Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「ヴォイス」ル・グウィン著(谷垣暁美訳)河出書房新社

2008-12-11 | 外国の作家
「ヴォイス」ル・グウィン著(谷垣暁美訳)河出書房新社を読みました。
「西のはて」の南の都市国家アンサル。
そこは砂漠の民族オルド人の侵略によって、かつての栄光を失いました。
文字を邪悪なものとして恐れるオルド人は書物をもつことを固く禁じました。
アンサルの名家で育った少女メマーは、オルド人たちを憎み、復讐を心に誓いながら成長します。
ある日メマーは一族の館の小部屋に本が隠されていることを知り、当主である「道の長」からひそかに教育を受けるようになります。
そしてメマーが十七歳になったばかりの晩春、アンサルに高地生まれの詩人オレックと、その妻グライがやって来ます。
西の果ての年代記の第二作目です。

第一巻「ギフト」では主人公だったオレックとグライが年を重ねて名脇役として登場するあたり、ゲド戦記の流れと共通するものを感じます。特に、グライがある動物を連れて登場する場面は華やか。何の動物かは読んでのお楽しみ。
そして語り人オレックの物語に皆が(王までも)耳を傾けることもすばらしいことだし、一巻の少年時代のオレックを読んだあとでは単純にうれしい。
言葉、歌の深い力を感じさせてくれます。
それにしても文字を書くことも読むことも禁じられるなんて、活字中毒の私には考えられない辛い世界。

アンサルは町や家に小さな祠をもつ多神教の街。
対して侵略者であるオルド人たちがあがめるのは一神教、太陽と火の神アッス。
単なる宗教の対立だけではなく、オルド人内でも神官側・軍隊側などの利権争い。複雑です。
それにしても自分たちのあがめる神と違うからといって「魔物」扱いでは確かに友情や平和が訪れるはずもありません。

この物語で主要人物以外に特に印象的だったのは馬丁のグディット、それから館の家事をとりしきっているイスタ。
荒廃した屋敷にいるにもかかわらず、馬房の掃除を怠らないグディット、客人にはなけなしの財をはたいておいしい食事でもてなすイスタ。
苦しく虐げられた世の中でも、誰に強制されるでもなく、自分たち自身のために「生活」をあきらめない。たくましく頭のさがるふたりです。
「道の長」が「貧乏人ほど太っ腹なものです」とユーモラスに語りますが、その意味するところは貧乏人ほど飢えも寒さも辛さを良く知っているからこそ、他人の苦しみを見逃せず助けようとするということでしょうか。

そして物語は「目には目を」ではない方向へ・・・。
物語としてはスカっとする単純な結末ではないですが、ル・グウィンらしい深い洞察力に支えられた解決策だなあと思いました。