すみこのツブログ

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みんなすごいぞ!

2019-05-31 17:34:43 | 私の仕事
もう5月が終わりますね。
今日の報告は、私が携わっている、女性活躍推進のコンサルをしている会社CHANCE for ONEのお仕事に関してです。

CHANCE for ONEでは、顧客企業の中でスーパーマイノリティである女性管理職やその候補者の女子たちを対象に、毎年10月から翌年の3月まで、6ヶ月にわたる集中的なリーダーシップ開発トレーニングを提供しています。

少数精鋭のメンバーが企業や業界の枠を超えて集まり、2017年に1期生8名、2018年に2期生8名がそのカリキュラムを修了しました。女性たちを送り出して下さった企業の上司や人事のご担当者にも、成果を認めていただけている充実したカリキュラムです。

そして、去る5月17日の午後、1期生・2期生合同で、フォローアップのための半日研修を持ちました。

研修が始まってすぐに、自分たちの成功体験やリーダーとしての意識的な活動内容などを、1期生・2期生の混合グループで共有したことで、期の間の垣根もすぐに消失。会場は笑いの中にも真剣さのある高質な場となりました。

研修の締めくくりにと私が用意していたのは、「課題解決ワークショップ」。
参加者にあらかじめ考えて来てもらっていた、“最近の頭の痛い課題”を4人組の相互支援で解決するワークです。

前半の様子を見ていて感じた嬉しい驚きは、私が想定していたよりも彼女たちの学びの定着レベルが高かったこと。
そこで、ワークの目的は変えずに、進め方を変更し、より難易度が高いものにすることにしました。



3~4人組で、話す人(解決したい課題を抱えている人)と傾聴してフィードバックする人に役割を分けて、短く時間を区切りながら一巡するのが12分。そして、役割を交代しながら4巡するシンプルなワーク。しかし、傾聴してフィードバックする人は、様々なアンテナを持ちながら話者に集中し、自分が気づいたことをできる限りニュートラルに伝える必要があります。聞き耳ポイントは、私がその場でホワイトボードに書いた①~⑤。かなり難度は高く、そして広範囲に及びます。

① 事実・解釈・感情の区別
② 無意識的被害者(自分が被害者的態度になっていることに無自覚か・意識的か)
③ 自己理解の促進(無意識的にとらわれているこだわりの強い価値観が発想や行動の制限になっていないか)
④ 他者理解の促進(対立している相手の正義や、その人がそういう言動をとる背景に意識を向ける)
⑤ 自己基盤の検証(身の回りの環境・仕事や経済状況・健康・人間関係といった、パフォーマンスを支える基盤はしっかりしているか)

ワークのセットアップは、ものの5分もかかりませんでした。
ホワイトボードに書いた難しい概念を口頭でササっと説明する私の話を、彼女たちはふんふんと頷きながらすーっと受け止めてくれます。確かに、6か月をかけて何度も何度も扱ってきた概念ではありますが・・・その場の彼女たちの理解度の高さに、私は軽く衝撃を受けました。

そして、すぐにワークを開始。

手ごたえは、1巡目であきらかでした。
どの話し手も、しっかり傾聴してもらいながら、率直で的確なフィードバックをもらいながら、視野が広がります。
何らかの気づきを得て、最後の1分間を使って、自分が取りたいと思う行動を選択して明確に言語化できていました。
話し始めて結論がでるまで、約12分。

何ということでしょう!! 
ワークが終わったときには、その場にいた全員が自分の課題に対するアクションプランを導き出すことができていたのです。

短時間で通常以上のラポール(信頼関係)が形成され、オープンな自己開示、鋭くて暖かいフィードバックやリクエストが飛び交っていました。

共通言語をもつことのすばらしさ。
必要以上に自分を守ることなく、まっすぐに相手と関われる安全な関係性を自然に生み出せる場のすばらしさ。

同じコンテンツに触れて、長期間自分を磨くことにコミットしてきた皆さんだからこそ、そこに積み重ねてきた確固たる共有財産があるのが良くわかりました。

この活動は細々ですが、絶やすことなく続けていきたいと思っています。
企業の中で、「女性リーダー」というフレーズが取りざたされる必要がなくなる日まで。
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Art of Coaching@企業研修

2019-05-20 18:34:13 | 私の仕事
5月の山のもう一つが、Art of Coachingのセミナーを企業向けにさせていただくというものでした。

世界中で誰も知らない人はいない超有名企業の人材開発のご担当者が、インターネットで検索して・・・
なぜかはわかりませんが・・・超々弱小組織である我々AOCのHPを発見して下さり、昨年の秋にお問い合わせを頂きました。

そして、何度かのお打合せを経て紆余曲折の後、今年の5月~12月の期間で、AOCのコンテンツをその企業様向けにカスタマイズして提供させていただく機会を頂戴しました。

企業内で行う研修故の誓約は色々。オープンセミナーのようにはいきません。

約3年やってきたAOCのこれまでのオープンセミナーでは、4ヶ月にわたって2.5日×4回の集合研修でお届けしてきたコンテンツを、2日間×3回の3ヶ月でカバーしなければならず、それに続くオンラインでの実践トレーニングや最期の集合研修も、ギュッと圧縮しなくてはなりません。

制限があるからクリエイティブになれる!と自分たちを励まし(笑)
せっかくいただいた絶好のチャンスに挑むことになりました。

受講生は、社内のナインボックスの人材マッピングで複数年にわたって最もハイポテンシャルな人材として選抜されたごく少数の方々。既に責任あるお立場の管理職たちです。

人事のご担当者の強い思い入れのキーワードは「他流試合」。

その方々に、会社の枠を超え、様々な業界の優秀なビジネスパーソンとの出会いから生まれる「他流試合」の機会を提供したい、その「他流試合」の場で、コーチングスキルを身に着けるばかりでなく、人として、ビジネスリーダーとして、影響力に磨きをかけていただきたい。

お打合せでお話を伺えば伺うほど、ご担当者の思いがひしひしと伝わってきました。

「他流試合」の実現に向けて、AOC卒業生でビジネスの第一線で活躍なさっている方々に再受講という形でのご協力をお願いし、AOCトレーナーも総動員の体制で、5月15日・16日の第一講を迎えました。

コーチングのスキルもさることながら、まずは人間への理解・自己理解の醸成、そしてそこから開発されるコーチとしてのあり方やセンスを第一義的に扱うAOCのコンテンツが、現場での課題解決やアイディア創出に猛スピードと効率性を求められるビジネスの最前線で通用するものなのか・・・不安がなかったわけではありません。

そして、緊張とともに幕を開けてみれば・・・やはり本質は1つ。

AOC再受講生のビジネス現場での生々しい体験談のシェアが呼び水となり、自然に場に誠実な空気と主体的な学びのエネルギーが満ち溢れました。

そして、素材はやっぱりコレ!









