
インドや中央アジアからの仏教伝来の話を確認していくと、とにかく仏教内部の伝承も、世界史の記述もガサツすぎる。
そもそも仏教は、もともとは仏像なんか持っていなかった。しかし、紀元一世紀ころまでに中央アジア、パルティアで、弥勒菩薩信仰が出て来る。これが大月氏クシャナ朝が征服すると、阿弥陀如来信仰となり、脇侍に観音菩薩と勢至菩薩がくっつく。また、アーリア人グプタ朝がヒンドゥー教を回復すると、密教や華厳経で大日如来(盧舎那仏)が主神となり、普賢菩薩が脇侍になったりする。これらは、それぞれ、むしろシッダールタの仏教とはまったく別の大乗新仏教と言ってもいい。
問題は、これが中国に伝わったとき。北魏の雲崗、龍門や、南梁の南京などの寺は、何宗だったのか。これを判断するのは、伝承より、仏像の図象学的アトリビュートを見た方が確実だ。
基本的に裸で座っているのは、すでに悟った如来。やたら宝飾品をジャラジャラさせて立っているのが、修行中の菩薩。裸で座っていて、左手人差し指を握る智拳印を結んでいるなら、大日如来。ただし、東大寺大仏のように、右手で留め、左手を差し出す施無畏印と与願印の大日如来もある。右手を上げ、左手を差し出しているが、OKと指で輪を作っている来迎印が、阿弥陀如来。両手を正面で組んでいる定印は、大日如来にも阿弥陀如来(鎌倉大仏)にもあるので、厄介。
半跏思惟、つまり片足組みなら、弥勒菩薩。だが、弥勒如来なんていうのもあり、これは座像で定印や施無畏与願印だったり。仏舎利(シッダールタの骨)宝塔を持っていれば、立っていても、座っていても、弥勒菩薩。水壷や花瓶を持っているのも、そう。本来は脇侍ながら、よく単独でも崇拝されるのが、観音菩薩。蓮のつぼみが特徴。勢至の兄で、阿弥陀如来の左側。普賢菩薩は象に乗っている。獅子に乗って剣を持つ文殊菩薩が主仏の右脇侍になることもある。
だいたい、これでたいていの初期宗派は見分けられる。が、雲崗とか、ごちゃごちゃ、いろいろあって、いったい何を拝んでいたのやら。


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