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スピリチュアル園芸生活(38)




ネガティブから、ポジティブへ気持ちを切り替える簡単な方法は、
感謝する事を見つける事だと思います。
ネガティブなときは、感謝を忘れています。
そんなときは、植物を眺めて、その美しさに感謝します。
すると、心に幸せな気持ちが広がり、ネガティブな感情は
魔法のように消えて、生きるエナジーが湧いて来ます。
季節によっては、何もない.......と思うときでも、
目を凝らせば、必ず美しいものが見つかります。
まるで、励ましのメッセージのようです.................。
華やかに咲いている花でなくても、小さな野の花や
水滴の付いた葉っぱや、力強い新芽など、
よく見ると、息を呑むほど美しいものが
身近な自然の中にもたくさんあります。






















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スピリチュアル園芸生活(37)




今年は本当に自然災害の多い年.......というか、
年々増えている気がします。
この先は、一体どうなってしまうのでしょうか........。
スピリチュアルな視点では、自然界に影響を与えているのは、
自然霊と私たち人間の想念といわれています。
自然霊は、私たちのポジティブな想念にも、
ネガティブな想念にも感応するのです。
自然霊とは、この世で物質的な姿を持ったことがない霊の事です。
ときどき姿を現したりするのは、可視化させているだけで、
本来は姿はありません。
龍神や狐霊、天狗霊など様々な系統があり、昔から神様として、
祀られて来たものたちも多くあります。
とは言っても、祀られるような高級な霊から、
悪さをする低級な霊もいます。
植物に宿る、フェアリーも自然霊の仲間です。
中でも龍神は、天候を司るといわれています。
歌舞伎の「鳴神」などは、鳴神上人が、龍を滝壺に封じ込めた為、
雨が降らず、干ばつに苦しんでいる人々の為に、雲の絶間姫が、
上人を誘惑し、封印を破り、無事雨を降らせるというお話。
自然霊という目に見えない存在を、
尊び、敬い共生して来た暮らしが伺える作品です。
このようなお話は、昔話にもたくさんあります。
科学で証明出来ないものは、まやかしと決めつけるのは、
簡単ですが、人智を超えた働きや、科学では説明出来ない奇跡は
この世の中にたくさんありますし、古代から語り継がれて来た
様々な事全てを、迷信のひと言で片付けてしまう事は、
あまりにも短絡的だと思います。
また環境汚染や、破壊もどんどん取り返しのつかない事に
なっていきそうです。
小氷河期などの影響も加わるかもしれません。
目に見えないものへの敬いを取り戻し、
常に穏やかな心を保ち、自然とも自然霊とも
上手に共生していかなくては、人類は結局のところ、
自分で自分の首を絞めてしまうのではないかと心配です。
そんな事にならないような暮らし方を、
いつも考えていきたいと思います。


























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スピリチュアル園芸生活(36)




この世は、たましいを鍛えて進化させる修行の場、
辛い事も受け入れて乗り越えて、
たましいの栄養に出来たら、課題クリアです。
他の人の事は幸せに見えて羨ましく思ったり、
嫉妬するかもしれませんが、
誰もがたましいの課題を必ず抱えています。
人の深い悩みや苦労は、外側からは見えにくいものです。
何も悩みがなくて、幸せと思う人は、
もう乗り越えてしまったのかもしれません。
植物だって、気温が高過ぎたり、低過ぎたり、光が強過ぎたり、
足りなかったり、湿り過ぎたり、乾燥し過ぎたり、
栄養不足だったり、栄養過多だったり、をじっと黙って耐えて、
順応したり、不平不満も言わず、花を咲かせたり、
実を実らせたり.............。
時には枯れてしまうこともありますが、それさえも受け入れて、
静かに朽ちていきます。
やはり、そんな植物たちに常に励まされ、
教えられていると、日々感じます。






















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スピリチュアル園芸生活(35)