いつものAOCの図表の手書き模造紙を研修ルームの壁一面に貼って、アナログ大爆発(笑)

メイントレーナーをつとめさせていただいた私を含め、その場にいた全員にとって心身ともにこの上なくタフな2日間でしたが、重たいテーマを扱っているにもかかわらず、終始笑いに包まれた場が醸成され、手ごたえのある滑り出しとなりました。

ご協力いただきました皆様、そして積極的にご参加くださった受講生の皆様、本当にありがとうございました。

しかしながら、この学びの旅はまだ始まったばかり!
これからが本番です(^^)/

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
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「場」を感じる

2019-05-20 11:53:29 | 私の仕事
5月11日(土)に、「ファシリテーション能力開発」の第2期がスタートしました。

5月・6月・7月・8月と連続で毎月1回、合計4回の集合研修をしながら、集合研修の合間に参加者各自が職場でファシリテーションの実践をし、その体験を小グループで共有するオンラインセッションをしたうえで次の集合研修を迎えるという、アクションラーニング形式のトレーニングです。

昨年の9月~12月に実施した第1期からの経験を踏まえて、テキストを改定したり、課題図書を増やしたりしましたが、超アナログの建付けは変えていません。

昨年同様、「本日のゴール」やら「本日のアジェンダ」やら、私の手書きの模造紙を用意しました。前の晩には思うところあって、80㎝×110㎝の模造紙いっぱいにこんなお絵かきもしたりしました。私としてはかなりな力作♡










たまたま相談ごとがあって夕飯を食べにきた、映画の照明技師を生業にしている弟は
ダイニングテーブルに模造紙を広げて絵や文字を描いている私に向かって、

「え” なんなのそれ?・・・うわ、下書き無し?!」

「高いお金払って会社のえらい人達が集まるんでしょ?・・・・・いいの? こんなんで?」

「まるで小学校みたいだよね・・・」

「もっとさぁ、かっこいいパワポとか使わないでいいの?!」

感想というかつぶやきというか、それなりに姉の仕事を心配してくれて
フィードバックを矢継ぎ早に投げかけます。

そりゃ、ごもっともですよね。

でもね、これがいいのよぉ!!!
アナログがもっとも先進的な場合もあります。

第1期の時と比較すると、もちろんのことですが、集まった受講生やアシスタントの顔触れも違いますし
私の内的環境もかなり違いました。

「場」というのは、そこに集まる人々の意識の総和から出来上がるものですから
1期と2期では場の様子が違ってくるのは当然のことですが
その瞬間その瞬間に「こうしよう!」とひらめくことから問いを紡ぎだし、それを場に投げかけていく運営スタイルを採用した結果、今回のDay1は、1期とは全く違う進行・全く違うアウトプットとなりました。

どちらが良いとか悪いとかではなく、本当に場は生き物です。
そのときその場に、私自身が小さな自分を守ろうとせず、恐れを超えてすっくと立つことができれば
あとは場が大いなる力を貸してくれて、今の私にできる最善のことをさせてもらえるものなんだと・・・
今回もまた痛感し、小さいながらも自分と場への信頼が上書き保存されました。

朝一番は、
「ファシリテーションって、いったいなんなの?」
「ファシリテーターって、何をする人?」
という素朴な問いから始まりましたが・・・・

一日が終わるころには、皆さん自身の実体験に基づいた“自分の言葉”で
「ファシリテーター」の“あり方”・“やり方”について、こんな立派なアウトプットが出てきました。





私のお絵かき大作も、最後にちょっと彩を添えて・・・





まずはDay1終了!

職場に戻った皆さんが、来月の集合研修第2回目(Day2)までの間にどんなことを試みて、どんな体験談を共有して下さるのか? それを反映して、Day2をどんな展開にしていくのか? 

トレーナーとして、当日の準備をしないわけではありませんが
場というエネルギーの塊=生ものとの、その瞬間瞬間の関わりに自分を懸けてみたいと思っています。
ドキドキするけどワクワクもします。

私自身が、「生きてる~!!!」って感じられる仕事です。

そして、この場で学ばれた皆さんの影響力で、それぞれの職場が少しずつ少しずつ変わっていく可能性が育っていくと思うと、私が関わらせていただいているのは、実は目の前においでの17名だけでなく、もっともっと大勢の方々なわけで・・・

勝手ながら、大きな責任を感じてもいます。

こういう仕事をさせていただける自分の人生と、過去から今、そして未来という時間の流れの中で私を助けてくださる皆様に、心から感謝を込めて。

また来月もどうぞよろしくお願いいたします。
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「ファシリテーション型リーダーシップ」

2019-04-05 13:59:41 | 私の仕事
コーチングや組織開発の仕事で様々な企業の色々なリーダーと関わらせていただきます。そんな中、会社のトップから課長に至るまで、あらゆる階層の“上司”という仕事をしている優秀な方々からよく耳にする定番のセリフにこんなのがあります。

「自分が出しゃばらずに済むように、部下の一人一人が主体的になって、チームで協力して動いて欲しい。」

「彼らの自主性を引き出すためには、目的を腹落ちするまで話し合って、私がやり方を指示しないようにしてコントロールを手放し、メンバーにゆだねる!・・・。そうするのがいいのは良くわかってるんですがね・・・なかなかできないんですよね・・・」とも。

とて~も、共感します。

私も、わかっていてもできない一人です。
チームミーティングの沈黙に耐えられずに口出ししてしまった後から
「あ~・・・やってしまった!」と思うことしきり。

今の企業の組織構造の中で、小さかろうが大きかろうが、自分の管掌する組織を抱える責任意識の高いリーダーは、おそらくそその場の成果に最もコミットしている人でしょう。

自分が成果に向けてドライブをかけるコントロールを手放したら、成果の質が下がってしまう、口出ししなければ成果が出なくなってしまう・・・そんな不安に駆られるのはごく当然のこと。口出しは、責任意識の表れですものね。

でも、少し客観的な視点から見てみると、リーダーがコントロールを握りしめていて、結果的にはなんでも自分で決めるのだから、メンバーはコントロール権を持つ必要がありません。

責任意識とコントロール権はセットだと無意識的に感じているのが私たちじゃないでしょうか? 部下からすれば、自分がコントロールしてはいないものに、責任を負う気になんてなれないよな~と、深く納得します。


車の運転に例えれば、車をコントロールしているリーダーがよっぽどひどいことをしない限り、メンバーは、コントロール権のない後ろの席でリラックスして、行く先や道筋をリーダーにゆだねていた方が断然楽ちんです。
リーダーの車の運転がひどすぎて、自分や仲間たちの日常が荒廃していくことに腹を据えかねるような事態に至っても、じゃあ、「自分が代わりにやる?」となると、腰が引けるんですよね~。

