1、ミケランジェロに最後の審判を命じたのは、クレメンス7世かパウロ3世か?
正解は、どちらも正解です。
クレメンス7世が命じて、フィレンツェにいたミケランジェロは仕事を片付けて、準備をしてローマに来たのは、一年後だったのです。しかし、ローマに到着したすぐ後にクレメンス7世が死んでしまいました。それで、描かなくてよくなったとほっとしていたら、次に法王になったパウロ3世が同じ命令を出したため、描くことになったのです。
だから、どちらも正解です。
2、ジョットは、画家になる前は、羊飼いの少年でした。
先生は、チマブーエです。当時は偉い画家の先生でした。そのチマブーエ先生が旅をしていて通りかかったところに、ジョット少年がいて、絵が上手だと話したら、絵をみてくれて、これはものになりそうだと感じたので、弟子にしたという話です。
3、ジョットの有名な絵は、ベネチアの近くにパドバという町がありますが、そこのスクロベーニ礼拝堂というところにあります。フレスコ画で、特にユダの接吻とマギの礼拝が有名です。
4、マザッチョの貢の銭という絵は、カルミネ教会のブランカッチ礼拝堂にありますが、異時同画として有名です。その絵のキリストの顔は、マザッチョではなく、その反対側の壁に絵を描いていたマゾリーノが描いたと言われています。
重要な部分は先生が描くということが、一般的でしたが、この場合は先生ではなく先輩ですね。
5、ミケランジェロは、サンピエトロ大聖堂のクーポラを設計しましたが、完成を見ることはできませんでした。亡くなってから60年後くらいに完成したようです。残念ですね。
6、パッツィ家陰謀事件で、ジュリアーノを殺した犯人たちが捕まって、死刑になりましたが、建物の上から突き落とされて、首つり状態になりました。それを、レオナルドは見ていて、下からスケッチをしたそうです。
誰もが目を背けたくなる光景を目にして、それをデッサンするという神経が恐ろしいと、友達はレオナルドの異常さを感じたそうです。
7、ゴッホは、ゴーギャンに「君の絵は冷たい、感情がない、感情のない絵は絵じゃない」と言ったそうです。それに対して、ゴーギャンは「ゴッホは感情に溺れている、感情に溺れては絵は描けない」と言い返したそうです。
8、ゴッホは、自分からおかしいと感じて、精神病院に行きました。そこで、隣の部屋から大声でわめく患者の声を聞きました。或る朝、ふと気がつくと、のどが腫れあがり食べ物が一週間も食べられない状態になっていました。それで、自分も同じようだったのだと気がついたそうです。
9、モジリアニは、彫刻も作っていましたが、気に入らないと言っては、川にそれを投げ捨てたそうです。結核の治療で転地療養していたのですが、ある時期は自暴自棄になって、麻薬をやっていたことがあったそうです。
10、モジリアニは、イタリア出身ですが、パリで絵を描きました。
イタリアから、ずっと持っていたのは、ボッチチェリーのビーナスの誕生の写真だったそうです。そういえば、人物画のポーズでなんとなく似ているものがありますね。
正解は、どちらも正解です。
クレメンス7世が命じて、フィレンツェにいたミケランジェロは仕事を片付けて、準備をしてローマに来たのは、一年後だったのです。しかし、ローマに到着したすぐ後にクレメンス7世が死んでしまいました。それで、描かなくてよくなったとほっとしていたら、次に法王になったパウロ3世が同じ命令を出したため、描くことになったのです。
だから、どちらも正解です。
2、ジョットは、画家になる前は、羊飼いの少年でした。
先生は、チマブーエです。当時は偉い画家の先生でした。そのチマブーエ先生が旅をしていて通りかかったところに、ジョット少年がいて、絵が上手だと話したら、絵をみてくれて、これはものになりそうだと感じたので、弟子にしたという話です。
3、ジョットの有名な絵は、ベネチアの近くにパドバという町がありますが、そこのスクロベーニ礼拝堂というところにあります。フレスコ画で、特にユダの接吻とマギの礼拝が有名です。
4、マザッチョの貢の銭という絵は、カルミネ教会のブランカッチ礼拝堂にありますが、異時同画として有名です。その絵のキリストの顔は、マザッチョではなく、その反対側の壁に絵を描いていたマゾリーノが描いたと言われています。
重要な部分は先生が描くということが、一般的でしたが、この場合は先生ではなく先輩ですね。
5、ミケランジェロは、サンピエトロ大聖堂のクーポラを設計しましたが、完成を見ることはできませんでした。亡くなってから60年後くらいに完成したようです。残念ですね。
6、パッツィ家陰謀事件で、ジュリアーノを殺した犯人たちが捕まって、死刑になりましたが、建物の上から突き落とされて、首つり状態になりました。それを、レオナルドは見ていて、下からスケッチをしたそうです。
誰もが目を背けたくなる光景を目にして、それをデッサンするという神経が恐ろしいと、友達はレオナルドの異常さを感じたそうです。
7、ゴッホは、ゴーギャンに「君の絵は冷たい、感情がない、感情のない絵は絵じゃない」と言ったそうです。それに対して、ゴーギャンは「ゴッホは感情に溺れている、感情に溺れては絵は描けない」と言い返したそうです。
8、ゴッホは、自分からおかしいと感じて、精神病院に行きました。そこで、隣の部屋から大声でわめく患者の声を聞きました。或る朝、ふと気がつくと、のどが腫れあがり食べ物が一週間も食べられない状態になっていました。それで、自分も同じようだったのだと気がついたそうです。
9、モジリアニは、彫刻も作っていましたが、気に入らないと言っては、川にそれを投げ捨てたそうです。結核の治療で転地療養していたのですが、ある時期は自暴自棄になって、麻薬をやっていたことがあったそうです。
10、モジリアニは、イタリア出身ですが、パリで絵を描きました。
イタリアから、ずっと持っていたのは、ボッチチェリーのビーナスの誕生の写真だったそうです。そういえば、人物画のポーズでなんとなく似ているものがありますね。