かつら たろう(桑本栄太郎)/花冠同人

かつら たろう(桑本栄太郎)の俳句ブログ

寒永し、1月31日(月)

2011-01-31 11:13:11 | Weblog
☆寒暁の凛と茜の朝日かな
☆水遣りを忘れバケツの氷張る
☆ベランダのバケツに朝日氷張る
☆祈ること日々に多かり寒永し
☆礼拝を終えて青空寒の駅
☆三川の集う中州や大枯野
☆雲集うバスの家路や雪催
☆枝先の光る街路樹日脚伸ぶ
☆雲を出で山の夕日や日脚伸ぶ
☆竹林に藁の敷かれて春近し
☆一月の果ては底なる寒きびし
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春近し、1月30日(日)

2011-01-30 18:25:00 | Weblog

☆静脈のごとき梢や寒の晴
☆橋桁の川波ゆらぎ春近し
☆春近き車内明るし阪急線
☆うつむきて皆眼を瞑り暖房車
☆冬耕の畝の白さよまつすぐに
☆窓辺には白き冬田や縦横に
☆西空の雲の奔りて寒永し
☆たちまちに街空被い雪の雲
☆耕さる畝の白さや日脚伸ぶ
☆春近き車窓に追抜く新幹線
☆見晴るかす遠き生駒や雪催
☆羽ばたきてひと群れ枝に寒すずめ

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冬の梅、1月29日(土)

2011-01-29 11:22:45 | Weblog

☆昇り来る冬日明るき散歩かな
☆枯蔦の途切れしままの垣根かな
☆竹林の空の高きや寒の風
☆こきこきと音の冴えおり竹の幹
☆竹幹のこきとさざめき冴えにけり
☆さみどりをふふみふくらむ冬の梅
☆水仙の白をふふみてつぼみけり
☆紅と黄の門扉を照らす実南天
☆日当りの土手の高さよ草枯るる
☆雲奔り寒風抜ける野面かな
☆晩鐘の五時の茜や日脚伸ぶ
☆纏いつく足の寒気の夜更けかな

 

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冬尽く洛西Ⅱ、梅早し、1月28日(金)、

2011-01-28 14:51:30 | Weblog

☆枝先の空を向きおり冬芽かな
☆白きもの谷を走りて山眠る
☆せせらぎの道に沿いおり春隣
☆寒菊の傾ぎて鉢に香りけり
☆竹林の幹の白さよ風花よ
☆豆苗のマルチに支柱春近し
<大原野正法寺梅園>
☆探梅の庭の明るき古刹かな
☆探梅の谷の斜面や谷の風
☆花びらの一輪二輪梅早し
☆背を屈め巡る斜面や梅早し
☆紅ふふみ蕾ふくらむ寒紅梅
☆雲間より冬日明るく梅園に
☆青空と竹の水面や冬の沼

=「梅早し」の句に寄せて=
花の寺の椿の開花を確認した後、直ぐ近くにある
正法寺の梅園を散策に行った。今年初めての探梅行
である。
この正法寺は天平勝宝6年(754)、唐からの渡来僧
智威大徳の修行の坊として始り、その後延暦年間
(786~806)最澄(伝教大師)が寺を建立した。
弘仁年間(810~824)には弘法大師が入寺していた
とされている。又、慶長年間、この地大原野出身の五代
将軍綱吉の生母桂昌院の帰依を得たとも伝えられている。
梅園は谷の斜面にあり、梅の木は約100本と小さい
ものの、一般に無料で開放されていて毎年訪れている。
山裾のしかも谷風の良く吹く斜面にあり、今年は未だ
開花しておらず、殆どつぼみが膨らみ始めたばかりで
あった。僅かに紅梅の一本が咲き初め、少しばかりの
観梅となった。日差しと冷たい寒風に雪交じりの天候が
交代に来る、寒い探梅行であった。

 

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冬尽く洛西Ⅰ、村の冬、1月27日(木)

2011-01-27 16:43:08 | Weblog

☆雨上がり路面耀よう春隣
☆白壁の虫籠の窓の冴えにけり
☆極寒の木瘤巌となり庭に
☆せせらぎに沿いて野原や春隣
☆立止まる句帳に淡く風花す
☆豆苗の黒きマルチや冬の畑
☆せせらぎに屑菜流れて村の冬
<花の寺・勝持寺>
☆仁王像の旧ぶ紅がら冬の寺
☆寒風の高き御空や竹の節
☆竹林の坂の参道息白し
☆竹林の音冴え冴えと白き節
☆冬空の高き参道竹の幹
☆寒風や青空狭く竹の坂
☆ふりかえり振り返りつつ冬の寺

