水滸聚義

中国古典『水滸伝』の紹介や考察を行っています

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好漢紹介 呉用

2010-09-18 | 好漢紹介 天罡星1
  てんきせい ちたせい ごよう
 天機星 智多星 呉用


 済州鄆城県東渓村の書生で私塾の教師。東渓村の出身。字は学究、号は加亮先生。万巻の書を読破し兵法・謀略に精通し、あだ名は智多星。眉は秀で、顔は白く、長いひげをたくわえており、道服を身にまとう。銅鏈を操る。晁蓋とは小さいときからの親しい友人。

 ある時、流浪の好漢・劉唐は不義の財である生辰綱(北京の梁中書から東京の太師蔡京へ送られる十万貫の誕生日の贈り物)を強奪することを企てて晁蓋の元を訪れる。晁蓋は、呉用と図り決行の仲間を集めることにする。こうして、晁蓋のもとに呉用、劉唐、公孫勝、そして呉用が説得してきた阮氏三兄弟の七人が集まり、義を結び七星の誓いを立て、知略を持って見事輸送中の生辰綱を奪い取ることに成功する。

 その後、生辰綱強奪に協力した白勝が済州の役所に捕らわれ自白したことから晁蓋らの身元が割れてしまう。晁蓋・呉用らは、鄆城県の押司・宋江の手引きによって梁山泊へ逃れる。梁山泊では首領の王倫が晁蓋らを快く思わず体よく追い返そうとする。しかし、梁山泊の好漢・林冲が王倫の狭量に業を煮やし、自ら王倫を討って晁蓋を新たな梁山泊の首領に迎え入れた。呉用は新たな体制の梁山泊で晁蓋に次ぐ地位に就き軍師を務めることになる。

 その後、閻婆惜を殺害し逃亡していた宋江が刑に服して江州に流刑となると、呉用らは配流途中の宋江を迎えて梁山泊に身を寄せるように勧めるが宋江は聞き入れない。呉用は江州の友人の牢役人・戴宗に手紙を書き、宋江をよく計らうよう手を配った。宋江が江州で反詩を吟じ捕らえられると、呉用は太師・蔡京の偽手紙を作って戴宗に託し、宋江を救い出そうとするが、蔡京の息子である江州の蔡九知府への書き方を誤り、偽手紙であることを見破られてしまう。いよいよ宋江が処刑されかかると、晁蓋らが江州に乗り込んでいって宋江を救い出し、宋江を梁山泊へ迎えた。

 以後、呉用は晁蓋・宋江に次ぐ第三位で兵権を司る。梁山泊と祝家荘との間に戦争が起こると、宋江率いる梁山泊軍が祝家荘に攻め入るが苦戦し、なかなか攻略できない。呉用は援軍を率いて祝家荘へ出兵し、新参好漢の孫立らを祝家荘へ仲間入りさせるふりをして、内部から祝家荘を打ち破った。のち呉用は、宋江の恩人である朱仝を仲間に加えるために、雷横と李逵を従えて滄州へ赴く。拒む朱仝を仲間に入れるために李逵は、朱仝が世話をしていた滄州知府の幼子を惨殺する。朱仝は大いに怒り狂うが、李逵は宋江と呉用の立てた計に従っただけだと言った。

 梁山泊の恩人である柴進が高唐州に捕らわれると、梁山泊軍は高唐州へ攻め入り、呉用は宋江の元で指揮を執るが、高唐州の知府・高廉の妖術の前に苦戦する。呉用は戴宗と李逵を遣わして、帰郷している公孫勝を呼び戻させ高廉の妖術を破って、高唐州を落とした。続く対呼延灼戦、青州戦、華州戦、芒碭山戦でも軍師として采配をふるった。

 曽頭市の戦いで首領の晁蓋が命を落とすと、呉用は宋江に首領の地位に就くよう勧める。晁蓋の「史文恭を捕らえたものを首領に」という遺言を理由に宋江は断るが、首領不在では困るため仮の首領となった。真にふさわしい人物を首領につけようと宋江は、河北の三絶と讃えられる北京の豪商・盧俊義を仲間に引き入れるべく画策する。呉用は、李逵を連れて易者の格好をして北京の盧俊義に接触する。呉用は百日以内に盧俊義の命が危うくなると、嘘の占いをし、難を避けるため梁山泊の方向へ旅に出るよう勧めた。

 この言葉を信用した盧俊義は梁山泊の付近へ旅をするが、たちまち梁山泊の好漢に捕らえられ山寨へ連行される。呉用らは盧俊義を仲間に引き入れようと歓待するが、盧俊義は聞き入れず北京へと帰っていく。ところが盧俊義は梁山泊の賊と内通しているとして逮捕・投獄されてしまう。盧俊義を救うため梁山泊軍は軍を出し、呉用は北京城内に多くの好漢を侵入させて総攻撃で北京城を打ち破った。

 盧俊義を仲間に引き入れた梁山泊軍は、晁蓋のあだを討つべく再度曽頭市に攻め入り、呉用は宋江の元で指揮を執る。この戦いで盧俊義は見事史文恭を生捕りにした。宋江は、晁蓋の遺言通り盧俊義に首領の座を譲ろうとした。しかし盧俊義は固持し、呉用たちも宋江を首領にと推した。結局、宋江の提案で宋江と盧俊義は、兵を分け、それぞれ東平府と東昌府を攻めることとし、先に城を陥落させた方が首領につくということに決める。呉用は公孫勝と共に盧俊義を補佐するが、東昌府の将・張清の抵抗に苦戦し、宋江らの援軍を得てようやくこれを打ち破った。

 梁山泊での席次は第三位、機密を司る軍師。

好漢紹介 公孫勝

2010-09-18 | 好漢紹介 天罡星1
  てんかんせい にゅううんりゅう こうそんしょう
 天閑星 入雲竜 公孫勝


 諸国を行脚する道士。道号は一清先生。薊州の出身。道術に通じ、風を起こし雨を呼び霧にまたがり雲に上ることも出来るため、あだ名は入雲竜。また諸版の武芸にも通じ、公孫勝大郎とも呼ばれる。身の丈八尺、堂々とした風貌。八字の眉に、杏のような眼、口は四角く、無精ひげを生やす。松文古定剣を用いる。

 修行の旅の途中、不義の財である生辰綱(北京の梁中書から東京の太師蔡京へ送られる十万貫の誕生日の贈り物)を強奪することを考えた公孫勝は、鄆城県東渓村の晁蓋の元を訪れ力を借りようとする。すでに晁蓋は、仲間たちと強奪の決行を決めていたところで、公孫勝を含め七人の好漢が集まり、義を結び七星の誓いを立てる。そして、計略を持って見事輸送中の生辰綱を奪い取ることに成功する。

