Straphangers’ Room2022

旧Straphangers' Eyeや習志野原の掲示板の管理人の書きなぐりです

公道にある「権益」を巡る話題

2014-11-22 14:39:00 | 交通
産経の関西版に、神鉄北鈴蘭台駅前のタクシー乗り場を巡る「攻防」が出ています。
公道である歩道上に神鉄の連結子会社である神鉄タクシーが「専用乗り場」を設置していたのに対し、個人タクシーが公道での「占拠」はおかしい、と乗りつけたところ、神鉄タクシー側が会社ぐるみで妨害を始めたというものです。

乗り付けた個人タクシーのドア前に立ちはだかるという、タクシーやバス黎明期の客引き合戦を彷彿とさせるような出来事ですが、訴訟になり、1審、2審とも神鉄側敗訴のうえ、2審では差し止め命令まで出るような状態とは呆れます。

もともと神鉄の社有地だった場所を神鉄が整備して神戸市に寄贈したという経緯が話をややこしくしていますが、現状は公道であり、駅前だからといって鉄道側(の子会社)が勝手にできないことは言うまでもありません。

神鉄自体が東証の一部上場という「ステータス」がある会社であり、その連結子会社がこんなことをしているようでは困ります。記事では社員どころか社長まで出張って妨害をしていたようですし。
ついでに言えば、神鉄も阪急阪神ホールディングスの持分法適用会社であり、持分法適用会社の子会社は「関係会社」ではないとはいえ、無関係とはいえません。

さて、この話題を見て思ったのが、昨年8月にスタートした「新高速バス」におけるバス停を巡るゴタゴタです。
あれもそもそも「公道上」にあるのですが、道路管理者や警察の基準が曖昧で、結局既得権益化、というか、占有権になっているわけで、管理者側の差配が効かない不思議な状態です。

今回は神戸市も歩道(公道)上に「神鉄タクシー乗り場」の看板を出すことを認めなかったわけですが、バスにおいては事実上それが許されているわけです。このあたりは、バス停の管理を道路側が行い、バス会社はその利用権を得る、という管理側主体にすべきであり、既得権益化していることで今回の新高速バス、以前の路線バス参入規制緩和とも新規参入という旗印が「骨抜き」になっている現状も見直すべきでしょう。




政権の失政が前提の不思議な選挙

2014-11-17 00:43:00 | ノンジャンル
GDP速報値がマイナスとなり、いよいよ消費増税先送り、解散総選挙の色が濃くなった格好です。
一方で沖縄県知事選では普天間の県内移設反対派の候補が、政権が支持する現職を破って当選しており、足下1ヶ月程度の政局を考えると、急な解散はどちらに転ぶか分かりません。

地元でも一気に選挙ムード、というか、船橋市(の一部)の千葉4区は野田前総理があまりにも強く、過去3回は落下傘候補を立てて対決しましたが、郵政選挙でようやく比例復活という状態でした。この事実上の「自民空白区」という様子に、保守系県議が保守系候補として名乗りを上げていましたが、自民党もようやく地元選出の県議を立てて、久々の「地元候補」で戦うようです。

急転直下の臨戦態勢に野田陣営も、毎週月曜朝の津田沼駅頭の街宣で、最近は他の候補の幟が目立っていたのに、今朝は久々に本人らしき顔がちらっと見えており、与野党ともどうやら本気で総選挙を戦うようです。

とはいえやはり「大義」がありません。「念のため解散」という情けないネーミングが取り沙汰される状況です。
沖縄県知事選が示すように、有効な対立軸を用意すれば政権も磐石とはいえない状況ですが、「大義なき解散」自体が政権への批判要素となりえます。消費増税先送りの信を問う、というテーマ自体が、先送りの主因は景気の下振れ、つまり、アベノミクスがうまく機能していない、という政権の政策に問題があったことを前提にしているわけで、言わば「失政」を前提に戦うという世にも不思議な選挙です。
有権者の立場からすれば、景気回復の実感がないところに、さらに予想されている選挙日程だと冬のボーナスが支給された直後になるわけで、ボーナスの明細書が投票行動にどう影響するか。有権者が否が応でも景気を意識するタイミングです。