私が良く登壇させていただく管理職向けの研修で「今でもご恩を感じる記憶に残る上司ってどんな人でした? その人あなたにどうかかわってくれましたか?」と参加者に尋ねると、判で押したように普遍的に浮かび上がってくる姿は、「信頼して任せてくれて、つべこべ口出しはしないけれど、困ったときには相談に乗ってくれて、何かあったら責任はとってくれる人」。
確かにね! こういう上司の元なら、部下はコントロール権は握りつつ、責任の重圧に押しつぶされることなく、伸び伸びやれます。

人間には弱くてずるいところもあるから、コントロール権は握りたいけど、責任は持ちたくない。それもまた、ごく自然な心理。

研修の中で、皆さんのグループディスカッションから出てきた記憶に残る上司の特徴をひとつひとつ私がホワイトボードに板書していると、それを目で追いながら参加者の皆さんは、自然に気づいていらっしゃいます。

今、上司としての自分に部下から何が求められていたのか。
そして、それが、容易にできるものではないということも。

だって、とても怖いことじゃないですか?
相手にコントロールを任せてどうなっちゃうかわからないのに、口も出さずに見守って、困った時・巧く行かなかった時の責任だけとるなんて・・・
頭ではわかっているけれど、待っていられず、先へ先へとつい口や体が動いてしまうのも当然です。

しかし、それを繰り返してもチームのアウトプットは小さくまとまるだけで、これじゃダメだよな~・・・と悶々とする葛藤。
これもまた共感しきりです。

昨今「コーチング」を学ぶビジネスパーソンが増えているのは、きっとこういう背景ですよね。こちらが全て考えてコントロールするのではなく、相手の中答えがあると信じてその人が自分で答えを発見し、主体的に取り組めるように支援するのがコーチングですから。

他人にゆだねられないのは
相手が答えを出せる人・やり切れる人だと信じられていないから。
自分しか信じられないと身を堅くしているから。
自分が本当の自分の可能性を信じられていないから。

びくびくするのを止めて、自分と世界(他者)を信じてドンと一歩踏み出すことで、新しい地平が開ける。

プロコーチとして生き、コーチングの意義を伝える仕事をしながら、何度も何度も直面する私自身の根本的なテーマです。

そういう文脈で、組織リーダーが自分を知り、人間を理解し、自分のあり方や他者への関わり方を変えていくために、コーチングを学ぶのは大変有効だと思います。私にコーチングをお申込み下さる組織リーダーにも、折が有ればコーチングを学ぶことをお勧めしています。

しかし、効果的な組織運営のためには、それだけでは足りないとも感じています。

私が「ファシリテーション能力開発トレーニング」をやろうと思い立ったのは、それが主な理由です。組織リーダーに、“ファシリテーション型のリーダーシップスタイル”を身に着けて欲しいと考えています。

コーチングは、個人対個人の深いコミュニケーションに役立ちますが、組織リーダーが相手にするのは、個人であると同時にチームや組織でもあります。「ファシリテーター」には、「コーチ」と同じあり方やスキルが求められますが、「コーチ」の影響力が1:1なのに対して、「ファシリテーター」は1:多の影響力を持ちます。

「ファシリテーター」の仕事は、同時に複数の人に関わり、背景も専門性も発想も異なる人たちの中に共通認識・相互信頼・協働意識・成果へのコミットメントなどを培うこと。「ファシリテーター」は、目的や目標はしっかり共有し、与えられた時間内で最善の結果を産み出すことにその場の誰よりも強い責任意識を持っていますが、その場から何が生まれ出るかは参加者にゆだねるのが基本姿勢です。

「ファシリテーター」が、結果にこだわりつつコントロールを手放せるのは、集まった個々人への信頼、その人達の関係性から生じる場の力への信頼、そして場にゆだねることで成果を出せる自分自身への信頼があるからです。その「ファシリテーター」の影響力で、寄り集まりでしかない人たちが、一つの目標に向かって協働していくチームに転換します。

組織リーダーが、この姿勢の難しさを十分理解しつつ、その意義を体感的に理解し、少しでもそこに近づく意思をもつような刺激を投じることができたら・・・という思いで2018年の秋から冬にかけて、「ファシリテーション能力開発トレーニング」を主宰させていただきました。そして、今年も第2期・第2期を開催します。

入口は「会議のファシリテーション」ですが、私がお伝えしたい真髄は「ファシリテーション型リーダーシップ」です。

研修の運営も、徹底して「ファシリテーション型」で進めることにこだわりました。
生で「ファシリテーション型」のリーダーシップの影響力を体感してもらうことが最も重要だと直観していたからです。

参加者の皆さんは、講師であると同時にメインファシリテーターとしての私を外から見ています。一見、熟練のファシリテーターが悠々とやっているように見えていたとしても、今私の内側ではどんな葛藤が起きているのか、皆さんに実況中継しながら進めます。

昨年度の第1期では、場の様子を見て、あらかじめ準備していた進行プランを数分前に変えたことをその場で伝え、「この後どう着地するかは、お昼休みに考えます。不安がなくはないけど、とにかく今はこれで良し!」とか(笑)。

結果的には、私がバタバタしながらやっているそのリアリティをお見せすることがでたのが、皆さんにとっては一番効果的な学びだったようです(笑)。

結果に責任を持つ。
でもコントロールしようとしない。
メンバーを信頼する。
それができる自分を信頼する。
そして、怖いけれど一歩踏み出す。
踏み出せば、そこに道がある。



私自身の挑戦がそこにありました。
そして、終わってみれば、
参加者の皆さんは目を見張るほど、自発的に深い気づきや学びを手に入れておいででした。
信頼の影響力って、やっぱりすごい。

個人的には、私の強さと弱さが両方ハイライトされた場だったなと思います。

リーダーとして、もっと言えば、人間として
だれしも自分の弱さは見せたくないもの。

でも、何かに一生懸命になって我を忘れたとき、自分を守るために弱さを隠すなどという余裕は吹き飛びます。
ただその場でできる限りのことをやることになった時、結果的に強みも弱みもそのままあらわにさらけ出されることになる。

そして、その時輝きだすのが、本来のあなたらしさ。

あなたも是非、私とともにファシリテーションの学びに触れてみてください。
5月からスタートの第2期、お席にまだ若干の余裕があります。
詳細は直接私宛にメールでお問い合わせください。
sumiko.kimura@pure-edge.co.jp



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ファシリテーションの現場

2019-03-09 21:20:49 | 私の仕事
3月5日・6日と、4000人を超える大きな組織の人事のご担当者20名余りを集めた2日間のワークショップのお仕事をさせていただきました。

元々11個のバラバラな組織がいっぺんに合併して、かなりな力業である程度制度や枠組みをそろえて5年。
なんとか形は整ったものの、なかなか本質的な統合が進まない状況で、この度本部と各組織との人事ご担当者が初めて一堂に集結。