 その後、生辰綱強奪に協力した白勝が済州の役所に捕らわれ自白したことから晁蓋らの身元が割れてしまう。晁蓋・公孫勝らは、鄆城県の押司・宋江の手引きによって梁山泊へ逃れる。公孫勝は途中、道術で風を巻き起こして追っ手が迫るのを妨げた。梁山泊では首領の王倫が晁蓋らを快く思わず体よく追い返そうとする。しかし、梁山泊の好漢・林冲が王倫の狭量に業を煮やし、自ら王倫を討って晁蓋を新たな梁山泊の首領に迎え入れた。公孫勝は新たな体制の梁山泊で、晁蓋・呉用に次いで第三の席に着く。

 恩人の宋江が江州で罪を犯し処刑されかかると、晁蓋らは下山して宋江を救いに行き、公孫勝は呉用らと共に梁山泊に残って山寨を守った。晁蓋らは無事宋江を救い出し、宋江が仲間に加わった。その後、宋江が父親を梁山泊の山寨へ迎えて暮らし始めたのを見た公孫勝は、故郷に残した老母を見舞うため百日の期限の約束で薊州へ帰郷する。しかし帰郷先で師匠の羅真人に引き留められ、清道人と名を改めて修行を続けながら期限を過ぎても梁山泊に戻らなかった。梁山泊からは何度か捜索の遣いを出したが、公孫勝を探し出すことは出来なかった。

 そのうち梁山泊軍は、妖術をあやつる高廉知府率いる高唐州軍と戦争になる。高廉の妖術に苦しめられた梁山泊軍は公孫勝を再び呼び戻すことにし、戴宗と李逵を薊州へ遣いにやる。戴宗と李逵は、薊州の二仙山で母親と共に暮らす公孫勝に再会する。公孫勝は、下山を断ったがかつての仲間たちに頼み込まれたこともあり、師匠の羅真人に諮る。はじめは公孫勝の下山を認めなかった羅真人だが、李逵の出たらめっぷりに免じて公孫勝を下山させることにする。

 高唐州へとたどり着いた公孫勝は、さっそく妖術を操り、高廉の術を破って梁山泊軍を勝利に導く。その後は梁山泊軍に復帰し、呉用と共に軍師をつとめる。芒碭山戦、北京戦、曽頭市戦、東昌府戦に参戦。芒碭山戦では、諸葛亮の八卦の陣を敷いて、賊将樊瑞の道術を破り、梁山泊軍を勝利に導いた。北京戦では行脚の道士のふりをして、凌振を連れて北京城外に待機、合図の号砲を放った。東昌府の戦いでは、道術で風を起こし、敵将張清隊を混乱させ水辺へ誘い込んだ。

 梁山泊での席次は第四位、機密を司る軍師。

好漢紹介 林冲

2010-09-18 | 好漢紹介 天罡星1
  てんゆうせい ひょうしとう りんちゅう
 天雄星 豹子頭 林冲


 東京の禁軍の槍棒教頭。豹のような頭、つぶらな眼、燕のおとがい、虎の鬚という容貌であだ名は豹子頭。身の丈八尺、登場時三十四、五歳。槍棒の達人で、戦場では一丈八尺の蛇矛を用いる。軍人の家柄で、亡き父は東京の提轄、妻・張氏の父もまた教頭であった。

 ある時、東京の菜園で武芸を披露していた花和尚の魯智深と出会い意気投合して義兄弟の契りを結ぶ。その時、嶽廟へ参拝に訪れている妻が何者かにちょっかいを受けていると女中の錦児が知らせに来る。廟へ駆けつけた林冲は、妻を助けようと絡んでいた男との間に割ってはいる。その男は、林冲の上司に当たる太尉・高俅の養子の高衙内であった。この後、高衙内はなんとしても林冲の妻をものにしたいと策を巡らし、養父の高俅と謀って、武器の持ち込みを禁じてある白虎節堂に、林冲を帯刀させたままおびき寄せ、罪を着せてこれを捕らえさせた。

 高俅は、林冲を処刑するよう開封府尹に圧力をかけるが、公正な孔目・孫定の裁きで、林冲は滄州へと流罪となる。配流の直前、林冲は妻の今後のことを思って離縁状を書き、誰か世話をしてくれる人のところへ嫁ぐよう諭すが、妻は気を失って倒れてしまう。高俅に買収されていた護送役人の董超と薛覇は、護送の旅の途中、熱湯で足を洗い棘だったわらじを履かせるなど、林冲を苦しめ続ける。野豬林という林の中で、董超と薛覇はついに林冲に手をかけようとするが、駆けつけた魯智深に阻止された。滄州では牢城へ着く前に、天下の好漢と交わるのを好む柴進の屋敷へ足を運ぶ。柴進は、林冲を厚くもてなし、牢城で便宜をはかってもらえるよう手紙をしたため銀子を持たせて林冲を送り出した。

 滄州の牢城では、柴進の書状や賄賂が功を奏し最も軽い労役を与えられる。しかし、東京の高俅が放った魔の手が滄州へ及んでいた。高俅の手先・陸謙・富安と買収された監獄によって暗殺されかけたところを運良く逃れ、怒りに燃えて三人を斬り殺す。林冲は吹雪の中逃亡し、とある民家に身を寄せ、酒と食事を寄こすよう民に詰め寄って暴れる。林冲は泥酔したところで近隣の民に捕らえられて、ある屋敷へ連行される。林冲が連行された先は運良く柴進の屋敷であった。柴進は林冲を歓待し、事情を聞いて林冲に梁山泊の王倫のもとへ身を寄せるよう勧め、林冲は梁山泊への旅に出る。

 梁山泊へとたどりついた林冲は、山賊の首領・王倫に仲間入りを願い出るが、王倫は自分よりも優れた人物が仲間になることをおそれ、林冲を体よく追い返そうとする。副首領の宋万・杜遷らによってなんとかとりなされ、林冲は投命の証として三日以内に人の首を取ってくることを命じられる。約束の最後の日、林冲は顔に青あざのある武芸者と遭遇しこれに打ちかかっていく。朴刀を振るって一進一退、三、四十合も斬り合ったところで王倫が割って入って争いを停めた。武芸者は、もと殿帥府制使の青面獣・楊志であった。王倫は、楊志を梁山泊の山寨に招いてもてなし、林冲と牽制させる目的で楊志を梁山泊へ引き留めようとするが、楊志の意志は硬く、梁山泊を離れて東京へ向かった。林冲は梁山泊への入山を認められ、王倫・杜遷・宋万に次いで第四の席に着く。

 しばらく後、生辰綱を強奪し逃亡してきた東渓村の晁蓋一行が梁山泊へ身を寄せてくる。しかしまたしても首領の王倫は、体よく晁蓋らを追い返そうとする。王倫の狭量に愛想を尽かした林冲は、意を決して王倫を刺し殺し、晁蓋を新たな梁山泊の首領として迎え入れる。新たな体制の梁山泊で、林冲は晁蓋・呉用・公孫勝に次いで第四の席に着き、梁山泊の軍事の中核となる。その頃、東京の妻の様子を探らせたところ、既に自ら命を絶っていたことがわかった。