毎日植物の世話をしていますが、ときどき植物たちは、
私をどう思っているのだろうと、考えます。
特に夏は、水やりや病害虫、雑草などの手入れも大変..........。
ガーデニング好きが高じて、どんどん植物が増えて、
過去に作業が大変になり、心も身体にも
負担になって、くたびれ果てた時期がありました。
あれもこれもと、やるべき事が多過ぎて、疲れて、イライラして、
誰かに八つ当たりしてみたり.............。
これでいいのかしら........とふと疑問が湧いて、
立ち止まって考えてみました。
こんなヒステリーな私を植物はどう思って見ているだろうか........。
愚かな人間、哀れな人間、哀しい人間..........これでは駄目.........。
もっと楽しめるように、おおらかでいられるように考えなくては。
なるべく気を楽に、そして植物も自分も楽しくて嬉しくなるように。
手間のかかるものは減らして、病害虫を寄せ付けないような強くて
旺盛な植物を増やしていきました。
無理なく、世話出来る植物をチョイスする事が大切と学びました。
時には、植物の目線になってみると、自分を俯瞰することができます。
また、「お花好きの人は心もきれい」などと言ったりますが、
私の経験からすると、たまに意地悪で嫉妬深くて、
性格が良くない方もいらっしゃいます。
そんなときは、「植物は、そんなあなたを絶対に見ているからね」...
と、心の中でつぶやきます。

台風が近づいて、被災地の方へ向うのが、
大変気がかりです。 
新たな被害が起こりませんようにと、祈るばかりです。
皆さま、どうぞ呉々もお気をつけてお過ごし下さい。



















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スピリチュアル園芸生活(34)




辛いことがあったときは、自分は雑草だと思う事にしています。
雑草だから、ぞんざいに扱われても、踏みつけられても、平気......
と考えれば..........辛い事も受け入れられて、
気持ちがスッと楽になります。
だからといって、「どうせ雑草だから......」と
いじけて自己憐憫になってはいけません。
自己憐憫は、周りの事も、本当の自分も見えなくなって、
人生の迷子になる不幸の道です。
雑草と云われるものの中には、薬草もあれば、
茶花もたくさんありますし、まだほんの一部の人しか
気づいていない、大きな可能性や大切な役割が、
あるかもしれません。
花だって立派に咲かせます。
そして、雑草は強いのです。
自分も雑草だから強い........と思ったら、凛として、どんな事も
乗り越えられる気がして来ます。




















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スピリチュアル園芸生活(33)


  

植物を育てていると、とても、とても、
謙虚な気持ちになることがあります。
まず、野菜や果実などで私たちは常日頃から、
植物に養われ、生命を維持しています。
どう頑張っても、自分の身体にレタスの葉を繁らせたり、
トマトを実らせたりすることは出来ません。
そして、豊かな緑や美しい花も咲かせられません。
そのくせ、人間は不平不満、文句ばかり言っている傲慢です。
ときには、植物に対して乱暴になったりもします。
それでも、植物は実らせたり、花を咲かせて、じっとと黙って、
寄り添ってくれているように感じるときがあります。
謙虚で、優しい.............。
そう考えると、自分が恥ずかしくなるときがあります。
物に振り回される物質的な価値観でなく、
たましいを軸とした霊的な価値観で生きていけば、
少しは植物に近づけるのかなと思います。


































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スピリチュアル園芸生活(32)




一般的には価値のないものに、価値を見いだすことは、
とっても楽しいことです。
新しい発見に、ワクワクして心が弾みます。
それは、視点を変えてみることであって、
視点をたくさん持てば、気持ちにゆとりが生まれ、
心が豊かになります。
私にとって雑草のアレンジは、それをひとりで勝手に
追求しているようなところがあります。
でも、雑草=邪魔者というのは現代の狭い価値観で、
何度も書いてますが、雑草と云われるものの多くは、
この国では茶花として、愛されてきました。
(写真のドクダミは茶花ではないようですが、薬草ではあります。)
やはり、茶道の精神も心の豊かさに繋がるものだと思います。
人生も、この世は物質的な価値観が蔓延していますが、
「死は肉体が滅びるだけで、たましいは存続する」という
霊的な価値観に視点を切り変えると、死の恐怖、死別の悲しみ、
生きる意味が解らなくなる、などから解放され、
とても楽に生きられるようになります。
視野を広げたり、視点を変えて、いろいろな価値観で見てみると、
住む世界も変わる気がします。





