何が統合の恩恵の実現を遅らせているのか? 自分たちに今何が必要なのかに焦点を当てました。

お互いの状況や心情を共有して、無意識化している対立を意識化し、それを超えて協働していく基盤を醸成することがワークショップの目的です。

キーワードは、「無意識化している対立」。

人間だれしも、表立ってチャンチャンバラバラはやりたくないものですよね。
だから、日常のふとしたことで何となく腑に落ちないことや、「そうじゃないんだよな~」と思うことがあっても、その場は飲み込んでしまうことが多いもの。だからといって、そのままそのなんとなく感じた違和感が消失するものでもなく、いつまでも、もやもやとくすぶり続ける。

会議で決まったことが現場で遂行されない理由もここにあるように思います。
そもそも、人が集められてチームという形がつくられてしばらくすると、こんな感じになるのが常なんじゃないでしょうか。

全く仕事にならないというわけでもないけど、イキイキと協働できてる感じもしない。
一緒にいるメリットを生かし切れている感じがしない。
それは5~6人の小さなチームでも、あるいは数十人~数百人の組織がいくつか集まってより大きな組織を形成したときにも同じことです。

それぞれ自分が慣れ親しんだ独自のやり方があり、目的や目標もはっきり共有されておらず、お互いに様子見で、お腹の中では色々言いたいことがあっても、深く関わり合うことなく表面的な付き合いをしながら、何となく毎日を流している。だから、みんな楽しくない、生産性もあがらない。なんとかしないと・・・と思っているけれど、どうしていいかわからない。

外部ファシリテーターとしてお仕事を頂くのって、実にこういう局面が多いんです。

そういうときの私の役割は、まず、ワークショップの参加者が役割や責任を脇においた「個人」として出会い直せる場を用意すること。

その上で、皆さんが自分の中にある違和感に正直になって、対立を避けたい気持ちを超えて、意識的に対立を直視できるようにご支援すること。

まずは、組織横断的なプロジェクトや、M&Aなど、各々異なるアジェンダをもった人たちが集ったら
そこに対立が有って当然だということ、そして、対立を超えたところにしか本質的な相互理解と協働の基盤はうまれないことをお伝えします。

「そっか、そりゃそうだよね」と納得していただけたら、私の仕事の30%は終わり(^^)

あとは、対話の場をご提供するのみ。

自分以外の人たちは何を気にしているのか? お互いの困りごとやその背景に興味を持ってよく話を聞いてみたら、
そこには必ず共通の痛み・苦しみや、同じように思い描いている希望があることに気づいていただける。
お互い自分の役割を全うしようとして一生懸命だからこそ、対立していたんだと理解できる、そうすると、これほど心強い同士は居ないと感じていただける。
そこまでいけば、あとは皆さんが自分たちでベクトルを合わせることができる。

そうわかっているから・・・

でもですね・・・、それはもう何度も経験してきてよくよくわかっていることなれど
永遠の課題は、”こうすればいい!”というやり方は、その時その場にならないとわからないということ(笑)。

今回もまた、準備した通りに進んだのは初日の午前中まででした。

お昼は、ワークショップ会場となったホテルの2階で。
大きな窓からは春爛漫の水辺の美しい景色。



お楽しみはこの辺りまで。


そのあとは、流れの中で、
「今何ができるか?」「ここで最も効果的な問いは何だ?!」と皆さん用の休み時間の10分毎に一人でブレストし
思いついた方向性に対して事務局の方にご承諾を頂く事の繰り返し。

一瞬一瞬がジェットコースターでした。

なんとか2日間を終わって、会場から皆さんを送り出し、帰りの空港まで向かう道。
「他にもっと効果的な時間の使い方があったのではないか・・・」と、悶々としていました。

私が担当者の一人なら、腰が引けて逃げ出すだろうと思えるような・・・
どこから手をつけたらいいのか途方にくれるほど、複雑に絡み合う組織課題のジャングルの中で
そこに踏み止まり、自分が大事にしたいと思っている人たちのために、なんとかしようとしている参加者の方々を
尊敬の念で見守っている私がいる一方で、

私が関わらせて頂くことはもう二度とないかもしれないから
私がここで嫌われようがどうしようが関係ない!と腹をくくって
皆さんの皮膚や筋肉を突き抜け、心臓に達するような鋭くて太い矢を何本か放たせていただきました。

それもまた、私のエゴでもあったなあと・・・皆さんを無用に傷つけたかもしれないという後悔も湧いてきます。


空港での待ち時間で、ワークショップの成果物やディスカッションの様子の写真などをスライド資料にまとめながら、だんだんと自分の力も抜けてきました。

進行途中のどこで自分が判断ミスをしたのかに気づき、なぜその選択をしてしまったのかも良くわかって
あらためて「あれが、今の自分の実力のマックスだったな」と受け止められました。


少し遅れた飛行機の出発を待つ混雑した空港で



まとめ終えた資料を事務局にメールでお送りしたら
何をするのかをほとんど問わず、私を信頼して全てを委ねるという大きなリスクを取り
現場での度重なる急な変更に快く同意して無理を聞いてくださった事務局の皆さまに
あらためて心から感謝が湧いてきました。

晩御飯は立ち食い蕎麦。
ちょっと、ホッとするひと時。




夜遅く帰宅して、翌日はぐったり疲れ切って、ほとんど使い物にならず。外も土砂降りの雨。

そして更に翌日の早朝、ふと妙案が浮かびました!
早速事務局の方にラインでアイディアをお知らせしつつ、妙に納得したのは
あの日あの現場で私が巧く完結できなかったからこそ
皆さんが膨大な時間とエネルギーを掛けたワークショップの空気を風化させずにこの先につなげて展開していかれる道筋が開かれたのだということ。

「巧くいかないことは、巧くいくことの一部」。

今日全く別の場面で、ある方が教えてくださいました。ほんとほんと☆そのとおり!!
あの日あの場で、わかりやすく、小さくまとまる巧い終わり方にならなくて、ほんとよかった。

皆さん、これからが本番です。
喧々諤々、やってくださいませ~(^^♪
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お雛さま・お雛さま・お雛さま・・・そして私。

2019-03-02 16:09:44 | 活動報告
3月3日はお雛祭り(^^♪
何歳になっても、女の子の自分を楽しむことができる、私の大好きな日の一つです。

母も私も、お雛さま関連のグッズが大好きで、あちこちで見かけたかわいいお雛さまをつい買い求めてしまうので
この季節は家中がお雛さまだらけになります。

まず、玄関を入ってすぐに迎えてくれるのはこのおふたり。



何年か前に温泉宿に泊まったおりに、そこのギャラリーで個展をしていた作家さんの作品。
なんとも言えない暖かさと気品に一目ぼれして、割れないようにプチプチシートでぐるぐる巻きにして大事に持ち帰りました。