 その後、祝家荘戦、高唐州戦、対呼延灼戦、華州戦、曽頭市戦、北京戦、凌州戦、東平府戦、東昌府戦など数々の戦に参戦。祝家荘の戦いでは第二隊を率いて出陣し、乱戦の中で追い詰められていた宋江を助けて敵将・扈三娘を生け捕った。また二度にわたって祝竜と渡り合い、一度目は決着がつかなかったものの、二度目の戦いでは見事に祝竜を撃退した。高唐州の戦いでは、先陣を切って戦い敵の統制官・于直を五合に至らぬうちに討ち取った。また一隊を率いて逃げる高唐州軍を追撃して打撃を与えた。対呼延灼戦では、先方の第二隊を率いて討って出て官軍の大将・呼延灼と五十合も渡り合う活躍を見せたが、敵による連還馬の猛攻の中、矢にあたり負傷してしまう。東京時代の知己の金鎗班師範・徐寧が梁山泊へ連れてこられると、仲間入りするように説得した。

 華州戦では楊志と共に華州城を攻めた。第一次曽頭市戦では、一騎打ちで曽魁を退け、晁蓋と兵を分けて進軍するが、晁蓋が奇襲を受けて毒矢を受けてしまい、林冲は晁蓋を守って兵をとりまとめて撤退した。晁蓋が死ぬと呉用と共に、宋江に首領の座に着くように勧めた。第一次北京戦では、飛・馬麟と共に後軍を率い、敵将・聞達の退路を断ちながら戦った。対関勝戦では、花栄と共に敵の副将・郝思文を相手取ってこれを敗走させた。第二次北京戦では花栄とともに馬麟と飛を率いて北京城へ攻め入った。凌州戦では楊志と共に関勝の後詰めとして出陣した。東平府戦では、花栄と共に董平を相手取り、誘い出すためにわざと逃げ出した。東昌府戦では、鉄騎をひきいて妖術で混乱する張清を水中へ追い落とした。

 梁山泊での席次は第六位。騎兵軍五虎将のひとり。

好漢紹介 柴進

2010-09-16 | 好漢紹介 天罡星2
  てんきせい しょうせんぷう さいしん 
 天貴星 小旋風 柴進


 滄州の長者。後周の皇帝、柴世宗の子孫で、土地のものからは柴大官人と呼ばれる。優れた容貌で、竜の眉に鳳凰の眼、白い歯に赤い唇、口をおおう三すじのひげを生やす。登場時三十四、五才。軒昂たる人品で、あだ名は小旋風。柴世宗は宋の太祖に皇帝の座を譲った人物で、一族は宋の皇室から庇護を受け、天子のお墨付きである丹書鉄券を与えられた家柄である。柴進は、天下の好漢と交わることを好み罪を犯して行き場をなくした人々を、食客として屋敷に住まわせていた。

 ある時、狩りを終えて屋敷に戻ってくるときに、流罪人の東京の八十万禁軍教頭林冲一行に声をかけられる。柴進は、配流中の林冲を快く屋敷に迎え入れてもてなした。ちょうど柴進の家に居候になっていた棒術師範の洪教頭が、林冲にちょっかいを出してくると、これを快く思わない柴進は、林冲と洪教頭に棒術の勝負をさせる。結果、林冲が洪教頭に圧勝し、洪教頭は屋敷を出て行った。その後、柴進は滄州の牢城で便宜を図ってもらえるよう手紙をしたためて銀子と共に林冲に手渡して、これを見送った。林冲が高俅の手先に命を狙われ、これを返り討ちにして滄州の牢城を脱走してくるとこれを保護し、林冲に梁山泊の王倫のもとへ身を寄せるように勧める。梁山泊の首領王倫や頭領の杜遷も、かつて柴進の世話になったことのある人物であった。

 しばらく後、鄆城県で人殺しをした宋江と弟の宋清が身を隠すために柴進の屋敷を訪れる。山東の及時雨宋江の大名を聞き及んでいた柴進は喜んで宋江らを迎え入れた。同じく柴進の屋敷にやっかいになっていた武松と宋江を引き合わせた。またしばらく後、梁山泊の呉用・雷横・李逵らが朱仝を仲間に加えるために滄州を訪れた際、彼らを家に逗留させた。

 そんな折、高唐州に住む叔父・柴皇城が危篤との知らせが入る。柴進は李逵を連れて高唐州の柴皇城の屋敷へと急ぐ。高唐州知府・高廉の妻の弟の殷天錫というごろつきが、高廉の権威をかさに着て、美しい柴皇城の屋敷を明け渡すよう因縁をつけ、これを断った柴皇城に暴力を振るって危篤に追い込んでいたのである。柴皇城は、柴進に無念の意を伝えて絶命する。するとまた殷天錫がやってきて屋敷を明け渡すように迫ってくる。柴進は、叔父の喪が明ける四十九日の後に屋敷を明け渡すと言うが、殷天錫は聞き入れず、取り巻きたちに柴進を襲わせる。脇にいた李逵は、我慢ができなくなり、取り巻きたちを蹴散らして殷天錫を殴り殺してしまった。

 柴進は李逵を逃がして梁山泊へ戻らせ、天子のお墨付きである丹書鉄券をたてに放免されるように求めるが、妻の弟を殺された知府・高廉の前では、まったく聞き入れられず、拷問を受けて殷天錫殺しを自供させられ、首枷をつけて死刑囚の牢獄に押し込まれた。梁山泊軍は大恩ある柴進を救い出すべく高唐州へ押し寄せ、高廉を打ち破った。大牢から柴進を救い出そうとしたが、姿が見えない。高廉から柴進を始末するように命じられた牢役人の藺仁が、人柄優れる柴進を殺すに忍びず、密かに裏の井戸の中に逃がしておいたのであった。まさに命絶えようとしていた柴進は、井戸の中に下りてきた李逵に助け出され、九死に一生得、梁山泊の好漢に仲間入りする。

 入山後は後軍の寨の守備などを担当した。対呼延灼戦では騎兵として出陣し山麓で敵を挑発した。また、青州戦や芒碭山戦にも参戦した。北京戦では、城内に潜入し金一千両を牢役人の蔡福に渡し、盧俊義の命を助けるよう迫った。梁山泊軍の一斉攻撃が始まると、柴進は楽和と共に牢の蔡福・蔡慶を訪れ、捕虜となっていた盧俊義と石秀を救い出した。

