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設計屋系システム屋から見た世界

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ルールに従う人、ルールを作る人、そしてルールを作る人を選ぶ私達

2004-07-10 03:30:46 | 時事
 H-Yamaguchi.netさんの、官僚を擁護してみるという記事に、官僚が法のグレーゾーンに対して
勝手な解釈をせずに決断を避ける事は妥当な事だ、という内容の事が書かれていました。
(法の解釈を決めるのは官僚(行政)ではなく裁判所(司法)だ、と。)
 私も同意見です。(同意見と言うよりも、国としてのルールとしてそう決まっているわけですから、
本来意見を挟む余地など無い事実のはずなのですが。)

 日本は法治国家であるはずなのに、何故か「法」という明確なルールに従って行動する人が
ルールを何一つ破っていないのに非難をされ、法そのものを改善しようという方向に議論が
進まない事が残念でなりません。

 前回に続いて今回も言いますが、
「筋違いの相手に対する批判に使っているエネルギーを、ルールを変えていくための
前向きな行動に使って行けたならば、この国はきっと良くなる」
と思うのです。


 さて、では何故日本ではルールに従う事が非難されるのか、その原因について少し考えて
みました。
 私はその原因は、「公務員」とは異なる立場にある「企業」の行動にあるのではないか
と考えます。

 「官僚」や「お役所」等の公務員は、その仕事の性質上、厳格にルールを守る事が要求されます。
仕事の内容もルールも、全て「法」によって規定されます。
 一方、一般企業であれば会社としての独自の業務ルールの拘束力は法の拘束力に比べれば、
ずっと弱いものです。社内のルールの多少の逸脱(明確なルール違反ではなく、ちょっとしたフライング等)は、
その結果が、顧客を喜ばせ、利益につながるのであれば黙認される風潮にあるように思います。
 (当然法律を遵守する義務はありますので、法の範囲内という条件は付きますが。しかし、中には例外として、
時々新聞を賑わすような会社ぐるみで法を破る企業もありますが。)

 「お得意様のために、「今回だけ特別に」対応します」
 なんて台詞は、公正を旨とする公務員の口からは絶対に聞けない台詞ですが、一般企業からは
(特に営業からは)頻繁に聞く事のできる言葉なのではないでしょうか。
 (そう、日本人は本当に「あなただけ特別」という言葉に弱い。というか、自分だけ例外扱いされる事が好きだ)

 私はSE(特にアプリケーションエンジニア)という仕事の性質上、クライアントの業務の分析をする
機会が多いのですが、
「なぜ業務ルールにこんな明らかな問題があるのに、日々の仕事は問題なく進んでいるのだろう」
と疑問に思うような場面に何度も遭遇してきました。そんな問題のある業務ルールの裏には、
必ずルールの欠陥を補っている現場のベテラン担当者の存在があるのです。その人の判断が
その企業の実質的なルールとなっており、ルールに規定されていない微妙な問題であっても、
その担当者が迅速に決断する事で、その企業に利益をもたらしている。そんな場面が多いのです。
 では、何故問題のあるルールそのものを見直さないかと言うと、ルールの問題点を指摘すると、
そのルールを作った人のメンツが潰れるから立ったりするのです。
 上司の尻拭いを上手くやるのが有能さの証明。年功序列の社会では、そんな価値観で
担当者は行動していました。

 「ルールの漏れは担当者が補うのが当然」
 そんな価値観は、そんな企業文化の中から生まれたのではないかと思うのです。
 (この辺りの事は長くなりそうなので、後日改めて別のテーマで切り出して書いて見たいと思います)

 
 さて、次の日曜日7月11日は参議院議員選挙です。まさに、ルールを変える権限を持つ国会議員を選ぶ
ための選挙です。権限を持たない、ルールに従うだけの担当者を非難するよりも、ルールそのものを変える
権限を持つ選挙で正しい方向へとルールを作ってくれそうな人に投票をする方が、(もしくは問題のある
ルールを変えようとしない人以外に投票する方が?)ずっと前向きな行動なのではないでしょうか?
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