下駄箱の上に鎮座するおふたりは、栃木のご出身。



独立して間もないころ、パルティ(とちぎ男女共同参画センター)で女性向けのセミナーのお仕事を頂いていました。
その施設内の手作りグッズの売店でお見掛けして、かわいらしさにくぎ付けになりました。
研修事務局の方から、セミナーが終わる時間には売店が閉まってしまうと知らされて
お昼休みに慌てて買いに走りました。



玄関から入った正面を飾るのは、つるし雛の絵柄の手ぬぐいと小さな女児用の総絞りの帯揚げ。



つるし雛には憧れがあるのですが、欲しいなと思うものはあまりに高価すぎて、なかなか手が出ません。
当分手ぬぐいで楽しませてもらいます。
帯揚げは、本当に手が込んだ作品です。もうこういうものはなかなか作れないのではないかしら。
見るたびほれぼれします。



続いて、こちらはお手洗いのディスプレイ。土鈴のおひなさまです。



母はトイレにお人形を飾ることにとても抵抗があるらしく、かわいそうだと言うのですが
私はお手洗いでほっとするひと時に、季節のお人形に癒される瞬間をこよなく愛していて・・・
エゴイスティックに、お人形さんの幸せを度外視しております。



こちらは色紙に描かれたおふた方。



どなたに頂戴したのか記憶が定かではありません。子供のころからお雛さまをしまう段ボールの中に一緒に入っているので相当古いものだと思います。
昔は何とも思いませんでしたが、自分が年をとるごとに、何となく味わいが増すように感じています。



お雛さまではありませんが、うちのお正月とおひな祭りと端午の節句に引っ張りだこの、一刀彫の翁さま。
いわばうちの大スター。



母方の叔父が、私の初節句にと、当時高校生の身分で大枚はたいて買ってくれたもの。私のお宝です。

私が5歳くらいの頃、大学生だった彼は喘息からの心臓発作で急逝しました。人柄のすばらしさで家族の誰からも愛され尊敬されていた叔父でした。その存在の力に加え、若くしてこの世を去ったことも相まって、いつまでもずっと皆の記憶に生き続ける、大スターな叔父の形見です。



さて、大トリは全員が御年55歳の15人チーム。



私の誕生を祝って、父方の祖母と母が一体一体手作りしてくれた、木目込み人形のお雛さまセットです。
私が物心ついたころには、ガラスケースに入った状態でこぢんまりと飾られていたのを覚えています。
幼稚園や小学校のころは、お友達が持っているような大きくて豪華な段飾りのお雛さまを買ってもらえなかったことを寂しく感じていました。

子供ってほんと、親の気持ちがわからないもんなんですね。祖母や母が、どれほど膨大な手作業で、どんな思いでこれをしつらえてくれたのか・・・齢55にして体が壮年に差し掛かかったころ、やっと心が少し大人になれたようです。

ガラスケースはいつぞやの引っ越しで割れてしまい、それからはこんな風にプチ段飾りを楽しんでいます。



そして、最後のおまけ。



めちゃくちゃ古びた子供用の靴の箱。
13.5センチのエナメルの靴、記憶に残るお気に入りの靴でしたが、
寝こけた私を父が車から降ろすときに片足の靴が脱げたことに気づかすに落としてなくしてしまいました。

ほんの数回しかはけずに終わったピカピカの美しいエナメルの靴。だから、箱が捨てられなかったんだろうなぁ。
それ以来ずっと、お雛さまたちの小物を格納する箱として活躍し続けているんです。

すみちゃん、もうこんなに大きくなったんだし、そろそろ、その怨念ほどいてあげてもいいかもね~(笑)

お雛祭りは、わたし祭り。

私の命を生み、愛を注いでくださった全ての方々へ、ありがとうございます。
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踏み出せてよかった・・・

2019-01-29 14:09:55 | 私の仕事
昨年2018年に挑戦したことの一つに、「ファシリテーション能力開発トレーニング」がありました。

春から具体的な的な企画や準備を始め、9月~12月に実施しました。

トレーニングの仕組みは、各月に1度土曜日に終日の集合研修があり、集合型の研修は全4回。集合研修と集合研修の間で、フィールドワークが2つありました。フィールドワークの一つ目は、各参加者が自分の職場でファシリテーションの実践を行うこと。二つ目は、自分の実践を振り返りながら仲間と学びを共有するための、オンラインでの少人数グループセッション(1回あたり60分)に参加すること。

開催までこぎつけられたのは、これをすることの意義を私自身が納得できるように関わり、励まし、実現を応援してくださった方々がいたからです。

AOCのSoraで、私に逆コーチングをしてくださった受講生数名のお顔が浮かびます。

最初は、何をやればいいのかも分かりませんでした。私がやる意義があることは何かを探求するサポートをしてくださった方がいました。
ある方は、「できたらいいな~」と言いながらも、実際にはかなりビビって足踏みしていた私の話を丁寧に聞いて、なぜビビっているのかを直視するきっかけを下さいました。
別の方は、「これをやって先に進んだ純子さんと、やらずに進んだ純子さんの、5年後・・・どんな違いが出ていますか?」と質問して下さいました。
また別の方は、セミナーが実現したら是非自分が受講したいと言って下さいました。

「挑戦してみたい。でも、なかなか最初の一歩が踏み出せない。」

そんな人にとって、自分の視野を広げてもらえるコーチングがどれほど力強いサポートになるのかを、クライアントとして改めて実感しました。

つべこべ言わずにやろう!と決めたあと、一気に色々なサポートが集まりました。

「会場はうちを使ってください。人は集めますよ!」と言ってくださった恩人。
忙しい時間を割いて一緒に企画の切り口を考えてくれた仲間。
テキスト作りから懇親会の開催にいたるまで、ひとつひとつを丁寧に的確に、美しく形にしてくれた事務局スタッフ。
毎回セミナー会場の設営をして下さり、当日も早くから出勤して開場して下さった方。
自分の仕事を持ちつつ、業務時間や休みの日のスケジュールを工面してセミナーやグループセッションの運営に尽力してくれたアシスタントの方々。
そして、真剣にセミナーに参加して下さった、ひとりひとりの受講生。

みなさん、本当にありがとうございました。



受講後にいただいた受講生のアンケートを拝見して、運営上の改善点は色々あるものの、とにかく「やって良かった」と、ほっとしました。
私の個人的なビビりで開催せずに終わっていたら、とてつもない機会損失になっていただろうことがわかり、それを避けられたことに安堵しました。



以下、受講生から頂戴した声をご紹介します。


【自分自身の変化について】

●自社内や顧客に対して、自分がどう評価されているかより、付加価値を提供するにはどんなことができるかを考えるようになり「あり方」が少し変化した気がしている。自分の振舞いや言葉が相手を「防御・逃げる」態度に刺せているのかもしれないと前以上に思うようになった。物事がうまくいかないとき、自分が相手に対して対立構造を作り出している可能性がある。自分に何が起きているのかを観察するようになった。