 梁山泊での席次は第十位。金銭糧食をつかさどる頭領。

好漢紹介 朱仝

2010-09-16 | 好漢紹介 天罡星2
  てんまんせい びぜんこう しゅどう
 天満星 美髯公 朱仝


 済州鄆城県の都頭。身の丈八尺四・五寸、髯の長さは一尺五寸、顔は大きな棗のよう、眼は星のように鋭く、容貌が関帝(関羽)にそっくりで、あだ名は美髯公。朴刀の使い手。地方の物持ちで、義にあつく金銭には淡泊。世の好漢を交わるのを好み、晁蓋や宋江とも親交がある。武芸の腕も確か。

 ある時、知県の時文彬に命じられて、雷横と共に県管内の巡回を行う。同僚の雷横とは任務を共にすることが多かった。のち、生辰綱(蔡京の誕生日祝いの品)強奪事件の犯人が、鄆城県東渓村の保正・晁蓋一味であるということがわかると、知県の時文彬は、県尉以下朱仝、雷横らを遣わして晁蓋を逮捕に行かせる。晁蓋と親交のあった朱仝と雷横は互いに密かに晁蓋を逃がすことを考える。朱仝は、晁蓋の屋敷の裏手を押さえるふりをして裏口から晁蓋を逃がした。

 後、鄆城県の押司・宋江が妾の閻婆惜を刺殺する事件が起きる。及時雨と慕われる宋江が罪を起こしたとは信じられない知県だったが、やむをえず朱仝と雷横を遣わして、宋江の実家である宋家村の宋太公の屋敷を捜索させる。宋江とも懇意であった朱仝は、屋敷内の仏壇の下のあなぐらで宋江を発見するが、これを見逃し宋江に逃亡を勧めた。

 さらに後、新任の知県のもとでは牢役人をつとめる。雷横が、新任知県のお気に入りの芸妓である白秀英を殴り殺してしまい投獄されてくると、朱仝は雷横の世話をすることになる。朱仝は、続けて雷横を済州に護送する人を受けるが、雷横が済州で死刑になることを避けられないと考えた朱仝は、護送の途中に雷横を逃がす。このため朱仝は罪を受け、滄州の牢城へ流罪となる。

 流刑先の滄州では、立派な風貌から知県に気に入られ、役所での雑用係に登用される。また知県の四歳の息子にも気に入られ、遊び相手を務めることになる。ある日、坊ちゃんとともに盂蘭盆の祭りに出ているとき、朱仝は出先で梁山泊に身を寄せていた雷横と呉用に出会い、仲間入りの誘いを受ける。朱仝は、かたくなにこれを断るが、雷横らと話し込んでいる間に坊ちゃんの姿を見失ってしまう。急いで坊ちゃんを捜した朱仝だが、茂みの中で頭を割られて死んでいる坊ちゃんを発見する。呉用とともにやってきていた李逵が、宋江らの命で朱仝を仲間に引き入れるためにやったのだという。怒りで我を忘れた朱仝は、李逵を柴進の屋敷まで追いかけ、李逵を殺そうとする。柴進や呉用・雷横にとりなされた朱仝は、李逵を柴進の屋敷に留め置くことを条件に梁山泊へ仲間入りする。

 入山後は騎兵や歩兵の頭領を務める。対呼延灼戦、青州戦、華州戦、芒碭山戦、曽頭市戦、東昌府戦に参戦。対呼延灼戦では、初戦では宋江の本隊の一角を率い、のちに飛と共に歩兵の一隊を率いた。青州戦では柴進・李俊・張横とともに第四隊を率いた。華州戦では、花栄・徐寧・李応とともに護衛兵に扮して賀太守を待ち受けた。芒碭山の戦いでは、公孫勝の八卦の陣の一角を務めた。北京戦では公孫勝らと共に梁山泊へ残って守りを固めた。曽頭市の戦いでは、雷横・鄒淵・鄒潤とともに歩兵をひきいて西の寨を攻め、曽密を突き殺した。東昌府の戦いでは、雷横と二人がかりで張清に襲いかかるが、首筋に石つぶてを受け逃げ帰った。

 梁山泊での席次は第十二位、騎兵軍の八彪騎兼先鋒八員のひとり。

好漢紹介 魯智深

2010-09-16 | 好漢紹介 天罡星2
  てんこせい かおしょう ろちしん
 天孤星 花和尚 魯智深


 俗名は魯達。物語内で出家し魯智深と名乗る。渭州の経略府に仕える提轄。関西の出身。身の丈八尺、腰の周りは十囲。顔は丸く、耳は大きく、鼻は真っ直ぐで、口は四角い。顎にはむじなひげを生やす。出家後は、背中に入れ墨があることから花和尚とあだ名され、重さ六十二斤の水磨の禅杖を武器とする。

 渭州の提轄として務めていたある日、魯達は華州華陰県史家村から旅をしてきた好漢・史進と出会い意気投合する。また偶然渭州にいた史進のもと武芸師匠の李忠を含めた三人で居酒屋で一杯やっていると、店では歌唄いの金二、金翠蓮父娘が泣いていた。何事かと話を聞いてみると、肉屋の鄭にだまされて借金に苦しめられているという。鄭を懲らしめようとした魯達は鄭の店先に赴き、鄭と争いになる。魯達が拳骨三発を喰らわせると鄭は息絶えてしまい、魯達は渭州から逃亡することになる。

 渭州を離れた魯達は、代州雁門県で金父娘と再会を果たす。翠蓮は、土地の富豪・趙員外の妾となり当地で暮らしていたのだった。魯達が人殺しをし、逃亡中であることを知った趙員外は、魯達に自らが施主を務める五台山の文殊院で出家することを勧める。魯達は勧めに従って五台山の智真長老の元で剃髪し出家して、智深という法名を与えられる。しばらく五台山で修行していた魯智深だが戒律を破って酒を飲み、寺を破壊し仏僧らを傷つけたため、とうとう破門されてしまい、東京の大相国寺へ送られることになる。

 東京への旅の途中、桃家村に立ち寄り、劉太公の娘をむりやり嫁にしようとしていた桃花山の頭領・周通を懲らしめたが、渭州で魯智深と別れた李忠が桃花山の首領を務めていた。魯智深は、李忠と周通に歓待されるが見限って旅を続ける。また、瓦罐寺付近では、追いはぎに身を落としていた史進と再会し、力を合わせて瓦罐寺の賊・崔道成と丘小乙を成敗する。魯智深は再び史進と別れて東京への旅を続ける。

 東京の大相国寺の智清長老の元では、菜園の番人を任じられる。魯智深は持ち前の腕力で菜園付近のごろつきを懲らしめ、これを手なずける。また柳の木を根っこから引っこ抜いてごろつきたちを驚かせた。ある時、魯智深の武芸の稽古を見ていた禁軍教頭の林冲と知り合い、意気投合して義兄弟の契りを結ぶ。林冲が上役の高俅に陥れられ滄州へ流罪となると、密かに後を追っていき、護送途中で護送役人の董超と薛覇に殺されそうになっていた林冲を救い出し、滄州まで送っていった。

