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お年寄と街並みと…

2010年08月06日 09時11分36秒 | 日頃考えること
育児放棄による幼児の死亡のニュースに続き、今度は複数の100歳以上のお年寄り
の所在が分からないというニュースが新聞の紙面をにぎわしています。
「にぎわして」などと書くと不謹慎であると、お叱りを受けるかもしれませんが、
正直に申し上げて「にぎわい」程度の軽い扱いに感じます。

「大新聞の第一面で扱っているではないか、テレビでも多数取り上げられているでは
ないか」とおっしゃる向きもあるかとは、思います。
わたしは読売新聞を購読していますが、一面に100歳以上の行方不明者が85人にな
ったという記事が載り、社会面に幼児虐待の母親の写真(友人から提供を受けたよう
です)入りの、その生活ぶりに関する記事でした。

年寄りの話は、日を追うにつれて所在不明者の人数が増えていくだろうことは、大か
た予測出来ていましたし、幼児虐待事件については、母親の人物像などわざわざ新
聞に載せて、知らせてもらわなくても結構です、と思いました。

みなさんもおそらく同じだろうと思いますが、この二つの報道に触れて、わたしは日本
の社会は、現状どうなっているのだろうかと、改めて考え始めました。
今、自分たちの置かれている状況を出来る限り把握しようとしなければ、何をどうすべ
きかとの話は出来ないと思うのです。

新聞も、テレビの中の人たちも、簡単に行政の怠慢と言う結論に持っていこうとしてる
ように感じられます。
社会における安全、安心が警察と行政機関によって担保されていると言う思い込みが
どこかにあるのではないでしょうか。
もちろん、そういった部分によるものは大きいとは思います。
けれども、それ以上に先祖から受け継がれて来た地域のコミュニケーションに支えられ
てきた部分も大きかったのではないかと感じます。

「お互い様」と言う言い方にあらわされるように、皆が隣近所の誰かに手を貸すことをい
とわない。
ちょっとした心遣いで、道行く人の利便性まで向上させる。
そんな、わたしたちの先祖の心根が形として現れた街、そんな街が存在します。

新潟県の雁木作りの街並みです。

長岡市/観光/雁木づくり

雪の深い土地です。
各戸が人々の往来可能な分だけ、通りから後退して建物をたて、空いた部分には長く
伸ばした庇で上空を覆います。
イメージとしては、駅前のアーケードが近いでしょうか。
昔から、誰に強制された訳でもなく、お互いに雪の中でも暮らしやすいように協力し合
って作り上げられた街並みです。

わたしが建築の歴史を勉強してきた中で、この雁木作りの街と対照的だと思うのが京
都の街です。
竹矢来と言うのをご存知でしょうか。
京都の古民家の外壁足元によく見られる、竹を斜めに粗く組んでおいてある物です。
犬に小便をさせないため、雨の跳ね上がりで外壁を傷めないため等の理由も挙がって
いますが、軒下を貸さないためと言う理由が一番大きいらしいです。
京都は、新潟の町々などと比較するとずっと古い時期から都市化され、人口も多い街
でした。

おそらく、人々の暮らしはそれなりに洗練されてもいたでしょうが、雨宿りをするにも軒
も貸してもらえないような街でした。
皆、自分の土地を勝手に踏むのを許せない。
そんなことを勉強してしまって以来、風情ある京都の風景としてみることが出来なくなり
少々残念に思います。
でも、都会人の京都人は、そうして自分の側に他人を不用意に近づけないようにしなが
らも、上手にコミュニケーションを図ってきたのだろうと思います。
巧みな本音と建前の使い分けこそ、都会人の証です。

現在の日本の文化は、どうでしょうか。
大阪でも東京でも、その他の地方でも余り風景の変わらない場所がけっこうありますね。
テレビの普及によって、情報の普及も早い。
街の風景は、ちょっと郊外の方の戸建て分譲住宅と、駅周辺の集合住宅と商業ビルの
集まり。
広い道路が通っていて、巨大な駐車場を持つ一大ショッピングモールとパチンコ屋があ
る。
日用品、食料の買い物はスーパーマーケット。

街の集合住宅などを借りて、一人で暮らし始めたら、自分の住居周辺で自分のことを知
っている人など誰もいない生活。
身寄りの無い年寄りが一人で死んで行こうが、幼子を抱えた若い母親が子育てに疲れ
果てていようが、誰にも気付かれることが無い街。

街ばかりが都会化して、そこに住むわたしたちはちっとも都会人らしくなっていない。
かと言って、昔ながらの「お互い様」も失われてしまっている。
まさに、自分たちの安心安全について、顔も見えない人たちに担保されていると言う思
い込みだけを持って、日々暮らしているのではないだろうか、と感じ始めています。

適度な距離感で、適度に人々が交流を保ちつつ、お互いに思いやりをもって暮らせる社
会には、街並みという観点からも大いに検討すべきことがあるだろうと思います。
それは、建築設計を生業とするものの、使命ではないだろうか、と考えます。

高齢者や幼児が、疾走して来る自転車におびえながらではなく、のんびりと手を繋いで
散歩出来るような街をつくりたいと思います。

まだまだ、考え始めたところですので、これから色々と本を読むなりして、日本の社会の
姿について、勉強していきたいと思っています。

  (by猫派のプランナー)