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単騎、千里を走る。

2006-02-09 08:07:38 | 映評 2006~2008
キネ旬では否定的な批評が目立っていましたが、個人的には好きです。
不器用な男(ただしデジカメ、ビデオ、携帯は熟知)が、もともと無口だというのに、おまけに言葉も通じない異国で、いかにして人々と絆を深めていくか・・・そこをじっくりと見せてくれます。
不器用とは言ったって、東映ヤクザ、山田洋次、角川映画、文芸大作にゴルゴ13、おまけにハリウッドと様々な映画をこなしてきた人なんで、そんなに心配はしてませんでしたが。
健さんも張さんも新境地開拓ってわけではなく、自分の引き出しの一番出し入れしやすいとこに置いておいたものだけ使って、映画を作ってみた感じです。健さんはともかく張さんは武侠ものの泥沼から抜け出すため基本に帰ってみた・・・そんなリラックスを感じました。
健さんのイメージ先行で作ったシナリオという批評がどこかに書いてました。ま、その通りですが、とりあえず健さんを無視してシナリオについて考えれば、チャン・イーモウ的面白さをそこかしこに見出すことができます。

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[チャン・イーモウ映画の作劇法の変遷における、『単騎千里』の位置づけ]
00年代初期までチャン・イーモウ映画の作劇スタイルは大別して二つのパターンがありました。A型、B型とわけてみます。
A型・ある行動が予想外の事態を招き、そのために取った行動がさらに思いがけない結果を呼ぶ・・・という目的の定かでない物語の中を登場人物が右往左往するような、"運命に弄ばれる系物語"。(「菊豆」「活きる」など)
B型・主人公には明確な目的があり、目的達成を阻む障害が次々と現れるが一つ一つそれをクリアしていく、"運命を切り開く系物語"。(「秋菊の物語」「あの子を探して」など)

80年代は主にA型作品
90年代前-中紀がAからBへの過渡期
90年代後半から00年代初期がB型作品の時代。
(もっともA型作品の「紅夢」('91)なんかは、ヒロインには側室No.1の座をゲットしてやるという目的意識が伺えるし、B型映画「秋菊の物語」('92)は、それまでB型だったストーリーがラストシーンで突如としてA型に変異してしまいます。イーモウ映画は常にAB両方の要素が配合されており、どちらかが時折顔を覗かせることで物語にサスペンスが生まれ画面が締まり俳優のテンションが上がったのでは・・・なんて思います。)
そして「至福のとき」('02)で新たな展開を見せました。
この映画、主人公は最初、結婚するぞ!!という明確な目的を持ち、その目的達成のためあれこれ努力します。結婚したけりゃこの娘をあずかれ、と婚約者(デブばばあ)に言われて、ほいほいと従うのもそのため。
そうして面倒見ることになった盲目の少女(ドン・ジェ 超プリチー)を、ダメダメ労働者仲間たちで喜ばせたり励ましたり・・・
結局、結婚はご破算になるのだが、そのころには主人公の目的は女の子の目をなんとかしよう、というものに変わっています。
「至福のとき」は、A型という大枠の中で二つのB型ストーリーが連結しているという、私が知る限りではチャン・イーモウ映画の作劇に大変革が試みられた一品なのです。
それにしても「至福のとき」ってある意味すごい映画です。イーモウのロリコン趣味MAXの映画でもありますし、地味ながらイーモウを語る上でかなり重要な名作という気がしてきました。

作劇法は武侠もので更なる展開を見せました。
「HERO」('02)ですが、
基本的には秦王暗殺を目的としたB型ストーリーなのですが、その中に複数のエピソードが入れ子入れ子で、AやBや色んなタイプの物語がガッポガッポ盛り込まれていました
「至福のとき」でAB結合に成功した男が、調子に乗ってやりすぎちゃった感が漂う奇妙なストーリーです(大作だし、多分脚本は「至福のとき」より早く手がけているんでしょう。HEROで試した方法が「至福のとき」で完成したのかもしれません)
しかし結果的にすさまじく面白いお話になっちゃいました。ただし純粋にテクニカル/アーティスティック面で優れた脚本かというと色々疑問や突っ込みどころが沸いてきます
(ジェットのデタラメ編・・・「チャン・ツィーイめのよがり声をマギーは陰で聞いていたのでございます。」お前その場にいないだろ!!
 秦王予想編・・・「お前たちは池の上を飛びまわり、お前がはらった剣から一滴の水滴がほとばしり出てマギーにかかりそうになったのであろう・・・」予想細けー!!)