☆乙訓の丘の冬田よ風音よ
☆突風の寒の風来る野面かな

=「村の冬」の句に寄せて」・・・1月28日追記
今朝の天気予報によれば、今日は所により雪が降る寒い
日ながら、概ね晴れとあった。
朝食後、日差しを確認し重装備の上、朝遅めの11時頃
散策に出掛けた。今日は、住まいの街中を抜け何時もの
田園を通り山裾の村中に入り、更に少し足を伸ばして
花の寺の椿の開花の様子を窺い、その後近くの正法寺の
梅園の探梅が目的である。
街中を抜け、小高い丘の田園を山裾に向かう頃から
山の上に黒雲が急にせり出し、強くて冷たい風が吹き
雪が降り出した。家を出てから15分程経ったばかりで
ある。いつも風のよく吹く土地柄であるが、季節の変わり
目特有の変化の多いい天候である。
防寒コートのフードを被り10分も歩くうちに、風も治まり
頭上は又晴れて青空が見えて来た。
暫くして、大八車が漸く通れるほどの村中の狭い道を散策
したが、白壁、土塀の民家があり土塀の所々は崩れ掛って
いて、ひっそりとした佇まいは鄙びていて、その光景はこの
上もない風情を感じて心地良い。
これでも、東海遊歩道に指定された散策の路である。その
光景を眺めながら散策すれば、不思議に心が落ち着く小生
のお気に入りの道である。
山裾の村中にはコンクリートで保護されているが、所々に
石組みのある小川が流れ、せせらぎの音、暗渠の中を通る
清流の音が心地良い。花の寺に向かっていると小川の上流
から、屑菜が流れて来た。小川の流れは早く、高浜虚子の
「流れゆく大根の葉の早やさかな」の句、そのものの光景で
あった。又50メートルほど上流に向かうと、もんぺ姿の老婦が
竹箒で小川の掃除をしていた。
子供の頃、田舎ではこのような流れの早い清流を生活の水
として利用し、野菜や鍋釜を洗っていた事を想い出した。
そして里芋を入れて洗う「芋水車」なども想い出して懐かしい。
花の寺(勝持寺)に着き、急な坂を上り仁王像のある山門
に出る。寺伝によれば白鳳8年(679)天武天皇の勅命に
より役小角が創建。その後桓武天皇の勅命により伝教大師
が再建したとあった。その歴史もさる事ながら、西行法師が
隠棲し出家を決めた寺として有名である。西行法師の歌の
「願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ」は
余りにも有名である。西行法師の手植えの枝垂桜は三代目
となり、今でも春には多くの観光客が必ず訪れている。
旧びた紅がら色の仁王像はやや小さいものの、鎌倉時代
作の重要文化財に指定されている。
山門の両脇には孟宗竹の竹林があり、白い節を見せ時折
吹く風に「ぽきぽき、からりころり」と竹が揺れ、如何にも寒々
とした光景である。季節になれば急な坂道の参道の両脇の
溝には落椿が重なり、見事な光景になるが椿はまだ全く
開花せず堅いつぼみのままであった。
孟宗竹と椿の林の2~30メートル上にある狭い空はとても
青かった。

 

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寒燈、1月26日(水)

2011-01-26 11:54:10 | Weblog

☆時雨止み峰にうつすら白きもの
☆寒林の空は明るき銀杏かな
☆鴨川の風の河原や寒の鳶
☆時雨るるや四条大橋晴れつつも
☆寒晴の宴のあとの祇園かな
☆まつすぐに桜冬芽の青空に
☆トンネルを出でて冬日や桂川
☆太公望の冬の湾処に見えざりき
☆極寒の茜極めて日暮れけり
☆山の端に寒夕焼の茜かな
☆幼子の喃語走りて日脚伸ぶ
☆寒燈の影のクロスやPK戦

=「寒燈」の句に寄せて=
昨日の夜は10時20分から始まったサッカーの
アジアカップ、準々決勝の韓国戦を最後まで観て
しまった。一点を先行されそのあと直ぐに追いつき
結局1-1の侭延長戦になり、延長戦は1点を先行
したもののぎりぎりで追いつかれ、又2-2の同点と
なり、120分では終了せず、最後のPK戦の戦いと
なった。日本は2点先行し、韓国は川島の厳しい
ガードに遮られ、1点も取れなかった。結局日本が
5点中、最初に3点を取り勝利となった。韓国は中
2日、日本は中3日で日本が有利と言われながら
どちらも良く走り、両チームともへとへと状態となった。
ここまで戦えば、実力は全く互角であるとさえ思った。
川島選手、岡崎選手、前田選手、香川選手など戦い
に勝ち続ける中で、英雄が生まれた。サッカーばかり
ではなく、苦しい中で勝利を得る戦いとは、そう言う
英雄を生むという事であろうか?
カタール、ドーハのサッカー競技場の芝生の照明に
出来るクロスの影が動きまわり、とても印象的であった。

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寒念仏、1月25日(火)

