弦楽四重奏だけは、むしろもっと古典的なポリフォニーを強く残すことになり、人気が無いうえに、そもそも技巧的にそんなものを作曲できる人がいない、という事態に陥っていく。実際、その後にもかろうじて作られた弦楽四重奏曲は、むりやりポリフォニックにするから、ソナタのくせに、第一モティーフ、第二モティーフがうまく成立せず、なにをやっているのかわからん、わざわざ聞きたいとは思わない、というようなものばかり。
 
で、なんでこんなことを調べているか、というと、20年も前、当時、できたばかりのヤマハのXG音源 MU2000 にボードをかまして、ごちゃごちゃ遊んでいたのだが、ややこしい Steinberg のCubase 6 を経て、この夏、入力も接続も簡単な一般向けの Singer Song Writer 10 を入手。音源はいまやPCに内蔵できる HALion7 や AWS。もう音源もキーボードもMIDIインターフェイスは不要だし、調整さえしっかりやってやれば、へたな演奏より、すげえ音が出る。で、ここのところ、弦楽四重奏ごっこをやってる。ソナタ形式は、もともと修辞学(演説法)の音楽への転用なので、楽理より修辞学から入った方がわかりやすい。

日本はもはや先進国ではない:似非株式会社のツケと信用収縮

2023-10-22 12:01:00 | 日記

 信用創造というと、教科書的には、銀行の小口預金の平準化によって大口融資を可能にし、実質的な通貨量、経済規模を捻出するマジックだ。しかし、戦後の高度経済成長において、日本はもっと風変わりな方法でインフレを賄ってきた。

 それは、第一に中小企業の会社成り。実態は家族経営の工場や商店にすぎないにもかかわらず、株式会社の体裁を採ることで、オーナー一族の所得税と相続税を節税(脱税)する方法。中小企業の比率そのものは、さほど他国と変わるところはないが、その資本関係は、ワンオーナーだったり、持ち合いだったり、地方の主軸企業を中心とする自覚無き迂回出資だったり。ようするに、実際の資本無しに、多くの中小企業が、資本金があるかのような数字だけのバランスシートを捏造して、経営の基盤にしてきた。これもまた「信用創造」。

 第二に、そのうえ、よく言われるように、日本の中小企業は、そんなインチキのせいで自己資本比率が低く、したがってROI(投資利益率)が低い。運転資金の大半を、あちこち複数の金融機関からの借入金で賄って、企業としての総資本を何倍にも膨らませて、手に余る規模の経営を行っている。くわえて、法人税圧縮、と称して、ムダに経費を掛け、あえての赤字経営でも、もとより株主は持ち合いだから、配当無しでもおたがいさま。一方、金融機関は固定で金利が入るから、文句を言わない。

 そして、第三に、いいかげんな売り掛け商売。まともに手形さえも切らず、半年後の決算払いのような口約束が横行。仕事はグルグル回っていて、帳簿上の数字は膨らんでいるのに、手元の現金はギリギリのカツカツ。いわゆる自転車操業だ。それでも、入る当て、払える当てはある、ということで、なんの問題も無く、どんどん仕入れして、どんどん仕事。これもまた、「信用創造」。

 ようするに、戦後の日本経済は、砂上の楼閣、どころか、幻影の城だった。経費も、人事も、実態はオーナー一族の私的商売を拡大しただけなのだから、金融機関も「社長」や家族に個人の連帯保証を打たせ、それを承知で、法外な役員報酬で豪邸その他の個人資産を蓄財しまくり、それもまた会社成りさせて、資産課税逃れ。

 これが永続できればいいが、こんな戦後型中小企業の似非株式会社も、さすがにそろそろ代替わり。息子や娘が継ぐならまだしも、それがいないとなると、社長(執行役)だけでも、だれか代わりを探さないといけない。しかし、こんな実態も利益も無い「会社」の雇われ社長なんかになるバカはいない。なんで自分が身を粉にして働いて、役立たずのくせにいつまでも会社にへばりついているオーナー一族の贅沢三昧、資産形成をやってやらんとならんといかんの? というわけ。

 それどころか、コロナに少子化、DX(デジタル化)だ。売り上げ激減のうえに、今後の経営存続には、本体事業はもちろん管理部門にも莫大な追加投資が必要。これでは、実の息子や娘でも逃げ出す。すでに資産隠しの工作が万全なら、いっそ親世代で企業破産させて全チャラにした方が話はかんたん。

 もちろん、金融機関としては、それは困る、ということで、追い貸しでもなんでも、せめて自分が支店長を代わるまでは、と言うが、これもまたしょせん口約束で、社長が死んだり、金融機関が統廃合になったりしたら、それまで。整理して、減免して、引当金で埋める。それは、まともにコツコツと小口の貯金をしてきたサラリーマンたちに金利を払わず、むしろ彼らからさまざまな手数料をふんだくって、潰れた中小企業の穴埋めに転用する、ということ。つまり、資金が実際の新規事業には回らず、オーナー一族の蓄財廃業を後押しするだけの信用収縮だ。これが、まともな金融機関のやることか?

