水滸聚義

中国古典『水滸伝』の紹介や考察を行っています

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好漢紹介 柴進

2010-09-16 | 好漢紹介 天罡星2
  てんきせい しょうせんぷう さいしん 
 天貴星 小旋風 柴進


 滄州の長者。後周の皇帝、柴世宗の子孫で、土地のものからは柴大官人と呼ばれる。優れた容貌で、竜の眉に鳳凰の眼、白い歯に赤い唇、口をおおう三すじのひげを生やす。登場時三十四、五才。軒昂たる人品で、あだ名は小旋風。柴世宗は宋の太祖に皇帝の座を譲った人物で、一族は宋の皇室から庇護を受け、天子のお墨付きである丹書鉄券を与えられた家柄である。柴進は、天下の好漢と交わることを好み罪を犯して行き場をなくした人々を、食客として屋敷に住まわせていた。

 ある時、狩りを終えて屋敷に戻ってくるときに、流罪人の東京の八十万禁軍教頭林冲一行に声をかけられる。柴進は、配流中の林冲を快く屋敷に迎え入れてもてなした。ちょうど柴進の家に居候になっていた棒術師範の洪教頭が、林冲にちょっかいを出してくると、これを快く思わない柴進は、林冲と洪教頭に棒術の勝負をさせる。結果、林冲が洪教頭に圧勝し、洪教頭は屋敷を出て行った。その後、柴進は滄州の牢城で便宜を図ってもらえるよう手紙をしたためて銀子と共に林冲に手渡して、これを見送った。林冲が高俅の手先に命を狙われ、これを返り討ちにして滄州の牢城を脱走してくるとこれを保護し、林冲に梁山泊の王倫のもとへ身を寄せるように勧める。梁山泊の首領王倫や頭領の杜遷も、かつて柴進の世話になったことのある人物であった。

 しばらく後、鄆城県で人殺しをした宋江と弟の宋清が身を隠すために柴進の屋敷を訪れる。山東の及時雨宋江の大名を聞き及んでいた柴進は喜んで宋江らを迎え入れた。同じく柴進の屋敷にやっかいになっていた武松と宋江を引き合わせた。またしばらく後、梁山泊の呉用・雷横・李逵らが朱仝を仲間に加えるために滄州を訪れた際、彼らを家に逗留させた。

 そんな折、高唐州に住む叔父・柴皇城が危篤との知らせが入る。柴進は李逵を連れて高唐州の柴皇城の屋敷へと急ぐ。高唐州知府・高廉の妻の弟の殷天錫というごろつきが、高廉の権威をかさに着て、美しい柴皇城の屋敷を明け渡すよう因縁をつけ、これを断った柴皇城に暴力を振るって危篤に追い込んでいたのである。柴皇城は、柴進に無念の意を伝えて絶命する。するとまた殷天錫がやってきて屋敷を明け渡すように迫ってくる。柴進は、叔父の喪が明ける四十九日の後に屋敷を明け渡すと言うが、殷天錫は聞き入れず、取り巻きたちに柴進を襲わせる。脇にいた李逵は、我慢ができなくなり、取り巻きたちを蹴散らして殷天錫を殴り殺してしまった。

 柴進は李逵を逃がして梁山泊へ戻らせ、天子のお墨付きである丹書鉄券をたてに放免されるように求めるが、妻の弟を殺された知府・高廉の前では、まったく聞き入れられず、拷問を受けて殷天錫殺しを自供させられ、首枷をつけて死刑囚の牢獄に押し込まれた。梁山泊軍は大恩ある柴進を救い出すべく高唐州へ押し寄せ、高廉を打ち破った。大牢から柴進を救い出そうとしたが、姿が見えない。高廉から柴進を始末するように命じられた牢役人の藺仁が、人柄優れる柴進を殺すに忍びず、密かに裏の井戸の中に逃がしておいたのであった。まさに命絶えようとしていた柴進は、井戸の中に下りてきた李逵に助け出され、九死に一生得、梁山泊の好漢に仲間入りする。

 入山後は後軍の寨の守備などを担当した。対呼延灼戦では騎兵として出陣し山麓で敵を挑発した。また、青州戦や芒碭山戦にも参戦した。北京戦では、城内に潜入し金一千両を牢役人の蔡福に渡し、盧俊義の命を助けるよう迫った。梁山泊軍の一斉攻撃が始まると、柴進は楽和と共に牢の蔡福・蔡慶を訪れ、捕虜となっていた盧俊義と石秀を救い出した。

