広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

良いお年をお迎えください

2013-12-29 14:11:05 | 専務の日記
こんにちは、きーばあちゃんです。


「きーばあちゃんのしょうが湯一代記」をご覧いただきまして、

誠にありがとうございます。

本年も、皆様には大変お世話になりました。

心から御礼申し上げます。

第八章までの波乱万丈のしょうが湯人生、いかがでしたでしょうか?

第九章もご期待くださいね。


それでは、2014年も皆様にとって、良い年になりますように 






きーばあちゃんのしょうが湯一代記 第八章

2013-11-16 09:02:27 | 専務の日記
創立27年目に入りました。

25周年の祝いが済み、「さあーこれからスギマルの誕生」を
書いてまいろうと思ったのですが、なかなか書けなくて・・・。

やはり父のしょうが湯を手伝ったところまでさかのぼり
書いていかなくてはスギマルの歴史は語れません。

しょうが湯の歴史は父と母が2,3年かけて苦労に苦労を重ねて
開発した商品です。

以前から、あめ湯、冷やしあめはありました。

戦後甘ければいい商品は作られてまいりましたが、
父、母は身体に良い商品を作りたいと長い間願っていました。

父が子供のころ、祖母が風邪気味だった時にかたくりと砂糖を湯に溶き、
飲ませてもらっていました。

すると身体が温まり、快方に向かいました。(それを父が思い出して・・・)

そこでしょうがを使った商品が出来ないものかと
試行錯誤していましたら、しょうが湯がやっとの思いで出来ました。

販売価格は5食200円で、当時大卒の初任給は15,000円の時代でした。

これは(このしょうが湯)はかなり高価な商品でした。

本格的に製造販売を始めて、新規問屋を開拓していく決断をしました。

すると商品は美味しく、味も良く、特に風邪に良い商品だと確信しており、
またこの世にはない初めての商品でもありました。

しかし実際は、父が初めて作った自信作のしょうが湯は、
相手方には伝わらず「お風呂に入れるの?」という質問が返ってきました。

ここから、父、母、姉、私、四人の波乱万丈の時代に入っていきます。




きーばあちゃん しょうが湯一代記 第七章

2013-08-09 12:39:46 | 専務の日記
こんにちは、きーばあちゃんです。

大変長らくお待たせいたしました

今回は、6月に開催する事ができました

「スギマル25周年記念 謝恩パーティー」のご報告を

させていただきます。

昭和62年3月27日、杉丸物産を設立して今年で27年目、

6月23日(日)にスギマル設立25周年をお祝いする事ができました。


皆様からいただきました、お祝いのお花です

   
  



会場入口前、社員一同で


演歌歌手の岩本公水さん、走裕介さんとみんなでガッツポーズ


社長が3年ほど前から考えて、やっと実現でき

感無量だったと思います。

創立27年が経ちました。

第八章からは40歳で会社を興し、

現在67歳までのきーばあちゃん波乱万丈を書いてまいります!!

どうぞよろしくお願い致します。









きーばあちゃんのしょうが湯一代記 第六章

2013-05-29 11:33:19 | 専務の日記
こんにちふぁ。きーばあちゃんです

5章まではきーばあちゃんの子供の頃をお話ししてまいりましたが、

お話はいっきにスギマルすと~りぃへとまいります。

私は結婚(23歳)と同時に父の作ったしょうが湯を、

父、母、姉、私の4人で作り、

父、姉、私の3人でコツコツと売ってきました。

昭和61年の年に、売上1億7千万円の実績を作りましたが、

とても私一人の営業では対応出来なくなり、主人に父の会社へ

入ってもらう事となりました


さあ、ここで私の夫、テルぢいちゃんの登場です!!

色白でくりっと大きい瞳を持った私の夫、テルぢいちゃん!うふっ。

17年間勤めた製鉄関連会社を辞めて、私の父さんが作ったしょうが湯の会社に転職。

テルぢいちゃんに入ってもらって、

2年間2人で全国をまわり営業を頑張っておりました。


そんな時、東京のとある会社のために作った商品、

いわゆるPB商品が検査に通らず全品回収となり、

焼却処分となったのです 


それは忘れもしない昭和61年6月25日の事でありました。

それは、解雇。まさかの解雇・・・。

もっともっとしょうが湯を全国に拡売しようと提言したら、

「お前ら勝手にやれ!!」と解雇されました、クシュン

ぢいちゃんとばあちゃん2人仲良くセットで解・雇。 ち~ん。

あ‘‘-これぞ青天の霹靂。

でも、いきなり解雇って???

私たちは何とか残りたかった、続けたかった。

販売だけでも任せてもらいたい。

そして、良い形でいつか2人で独立できたら・・・

そう思って2人で努力したものの、その甲斐空しく出されてしまった。

やっぱり2人揃って。

そもそも父の作った会社。

父を支えるために姉と力を合せてやってきた。

そのつもりだったのに・・・。

目的地は同じ。

でも、そこまで進むための道に意見の食い違いが出てしまった。

そして、心も別々になってしまった。

1本道を皆で進む事は叶わなかったのでございます。

突然の解雇通知に戸惑い、怒り、悲しみ、

テルぢいちゃんと天を仰いだあの日から27年・・・。

そして、テルぢいちゃんと2人で、

しょうが湯作りを初めて27年となりました。



きーばあちゃんのしょうが湯一代記 第五章

2013-03-02 14:26:37 | 専務の日記
こんにちは、きーばあちゃんです

第四章の続きです。

同じく小学校4年生の折、尾道と向島を新しく結ぶ が何台も乗る

フェリーが就航しました。

その記念として、踊り部隊が結成され、向島で踊り、フェリーで渡り尾道でも

踊りました。



真ん中あたりのが私で、その右上が父です


向島のフェリー乗り場に舞台が設置され、

私は6年生の方と一緒に代表に選ばれ踊った時の写真です。



向かって左が私です


それでは次回、第六章をお楽しみに!!

きーばあちゃんより