Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「クマグスの森 南方熊楠の見た宇宙」松居竜五編(新潮社)

2009-03-24 | エッセイ・実用書・その他
「クマグスの森 南方熊楠の見た宇宙」松居竜五編(新潮とんぼの本)を読みました。
表紙は冬の山中、腰巻一丁で煙草をふかす怪しげな男の姿。
彼こそ、紀州和歌山が生んだ先駆的エコロジスト、南方熊楠42歳の姿。
博物学者として、また生物学者、民俗学者として広く知られる熊楠。
研究対象は粘菌、キノコ、藻、昆虫から男色、刺青、性、夢まで、この世あの世のすべて。世界を放浪、原生林を駈け巡り、果て無き大宇宙の謎を追い、森羅万象の本質に迫るため、生涯その目で見たままを詳細に記述しまくりました。
本書では、奇才が遺した膨大で不思議な資料が公開されています。

写真満載で見やすく、熊楠を初めて知る人向けに、彼の全体像が見渡せる導入書ともいえる一冊。
少年時代は和漢三才図会を模写し、毘沙門天の申し子といわれます。
青年になりイギリスへ。フロリダへ、キューバへ。時にサーカスの団員を務めることも。孫文と交わり、「ネイチャー」誌に論文を発表して認められ、帰国の後も神社合祀反対運動、新種ミナカテルラ菌の発見、昭和天皇へのご進講などエピソードには事欠かない人物だったそうです。

写真を見てもがっちりしたたくましい大男の風貌。さぞや破天荒な人物だったのだろうと思ったら、十四の頃から精神的な病を発していた兆しがあり、十八の時にはてんかんの発作を起こし、予備門を退学することになったそうです。
病の自覚が深ければ深いほど、学問への集中力が増し、結果として創造性の源となっていたのだろうと。熊楠のその内面の光と影の深いコントラストに思いをはせます。

なかで興味をひいた記事は飯沢耕太郎さんのエッセイ。
「だがなぜ菌類だったのだろうか。彼ほどの記憶力と語学の才能があれば、学問の世界で華やかな活動を展開することは十分に可能だったはずだ。」
「精密かつ正統的な学の体系とは別に、いわば「キノコ的思考」とでもいうべき奇妙な王国が広がっており、そこに無限の可能性が胚胎しているというこではなかっただろか。」
セクソロジーやカニバリズムなど、民族史の陰の部分を研究していた熊楠。
「隠花植物」という存在にまさに惹かれていったのでしょうか。

熊楠の数あるエピソードの中でも、好きなのが家の柿の木から珍種のミナカテルラ・ロンギフィラという粘菌を発見した話。

「その気になれば自分の足許で世界的発見ができる」


「龍使いのキアス」浜たかや著(偕成社)

2009-03-24 | 児童書・ヤングアダルト
「龍使いのキアス」浜たかや著(偕成社)を読みました。
アギオン帝国は、初代神皇帝アグトシャルの夢の呪縛にもう三百年もの間、くるしめられていました。
一方巫女見習いのキアスは、その出生の秘密を知らず、大巫女マシアンさまを探しに旅に出ます。
巫女がいる神殿と、戦士のいる大都市という組み合わせ、どことなくゲド戦記の「失われた腕輪」を思い出します。ほかにも日本神話のイザナギ・イザナミとその三人の子の話を思い浮かべたり。海へ、山へ、都市へ、辺境の地へと旅する壮大な物語です。

物語の舞台はロールという架空世界。
主人公キアスは女神ノアナンに仕えるモールの神殿の巫女見習い。
ある日モール林に捨てられていたのを巫女ナイヤが拾い育てた赤い髪の少女、キアス。
モールマイ族は女児が生まれるとモールの苗木を植えます。それがその子の「根」となり、その子が死ねば「根」も枯れます。
キアスは三百年前に生きていた大巫女マシアンの木がまだ生きていることから、まだマシアンさまが生きていると確信し、マシアンさまを探すたびに出ます

一方この世界で強い力を持っているのが戦神アーグを掲げ、武勇にすぐれたアギオン族でした。
自分たちの宗教と法を他民族に押し付けるアギオン族。
そんなアギオン族の頂点は三人。皇帝アグトシャトル、大神官キーオ。「内の外の賢者」、竪琴を背負う放浪詩人のイリット。
この三人は初代神皇帝(しんこうてい)アグトシャトルの三人の子からずっと同じ名前をひきついでいる一族です。

アーグ神殿では、「近く帝国を崩壊させるほどの力をもった巫女があらわれるだろう」と神託がくだり、巫女狩りが始まります。
生まれてから一度も夢をみたことがないという皇帝の秘密とは?
そして皇帝の前で弾いてはいけないと語り継がれているイリットの竪琴と皇帝との結びつきとは?

この物語はメインの物語の面白さもさることながら、脇を固める人々の個性も魅力です。
特に私が好きなのはダグニ族のフル。
悪口大会で一等賞をとった「おろかな賢者」。でも彼に悪口を言われると作物は見事に実り、人は生き生きとしてくるのです。

それからオーラーの神殿に仕える巫女の長ジルさま。
鳥に姿を変えた恋人の巫女マヌを追い、軍を脱走したゴア。
「若者の無謀なふるまいをいましめるのが、年長者の義務だとこころえますが」といさめるイリットに、
「そういって、年長者はいつも若者の牙をぬいてきました。」とひややかに答えるジルさま。かっこいい・・・。
若者の無謀をとめるのは思いやり?結局自分が面倒をさけたいだけなのかも。

「なにより大事なのは、もしマヌを助ければこの若者はとても貴重なものを手に入れたことになるということです。その貴重なものとは、もちろんマヌのことではありません。そして、もし助けに行かなければ、その貴重なものをうしなうことになるのです。」
貴重なもの・・・恋人に対する誠意、闘いにひるまない勇気、自分の気持ちを自分は裏切らなかったという誇り・・・かな。

それから「好き」ではないですが、印象的なのが闇を抱える男、大神官キーオに仕えるオゴス。
「アグトシャトルの血をひくなら、捨て子の血をひきたかった。」と語るキオスに、
「おろかだな、キアス。外にいるものは、中の世界にあこがれるものだぞ。」と返すオゴス。
なんだか「カラマーゾフの兄弟」のスメルジャコフを思い出します。

キアスの出生の秘密、マシアンさまの行方・・・
最後の最後まで読みどころたっぷりのおすすめファンタジーです。