2011-01-25 18:14:56 | Weblog

☆時雨止み峰にうつすら白きもの
☆枝剪られ銀杏冬木の林立す
☆剪り口の白き冬木や朝の日に
☆水脈を曳くつがいの朝や冬の池
☆番ごと水脈を曳き居り冬の池
☆県外の車ナンバー屋根の雪
<四条大橋~祇園界隈散策>
☆寒念仏祇園小路を抜けにけり
☆哀しさや祇園小路の冬の朝
☆寒晴の花見小路に舞妓見ず
☆弁当を辻で売り居り冬の街

☆トンネルを抜けて真中や冬の川
☆校庭にチャイム鳴り居り日脚伸ぶ

=「冬の朝」の句に寄せて=
今日、烏丸御池にあるハローワークへ所要があり
朝食後直ぐに出かけた。
天気予報では晴れの日であるが、朝から寒さが
かなり厳しい。毎朝ガラス戸の結露取りを行って
いるが今朝はかなりあり、コップ2杯分もあった。
いつも出かけついでに、京都市内を散策してから
帰宅しているが、今日も四条大橋から祇園界隈を
散策して来た。寒波が厳しい為か朝方の為なのか
四条大橋から祇園界隈には人通りが少なかった。
四条大橋を渡り、花見小路の「一力」の前を通り
富小路から鴨川へ出る短い散策である。やはり祇園
界隈は夜の燈が似合うのであろうか?カメラ携帯の
観光客が通るほどで、今日はひっそりとして哀しい
ほどの祇園界隈であった。鴨川の河原にはこの寒さ
厳しい中、散策している人がかなり居た。
川底が透き通り、せせらぎの水が眩しいほどに輝いて
いた。

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銀杏枯木、1月24日(月)

2011-01-24 13:36:33 | Weblog

<御堂筋~心斎橋界隈>
☆懐かしき銀杏枯木や御堂筋
☆寒茜銀杏並木の御堂筋
☆日暮れゆく銀杏冬木やかくれなし
☆照り返すビルの玻璃戸や寒茜
☆燈を点すビルの夕日や日脚伸ぶ
☆南へと一方通行日脚伸ぶ
☆日脚伸ぶ辻でフルート奏で居り

☆寒暁の淡き梢や日を集め
☆昇り来る朝日に淡き梢かな
☆かすむかに生駒は遠し寒の晴
☆鉄塔の峰から峰へ日脚伸ぶ
☆寒行の僧の降り立つ桂駅

 

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寒晴、1月23日(日)

2011-01-23 17:03:53 | Weblog

☆高層の棟の茜や寒の朝
☆寒晴のバスの案内英語かな
☆青空の狭き流れや冬の川
☆剪定の銀杏並木や日脚伸ぶ
☆席温し鼾かき居り勤め人
☆冬萌や京大農園梨畑に
☆起重機の夕日吊り上げ寒茜
<大阪心斎橋大丸にて>
☆懐かしき寒の茜や御堂筋
☆送別の友と落ち合う冬燈かな
☆寒燈や友と落ち合う御堂筋
☆大丸の古ぶ玄関冬ともし

=「冬ともし」の句に寄せて=
昨日の土曜日は、田舎の中学校以来の同級生G君と
嘗て、現職の時の心斎橋大丸の御堂筋玄関で6時に
待ち合わせ、久し振りに出会った。
G君は田舎の中学校でも同級生と言うばかりではなく
同じブラスバンド部で過ごした友人である。
高校は違うが明治大学の工学部に入り、学生時代は
小生の勤務地である大丸東京店でアルバイトもしていた。
日本でも有名なミシン会社に入り設計の仕事で勤務して
いて、小生の大阪転勤後、G君も大阪の子会社へ出向
転勤となった。
現役時代は店に買物に来て貰ったりしながら、時々親交を
深めていた。自宅は東京都下、八王子にあるものの今度
大阪の勤務地を小生と同じで第二定年となり、八王子へ
帰るとの事。心斎橋の居酒屋で二人だけの送別会を
行ったが、話が家族の事、同級生の事、田舎の事、仕事
の事、経済の事、政治の事、健康の事、これから将来の
事と多岐に渡り、話が尽きる事はなかった。同級、同郷の
友人が身近に居なくなる事は寂しいものである。
「生きて居れば又、逢えるさ」と言う事で別れたが、小生も
久し振りの現役の時の25年も過ごした大丸心斎橋店へ
行き、とても懐かしく思った。

 

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寒土用、1月22日(土)

2011-01-22 11:17:11 | Weblog

☆久女忌の痴(をこ)の沙汰なる青き空
☆白きもの残り寒風橋の上
☆銀色を空に冬芽のもくれんよ
☆生垣の冬日燦々綺羅返す
☆寒林のメタセコイアの起立かな
☆メタセコイアの枝のかすかに寒晴るる
☆青空を目指し上昇寒の鳶
☆日脚伸ぶメタセコイアに青空に
☆青空の梢きらめき春隣る
☆水色の空の雲間よ寒きびし
☆前歯とれ妻の歯医者へ寒土用

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