「LOVERS」('04)ですが・・・
すいません。話よく覚えてません。袖で太鼓をドンドン叩くとこくらいしか・・・
なんか色々と意外な事実が明らかになって、最後三角関係のもつれで三つ巴の殺し合いするような話でしたっけ?
"隠されていた目的が明らかにされる"・・・というサスペンスっぽい物語は、上記のAでもBでもありません。チャン・イーモウ的に不得意というかあまりやったことのないジャンルであり、豆腐屋がとんかつ作ってみたようなものです。あまりおいしくはありません。
チャン・イーモウはこれからどこに行くんだろうと、不安と期待が入れ混じっていました。「HERO」はすごく楽しかったのですが、「LOVERS」が正直めちゃめちゃだるくてつまんなかっただけに心配すらしていました。

そんな折に出てきたのが、「単騎、千里を走る。」です。
これは純然たるB型の作品であり、結局のところ迷走していることに気づいて元のルートに戻ってきたのか・・・という、安心とがっかりが微妙に配合された気分を味わったのでした。
是非、高倉健さんと映画が撮りたいとか言って、実を言うと寡黙な健さんを使えば複雑なストーリーになりようがないから、シンプルで自分本来の物語が撮れるぞ・・・と思ったのかもしれません。宣伝段階で「初恋の来た道」をやたら強調していた気がするのも、自分の勘を結果的に狂わせた武侠もののイメージを払拭したかったからかもしれません。フカヨミでしょうか? フカヨミでしょうね。

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[家族の絆? 興味ないね]
『単騎千里』は父と子の断絶がストーリーの核を成しており、一見、家族をテーマにした映画という印象をうけますが、実のところイーモウは家族の絆よりも、赤の他人同士が絆を深め合うところを最も強く熱く描きます。
赤の他人同士が二人以上集まることは、共同体の形成を意味します。そう、チャン・イーモウ映画では、共同体が重要となります。さらに言えばこの人、私が知る限り家族をテーマにした映画など実は作ったことありません。強いて言えば「紅夢」('91)は家族映画かもしれません。本妻と妾が一緒に暮らす家の大奥争いですから。
「活きる」('94)は?「秋菊の物語」('92)は?と思うかも知れません。
私見ですが、「活きる」は検閲の目をくらますため家族映画のように見せかけ、実際は中国の近現代史を批評したかったのではないでしょうか?
「秋菊の物語」は家族のメンツを守るためお母さん(妻)が役場巡りをする話です。ですが家族愛などを描きたかったとは到底思えません。家→村→郡→国と次第にスケールアップしていく役場組織、最小単位から最大までの共同体をお母さんは駆け抜けます。

話がそれたついでに、他のチャン・イーモウ作品が、どのように共同体を描いたか書いてみます。

「紅いコーリャン」('87)「菊豆」('90)は、年の離れた相手との乗り気でない結婚による一度は成立した家族を、不倫によって破壊します。ヒロインは己の意志で共同体(といっても夫婦)を作りますが、別の巨大な共同体と利害が対立します。「紅コー」なら日本軍、「菊豆」なら村ですね。「紅コー」の場合使用人なども含めた大規模な抗日組織へと発展されていきます。

「活きる」で政府から睨まれたイーモウは、「あの子を探して」('99)で政府を露骨にヨイショします。ま、それは置いといて、この映画では僻村の小学校の1学級という擬似家族の絆を描きます。
「初恋のきた道」('99)のこのころまだ嘘みたいに処女っぽかった女の子は家族のことなど基本的にはあまり考えず、直感で行動します。しきたりを破って自由恋愛へと踏み出していきます。単独行動によって共同体に亀裂が入るような話かと思ったらどっこい、ラストの村人総出の葬式・・・村の歴史に名を刻んだ人を村人皆で讃える。一人の一歩が古い組織を変えていくなんてことを描いているのでしょうか。そういえば、ラブラブオーラ照射攻撃を受けてた男は、文革がらみで役人に逮捕されてましたっけ。「紅コー」のミニチュア版な気もします。
「至福のとき」('02)では、[盲目の女の子を可愛がる会のみなさん]
「HERO」('02)は、秦王暗殺者同盟(?)とその内紛
「LOVERS」('02)は、なんかよく覚えてないけど、反政府集団みたいのいたよね

(※上記の文章で「上海ルージュ」にまったく触れていないのは、あの映画観たは観たけど熟睡して、ひとかけらも覚えてないからです。また「キープ・クール」とか「ハイジャック/台湾海峡緊急指令」は観ていません。「ハイジャック・・・」超観たいです。主演コン・リー!!)