 その後、董超・薛覇らの訴えにより、魯智深も東京を追われることになる。逃亡先の孟州の十字坡で張青・孫二娘夫婦と知り合い義を結ぶ。二人の薦めで、青州の二竜山宝珠寺の山賊・竜をたよっていくが、関門を締め切られて追い払われてしまう。思案しているところで、生辰綱の輸送任務に失敗し逃亡中の楊志と出会う。同郷であった魯智深と楊志は力を合わせて二竜山強奪を図る。麓の居酒屋・曹正の協力で宝珠寺に侵入した魯智深と楊志は、あっという間に竜の首を取り、そのまま二竜山を制圧した。その後、武松・張青・孫二娘・曹正・施恩が仲間に加わり勢力は大きくなっていった。

 しばらく後、梁山泊の討伐に失敗した官軍の呼延灼が青州へ落ち延びてくる。呼延灼は汚名挽回のため青州の兵馬を借り受け、青州内の三山(二竜山・桃花山・白虎山)の山賊の討伐に討って出る。魯智深は、桃花山の李忠・周通を救援するために山を下り、自ら呼延灼を相手取って戦うが決着はつかなかった。三山の頭領たちは、つてを頼って梁山泊へ助けを求め、力を合わせて呼延灼を生け捕り青州城を破った。こうして三山の頭領たちは揃って梁山泊へ身を投じ、魯智深も梁山泊の一員となっていた林冲と再会した。

 入山後は、歩兵の頭領を務め、主に武松と行動を共にする。入山直後、旧知の史進を梁山泊の仲間入りさせるために、武松と共に華州少華山へ赴く。折しも史進は華州の城内に囚われの身となっており、史進を救おうとした魯智深は賀太守の暗殺を謀って単身城内に潜入するが、見破られて捕らえられ自らも投獄されてしまった。その後、曽頭市戦、北京戦、東昌府戦に参戦。東昌府の戦いでは、敵将張清をおびき寄せるための兵糧輸送部隊を指揮するが、油断していたため張清の石つぶてを額にぶつけられ負傷した。

 梁山泊での席次は第十三位、歩兵軍の頭領十員の筆頭。

好漢紹介 楊志

2010-09-16 | 好漢紹介 天罡星2
  てんあんせい せいめんじゅう ようし
 天暗星 青面獣 楊志


 もと殿司制使。関西の出身。顔に大きな青あざがあり、あだ名は青面獣。身の丈七尺五・六寸、あごのあたりにはまばらな赤ひげ。五侯楊令公(楊継業)の孫で、武家の名門。武挙にも通っている腕前。太湖から花石綱の運搬を命じられたが、黄河の氾濫で船が転覆し、任務に失敗し逃れて身を隠していた。

 逃亡中だった楊志は、天下に恩赦が下されたので再登用されることを願って東京への旅を続ける途中、梁山泊の付近で林冲と遭遇する。折しも林冲は、梁山泊への投命の証として人の首を取ってくるようにと首領の王倫に命じられていた。楊志は林冲と戦いとなり、朴刀を振るって一進一退、三、四十合も斬り合ったところで王倫に仲裁される。王倫は、楊志を梁山泊の山寨に招いてもてなし、林冲と牽制させる目的で楊志を梁山泊へ引き留めようとするが、楊志の意志は硬く、梁山泊を離れて東京へ向かった。

 東京では太尉の高俅に面会するが、花石綱運送失敗と逃亡の罪を厳しく問われ、再登用されることはかなわず追い出されてしまう。役人たちへの賄賂で金を使い果たしていた楊志は、やむなく伝家の宝刀を売りに街に出る。刀を売っているところを、ごろつきの牛二にからまれ、口論となっているうちにカッとなって、牛二を斬り殺してしまう。牛二はもともと街でも憎まれていたことと、楊志が証人と共に自首して出たことで、死罪は免れ、労役を課せられ北京大名府に流罪となった。

 流刑先の北京では、留守司の梁中書に目をかけられる。なんとか楊志を取り立てたいと考えた梁中書は、武芸の御前試合を催し楊志を戦わせて手並みを見ることにした。楊志は、まずは副牌軍の周謹を軽くあしらい、続いて正牌軍の索超とは五十合あまりにわたる一騎打ちを繰り広げ、梁中書以下、兵馬都監の李成・聞達らを感嘆させた。両名が負傷することを恐れた梁中書は試合を中断させ、楊志と索超を提轄使に取り立てた。

 梁中書の信頼を得た楊志は、梁中書から東京の太師・蔡京への生辰綱(誕生日の贈り物)十万貫の輸送警護を任じられる。楊志は、老謝都管や兵卒たちを率いて任に当たるが、任務を成功させようと意気込むあまり、謝都管たちに厳しく当たる。疲れ果てた謝都管ら一行と共に黄泥岡で休んでいるところ、酒屋が持ってきた痺れ薬入りの酒を皆で飲んでしまい、生辰綱を奪われてしまう。犯行を行った一味は、鄆城東渓村の晁蓋らであった。またも任務を失敗してしまった楊志は、自ら命を絶つことも考えたが、再起を図って逃亡することにする。

 逃亡先の青州二竜山付近で、同じく東京から逃亡中の魯智深と出会う。魯智深は、二竜山の竜に身を寄せようと考えていたが、関門を閉められ追い出されたところであった。同郷であった魯智深と楊志は、意気投合し力を合わせて二竜山強奪を図る。麓の居酒屋・曹正の協力で宝珠寺に侵入した魯智深と楊志は、あっという間に竜の首を取り、そのまま二竜山を制圧した。その後、武松・張青・孫二娘・曹正・施恩が仲間に加わり勢力は大きくなっていった。

 しばらく後、梁山泊の討伐に失敗した官軍の呼延灼が青州へ落ち延びてくる。呼延灼は汚名挽回のため青州の兵馬を借り受け、青州内の三山(二竜山・桃花山・白虎山)の山賊の討伐に討って出る。楊志は、桃花山の李忠・周通を救援するために山を下り、自ら呼延灼を相手取って戦うが決着はつかなかった。三山の頭領たちは、つてを頼って梁山泊へ助けを求め、力を合わせて呼延灼を生け捕り青州城を破った。こうして三山の頭領たちは揃って梁山泊へ身を投じ、楊志も晴れて梁山泊の一員となった。

 入山後は騎兵の頭領を務める。華州戦、北京戦、凌州戦、曽頭市戦、東昌府戦に参戦。華州戦では林冲と共に華州城を攻めた。北京戦では秦明・欧鵬・燕順とともに第四隊を率いて李成の軍を苦しめた。凌州戦では、林冲・孫立・黄信と共に援軍として出陣し関勝を救援した。曽頭市戦では、史進、楊春、陳達とともに北の大寨を攻めた。東昌府戦では、負傷した劉唐を救い出そうと飛び出していくが、張清の石つぶてを冑に当てられ肝を冷やして引き返した。

