何かをすれば何かが変わる

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元厚労省医薬局長の辞職

2008-01-17 23:07:11 | 薬害は人災だ
 突然の、ひっそりとした辞任報道だった。しかし、見過ごせなかった。

<薬害肝炎>リスト問題当時の局長、独法理事長を辞職 1月17日12時25分配信 毎日新聞

 薬害C型肝炎の「418人リスト問題」が起きた02年7月当時の厚生労働省医薬局長だった宮島彰氏(60)が17日、独立行政法人「医薬品医療機器総合機構」の理事長を辞職した。2期目の任期途中で「一身上の都合」が理由という。後任は未定。

 血液製剤投与でC型肝炎に感染した418人分のリストが放置されていた問題では、厚労省はリスト作成当時の職員の責任は不問とし、宮島氏への処分もなかった。しかし16日施行の薬害肝炎救済法が、被害者への給付窓口を同機構としたことで「薬事行政の元トップが理事長なのはふさわしくない」との批判が出ていた。また舛添要一厚労相は、薬害再発防止の取り組みとして、職員の天下り規制強化の意向を示していた。

 宮島氏は、和解が成立したのを待って自ら辞めたのか、辞めさせられたのかは定かではないが、職(地位)を下りた。昨秋の段階では、厚労省に非はないと述べていた。おそらくその気持ちは今でも変わっていないだろう。辞職程度では見合わないほど、すべきことをせず、被害者を苦しめてきたのである。

 肝炎リスト 患者へ告知考えず 当時の厚労省局長 10月26日17時1分配信 毎日新聞

 血液製剤「フィブリノゲン」の投与でC型肝炎に感染した418人分のリストが放置されていた問題で、製薬会社からリストの報告を受けた02年当時の厚生労働省医薬局長、宮島彰氏(60)が25日、毎日新聞のインタビューに応じた。宮島氏は「医療機関が当然患者にアプローチしていると思った」と述べ、情報を患者に告知する考えがなかったことを明らかにした。

 問題のリストは02年7月、厚労省の報告命令を受け、フィブリノゲンを製造販売していた三菱ウェルファーマ(現・田辺三菱製薬)から提出された。宮島氏によると、当時フィブリノゲンによる肝炎感染が社会問題化し、事実関係の解明に必要なデータとして報告を求めたという。

 報告があった418人の対応は「患者さんには医療機関が当然、検診などをしているという前提だった」と説明。「厚労省としては、病院に通うのをやめ、感染の自覚がない人を優先しなければという認識があった」とし、普及啓発やウイルス検査などの対策を急いだと釈明している。

 また、新たに見つかった患者の実名などが入った資料は「当時は見た記憶がない。調査は匿名でできるから、実名を出せという指示はしていないはず」と説明。一方で今回、問題発覚後に実名のリストが見つかったことについては「管理体制、保管の仕方に問題があったのだろう。『実名が厚労省にあるはずがない』との思い込みがあったのではないか」と話した。

 「ファイルの保管の仕方に問題があった」とは、その存在がすぐに知られて厚労省が不利になるような保管方法には問題があるとでも言いたそうな感じで、当時において精一杯、肝炎患者の早期治療や感染拡大防止に全力をあげてきたとは到底思えないような発言である。

 機構を辞めるどころか、裁判で責任を問われて、懲戒解雇になってもおかしくないほどの、責任感のなさ、人命軽視、ひいては自己保身的なコメントではないか。

 松下廉蔵氏が薬害根絶を宣言しながらミドリ十字に天下り、薬害エイズが発生し、宮島彰氏が薬害C型肝炎に関係しながら機構に天下り、批判を浴びる。反省が見られない様子が厚労省の体質や伝統であってもらっては困る。
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