●自分が正しいと思っていることでも、他人にとってはそうではないと頭ではなんとなく理解していましたが、意見を押し通すことが多々ありました。研修を受け、相手の立場についても考慮できるようになり、意見を通すことを目的とするのではなく、より良い結果を求めるために何をなすべきかを考えるようになりました。

●対立や沈黙を恐れず、場をマネージメントするという意識や部門内のダイバーシティーに関する取り組みや意識が変わりました。

●部下とのコミュニケーションが非常に多くなり、一日中複数の部下と話をして報告連絡相談を受ける日もあります。PCをほとんど触れない日もあります。コミュニケーションが多くなり仕事がスムーズに進むようになりました。

●意識面:①「問いを持つ」そこに「答えがある」と知ったこと。意識的に問いを持つようになったこと。②「合意形成を深くしたい」と思ったこと。合意形成が深ければ、腹地した後行動できると感じられたこと。③人には自己防衛のフィルタがあり、自分の主観だけで判断しないで相手を思いやりたいと感じ意識していること。行動面:①自分が開催する打ち合わせでファシリ役、議事のスクライブ役を率先して行うようになった点。②不具合の課題解決をフォローできる自信がついた。多くのワークで徐々に自信がついたこと。


【少人数のオンラインによるグループセッションについて】

●グループメンバーの行動から、非常に刺激をいだたきました。同じような悩みを抱えていることも理解している上、顔が見えないため「傾聴する」ということに集中でき、その大切さを理解することができました。

●同じメンバーで(複数回継続して)取り組むため、それぞれの意識の変化や取り組みの流れを線で感じることができ、自分が発言しない時間も気づきが多くありました。

●音声だけのセッションで、相手にとって聞き取りやすい話し方(自分の表現力)のブラッシュアップの必要性に気づかされた。

●限られた時間、自分が話す時間、相手が話す時間、時間の使い方を意識するようになった。

●1ヶ月の活動報告をしなければいけないので、自分が行ったファシリを振り返るようになった。また会議の事前準備も以前より入念に行うようになった。


【今後、どのような行動を取りたいかについて】

●ファシリテーションの場で、踏み込んだ質問をしていきたい。ストームや議論を拡散させることに挑戦したい。仕事で実践し、見せて、皆もチャレンジするようにしたい。

●ゴールをしっかり定め、手放さないことを第一とし、自分の意見は必要ですが、自分の意見が必ずしも正解でないことを理解して会話をしたいと思います。

●積極的に会社の変革に寄与するためにファシリテーターの第一人者になるとともに他のファシリテーターも作っていきたいです。

●アドバイスという名のコントロールではなく、相手の話をよく聞き、焦点を動かすという意識を持つ。関わる人の成功や自信につながることに重きを置いた行動基準を持つ。理解⇒共感的に見る⇒客観的に冷静に見るのステップを意識する。

●個々との関係性を築くことを重視したい(そのことの重要性を共有したい)/効果的・効率的な会議を各所で行い、生産性の高い組織に変えたい。

受講生の皆さん、アシスタントの皆さん、大変お疲れ様でした。そしてありがとうございました。



この場での学びを共有し、お互いから刺激を受け、様々な気づきを得た皆さんが、ご自身の周囲の方々に意識的に関わっていくことで、皆さんの影響を受けた職場や家庭の中から皆さんと同じエネルギーが広がっていくことを願います。

「ファシリテーション能力開発トレーニング」、今年もやります!!
2期は5月から、3期は9月からの予定です。詳細はまた別途ご案内させていただきます。
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一年の出だしの貴重な失敗

2019-01-16 19:44:28 | 意識的に生きる
お正月に玄関に飾っていた生け花を小さく処分して、名残を楽しめるように母が私の机に飾ってくれました。



皆さま、もう年末年始の記憶も遠のくような日常にお戻りのことと拝察します。
私もその例にもれませんが、大切な失敗の記憶が色あせて流れてしまわないように、しっかりと心に刻んでおくために、今日これを書いています。

昨年末の大晦日のお昼からお正月3日の夕方まで、父が泊まりに来ていました。
父は今年の2月のお誕生日で85歳になりますが、ずっと一人暮らしをしています。決して健康とは言えない人ですが、私がその年になったときには到底できないだろうと思うほど、尊敬に値する自己管理ぶり。
血糖値や血圧を毎朝はかり、それなりに自炊し、意識的に予定を作ってはほぼ毎日出歩いて人と関わり、自分で自分を楽しませるように努力しています。

去る12月の中旬のある夜、父の様子を確認するために毎日電話をしてくれている叔母が、父が「胸が痛い」と言っていたのを心配して我々に連絡をくれました。心臓に病気を抱えている父ですから、叔母が心配したのも当然です。下の弟が車で父を迎えに行って、そのまま心臓でお世話になっている大きな病院の夜間救急に連れて行きました。深夜までかかって検査をした結果、「心臓には問題ない。おそらく肋骨にヒビが入っているための痛みだろう」と指摘されました。

父は翌日気丈に一人で朝から近所の整形外科を受診。胸の痛みの原因が確かに肋骨のヒビであることがわかりました。自宅のお風呂場でふらついて湯船に胸を打ち付けたことを思い出したようです。後日更に調べたら脳血栓が飛んでいた形跡が見つかり、それで気を失ったのだろうということに帰結しました。
父が脳血栓を体験したのはこれが2回目。大変ラッキーなことに2回とも大禍なく、後遺症も何もなく復活できる幸運に恵まれましたが、本人も家族も肝を冷やしました。

今回は、ちょうどその事件の数日前に家族で母の喜寿を祝う食事会をしたばかりでした。
食事会の時の父はすこぶる元気でご機嫌。もうすぐ生まれる予定の二人目の孫の誕生を楽しみに、「なんだか欲が出てきちゃったよ。あと2年と思っていたけれど、あと5年は生きたいな」とつぶやき、周囲は「大丈夫だよ、お父さんまだまだ元気だから」と軽口をたたいていました。

その直後の、心筋梗塞!?⇒肋骨のヒビ⇒脳血栓の現実という展開です。
父はすっかり意気消沈。脳血栓も次に3回目が来たらもう無理だろうと覚悟して、すぐに弟を自宅に呼んで印鑑やお墓の書類などの在処を伝えようとしました。

この騒ぎのころ、私は2泊3日で出張していました。出張先のホテルからラインで父にコールしてみると、電話の向こうの声はひどく弱々しく、「もう年なんだよな、もうダメだ。」を繰り返すばかりです。
「お父さん、2回とも命を取り留めて、何の後遺症もないんだから、めちゃ幸運の持ち主だよ。すごいじゃん。肋骨だって折れてないし。骨も強いんだよ。そのお部屋は日当たりもいいから、しばらくお家で日向ぼっこだね」と励ましながら、私は、そうだ!と思いつき、ラインをビデオ通話に変えてみました。