 梁山泊での席次は第十七位、騎兵軍の小彪将兼斥候八員のひとり。

好漢紹介 索超

2010-09-12 | 好漢紹介 天罡星3
  てんくうせい きゅうせんぽう さくちょう
 天空星 急先鋒 索超


 北京大名府の正牌軍。身の丈は七尺を越え、顔は丸く、耳大きく、唇厚く、口は角ばり、長いひげを生やし威風凛凛。国家の大事にはいきり立って飛び出していく性格で、急先鋒と綽名される。金蘸斧の使い手。

 罪を犯して北京へ流罪となった楊志を気に入った北京留守司・梁中書は、楊志に取り立てる機会を与えるために北京の軍官との御前試合を催す。弟子である副牌軍の周謹が楊志に敗れた後、索超は自ら楊志との試合に臨む。索超と楊志の戦いは凄まじく、両者は五十余合も渡り合ったが、決着がつかず兵馬都監の李成・聞達らをも感嘆させた。いずれかを失うことをおそれた梁中書は、試合を制止し二人を管軍提轄使に取り立てる。索超は楊志の手並みに敬服するが、しばらく後、楊志は任務を失敗して落草してしまう。

 物語の舞台は北京を離れ、しばらく索超も登場しなくなるが、盧俊義の物語で再び舞台が北京へ戻ってくる。梁山泊軍は、北京の牢に捕らわれた盧俊義と石秀を救うべく、北京へ向けて押し寄せる。索超は、兵馬都監・李成の指揮の下、北京城外に布陣し梁山泊軍を迎え撃つが、四方を囲まれ李成とともに血路を開いて退却した。続いて、兵馬都監の聞達とともに出陣、先陣を切って梁山泊軍の先鋒・秦明と渡り合う。しかし二十余合戦ったところで、韓滔に矢を射られ、左腕を負傷し、逃げ帰り療養することになる。東京からの関勝の援軍の策によって梁山泊軍は北京の囲みを説き梁山泊へと兵を退いた。

 その関勝の援軍も梁山泊軍に敗れ投降。梁山泊軍は再び北京へと押し寄せる。すっかり傷の癒えていた索超は、李成とともに飛び出していって寝返った関勝らを相手取って戦うが、城に押し返される。翌日、索超は打って出て梁山泊軍をひとしきり破るが、これは呉用の策略だった。勢いづいた索超は、翌日、雪の激しく降る中、梁山泊軍へ奇襲をかけるが、梁山泊軍の仕掛けた落とし穴に誘い込まれ、捕らえられた。索超は、すでに梁山泊の一員になっていた楊志の勧めもあり、宋江に説かれて梁山泊軍へ投降。梁山泊軍の総攻撃を受けた北京城は陥落した。

 入山後は、盧俊義の麾下で東昌府攻めに参戦。敵将、龔旺と丁得孫を振り切り、敵の大将・張清へ突撃をかけるが、石つぶてを額に当てられ、鮮血をほとばしらせて、陣へと逃げ戻った。

 梁山泊での席次は第十九位。騎兵軍八彪騎兼斥候のひとり。

好漢紹介 劉唐

2010-09-12 | 好漢紹介 天罡星3
  てんいせい せきはつき りゅうとう
 天異星 赤髪鬼 劉唐


 浪人。東潞州の出身。鬢のところに赤あざがあり、そこから茶色い毛が生えているので、あだ名は赤髪鬼。赤黒い大きな顔で、体は黒く大きい。朴刀を操る。

 ある時、鄆城県東渓村への旅の途中、酔って村の霊官殿で裸で眠っていたところを都頭の雷横に捕らえられてしまう。雷横はそのまま村の保正の晁蓋の屋敷を訪れ食事を振る舞われる。この時、晁蓋は密かに捕らわれの劉唐の元へやってくる。劉唐は晁蓋に会いに来た旨を伝えると、晁蓋は劉唐は自分の甥であると偽って雷横に告げ、劉唐は釈放された。劉唐は、雷横に捕らえられたことを恨みに思い、帰って行く雷横を追いかけて戦いを挑む。劉唐と雷横は互いに朴刀を用いて互角に渡り合うが、割って入ってきた私塾教師の呉用に仲裁され、かけつけてきた晁蓋に取りなされて別れた。

 さて劉唐は不義の財である生辰綱(北京の梁中書から東京の太師蔡京へ送られる十万貫の誕生日の贈り物)を強奪することを企てて晁蓋の元を訪れたのだという。晁蓋は、呉用と図り決行の仲間を集めることにする。こうして、晁蓋のもとに劉唐の他、呉用、公孫勝、そして阮氏三兄弟の七人が集まり、義を結び七星の誓いを立て、計略を持って見事輸送中の生辰綱を奪い取ることに成功する。

 その後、生辰綱強奪に協力した白勝が済州の役所に捕らわれ自白したことから晁蓋らの身元が割れてしまう。晁蓋・劉唐らは、鄆城県の押司・宋江の手引きによって梁山泊へ逃れる。梁山泊では首領の王倫が晁蓋らを快く思わず体よく追い返そうとする。しかし、梁山泊の好漢・林冲が王倫の狭量に業を煮やし、自ら王倫を討って晁蓋を新たな梁山泊の首領に迎え入れた。こうして劉唐は新たな体制の梁山泊の一員となる。

 済州から梁山泊に団練使の黄安率いる討伐軍が押し寄せると、梁山泊軍は水戦でこれを迎え撃ち、劉唐は黄安を生け捕りにする功を立てた。その後、劉唐は晁蓋・呉用の使いとして、密かに恩人の鄆城県の宋江の元を訪れる。金子百両と晁蓋からの手紙を宋江に渡そうとするが、宋江は手紙と金子一両のみを受け取って劉唐を返した。

 のち宋江が江州にて囚われの身となると、晁蓋らと共に江州へ乗り込んでいって、処刑間際の宋江を救い出した。この後、無為軍戦、対呼延灼戦、曽頭市戦、北京戦、東平府戦、東昌府戦に参戦。対呼延灼戦では、杜遷と共に歩兵の一隊を率い、敗走する敵将・韓滔を生け捕った。曽頭市戦では、白勝と共に負傷した晁蓋を馬に乗せて血路を切り開いた。北京戦では、楊雄と共に護送役人に変装して北京城内に潜入し、合図と共に暴れ回り王太守の家族を皆殺しにした。東昌府戦では、朴刀で敵将・張清の馬を斬りつけるが、石つぶてを受けて倒れ、生け捕りにされてしまい、東昌府陥落後に救い出された。