 梁山泊での席次は第十位。金銭糧食をつかさどる頭領。

好漢紹介 朱仝

2010-09-16 | 好漢紹介 天罡星2
  てんまんせい びぜんこう しゅどう
 天満星 美髯公 朱仝


 済州鄆城県の都頭。身の丈八尺四・五寸、髯の長さは一尺五寸、顔は大きな棗のよう、眼は星のように鋭く、容貌が関帝(関羽)にそっくりで、あだ名は美髯公。朴刀の使い手。地方の物持ちで、義にあつく金銭には淡泊。世の好漢を交わるのを好み、晁蓋や宋江とも親交がある。武芸の腕も確か。

 ある時、知県の時文彬に命じられて、雷横と共に県管内の巡回を行う。同僚の雷横とは任務を共にすることが多かった。のち、生辰綱(蔡京の誕生日祝いの品)強奪事件の犯人が、鄆城県東渓村の保正・晁蓋一味であるということがわかると、知県の時文彬は、県尉以下朱仝、雷横らを遣わして晁蓋を逮捕に行かせる。晁蓋と親交のあった朱仝と雷横は互いに密かに晁蓋を逃がすことを考える。朱仝は、晁蓋の屋敷の裏手を押さえるふりをして裏口から晁蓋を逃がした。

 後、鄆城県の押司・宋江が妾の閻婆惜を刺殺する事件が起きる。及時雨と慕われる宋江が罪を起こしたとは信じられない知県だったが、やむをえず朱仝と雷横を遣わして、宋江の実家である宋家村の宋太公の屋敷を捜索させる。宋江とも懇意であった朱仝は、屋敷内の仏壇の下のあなぐらで宋江を発見するが、これを見逃し宋江に逃亡を勧めた。

 さらに後、新任の知県のもとでは牢役人をつとめる。雷横が、新任知県のお気に入りの芸妓である白秀英を殴り殺してしまい投獄されてくると、朱仝は雷横の世話をすることになる。朱仝は、続けて雷横を済州に護送する人を受けるが、雷横が済州で死刑になることを避けられないと考えた朱仝は、護送の途中に雷横を逃がす。このため朱仝は罪を受け、滄州の牢城へ流罪となる。

 流刑先の滄州では、立派な風貌から知県に気に入られ、役所での雑用係に登用される。また知県の四歳の息子にも気に入られ、遊び相手を務めることになる。ある日、坊ちゃんとともに盂蘭盆の祭りに出ているとき、朱仝は出先で梁山泊に身を寄せていた雷横と呉用に出会い、仲間入りの誘いを受ける。朱仝は、かたくなにこれを断るが、雷横らと話し込んでいる間に坊ちゃんの姿を見失ってしまう。急いで坊ちゃんを捜した朱仝だが、茂みの中で頭を割られて死んでいる坊ちゃんを発見する。呉用とともにやってきていた李逵が、宋江らの命で朱仝を仲間に引き入れるためにやったのだという。怒りで我を忘れた朱仝は、李逵を柴進の屋敷まで追いかけ、李逵を殺そうとする。柴進や呉用・雷横にとりなされた朱仝は、李逵を柴進の屋敷に留め置くことを条件に梁山泊へ仲間入りする。

 入山後は騎兵や歩兵の頭領を務める。対呼延灼戦、青州戦、華州戦、芒碭山戦、曽頭市戦、東昌府戦に参戦。対呼延灼戦では、初戦では宋江の本隊の一角を率い、のちに飛と共に歩兵の一隊を率いた。青州戦では柴進・李俊・張横とともに第四隊を率いた。華州戦では、花栄・徐寧・李応とともに護衛兵に扮して賀太守を待ち受けた。芒碭山の戦いでは、公孫勝の八卦の陣の一角を務めた。北京戦では公孫勝らと共に梁山泊へ残って守りを固めた。曽頭市の戦いでは、雷横・鄒淵・鄒潤とともに歩兵をひきいて西の寨を攻め、曽密を突き殺した。東昌府の戦いでは、雷横と二人がかりで張清に襲いかかるが、首筋に石つぶてを受け逃げ帰った。

 梁山泊での席次は第十二位、騎兵軍の八彪騎兼先鋒八員のひとり。

好漢紹介 魯智深

2010-09-16 | 好漢紹介 天罡星2
  てんこせい かおしょう ろちしん
 天孤星 花和尚 魯智深


 俗名は魯達。物語内で出家し魯智深と名乗る。渭州の経略府に仕える提轄。関西の出身。身の丈八尺、腰の周りは十囲。顔は丸く、耳は大きく、鼻は真っ直ぐで、口は四角い。顎にはむじなひげを生やす。出家後は、背中に入れ墨があることから花和尚とあだ名され、重さ六十二斤の水磨の禅杖を武器とする。