新しい物好きの父は、「ラインでテレビ電話ができるんだねぇ、すごいね!」と少しだけ明るい声になりました。そう言っている父は、ひげもそらず、髪もぼさぼさで、いつものおしゃれさんの片鱗がありません。面長で、やつれてしわくちゃな顔に白髪で弱々しく話す様子は、かなり昔に亡くなった祖母(父の母)の面影そっくり。

ふと、今父がここでこうして無事にたわいもない会話をしてくれていることがなんと奇跡的なことなんだろうと、私の目に涙があふれてきました。

ほんの5分ほどの会話でしたが、父も「そうだよな、俺はついてるんだ、ラッキーなんだな」と自分に言い聞かせるように何度もつぶやき、エネルギーの質がちょっとだけ変わりました。
ラインのビデオ越しにお互い手を振って電話を切りました。

今できる等身大の親孝行ができた、穏やかな自分を感じられた幸せな朝の一こまでした。

自分の中に複数の人格がいて、無意識のうちに私の中でいろんな人格が入れ替わっているという話を何度か書かせていただきました。

自分の中の様々な人格と仲良くなって、皆さんにご理解・ご協力いただきながら、本来私が目指す在りたい自分を形成しようという意思はあるのですが、まだまだ道遠し。

お正月もまたやってしまいました!

お正月3日の日、手持ち無沙汰でリビングでテレビの正月番組を見ている父。私は正月早々にブログを復活させたくて、パソコンに向かっていました。私の執務机もリビングにあります。父の見ているテレビの大音量にイライラしていた私はやおら立ち上がり、「お父さんさ、もうちょっとこっちに移って見てくれる?」と言いながらテレビの位置を動かし、自分の机から遠ざけました。うちのテレビは稼働式です。

すると、急に父はオロオロ。

「うるさいよな、申し訳ない。イヤホン持ってきてるはずだからイヤホンでみるよ」と言って、カバンの中を一生懸命ゴソゴソやります。
「いいよ、別段。大丈夫だから」と私。

やっとイヤホンを探し出した父は、「あれ?どこに刺すのかな・・・穴がないな・・・おかしいな・・・あれ?・・・」。
その様子をパソコン越しに見ながら
「いいよ、大丈夫だから」と私。

私が大丈夫だといえば言うほど、父はどんどんオロオロして恐縮していくのです。
結局イヤホンを使わずにテレビを見ることになりましたが、そりゃ絶対聞こえてないでしょ!という小ささまで音量を下げていました。

なんとなく落ち着かずにブログを書き進められなかった私は、お風呂へ。
湯船につかりながら「あ“~・・・・やってしまった!」と気づきました。

自分が思った通りのことをしたい、成果を上げたいと無意識的にスイッチがはいったら、もう【成果第一主義さん】の独壇場です。
父のテレビを押しのけてパソコンにかじりついてタイピングする私から、どれほどの怒りのエネルギーがあふれ出ていたことか・・・
その怒りのエネルギーがどれほど父を傷つけていたことか・・・

ほんの1・2週間前に、父が今奇跡的に元気に生きていてくれることに心の底から感謝していた謙虚で心優しい私がいたはずなのに。
ひょっとしたら、今を最後にもう元気な父と話す機会がなくなるかもしれないのに。


私は父の存在を無視して、きちんと会話を使用してともせず
自分のことで頭がいっぱいで。
何てことをしてしまたんだろう・・・

今必要な行動は何か? 
それは何のためか?
その場の感情とパーソナリティに流されるのえはなく、
よく吟味しながら、どんな自分で生きていくかを意識的に選ぶこと。
そうやって、他者を傷つけない無害な人へと、少しでも近づこうとすること。

お正月の突端から、痛いけれど、今年の肝が何かを自分で自分にリマインドするために、とても有意義な体験でした。

それもこれも全部含めて・・・
お父さん、ありがとうございます。
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自分で自分を産む

2019-01-03 13:24:04 | 意識的に生きる
新しい年になりましたね。

昨年の後半は、10年ぶり、15年ぶりかな・・・と思うような、ほんとうに苦しい半年でした。

春のうちから仕込んできた挑戦が、夏から秋にかけて次々に現実化して
7月・8月・9月・10月・11月・12月・・・・ただ、毎日を乗り越えるのに一生懸命でした。

どの挑戦も自分でやると決めてやったことばかりですが、
適切なタイミングで有難いサポートをいただき
適切なタイミングで安全に失敗させていただき
その時その時、自分の全力を出しきって
その時の自分にできる最善の結果を出すことができました。

時間とリソースが不十分だということを認めて
悔しかったけれど、すっぱり諦めて手放したこともありました。

目の前の挑戦をなんとか無事に乗り越えられて、ほっと安堵した帰り道は
その時その場を共有して下さった方への感謝はもちろんのこと
時間・空間を超えて私に力とエネルギーを与えてくださった方々の存在を思いました。

昨年は、そうしたすべての方々の存在に支えていただき
自分で新しい自分を産み出したような年だったなぁと感じます。

心臓が口から飛び出そうな・・・ってこういう感覚かぁ。
何で今こういうことになってるわけ?
できることなら、この場から消え去りたい・・・

でも、これって自分が望んでいたことが展開しているだけだよね。

「で、どうする?ワタシ・・・」

間違いなく自分が望んで引き起こした、でも恐ろしくて二の足を踏む挑戦の前で
バタバタしながら、なんとか踏みとどまって
どうするのかを選んで、そして前に進むことができました。



知力や精神力だけでなく、体力もめちゃ使いました(笑)。
いや~、半端なく疲れました。

10月は第二の成長期か?と思うほど。スケジュールはそれなりに忙しかったのに、とにかく隙あらば寝てました。
チャレンジングな研修やワークショップに登壇をした日は、帰宅して食事もとらずにお風呂だけ入って21時前に就寝。
翌朝目覚めるのは9時過ぎという12時間睡眠を数回繰り返して、周囲を驚かせました(笑)。

中学生のように良く寝たからなのか
毎週一度5年程続けているピラティスのおかげか
はたまた、月に一度受けている体を緩めるマッサージを8年以上ずっと受け続けているおかげか・・・

フィジカルも大きく変化しました。

体重は大して変わっていないけれど、前が合わなくなってしまったシャツやジャケットをだいぶ処分しました。
猫背がだいぶ解消して肩幅が広がり、姿勢が良くなったようです。

靴のサイズも、この10年で1センチ大きくなりました。
極めつけは、身長。
12月に測ったところ、なんと10年前より2センチ大きくなっていました。

いや、これにはマジでびっくり!