こうした状況に支持派のメディアも頭を抱えているようで、産経は「論点は安全保障」と言い出しています。
政治部長の署名記事で、小笠原近海のサンゴ密漁船問題などを引いて、集団的自衛権その他の問題をテーマに民主主義を問うべき、としていますが、同じ記事の中で沖縄県知事選挙での「民主主義」について、外交、安全保障は国の専管事項だ、と地方選での結果は考慮の対象外とでも言いたげな論調は、ご都合主義の権化であり、「民主主義」を大上段に語る記事としてはお粗末に過ぎます。

それくらい奇怪な状態で何を戦うのか。数値は悪いが消費増税をしないといけない、アベノミクスは成果を出しつつある、と主張して信を問うのなら分かりますが、「うまくいってないから先送りさせてください」と開き直られては、何をどう判断すればいいのやら、でしょう。


神姫バスの新路線を見る

2014-11-16 00:16:00 | 交通
10月1日に開設された神姫バスの神戸市西区、明石市大久保への新路線を試してみました。


(神姫高丘車庫の開業告知)

神姫三ノ宮BTでNicopaの残高を確認すると、「徳用」がそこそこ残っておりおあつらえ向きです。ャPット時刻表も入手しましたが、そこにあった張り紙をみると、この路線のために設置された「東急イン前」の停留所を改正から朝の三田特急が到着停留所として使用するとあり、早速活用しているようですが、今後は出発停留所としても使うのでしょうか。


(開業間もない10月5日の夜。早くも5、6人の客が)

東急イン前到着に変更になるのは7~9時台に到着する三田駅、フラワータウン始発の9便(平日)(休日は朝のフラワータウン始発の4便)で、ピーク時はフラワータウン、狭間が丘、弥生が丘などを経由する東急イン前到着便と、えるむプラザからノンストップで三宮BTに入るウッディエクスプレスが交互に運行されています。

そこまでして分離するのも分かるというか、ウッディエクスプレス、一般便がそれぞれ10分ヘッド。ウッディはピーク時となる7時台後半到着便は15分に2本であり、一般便も40分ヘッドで2本鹿の子台経由が入ります。(三宮BT行き)
7時半から8時半の1時間に15本の到着ですから、BT入口の右折で他社便や恵比須快速などが信号(右折)待ちで難渋しており、分離は必然ですが、BTに入る便の新生田川からR2で来て三宮東で右折するルートだと、反対車線になる東急イン前には入れません。
フラワーロードを南下して阪神前を左折するようですが、時刻表上は新神戸駅からどちらも7分。でも実勢はどうなんでしょうね。


(新停留所に到着した神戸空港行き三田特急。「三ノ宮(東急イン前)」の字幕を掲げる車両もあるようです)

さて、試乗したのは14時15分発の1日片道1本だけの水谷経由高丘行きです。
水谷行きの終点、水谷2丁目まで進み、そこから玉津ICに出て高丘行きのルートに復帰と、両方の路線を味わえます。
雨の日曜日、私を含めて10人の乗車は驚きともいえるわけですが、復路もそうでしたが水谷、北別府エリアの利用がちょっと淋しいです。
大蔵谷ICを出たところや、神戸学院大との分岐など何箇所か難所があり、往路はほぼ定刻、復路も最後第二神明の渋滞で遅れましたが、神戸学院大の段階で3分遅れと、ダイヤがタイトなのか道路事情が悪すぎるのか。


(日中便で10人程度の乗客が...)

利用の太宗は高丘のようですが、大久保駅と西神中央駅を結ぶ12系統にくわえ、高丘地区をターゲットにした巡回バスもあるエリアで、公団団地を中心に一戸建てが取り巻く住宅地です。南北に走る幹線道路を見通すと、遠くにオーズタウンが霞んで見えますが、これまで大久保駅まで出て、JR[神戸線での通勤だったことを考えると魅力的なルートであり、朝は北別府や神戸学院大に寄らずに第二神明を直行する「特急」が設定されているのも通勤利用へのアピールでしょう。(あと下道での渋滞回避)


(高丘4丁目西を走り去る...)

