ロード・マーシャル時事報告場

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明日は8月6日

2018-08-05 09:54:26 | Weblog
広島に原爆が投下された日である。

その後の御前会議とかいろいろ言われているが、これだけされてもなお国体の護持に「固執し」、終戦が1週間以上遅れた事実について考えると、日本の社会は昔からそこらへん空気が読めていないアスペである。

とかく原爆の話となると「悲劇の個人」に落とし込まれがちになるが、普通に考えればその悲劇を引き越した大元と、それを支持・構成した存在を考えれば壮大なブーメランとなってくる。

原爆が落とされる前から、絶対国防圏は失われ、硫黄島は陥落し、沖縄まで失ってなお、「講和」とかぬかしていたあたり、日本は戦時平時関係なく「自分に甘いお花畑の脳みそ」というか、「精神に異常があるために正常な判断力が失われている」としか思えない。
もちろん、その構成員も、である。

まあ、悲劇の「被害」を個人に落とし込む姿勢は、事件・事故の責任を個人に求める国民性なので仕方あるまい。

とはいえ、これはあまり語られないことであるが、原爆投下によりアメリカがソ連の参戦なくして日本を倒せるとなって(結局ソ連も参戦したが)、アメリカがソ連に対し強硬な態度を少しは見せた為、ドイツの様な本格的国土分断が避けられたことは皮肉である。
原爆堕ちなかったら、北海道は「北日本民主主義人民共和国」だった可能性が高いわけで。

ソ連参戦について言えば、「不意打ちだ」とかいうバカもいるが、それ以前のソ連の行動や、独ソ戦その他当時の各国の「常識」を考えるに、日本は当時から「俺様ルール」を押し通すしかしていないともいえる。協調性と機知に欠ける、アスペの典型である。

その後8月9日には長崎にも原爆が投下され、一応8月15日が終戦とされるが、現在「終戦記念日」として式典が催され、「過去の反省から~」で始まっていつの間にか「(日本)国民にも悲劇」とナイス勘違いで押し通しているあたり、やはり「戦前と何も変わっていない」のである。

よって、厳粛な式典におけるありきたりな「宣言」ほど馬鹿馬鹿しいこともない。
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