靴がきつくなてきて買い替えるたびに、足が少しずつ大きくなっていることは認識していましたが
身長は測ってませんでしたから。
それに、そろそろ身長は縮む年齢ですからね(笑)。

身長が伸びたことを報告しても平然として驚かなかったのは、ピラティスの先生とマッサージの先生。
彼女たちは全く同じフィードバックをくれました。
肩幅も足も身長も、「伸びたのではなく、縮こまっていたのがのびのびして、本来の状態になっただけよ」と。


そして、新しく迎えた年。

一回り大きくなった心と体。
その体と心の主人として、毎瞬毎瞬を選択する力がある私は、何をどうやって行くのか・・・

創造力を働かせるために、想像力を駆使して。
あえて立ち止まって静かに慎重に考えることを大切に、大胆に力強く進むことを大切に。
また歩き始めました。

近所の公園で見た、私の初日の出。



今年も、どうぞよろしくお願いいたします。
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仕事をする=人生を掛ける。まずは10年一口。

2018-10-16 19:33:56 | キャリア形成
かつて勤めていた会社でマネージャーになる少し前、「青ペン先生」の薫陶を受けていた頃、チームメンバーからの信頼が得られずに苦しい日常を過ごしていました。ちょうどその頃、知り合いの方から転職のお誘いを頂き、お話はとんとん拍子に進みました。

先方からオファーをいただいて、お給料や待遇も決まり、いつ入社できるかのご返事をする段になって、すぐその翌日、青ペン先生に午後の時間を貰いました。転職の意向を報告して退職日を相談するばかりです。

その午前中にも、例のチームとの気が重いミーティングがありました。

そのミーティングでの様子と、その後数日の世界の変貌ぶりは以前の記事に書いた通りです。

私の中で会議というもののイメージが書き換わりました。

青ペン先生に鍛えてもらった論理性も手伝って、メンバーがなんとな~くの雰囲気で決めかかっていたことをひっくり返したりしても、結果的にそれがきっかけで有意義なディスカッションができたねとフィードバックを貰うこともあり、自分が貢献できていることを実感できるようにもなりました。

良い・悪いなく率直に考えを共有し、建設的に意見をぶつけ合い、一人では思いつくことなどありえないびっくりするような結論に至る喜びは何とも言えないものがあります。それまで嫌でしょうがなかった会議が、とてもやりがいのあるものに感じられるようになりました。そして、更に気づいたのは、私の仕事の大部分が会議だったんだということでした。

さて、そうすると、一気に仕事が楽しくなってしまいました。(笑)
あんなに嫌だ・辞めたいと思っていた気持ちはどこへやら・・・つい2週間前までは最悪な気分だったのに、人間て現金なものですね。この仕事を辞めるのを止めたいという気持ちになってきました。

私が転職を決めていた先はメーカーで、同じマーケティングといっても領域がうんと広がります。今にして思えば、深層心理的に外の大きな世界に飛び出すのが怖くって、なじみのあるマーケティングコミュニケーションの領域と、新卒で入った会社の雰囲気の安全圏にしがみついただけなのかもしれませんが、この時の私には、そんな風に自分を客観視する力は毛頭ありませんでした。

私はマーケティングコミュニケーションの仕事が好きなんだ!
この会社でこの仲間とやっていきたいんだ!
訳もなく、強くそう確信してしまったわけです。

しかし、ここまできて転職をお断りするのは、社会人としてあり得ないことだよな~・・・

私を気に入って誘って下さり、新職への期待をかけて下さっていたハイヤリングマネージャーにはもちろんのこと、色々とご配慮いただいた人事部長にも、多大なご迷惑をおかけすることは、私のちっさい頭でもそれなりに理解していました。

一週間悶々と悩んだあげく、それでもやはりお断りしようと決めました。
私は、人間のアイディアとチームワークで広告作品を作り上げていくプロセスが大好きで、メーカーに移ってしまったらそれができなくなってしまう・・・というのが根本的な理由でした。

意を決して、まずはご縁を作って下さったハイヤリングマネージャーに気持ちをお伝えしました。

当然ながら、彼は驚いた様子で、それでも静かに私の話を聞いてくださいました。そして、「あなたが言っている“人間のアイディアとチームワークで何かを生み出す仕事”というのは、この会社でもできることですよ。むしろ、それをやってもらうために来て欲しいとさえ思っているのだから」とおっしゃいました。

どんな話をしたのかはほとんど覚えていませんが、私はやはり今の会社を辞めたくないのだと訴えました。

その後の会話は、自分の中で何度もリプレイして、記憶に焼き付いているくだりです。

「あなたの気持ちが動かないことはわかりました。もう説得するのはやめにしましょう。でもね、あなたに来てもらって手伝ってもらいたいことが沢山あったので、私なりに社内調整をして、少しでも早く、少しでも良い条件でお迎えできるように努めてきたんですよ。それはご理解いただけますか?」

「はい・・・本当に申し訳ございません。」

「それをここにきて断るってことはね・・・あなた、自分のしていることがわかっていますね? 」

「はい・・・」

「あなたは、すごい勢いで私の顏に泥を塗ってくれたってことですよ。」

そのセリフは、どんな攻撃が降ってくるかと身をすくめていた私が予想していたような激しい怒りとは無縁の、静かで諭すようなエネルギーで伝わってきました。

“顔に泥を塗る”という言葉の厳しさと、伝わってくるエネルギーのやさしさのアンバランスに、どう対応していいのか戸惑っていると

「これだけのことをしてくれたんだからね、私にも言わせてもらいたいことがあります。」

「はい。」

「10年は辞めないでください。今の仕事がそんなに好きなら、こちらの話を反故にしてまでその仕事をしたいなら、この先10年は絶対辞めないでください。」

「は?・・・」

「未来永劫とは言いません。でも、10年は続けると約束してください。その約束をしてくれるなら、もうこの話は無しということにしましょう。」

売り言葉に買い言葉というのとはちょっとニュアンスが違いますが、でも私はそこで、「承知しました、10年は続けます」とお約束しました。というか、その時の私にはそれしかできなかったのですが。

それ以来、彼は折に触れ色々と相談に乗って下さり、メンターのように関わって下さるようになりました。

以前ヒカリエでのトークイベントでお話しした、私がもらった最高のアドバイスは、この「10年は辞めないで」でした。アドバイスというよりはリクエストかもしれませんが、このやり取りが私のキャリアに多大な影響を与えたことは事実です。

それから10年、会社を辞めたくなったことは何度かありましたが、あの時のやり取りを思い出してとどまることがありました。辞めるほどの自信がなかったのも手伝って、私はこの約束を守ることができました。

ふと気づけば、このお話しからちょうど10年後に、私は当社で女性初の執行役員を拝命することになりました。偶然といえば偶然ですが、でも10年辞めずにいなければそのチャンスが巡ってくる可能性もなかったわけです。

私の役員就任を誰よりも喜んで下さったのもまた、彼でした。

あの時に、彼が10年続けることを条件になさったのはなぜなんだろう?とずっと不思議に思っていました。
役員になってからその理由をお伺いしたとき、「仕事は人生だからね」とさらりと短く答えてくださいました。

「人生の扉は他人様が開いてくださる」・・・本当にその通りです。



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