明石市や神戸市のバスが来ていたエリアですが(高丘にある車庫自体がもとは明石市バス)、確かに神戸市バスでよく見るバス停上屋やメ[ルを見かけるわけで、神姫オリジナルのメ[ルは少ないです。


(神戸市っぽい停留所)

ちなみに復路も乗りましたが、上りだけ神戸学院大に入るんですね。倉庫の前のような折り返し場で折り返しますが、高速バスはそこからの発車に対し、明石駅などの路線バスは正門前のバスターミナル然とした乗り場から発車します。
この取り回しと前後の交差点渋滞がネックになるようで、さらに第二神明の渋滞(柳原→京橋)が重なり、三宮には15分遅れでした。


(始発の高丘4丁目西にて)

2つのエリアを対象として木目細かく設定されているこの路線、メ[アイキャンパス発着便は三宮の発着がそごう前になるということは、京橋からフラワーロードを北上中に東隣のR2に移動するとか、上述の通り三宮方面行きのみ神戸学院大経由だとか、日中の1本だけ水谷経由高丘だとか、高丘地区から直行する特急だとか、キャンパス間相互の直行便があるとか、「完乗」することを考えるとパターンが多すぎますね。
ちなみに運行パターンは21パターンあります。(上りが特急高丘℃O宮、メ[アイ。快速高丘℃O宮、メ[アイ。水谷、北別府℃O宮、メ[アイ。学院℃O宮、メ[アイ、メ[アイ(直行)の11パターン、下りが快速メ[アイ、三宮*k別府、水谷。三宮$・J経由高丘。メ[アイ、三宮″ku。メ[アイ、三宮♀w院。メ[アイ♀w院(直行)の10パターン。同じルートの途中折り返しと看做せるものを省いても11パターン)




意義が見えない「新たな交通機関」

2014-11-16 00:07:00 | 交通
11月10日、神戸市は「新たな交通機関」の提案の検討対象選定結果を発表しました。
ウィラーの参加が目立ちますが、あとは阪急、阪神、神姫、みなと観光と、市内でそれなりに地歩を築いている事業者が揃っています。
地域外の人から見ると神戸みなと観光の採用が意外に見えるかもしれませんが、六甲アイランドと本土間のバス路線事業から、住吉台くるくるバスや、森北町どんぐりバス、まや坂バスといった交通不便地域へのバスや、桜森町線のような先行投資型、ハーバーランド線のような都市内型へと手を広げており、市バスが手薄な東灘区を中心に路線を広げており、市内では「バス」に絞ってみれば、市バス、山陽バス、神姫バスに次いでの事業者と言っていいでしょう。


(みなと観光のまや坂バス)

しかしこの「事業」は一体何がしたいのか。LRTにBRTと流行のモードを並べてみました感が否めません。
LRTの文字を見て「神戸にLRTが出来る!」とハアハアしている向きもいるようですが、どこに何を整備するのか。プロメ[ザルの内容が現時点では見えないのでなんともいえない部分がありますが、東西方向においては飽和状態の公共交通があり、手薄な南北方向は導入区間が限られ、しかも乗り換えが必要なケースが多発するという見立ての中で、「無駄」「二重投資」の謗りを免れる内容が出てくるのか。

三宮を中心とした市街地では回遊性を重視したものでしょうし、灘区や東灘区を考えたら東西方向の既存交通機関にきっちり接続し、かつ輸送力を確保したものになるでしょう。しかしそのベースとなる交通機関は既に神戸市やその外郭団体によって整備、運行されているという現実がある訳で、ならば民間委託によるブラッシュアップとすべきところ、「新たな交通機関」というのがわかりません。

公共交通を手段ではなく目的とする人たちから見たら、クルマ優先社会ガー、とクルマの排除を鼻息荒く訴えるのでしょうが、神戸の特性を考えたら、クルマの存在を無視できないのです。


(バイパスが中心街に出てくる。山麓バイパス。2006年撮影)

