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リハビリHoI2(ソ連戦序盤)

2018-09-09 14:18:56 | Weblog
結局、1941年6月15日にソ連侵攻を開始した。

理由はやはり、増援を待つ間に冬やアメリカ参戦までの時間を費やすことが惜しかったからだ。
また新規生産部隊の統制値の充足率を待つようでは、結局のところ早くやったほうがいいというわけで、天候として泥濘が消えた1941年6月15日開戦と相成った。

ドイツ軍はすさまじい速度で進撃、いくつもの渡河作戦と大胆な包囲殲滅を経て、各所で突破、ロシア奥深くに侵攻している。
1941年7月25日、グデーリアン、ロンメル、マンシュタイン(いずれも中将スキル7!)率いる戦車9個師団を含む、計15個師団がモスクワを占領した。

戦車を市街地に投入させる点は議論があると思うが、モスクワ守備部隊が5個師団しかなく、モスクワ占領後素早く戦車部隊を周辺奥深くへ再び浸透させるためにも敢えて実施した。
南部ではモーデル戦車部隊の支援を受けた歩兵部隊がキエフを占領、さらにクリミア半島を分断して、ソ連が立ち直る前に奥地へ進撃を続行、スターリングラード方面へ向かっている。
北部では歩兵部隊がレニングラードを無血占領。
南部と中部の間にはルントシュテット率いる12個師団を中核とした部隊がソ連軍をなおも追撃中で、北部の部隊数不足が心配ではあるものの、おおむね好調なスタートとなった。

今回の戦争序盤の成功については、戦車部隊と工兵部隊による大規模な機動包囲戦や電撃戦もさることながら、大部分の空軍を逃げ惑うソ連軍への地上攻撃へ用いたこと、そして1個師団であろうとも戦闘可能であれば進撃し続けて戦線を構築させる時間を奪ったことが大きいと思う。

なお、リハビリHoI2なのでこれまで散々書いていたように初期生産等を誤っていたが、その分空いた時間で地道にソ連のパルチザンを支援し続けた結果、現段階でドイツのICは413、ソ連のICは189(IC割れ)となっている。

とはいえ油断は禁物。連合軍のスパム上陸もあるし、何よりフランツ・ハルダーの「ロシア戦役は2週間で勝利したと言っても過言ではない」というような壮大なフラグもあるので、粛々とやっていきたいところではある。
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