というわけでイーモウ先生は、家族にはそれほど関心なく、赤の他人同士が結びついた共同体を描き続けてきたことを書いてみました。共同体が巨大になればなるほど、批判的なものの見方をします。多分官僚主義が嫌いなんでしょう。また二人、三人規模の共同体はたいていロクな目に遭いません。とんちんかんな政府の対応に目が点だったり、一人死んだり
学校~村くらいの規模の共同体を良しとするような思想です。

さて、単騎千里です・・

この映画冒頭の高倉健と息子の反目などという設定は、健さんがヤンヤンなど赤の他人たちと絆を深める様を感動的に描くための"仕込み"にすぎません。
"家"がほとんど印象的に写されないところも、家族がテーマでない証拠です。
むしろ印象的なのは家族より大きな共同体。
住人全員で歓迎会や迷子探しをしてくれる村(わ・・わしのせがれは、お・・お前たちに殺されたんじゃぁ、とかいうおじいさんが出てきやしないかとヒヤヒヤしました。ていうか、出して欲しかったなぁ)
規律正しい刑務所。いかにも社会主義国の刑務所という感じでしたが、仲間意識と熱い人間性も教育されているようで、批判的には描かれていません。(健さん→網走→よし、刑務所にいくエピソードも付けるか・・・なんて安直な発想でなかったことを祈ります)
降旗康男演出、木村大作カメラによる日本描写が、アップ中心の奥行きのないつまらない映像で、中国パートと統一感が取れていない、と思ったりもしました。でも今にして思えば、個人主義かつ家族大事な日本と共同体重視の中国奥地(日本と中国というより、むしろ都市と田舎と考えるべきかもしれません)の違いを出すため、わざと統一感のないカメラにしたのかもしれません。(それでも寺島しのぶのわざとらしい演技をアップで見せられるのは少し苦痛でした)

まあ、そんなこんなで、家族も大事だが、人と人との結びつきによるコミューン形成が、人情に溢れた幸福な生活を生み出す・・・とそんなことを改めて描いてみた作品といえましょう。
目新しさがないと批判してるわけではありません。
チャン・イーモウ本来の姿への回帰が確認できて、まずは一安心ですし、それにこういうシンプルな映画は何度でも観たくなるものです。
笛を吹きながら健さんの車を追いかけてくるヤンヤンの姿が今もまぶたの裏に焼き付いています。
それにしても一日中あのへんな音の笛を吹いていたのに結局、朝まで見つけてもらえなかった二人。妙な鳴き声の鳥か獣だと思われたのかもしれませんね。

**************

最初にもちょっと書きましたが、中国に行く前に、健さんが携帯、ビデオ、デジカメの使い方を必死こいて勉強するところが観たかったです。60代の現役漁師が、現代の若者と同じように携帯・ビデオ・デジカメを使いこなす様が少々奇妙に感じました。
あんなにフラッシュばしばし焚いて電池は大丈夫だろうか?
携帯の充電はできるのだろうか?
中国のテレビはPALだけど、健さんの使ってるデジカメやビデオはNTSCだったりしても接続は問題ないのか?(ビデオ端子でつなげるくらいならいいのかな? 詳しくない)
せっかくの「単騎、千里を走る。」を健さんは手持ちで撮ってたけど、もう相当なげやりな気分だったのか?健さんの腕前で手持ち撮影で大丈夫なのか?
携帯、ビデオ、デジカメなどいっぱい出してはみたけど、チャン・イーモウはそれらを支障なく使えるのか?

・・・そういう、どうでもいい疑問もたくさん湧いてくる素晴らしい傑作でした。

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はじめまして (daru)
2006-02-09 10:52:27
拙記事ですが、TBさせていただきました。

イーモウ作品はあまり詳しくないのですが、こちらの記事を参考にして、改めて観てみたいなあと思いました。

「どうでもいい疑問」、私も同感です。携帯の電波を求めて散々上に登ったのに、村人と食事している所では簡単に着信していた所もちょっと疑問でした。手持ちでの撮影姿にもちょっとがっかりしました。自分の目でしっかりと見るべきだったのでは・・・と。隣のチューリンに撮ってもらえばいいのに・・・とか余計なお世話ですが。