 渭州の提轄として務めていたある日、魯達は華州華陰県史家村から旅をしてきた好漢・史進と出会い意気投合する。また偶然渭州にいた史進のもと武芸師匠の李忠を含めた三人で居酒屋で一杯やっていると、店では歌唄いの金二、金翠蓮父娘が泣いていた。何事かと話を聞いてみると、肉屋の鄭にだまされて借金に苦しめられているという。鄭を懲らしめようとした魯達は鄭の店先に赴き、鄭と争いになる。魯達が拳骨三発を喰らわせると鄭は息絶えてしまい、魯達は渭州から逃亡することになる。

 渭州を離れた魯達は、代州雁門県で金父娘と再会を果たす。翠蓮は、土地の富豪・趙員外の妾となり当地で暮らしていたのだった。魯達が人殺しをし、逃亡中であることを知った趙員外は、魯達に自らが施主を務める五台山の文殊院で出家することを勧める。魯達は勧めに従って五台山の智真長老の元で剃髪し出家して、智深という法名を与えられる。しばらく五台山で修行していた魯智深だが戒律を破って酒を飲み、寺を破壊し仏僧らを傷つけたため、とうとう破門されてしまい、東京の大相国寺へ送られることになる。

 東京への旅の途中、桃家村に立ち寄り、劉太公の娘をむりやり嫁にしようとしていた桃花山の頭領・周通を懲らしめたが、渭州で魯智深と別れた李忠が桃花山の首領を務めていた。魯智深は、李忠と周通に歓待されるが見限って旅を続ける。また、瓦罐寺付近では、追いはぎに身を落としていた史進と再会し、力を合わせて瓦罐寺の賊・崔道成と丘小乙を成敗する。魯智深は再び史進と別れて東京への旅を続ける。

 東京の大相国寺の智清長老の元では、菜園の番人を任じられる。魯智深は持ち前の腕力で菜園付近のごろつきを懲らしめ、これを手なずける。また柳の木を根っこから引っこ抜いてごろつきたちを驚かせた。ある時、魯智深の武芸の稽古を見ていた禁軍教頭の林冲と知り合い、意気投合して義兄弟の契りを結ぶ。林冲が上役の高俅に陥れられ滄州へ流罪となると、密かに後を追っていき、護送途中で護送役人の董超と薛覇に殺されそうになっていた林冲を救い出し、滄州まで送っていった。

 その後、董超・薛覇らの訴えにより、魯智深も東京を追われることになる。逃亡先の孟州の十字坡で張青・孫二娘夫婦と知り合い義を結ぶ。二人の薦めで、青州の二竜山宝珠寺の山賊・竜をたよっていくが、関門を締め切られて追い払われてしまう。思案しているところで、生辰綱の輸送任務に失敗し逃亡中の楊志と出会う。同郷であった魯智深と楊志は力を合わせて二竜山強奪を図る。麓の居酒屋・曹正の協力で宝珠寺に侵入した魯智深と楊志は、あっという間に竜の首を取り、そのまま二竜山を制圧した。その後、武松・張青・孫二娘・曹正・施恩が仲間に加わり勢力は大きくなっていった。

 しばらく後、梁山泊の討伐に失敗した官軍の呼延灼が青州へ落ち延びてくる。呼延灼は汚名挽回のため青州の兵馬を借り受け、青州内の三山(二竜山・桃花山・白虎山)の山賊の討伐に討って出る。魯智深は、桃花山の李忠・周通を救援するために山を下り、自ら呼延灼を相手取って戦うが決着はつかなかった。三山の頭領たちは、つてを頼って梁山泊へ助けを求め、力を合わせて呼延灼を生け捕り青州城を破った。こうして三山の頭領たちは揃って梁山泊へ身を投じ、魯智深も梁山泊の一員となっていた林冲と再会した。

 入山後は、歩兵の頭領を務め、主に武松と行動を共にする。入山直後、旧知の史進を梁山泊の仲間入りさせるために、武松と共に華州少華山へ赴く。折しも史進は華州の城内に囚われの身となっており、史進を救おうとした魯智深は賀太守の暗殺を謀って単身城内に潜入するが、見破られて捕らえられ自らも投獄されてしまった。その後、曽頭市戦、北京戦、東昌府戦に参戦。東昌府の戦いでは、敵将張清をおびき寄せるための兵糧輸送部隊を指揮するが、油断していたため張清の石つぶてを額にぶつけられ負傷した。

