負けるな知的中高年◆本ときどき花のちコンピュータ

「知の崩壊」とかいって、いつの間にか世の中すっかり溶けてしまった。
「知」の復権に知的中高年よ、立ち上がれ!

笛吹川の支流には琴川、鼓川の優美な名をもつ支流がある

2005年01月29日 | 詞花日暦
お屋形様には先祖代々
恨みはあっても恩はない
――深沢七郎(作家)

 笛吹川は甲府盆地を北東から流れ下る。支流に琴川、鼓川を持つ優雅な名にそぐわず、暴れ川だった。深沢七郎の『笛吹川』は、その土手に六代にわたって張り付く貧しい人々の生きざまを淡々と描いた。戦国時代の叙事詩の簡潔さがかえって不気味さを秘める。
 作品の最後、笛吹川を渡って東の天目山へ落ちゆく武田信玄の子・勝頼一行が通り過ぎる。貧しい村人たちの幾世代にもわたる時の流れで、初めて歴史が眼のあたりに大きく動いた。わずか数十名の一行に「先祖代々お屋形様のお世話になって」と追従する若者たちがいた。子供を奪われる老婆は「恨みはあっても恩はない」と、笛吹川の貧しい土手に連れ帰ろうとする。
 勝頼一行は甲府盆地のさらに北東、険しい日川の渓谷を登って、天童山景徳院に首洗い塚や墓石を残した。支配者たちの歴史は語り継がれるが、川筋の無名の人々には、歴史は奪われるものでしかなかった。深沢の異才は、地に這う視点から歴史のおぞましさを浮かび上がらせる。