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スピリチュアル園芸生活(31)




スピリチュアリズムで、もっとも大切なことのひとつは、
どんな苦難も、悲しみも、「全てを受け入れること」です。
日頃、植物と暮らしていると、植物たちは、
そのように生きているように見えます。
人に育てられている植物は、その植物に合った環境を
多少作ってもらえたりしますが、
特に雑草は全てを受け入れて生きるしかないのです。
たまたま、コンクリートにすき間に種が落ちてしまって、
環境が合わなくて枯れる運命も、窮屈なところで精一杯生きることも、
踏みつけられることも、全て受け入れるしかない..............。
植物は動けないから当然とも言えますが、人間は動けるから、
もがいたり、逃げようとしたりするとも言えます。
半世紀以上生きて、雑草を愛でては、いつも学び、
全てを受け入れることで、必ず道は拓け、
生まれて来た目的である、たましいを成長させることができること、
だからこそ、辛い経験も無駄ではないと知りました。
「道が拓ける」とは、物理的、物質的なことばかりでなく、
視点を変え、「これも良し」として、
潔く気持ちを切り替えて、生きることも含んでいます。

























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スピリチュアル園芸生活(30)




ターシャ・テューダーの書籍のタイトルに
「楽しみは創り出せるものよ」というのがありますが、
全くその通りだと思います。
楽しみや喜びは自分で作って、自分に与えるのが一番です。
そして、溢れ出た幸せを、ターシャのように他の人にも、
お裾分けできるような生き方に憧れます。
もちろんお裾分けの幸せは、依存心を煽るようなものでなく、
こっそり、ひっそりと..........。
植物と共に暮らしていると苦労もありますが、
たくさんの楽しみ、喜びがあり、
自分の工夫やアイディアで、更に広げることが出来ます。
日頃から植物を育んで、愛でている方には、
よくお分かりのことと思います。
植物は、楽しみも喜びも、清らかなエナジーも、パワーも、
いつでも惜しみなく与えてくれます。
誰かに幸せを与えてもらわなければ、寂しいと思うかもしれませんが、
そこには、期待と共に裏切られた気持ちなども生まれやすく、
やがてトラブルに発展することもあります。
依存心を持っていた自分に気づいて、自立した幸せを手に入れることは
とても強い味方を得たのと同じように思えます。






















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スピリチュアル園芸生活(29)




正しいスピリチュアルな視点を保てば、
どんなに辛く苦しい状況になっても、心は幸せでいられます。
一瞬の感情の高ぶりはあっても、すぐに平常心に戻れます。
霊界のサポートを肌で感じられるからです。
サポートといっても、決して現世利益のようなものではありません。
自分で乗り越えられる、ヒントや手助けを与えられる感じです。
そのようなサポートやメッセージがあっても、
感情の高ぶりが続いていると、気づくことが出来ません。
心を落ち着けて、冷静さを取り戻すことが大切です。
冷静に気持ちを切り替えるためのきっかけとして、
花や緑を愛でたり、触れたりすることが、とても役に立ちます。
植物の力を借りて平常心を取り戻し、周りを見回せば、
きっと解決のヒントやメッセージに気づくことが出来ます。
物質的な価値観だけで考えていると、自分が見えなくなる
迷路に入ってしまいます。
美しい植物の力で、自分が神様を宿す、たましいの存在だと
思い出せば、周りの状況を近視眼的に見て、
振り回されることがなくなり、いつでも幸せでいられます。


















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