 梁山泊での席次は第十三位、歩兵軍の頭領十員の筆頭。

好漢紹介 楊志

2010-09-16 | 好漢紹介 天罡星2
  てんあんせい せいめんじゅう ようし
 天暗星 青面獣 楊志


 もと殿司制使。関西の出身。顔に大きな青あざがあり、あだ名は青面獣。身の丈七尺五・六寸、あごのあたりにはまばらな赤ひげ。五侯楊令公(楊継業)の孫で、武家の名門。武挙にも通っている腕前。太湖から花石綱の運搬を命じられたが、黄河の氾濫で船が転覆し、任務に失敗し逃れて身を隠していた。

 逃亡中だった楊志は、天下に恩赦が下されたので再登用されることを願って東京への旅を続ける途中、梁山泊の付近で林冲と遭遇する。折しも林冲は、梁山泊への投命の証として人の首を取ってくるようにと首領の王倫に命じられていた。楊志は林冲と戦いとなり、朴刀を振るって一進一退、三、四十合も斬り合ったところで王倫に仲裁される。王倫は、楊志を梁山泊の山寨に招いてもてなし、林冲と牽制させる目的で楊志を梁山泊へ引き留めようとするが、楊志の意志は硬く、梁山泊を離れて東京へ向かった。

 東京では太尉の高俅に面会するが、花石綱運送失敗と逃亡の罪を厳しく問われ、再登用されることはかなわず追い出されてしまう。役人たちへの賄賂で金を使い果たしていた楊志は、やむなく伝家の宝刀を売りに街に出る。刀を売っているところを、ごろつきの牛二にからまれ、口論となっているうちにカッとなって、牛二を斬り殺してしまう。牛二はもともと街でも憎まれていたことと、楊志が証人と共に自首して出たことで、死罪は免れ、労役を課せられ北京大名府に流罪となった。

 流刑先の北京では、留守司の梁中書に目をかけられる。なんとか楊志を取り立てたいと考えた梁中書は、武芸の御前試合を催し楊志を戦わせて手並みを見ることにした。楊志は、まずは副牌軍の周謹を軽くあしらい、続いて正牌軍の索超とは五十合あまりにわたる一騎打ちを繰り広げ、梁中書以下、兵馬都監の李成・聞達らを感嘆させた。両名が負傷することを恐れた梁中書は試合を中断させ、楊志と索超を提轄使に取り立てた。

 梁中書の信頼を得た楊志は、梁中書から東京の太師・蔡京への生辰綱(誕生日の贈り物)十万貫の輸送警護を任じられる。楊志は、老謝都管や兵卒たちを率いて任に当たるが、任務を成功させようと意気込むあまり、謝都管たちに厳しく当たる。疲れ果てた謝都管ら一行と共に黄泥岡で休んでいるところ、酒屋が持ってきた痺れ薬入りの酒を皆で飲んでしまい、生辰綱を奪われてしまう。犯行を行った一味は、鄆城東渓村の晁蓋らであった。またも任務を失敗してしまった楊志は、自ら命を絶つことも考えたが、再起を図って逃亡することにする。

 逃亡先の青州二竜山付近で、同じく東京から逃亡中の魯智深と出会う。魯智深は、二竜山の竜に身を寄せようと考えていたが、関門を閉められ追い出されたところであった。同郷であった魯智深と楊志は、意気投合し力を合わせて二竜山強奪を図る。麓の居酒屋・曹正の協力で宝珠寺に侵入した魯智深と楊志は、あっという間に竜の首を取り、そのまま二竜山を制圧した。その後、武松・張青・孫二娘・曹正・施恩が仲間に加わり勢力は大きくなっていった。

 しばらく後、梁山泊の討伐に失敗した官軍の呼延灼が青州へ落ち延びてくる。呼延灼は汚名挽回のため青州の兵馬を借り受け、青州内の三山(二竜山・桃花山・白虎山)の山賊の討伐に討って出る。楊志は、桃花山の李忠・周通を救援するために山を下り、自ら呼延灼を相手取って戦うが決着はつかなかった。三山の頭領たちは、つてを頼って梁山泊へ助けを求め、力を合わせて呼延灼を生け捕り青州城を破った。こうして三山の頭領たちは揃って梁山泊へ身を投じ、楊志も晴れて梁山泊の一員となった。

 入山後は騎兵の頭領を務める。華州戦、北京戦、凌州戦、曽頭市戦、東昌府戦に参戦。華州戦では林冲と共に華州城を攻めた。北京戦では秦明・欧鵬・燕順とともに第四隊を率いて李成の軍を苦しめた。凌州戦では、林冲・孫立・黄信と共に援軍として出陣し関勝を救援した。曽頭市戦では、史進、楊春、陳達とともに北の大寨を攻めた。東昌府戦では、負傷した劉唐を救い出そうと飛び出していくが、張清の石つぶてを冑に当てられ肝を冷やして引き返した。

 梁山泊での席次は第十七位、騎兵軍の小彪将兼斥候八員のひとり。