 こうして、戦後にケタ外れの信用創造で高度経済成長を成し遂げた日本は、大きく逆回転し始めた。90年代の国際化に伴う経営透明化で、大企業は株式の持ち合いを買取や放出で整理してきたが、地方の中小企業は、どこでどう資本関係が絡んでいるのか、ぐちゃぐちゃで、だれもまともに全体像を把握していない。だから、いわゆるイモを引く状態で、どこがいつ連鎖倒産を喰らうのか、地獄の道連れ探しのあみだくじ。どこも疑心暗鬼になって、売り掛けなんて、恐くてできない。しかし、もともと現金の即日払いができるようなバランスシートではなく、資産も仕掛品ばかり。おまけに、おりからの人材不足で、その完成換金もできない。

 リフレ派は事態を懸念して通貨供給を続けるが、たんなるデフレと違って、信用収縮においては、貨幣価値が下がりつつ、流通量も減る。ようするに、みんなヤバそうで人と取引なんかできない、ということ。庶民にしても、家はもちろん、車ですらいまや予約販売で、ほんとうに現物が手に入るのかどうかも、わからない。それどころか、勤め先すら、いつどうなるか、まったく当てにならない。

 まして企業は、部品在庫ゼロのトヨタのカンバン方式など、もはやはるか遠い昔の夢のような話。いつ必需パーツの供給がストップするやも知れず、あちこちの廃業導火線にがんじがらめで戦々恐々。それで、いつなにがあってもいいように、とりあえず流動性を確保しておこうと、だれもどこも現金を手元に置いておこうとするから、よけいカネの実質的流通量が減るのに、その手元資金の価値も下がるので、よけい留保を増やさないといけない。言わば逆バブルのような状況。

 まるで多臓器不全の末期状態。ここでへたにニトロのような国家的イベントの起爆剤なんかかましたら、中枢金融機関の「血管」が破れて不良債権が市中に溢れ出す「脳溢血」を起こしかねない。とりあえずいまは各種助成金カクテルの点滴で静かに延命しているだけ。なのに、政府はまったく自覚が無く、いまだに大国の御大尽気分で世界中にカネをばらまいている。一般国民としては、こんなダメな国、とっとと見捨ててしまいたいところだが、かといって、世界中が政情不安で、逃げ出す先も無くなった。こうなると、せいぜい世捨て人にでもなって、戦中戦後の疎開焼け跡のような自給自足生活でも始めるか。


武士と浄土教・浄土宗・浄土真宗

2023-10-16 23:40:45 | 日記
阿弥陀如来は、仏性を働く報身の覚者で、アミターバ、はかりしれない光。だから漢訳して、無量光仏。鎌倉の大仏も、これ。出処も時代もよくわからないが、弥勒菩薩(マイトレーヤ)信仰と同様、仏教が西方の救世主信仰と混交して大乗化する過程で中央アジアでできたものだろう。
 
 
それが中国に入るのは、400年ころ、北魏時代。後の禅宗に似て、当初は阿弥陀如来を専念(もっぱら思う)する修養。それが、唐代になって「南無阿弥陀仏」と唱える称名念仏の易行になり、庶民に普及。しかし、禅宗や道教と同化し、南宋時代になると、道教を儒学に繰り込んだ朱子学に敗退して消えてしまう。
 
ところが、10世紀、空也がこれを日本に持ち込み、鎮護国家仏教ではない個人救済仏教とする。そして、摂関政治の最盛期の1000年頃、源信が極楽行きのガイドブック『往生要集』をまとめ、貴族に流行。おりしも1052年から末法とされ、藤原頼通が平等院鳳凰堂を建てる。
 
このころから摂関貴族政治に混乱が生じ、一族郎党で汚れ仕事を受け負う武士団が成立。これを背景とする院政や平家の専横において、法然が浄土教を個人成仏から集団信仰の浄土宗として結束を促す。
 
この後、鎌倉幕府ができて、守護や地頭が国司や荘園の警備を名目に支配を乗っ取り、この「悪党」たちの時代に応じて、悪人正機説を説く親鸞の浄土真宗ができ、武士団だけでなく、農民たちも一向門徒として好戦的な武装集団に。
 
一般に武家というと鎌倉五山や東山文化から禅宗と思われがちだが、先述のように、1243年に作られた鎌倉大仏は阿弥陀仏であり、徳川家康も、「厭離穢土、欣求浄土」の旗印で知られるように、熱心な浄土宗の信者。毎日の念仏写経を欠かさず、非情の戦国を生き抜いた。