 梁山泊での席次は第二十一位、歩兵軍の頭領十員のひとり。

好漢紹介 史進

2010-09-12 | 好漢紹介 天罡星3
  てんびせい くもんりゅう ししん
 天微星 九紋竜 史進


 華州華陰県史家村の豪農の息子。体中に九つの竜の刺青があり、綽名は九紋竜。登場時の年齢は十八、九歳。家の農事には全く興味を示さず、もっぱら武芸の鍛錬に勤しんでいた。

 史進は武芸の腕には自信を持っていたが、宿を貸した旅人の王進に未熟さを指摘され、打ち負かされる。王進は、逃亡中の東京の八十万禁軍の武芸師範だったのである。史進は王進を引き留めて教えを請い、武芸十八般を身につける。王進が去り、また程なく父の史大公が没すると、史進は家業を継いだ。

 ある時、史進は近隣の少華山の山賊、朱武・陳達・楊春を懲らしめる。しかし彼らが義侠心の持ち主であることを知った史進は彼らと誼を結ぶ。このことが役所にばれ、史進と朱武らの宴席の最中、屋敷は捕り手の役人たちに包囲される。史進は、なおも朱武らとの仁義を重んじ、屋敷を焼き払い、討って出て捕り手役人を斬って逃亡、師の王進を探す旅に出る。

 旅先の渭州で好漢・魯達と出会い、意気投合して義兄弟の契りを結ぶ。のち旅先で出家した魯達(魯智深)に再会、力を合わせて瓦罐寺の賊を成敗した。魯智深と別れ旅を続けるが、ついに王進に巡り会うことはかなわず、華陰県に戻り、少華山の朱武らを頼っていく。

 しばらく物語から姿を消すが少華山の首領として再登場。良民を苦しめる華州の太守、賀太守を討つために単身突出するが、逆に捕らえられて華州城に投獄される。史進らを仲間に迎えようとしていた梁山泊軍が賀太守を討ち、史進は救い出され少華山の配下とともに梁山泊へ仲間入りする。

 梁山泊へ入山後は、手柄を立てようと芒碭山討伐戦の先鋒を買って出るが、敵の妖術に苦しみ敗走。また、東平府攻めでは、昔なじみの娼妓、李瑞蘭を頼って城内に潜入するが、通報されて捕らえられ、拷問を受けて投獄されるなど精彩を欠いた。

 梁山泊での席次は第二十三位。騎兵軍八虎将兼先鋒使のひとり。

好漢紹介 雷横

2010-09-12 | 好漢紹介 天罡星3
  てんたいせい そうしこ らいおう
 天退星 挿翅虎 雷横


 鄆城県の都頭。脚力が強く、二、三丈の川も飛び越えてしまうので、あだ名は挿翅虎。身の丈は七尺五寸。赤銅色の顔に、左右に跳ね上がったひげ。義侠心は強いが意固地なところもある。朴刀の使い手。元は鍛冶屋。老母と暮らしている。朱仝とは同僚で、また同じ役所に使える宋江や東渓村の保正・晁蓋とも知り合い。

 ある時、知県の時文彬に命じられて、土兵を引きつれて城外の巡回を行う。途中立ち寄った東渓村の霊官殿で酔っぱらって裸で寝ている男を発見し縛り上げ、東渓村保正の晁蓋の屋敷に連行していく。捕らえられた男・劉唐は、晁蓋に助けを求め、晁蓋の甥のふりをして釈放される。晁蓋は雷横に銀子を渡して送り出すが、無実の罪で捕らえられた劉唐は我慢ができず、雷横を追いかけていく。雷横と劉唐は朴刀をとって渡り合うが、村の書生の呉用が割って入り、追いついてきた晁蓋に仲裁された。
 
 その後、晁蓋・呉用・劉唐ら七人が東京の太師・蔡京への生辰綱(誕生日の贈り物)強奪の事件を起こすと、雷横と朱仝は晁蓋の捕獲を命じられる。二人は晁蓋の屋敷に向かうが、親交のある晁蓋を逃がすために互いに牽制しあい、なかなか晁蓋を捕らえようとしない。結局屋敷の裏口に朱仝がまわり、わざと晁蓋一行等を逃がした。また、鄆城県押司の宋江が殺人を犯したときも、朱仝とともに宋江の実家に捜索に行くが、親しい宋江をかばっていい加減な捜査ですませ、宋江を逃がす手助けをした。

 しばらく後、雷横は東京からの旅芸人白玉喬・白秀英父娘の芝居小屋に足を運ぶが、この日、一文も持ち合わせが無く、金を支払うことができなかった。雷横は父娘からしつこく罵られ、堪えかねて白玉喬を殴って重傷を負わせてしまった。白秀英が、東京にいた頃関係を持っていた新任の鄆城知県に訴え出て、雷横は捉えられ首かせをはめられて、白秀英の芝居小屋の前にさらしものにされた。

 これを見た雷横の老母が白秀英と口論となり、白秀英は雷横の母を平手打ちにした。親思いの雷横は堪えかねて枷を白秀英の頭に振り下ろすと、白秀英は頭が砕けて死んでしまい、雷横は投獄される。雷横は死刑の判決を受けるべく東平府へ護送されることになるが、護送の任務を務めていた同僚の朱仝のはからいで逃がされる。すぐに家に戻って母親を連れた雷横は梁山泊に身を投じた。入山後、罪をかぶって滄州に配流となった朱仝を仲間に迎えるために呉用・李逵と共に滄州に赴いた。

 入山後は歩兵軍の頭領をつとめる。高唐州戦、対呼延灼戦、北京戦、曽頭市戦、東昌府戦に参戦。高唐州の戦いでは、公孫勝に妖術を破られ空から落ちてきた高廉を、飛び出していって真っ二つに斬った。呼延灼率いる官軍との戦いでは、官軍の攻撃の前に矢傷を負う。湯隆が呼延灼の連還馬を破るこう鏈鎗の献策をした際、家が元鍛冶屋であった雷横は、鈎鏈鎗の製造の指揮を執った。東昌府の戦いでは、朱仝とともに敵将張清を挟み撃ちにするが、額に張清の石つぶてを食らい退却した。

 梁山泊での席次は第二十七位。歩兵軍の頭領十員のひとり。

好漢紹介 阮小二

2010-09-10 | 好漢紹介 天罡星4
  てんけんせい りっちたいさい げんしょうじ
 天剣星 立地太歳 阮小二


 済州石碣村の三兄弟の漁師の長兄。義に厚く、武芸に抜きんで、水練・操舵に長ける。あだ名は立地太歳。くぼんだ目に、起った眉、大きな口。弟に阮小五、阮小七。兄弟の仲で唯一妻帯している。呉用の旧知。

 ある時、旧知の呉用が石碣村を訪れる。阮氏三兄弟は呉用を酒でもてなすが、その席で呉用に東渓村の晁蓋が、不義の財である生辰綱(北京の梁中書から東京の太師蔡京へ送られる十万貫の誕生日の贈り物)を強奪することを企てており、阮氏三兄弟の力を借りたいことを告げられる。今の生活に不満を持っていた阮氏三兄弟は、すぐに呉用の誘いに応じ晁蓋らに力を貸すことを決める。晁蓋以下、呉用、公孫勝、劉唐そして阮氏三兄弟の七人は、義を結び七星の誓いを立て、計略を持って見事輸送中の生辰綱を奪い取ることに成功する。