イーモウ好み (aq99)
2006-02-09 20:00:37
女の通訳女子も、ビミョーにチャン・イーモウ好みの顔してましたね。

男の通訳の実母は若い頃「遥かなる山の呼び声」を見て、残虐な日本男子が、女性を守るためにあんなことしてくれるするんだとたいそう感激したそうで、高倉健はアイドルだと言ってました。(NHKスペシャルより)。

コミュニケーション (マダムクニコ)
2006-02-10 10:19:11
>人と人との結びつきによるコミューン形成が、人情に溢れた幸福な生活を生み出す



本作の眼目はまさにここ。古くて新しい法則ですが・・・。

健さん作品は初体験ですが、中国が好きなので観賞しました。

彼以外には考えられない適役でしたね。

「LOVERS」では、私もがっかりしていただけに、ちょっとホッとしています。



チャン・イーモウ論、大変参考になりました。
コメントどうもです (しん)
2006-02-11 11:17:08
>daruさま

多分、



昔のJ-Phoneって同じ室内でも場所によってアンテナ3本立ったり圏外だったりしたじゃないすか?

同じようなことなのかな・・と



おそらく健さんは、今でこそ漁師をやっていますが、かつてはカンヌ、ベルリン、ベネチアを震撼させオスカーまで騒がせた大監督だったのでしょう。いろいろあって映画界をホサれたとかそんな設定があったのでしょう。もしかすると臨場感溢れるドキュメンタリ風手持ち映像が得意だったのかもしれません。だから、映画のエの字も知らない通訳の女の子にカメラなど渡せなかったのです。



あるいは、チャン・イーモウと違って、女に興味ない健さんは、女の子より役者の方が気になっていたのかもしれません。



>aq99さま

その中国のおばあちゃんは、アイドル健さんに、ホモ疑惑があることを知っているのかなあ

戦闘マシーンとなって薬師丸ひろ子と逃げ回り、松方弘樹や舘ひろしをぶち殺している様を観てもアイドルだったのか気になります



>マダクニさま

なんと、健さん初めてでございますか?

私も東映任侠映画なんかはほとんど観てませんが



山田洋次と組んだ二作品など機会があればご覧になってみてください。(山田洋次は苦手な方かな?)
どうでもいい疑問点・・・ (RIN)
2006-02-12 10:19:31
は、とりあえず無視することにして、

(追究しだすとキリないですから・・・)

脚本A型、B型分類は面白いですよ。

ちなみに、ご記憶にない、「LOVERS」は

A型ですね。当初は、それぞれ目的があったのに

「愛」にそれぞれ「えー、ワケわかんないやっ!」

的に暴走してましたから・・・。

チャン・イーモウって恋愛描くの下手なんじゃないかなあ・・・

と思います。

「初恋のきた道」も、恋愛以前の単なる思い込み衝動みたいなもんですし・・・。

恋愛よりも、もっと単純な「情」(ま、それが今回みたいな人情の場合アリ、

オンナの執念みたいな「情」アリなんですが・・・)

の方が合ってると思います。

コメントどうもです (しん)
2006-02-13 08:35:52
>RINさま

そうですか、Aでござったか・・・



たしかに恋愛苦手ですね。欲望あふれるまま情熱暴走させると面白い監督です。

その辺でも、「至福のとき」は、欲望なく情熱おさえられ、特殊な位置にあるように思います。「活きる」もかな。どっちも面白いのだけど



ここらで、本格的な恋愛映画にチャレンジしてみてほしい

大陸は大らか (かえる)
2006-02-18 13:59:53
なるほど!

家族よりも共同体っていうことだったんですね。

家族の大切さに気づくという映画が溢れている中で。

私も日本パートが見ていられなかったんですが、

"違いを出すため、わざと統一感のないカメラに"

という解釈もできますね。一概に否定してはいけない・・。



「LOVERS」には私も一部の映像以外はガッカリしました。

「至福のとき」もあんまり好きになれなかったんですが、

ロリコン部分に目をつぶって見直す価値はありそうですね。



あと、私が思い出したのは 「キープ・クール」です。

恋愛ものと思いきや、主題は別の方向へ・・・。

そんなメインテーマのずらし方が面白いんですよね。

「あの娘~」にしても彼女は本当は先生なんてやりたくなく

小遣い稼ぎのためにシブシブだったのがやがて・・・

という予想外のこんなん出ましたーが魅力でした。
コメントどうもです (しん)
2006-02-23 00:15:52
>かえる様

どう解釈しようとも、観てて綺麗じゃなきゃダメだとは思うんですがね

「キープ・クール」観たいです

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