六甲山系と大阪湾に挟まれた東西に伸びる市街地は、海岸からR2あたりまでのわずかな空間こそ平坦ですが、JR線から阪急線に向かうあたりで早くも勾配区間となり、それ以北は傾斜地、という表現がぴったり来る環境です。
さらに六甲山系から流れ下る河川は天井川になりやすく、平坦なエリアでは逆に東西方向に橋を頂点とした「坂道」が発生しており、自転車やスクーターが使いづらい、歩くのもしんどい、という環境のエリアが市内移動における一方発着ャCントになるという状況を理解しないといけません。


(住吉川を渡るための坂道。南魚崎付近。2008年撮影)

公共交通で山麓、谷筋を網羅することは出来ません。そして市内移動においてP&Rをする余裕もありません。
一定数のクルマでの移動、タクシーでの移動を想定しないといけない中で、道路の容量を無視した対応は非現実的ですし、それこそ「弱者」がいちばんの被害者になります。


(EST2007に合わせて実施されたが大失敗に終わったちょいのりバス)

ちなみに神戸市中心部でのLRT計画や、2007年に実施されて大失敗した「神戸ちょいのりバス」については拙サイトで記事にしていますが、こうした都市内の需要は確かにありますが、地勢、道路事情による制約が思いのほかきつく、かつ中途半端な路線や周知に難があると、既存の路線バスやシティループが盛況なのに閑古鳥というまさかの事態になります。


(シティループ。異人館付近は急勾配かつ道も狭い。 2006年撮影)

そしてJR神戸線などの高架を潜れる箇所が少なく、道路交通がそこに集中する現状では道路の規制が非現実であること、さらに六甲山系をトンネルで越えるルートが市街中心部を経由するといった特殊事情も考慮する必要があるわけです。
やるならまずはシティループの展開、増発であり、軌道系交通の導入は中途半端に過ぎるといえます。(バスの機動性がなく、地下鉄などの基幹交通が過剰にあるなかで、軌道のメリットを主張しにくい)




種村直樹氏を悼む

2014-11-13 01:09:00 | 書評
週明けから出張に出ていたのですが、休日移動となった日曜日、往路の新幹線の車中で、種村直樹氏の訃報を知りました。
新幹線の通路ドア上のスクロールで流れたニュースに驚きましたが、いろいろとネットで情報を探すと、ここ数年は病床にあったとのことでした。普段は迷わず空路となる出張ですが、日曜日日中の移動なので気分を変えて久しぶりに鉄道にした際での出来事に、何か奇遇というか、運命的なものすら感じます。


(新幹線の車中にて)

訃報記事を読むと78歳とのことですが、私から見てまさに親の世代であり、親世代の人々がここ数年相次いでこの世を去っている現実に接している中での訃報には寂しさが募ります。

さて、「レイルウェイ・ライター」としての種村氏とその著作は、子供の頃から後年に至るまで、私にとってはバイブルでした。
その代表が、私あたりの世代の「鉄」だと誰もがお世話になったであろう「鉄道旅行術」。手元にあるのは改訂4版で、初版から1年程度という初期の段階で手にした世代ですが、今のように鉄道に限らず旅行一般についての情報が乏しい当時、鉄道の情報よりも「旅行一般」の情報源として相当後年まで重宝しました。


「鉄道旅行術」交通公社のガイドシリーズ
初版1977年5月。これは改訂4版1978年11月 ちなみに定価680円

もう一冊、中公新書からの「時刻表の旅」、これも無賃送還などの異常時対応について紙幅を割いていますが、これにもお世話になったわけで、拙サイトでも記事にした2005年の羽越線事故に伴う取扱いの体験において、本書の記憶が大いに役に立っています。


「時刻表の旅」中公新書
初版1979年8月 これは6版1980年11月 ちなみに定価380円

晩年、クモ膜下出血で唐黷トからは文章にキレもなくなり、鉄道ジャーナルでの連載も「切られて」、フェードアウトした格好になったのは残念でした。小浜線電化開業の当日、混み合う小浜線の電車内で覚束ない足取りで先頭部に立っていた種村氏を見かけたことがありますが、当時、私の親の様子を思い浮かべて、大病をしたことでここまで老いたのか、と気の毒に思ったことを覚えています。