 その後、生辰綱強奪に協力した白勝が済州の役所に捕らわれ自白したことから晁蓋らの身元が割れてしまう。晁蓋らは、鄆城県の押司・宋江の手引きによって梁山泊へ逃れ、阮氏三兄弟は水戦で追っ手の何濤を撃退する。梁山泊では首領の王倫が晁蓋らを快く思わず体よく追い返そうとする。しかし、梁山泊の好漢・林冲が王倫の狭量に業を煮やし、自ら王倫を討って晁蓋を新たな梁山泊の首領に迎え入れた。こうして阮小二は新たな体制の梁山泊の一員となる。

 入山後は、水軍の頭領を務める。宋江が江州にて囚われの身となると、晁蓋らと共に江州へ乗り込んでいって、処刑間際の宋江を救い出した。対呼延灼戦、曽頭市戦、対関勝戦、東平府戦、東昌府戦に参戦。対呼延灼戦では、凌振の火砲を封じて水中でこれを生け捕った。曽頭市戦では、矢で負傷した晁蓋を守って山寨へ連れ戻った。対関勝戦では、関勝に捕らわれた張横を救いに出るが、奇襲を読まれており、阮小七を捕らえられてしまった。東昌府の戦いでは、水中に追い落とされた張清を三兄弟で生け捕りにした。

 梁山泊での席次は第二十七位、水軍の頭領のひとり。

好漢紹介 阮小五

2010-09-10 | 好漢紹介 天罡星4
  てんざいせい たんめいじろう げんしょうご
 天罪星 短命二郎 阮小五


 済州石碣村の三兄弟の漁師の次兄。義に厚く、武芸に抜きんで、水練・操舵に長ける。あだ名は短命二郎。手は鉄棒の如く、眼は銅の鈴のよう、胸元には豹の刺青がある。兄に阮小二、弟に阮小七。老母と共に暮らす。呉用の旧知。

 ある時、旧知の呉用が石碣村を訪れる。阮氏三兄弟は呉用を酒でもてなすが、その席で呉用に東渓村の晁蓋が、不義の財である生辰綱(北京の梁中書から東京の太師蔡京へ送られる十万貫の誕生日の贈り物)を強奪することを企てており、阮氏三兄弟の力を借りたいことを告げられる。今の生活に不満を持っていた阮氏三兄弟は、すぐに呉用の誘いに応じ晁蓋らに力を貸すことを決める。晁蓋以下、呉用、公孫勝、劉唐そして阮氏三兄弟の七人は、義を結び七星の誓いを立て、計略を持って見事輸送中の生辰綱を奪い取ることに成功する。

 その後、生辰綱強奪に協力した白勝が済州の役所に捕らわれ自白したことから晁蓋らの身元が割れてしまう。晁蓋らは、鄆城県の押司・宋江の手引きによって梁山泊へ逃れ、阮氏三兄弟は水戦で追っ手の何濤を撃退する。梁山泊では首領の王倫が晁蓋らを快く思わず体よく追い返そうとする。しかし、梁山泊の好漢・林冲が王倫の狭量に業を煮やし、自ら王倫を討って晁蓋を新たな梁山泊の首領に迎え入れた。こうして阮小五は新たな体制の梁山泊の一員となる。

 入山後は、水軍の頭領を務める。宋江が江州にて囚われの身となると、晁蓋らと共に江州へ乗り込んでいって、処刑間際の宋江を救い出した。対呼延灼戦、曽頭市戦、対関勝戦、東平府戦、東昌府戦に参戦。対呼延灼戦では、凌振の火砲を封じて水中でこれを生け捕った。曽頭市戦では、矢で負傷した晁蓋を守って山寨へ連れ戻った。対関勝戦では、関勝に捕らわれた張横を救いに出るが、奇襲を読まれており、阮小七を捕らえられてしまった。東昌府の戦いでは、水中に追い落とされた張清を三兄弟で生け捕りにした。

 梁山泊での席次は第二十九位、水軍の頭領のひとり。

好漢紹介 阮小七

2010-09-10 | 好漢紹介 天罡星4
  てんはいせい かつえんら げんしょうしち
 天敗星 活閻羅 阮小七


 済州石碣村の三兄弟の漁師の末弟。義に厚く、武芸に抜きんで、水練・操舵に長ける。あだ名は活閻羅。できもののある顔、突き出た眼、淡い黄色い鬚に、鉄や銅のような体。てきぱきとした性格。兄に阮小二、阮小五。呉用の旧知。

 ある時、旧知の呉用が石碣村を訪れる。阮氏三兄弟は呉用を酒でもてなすが、その席で呉用に東渓村の晁蓋が、不義の財である生辰綱(北京の梁中書から東京の太師蔡京へ送られる十万貫の誕生日の贈り物)を強奪することを企てており、阮氏三兄弟の力を借りたいことを告げられる。今の生活に不満を持っていた阮氏三兄弟は、すぐに呉用の誘いに応じ晁蓋らに力を貸すことを決める。晁蓋以下、呉用、公孫勝、劉唐そして阮氏三兄弟の七人は、義を結び七星の誓いを立て、計略を持って見事輸送中の生辰綱を奪い取ることに成功する。

 その後、生辰綱強奪に協力した白勝が済州の役所に捕らわれ自白したことから晁蓋らの身元が割れてしまう。晁蓋らは、鄆城県の押司・宋江の手引きによって梁山泊へ逃れ、阮氏三兄弟は水戦で追っ手の何濤を撃退する。梁山泊では首領の王倫が晁蓋らを快く思わず体よく追い返そうとする。しかし、梁山泊の好漢・林冲が王倫の狭量に業を煮やし、自ら王倫を討って晁蓋を新たな梁山泊の首領に迎え入れた。こうして阮小七は新たな体制の梁山泊の一員となる。

 入山後は、水軍の頭領を務める。。宋江が江州にて囚われの身となると、晁蓋らと共に江州へ乗り込んでいって、処刑間際の宋江を救い出した。対呼延灼戦、曽頭市戦、対関勝戦、東平府戦、東昌府戦に参戦。対呼延灼戦では、凌振の火砲を封じて水中でこれを生け捕った。曽頭市戦では、矢で負傷した晁蓋を守って山寨へ連れ戻った。対関勝戦では、関勝に捕らわれた張横を救いに出るが、奇襲を読まれており、阮小七は捕らえられてしまった。東昌府の戦いでは、水中に追い落とされた張清を三兄弟で生け捕りにした。

 梁山泊での席次は第三十一位、水軍の頭領のひとり。