Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「闇の公子」タニス・リー著(浅羽莢子訳)早川書房

2009-02-04 | 外国の作家
「闇の公子」タニス・リー著(浅羽莢子(あさば さやこ)訳)早川書房を読みました。
まだ世界が平らだったころ、地底では妖魔の都ドルーヒム・ヴァナーシュタが栄えていました。
その都を統べる妖魔の王は、絶大な魔力と美貌を誇るアズュラーン。
彼は夜ごと人界に遊び、無垢なものたちを誘惑して愉しんでいました。
赤子の頃から育て上げ寵愛した美青年シヴェシュ。
数奇な生い立ちからやがて残虐非道な女王となったゾラーヤス。
生まれる前にふたつに引き裂かれた魂を持つ女シザエルと男ドリザエム。
闇の公子の気まぐれないたずらは、人間たちの運命を変え地上を災いの種で満たしていきます。

荻原規子さんが雑誌yomyomで薦めていたので読みました。
昨年復刊された文庫版には荻原さんの解説がついているそうです。

著者いわく「千夜一夜物語」を意識したという「語り」でつむがれていく擬古的な文体、浅羽さんの翻訳の文章も見事です。「答(いら)えず」なんて言葉遣い初めて知りました。
そして一章ごとに次から次へとつながっていく人物たちの行く末。
私が連想したのはアラビアンナイトよりも、ギリシャ神話。
波乱万丈の物語の数々がとても面白い!
そして文章がとても美しいのも魅力です。

たとえばこんな一節。
「老学者が一人、無花果(いちじく)の下で酒を飲みつつ娘の名を呼ばわった。一人の娘が家から出てきた。学者は娘の手を撫で、大きな古い本に記入された文字を見せた。紙のような押し花がしおりの役目を果たしていた。窓からの光が娘の淡い髪の中にみどりのライムの実を描いた。」
穏やかな日々、愛されている美しい娘の様子が目に浮かびます。
でも夜の公子アズュラーンはこのような光景を幸せだからこそ、踏みにじるのです。

暴虐な王の末子として生まれ、その命を奇跡的に生き延びたゾラーヤス。
優しい僧に助けられたにも関わらず、やがて成長し、人からあざけられる自分の外見の醜さを知りことになります。
その後僧が死にひとりぼっちに、さらに偶然助けた男に強姦される無残な運命がゾラーヤスを待っていました。
復讐の炎に燃えアズュラーンと契約するゾラーヤス。すべてを自分の前にひざまずかせずにはいられない酷い女性だけれど、なんだか哀れでもあります。

このほかにもアズュラーンの座興のために運命を翻弄される人間の数々。
でもこの本は人間の醜さ、惨さを描いていても「これ以上読みたくない」とは決して思わせないのです。
物語がファンタジー仕立てということもありますが、普通の生活を送っていた人間が、ある偶然の(アズュラーンが仕組んだ)不幸の一匙で人生がねじまがっていく・・・そのことに共感し、同情し、時に嫌悪しつつも人の運命の不思議さを感じ、最後まで読み進まずにはいられません。

そのなかでも特に印象的だった話は盲いた詩人カジールと、花から生まれた乙女フェラジンの話。
フェラジンに会うために人間の肉体を持ちながら、地底の都に降りる決意をするカジール。
「子が生まれるのを恐れ、母親が産むのを恐れようとも、時到りなば、他の道を選ぶことは許されぬ。私にも選ぶ余地はない。道は一つ。」
運命的な恋ですね。

やがて結ばれたふたりの幸せもつかの間、アズュラーンの罠により、ふたたびふたりは引き裂かれる運命に。
フェラジンの墓に水をやり、一年間愛の歌を歌いながら待つカジール。
そしてそして・・・。
ラストは夏目漱石の「夢十夜」第二夜を連想しました。
悪と夜の公子アズュラーンにも届かないものがある・・・この話が私は一番好きです。



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