一方で、私自身は種村氏の著書も大概購入していた読者でありながら手紙を送ったり旅行に参加することはなかったわけで、2回ほど集団旅行の一行とニアミスしたのがあるくらいです。その意味では、私自身精力的に「乗り鉄」をしていた時期があったにもかかわらず、1回も出会ったことは無いのが不思議なくらいで、上記の通り晩年の「取材」を遠巻きに見たくらいです。

さて種村氏というと、晩年の記事しかしらないのでしょうか、種村氏のことを悪し様に言う人や、独特の言い回しを茶化す人も少なくなかったわけですが、まさに木を見て森を見ずというか、業績と実力を知らぬがゆえに出来る「蛮勇」といえます。振り返ってみれば、今全盛期の種村氏レベルの文章が書けて、行動力があるライターはいるでしょうか。そして種村氏の場合、「全盛期」はそれこそ30代半ばの独立から60歳頃まで続いていたわけで、今まさにその年代をトレースしている自分の人生に照らし合わせると、仕事のジャンルは全く異なりますが、到底及ばないというのは言うまでもない話です。

そうそう、1970年代、30代半ばの時に新聞社を退職して独立したわけですが、それとて批判する人は鉄道ジャーナル者や国鉄のコネがあっての話、と矮小化しますが、あの時分に妻子あって独立するのは相当勇気がいる話であることも評価に加えるべきでしょう。もっとも、退職した毎日新聞社はそれから数年後に経営危機で第二会社方式による再建に踏み出したので、絶妙のタイミングかもしれません。

一方で「巨星墜つ」という印象を受けるのも、後進が育っていない、という厳しい現実がなせる業でしょう。
活字文化そのものの衰退という批判もあるでしょうが、ネットで発信するにしてもそこには「書き手」が必要です。そしてまがいなりも月刊の趣味誌が複数存在し、ムック本を中心に多くの書籍が毎週のように刊行されている中で、「売れっ子」「引っ張りだこ」のライターがいるでしょうか。

そこには「謦咳に接して」育ったといえるような後進がいない、言い換えれば、「弟子」を育てていないという厳しい評価も可能であり、特に一回りも二回りも違う若者を「取り巻き」にしていた種村氏が、中堅や新進気鋭、と言える弟子をどれだけ育てたのか。皆無とは言いませんが、「取り巻き」の数を思えばあまりにも少ないのです。

そういう意味では種村氏が独立にあたり自ら名乗った「レイルウェイ・ライター」という肩書きですが、二代目として襲名する、あるいは一般名詞として世に広まるにしても、種村氏の実績がベンチマークになるわけですが、この肩書きを名乗るにふさわしい実力や実績を持つ人がいるのかどうかと世に問えば、結局は種村氏固有の肩書きとしてお返しするしかないと言うのが衆目の一致するところでしょう。

そう、存命中は種村氏への遠慮もあるかもしれませんが、では誰もが使えるか、というと、それを名乗り得るレベルと誰もが認める人がいない、よしんばいるとしても「自称」の二文字が取れないのでは、という現実は厳として存在します。本来はちょっと無理があっても「精進して頑張ってや」というレベルであっても名乗れる肩書きなんでしょうが、空位どころか永久欠番もやむなし、というのが現実なのです。

最後に、種村氏の訃報を受けて「鉄道趣味(誌)界」はどう反応するのでしょうね。
事実上鉄道ジャーナルの専属に近い状態だっただけに、他誌は誌面での活躍が無いに等しいですし、逆に他誌と良好な関係を保っている大学鉄研や鉄道友の会と言った趣味団体との距離感が目立っただけに、どういった評価で蓋を覆うのでしょうか。
特に長年の関係を思えば礼を失しているのでは、とも思えた対応をしてしまった鉄道ジャーナルはどうするのか。11月8日に各紙が報じているようですが、1月号では速報程度としても、2月号でどう取り上げるのか。

趣味界もどうなんでしょうね。逆に種村氏の活動が、趣味団体を中心として築いてきたヒエラルヒーを崩したともいえるわけで、「長老」を中心に種村氏への批判は少なくありませんでしたが、閉鎖的になりやすい趣味というかそれこそ「オタク」の世界を、誰でも、どういう切り口でも楽しめる、という形で世に問うた功績を総括できるかによって、「趣味人」という属性の真価も問われるでしょう。