水滸聚義

中国古典『水滸伝』の紹介や考察を行っています

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地名紹介 淮南 泗州管内

2010-10-16 | 地名紹介 淮南
  ししゅう
 泗州


 北宋の淮南東路に属す。現在の安徽省宿州市泗県。

 高俅の梁山泊討伐に参加した船大工・葉春の出身地(80回)。

 方臘討伐後、盧州に赴任していた盧俊義は、東京へ呼び出され天子に拝謁した後、奸臣等に水銀の入った食事を食べさせられる。盧州への帰途、泗州の付近で、水銀の毒がまわった盧俊義は、足を滑らせ船から淮河に落ちて死んだ。遺体は従者に引き上げられて泗州の高原に葬られた(120回)。


  りんわいしゅう
 臨淮州


 臨淮県のことか。北宋の淮南東路・泗州の属県。現在の江蘇省宿遷市泗洪県。

 東京を追放になったごろつき時代の高俅が身を寄せていた場所(第2回)。

地名紹介 淮南 濠州管内

2010-10-16 | 地名紹介 淮南
  ごうしゅう
 濠州


 北宋の淮南西路に属す。現在の安徽省滁州市鳳陽県。
 
 生辰綱強奪の際、晁蓋ら七人は濠州の行商人を装った(16・18回)。

 管内に定遠県がある(57回)。

 
  ていえんけん
 定遠県


 濠州の属県。現在の安徽省滁州市定遠県。

 神機軍師・朱武の出身地(2・58回)。

 また打虎将・李忠の出身地(57回)。