もずの独り言・goo版

半蔵ともず、gooでも独り言です。『もずの独り言』は代行業とは一切関係ありません。

【みんな生きている】田口八重子さん[日米首脳会談]/NNN

2018-08-16 07:30:10 | 日記


-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!米・朝首脳会談で拉致問題も「具体的方策を」》

安倍晋三首相とアメリカのドナルド・トランプ(Donald John Trump)大統領が日本時間4月18日朝、フロリダ州の大統領の別荘で会談し、米・朝首脳会談の際に拉致問題を取り上げることで合意しました。
一方、拉致被害者家族会の飯塚繁雄代表(田口八重子さんの兄)は、

「日本人拉致被害者をどうやって帰すんだという具体的な方策なり行動を(米・朝首脳会談で)確認したい。(拉致問題を)議題に出しただけではだめ。日本人を帰すという確約を取ってもらいたい」

と語りました。
また、飯塚代表は

「米・朝首脳会談というチャンスをものにするべく動いてもらいたい」

と、拉致問題の解決に向けた日本政府の対応を改めて求めました。

■田口八重子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_1.html
■田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_1en.html
■VOA拉致問題動画
https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■No Fence北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会HP
http://www.nofence.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■ベナTVHP
http://www.benamu.org
■ベナTVブログ
http://blog.naver.com/benamu1004
■ベナTVFacebook
http://www.facebook.com/bnatv1004
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ベナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8
■ベナ救出団:日本語(1)
https://youtu.be/USkALHXYyfI
■ベナ救出団:日本語(2)
https://youtu.be/W9yxZD9sjuM
■ベナ救出団:日本語(3)
https://youtu.be/Mv2kbq4hamU
■ベナ救出団:日本語(4)
https://youtu.be/xpocs10Hx0E
■ベナ救出団:日本語(5)
https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm
■上尾市民の会HP
http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)
Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.
North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.
At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.
Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会(United Nations Human Rights Council=UNHRC)が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
(Susumu Fujita)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の住所:埼玉県川口市南町
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■藤田隆司さんfacebook
http://ja-jp.facebook.com/takasi.fujita.3
■緑風香ブログ
http://ryokuhuuka.wordpress.com/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm

《特定失踪者・藤田 慎さんについて》
※藤田 進さん・隆司さん兄弟の叔父
◆氏名:藤田 慎
(ふじたしん)
(Shin Fujita)
◆失踪年月日:昭和35(1960)年
◆生年月日:昭和6(1931)年9月5日
◆性別:男
◆当時の年齢:29歳
◆当時の住所:東京都大田区蒲田
◆当時の身分:三菱重工業か石川島播磨重工業のどちらかに勤務
◆身長:165cmくらい
◆体重:65kg〜70kg
◆特徴:
1)柔道をやっていてがっしりした体格
2)川に潜って魚獲りをするのが好きだった
3)長兄(藤田 進さんの父)と顔が似ている
◆失踪場所:東京都大田区蒲田本町(姉夫婦の当時の居住地)

【失踪状況】
長兄に「旅行に行く」と新品の靴を借りに来る。
次兄夫婦には、「結婚したい人がいる」と相談。
また、弟にお金を借りに来る。
その後音信不通。
失踪から数年後、兄夫婦宅(埼玉県川口市仲町)に年賀状が届く。
字体は達筆(本人の字体に似ていた)。
差出人の名前がなかった。
消印は世田谷だったようである。
昭和51年2月7日、埼玉県川口市で失踪した藤田 進さんの叔父にあたる。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■藤田隆司さんfacebook
http://ja-jp.facebook.com/takasi.fujita.3

《特定失踪者・古川了子さんについて》
◆氏名:古川 了子
(ふるかわのりこ)
(Noriko Furukawa)
◆失踪年月日:昭和48(1973)年7月7日
◆生年月日:昭和30(1955)年1月1日
◆性別:女性
◆当時の年齢:18歳
◆当時の住所:千葉県市原市菊間
◆当時の身分:三井造船社員
◆身長:157cmくらい
◆血液型:B型
◆特徴:
1)中学時代水泳部、高校では卓球部部長。
2)書き初めで入選したことあり、簿記、珠算和文タイプ等資格持っている。
3)左利き。文字を書くのは左右同じに使える。
4)左眉に途切れたような傷がある。
◆失踪場所:千葉県

【失踪状況】
午前中に美容院へ行き、午後から母親と浴衣を買いに行く予定をしていた。
朝早く家を出て、美容院に「今日の美容院はキャンセルしたい。出かけるところができた。母親にも浴衣を買いに行けなくなったと伝えて下さい」と言った。
母親は美容院からの電話で、友達にでも会うことになったのだろうと気にしなかったが、それから何の音沙汰もなくなった。
7月に初めて貰ったボーナスは手付かず、預金通帳も置いたまま。
持って出たのは財布とハンカチくらいしか入らない、いつも持っている小さなバッグ1つだけだった。
その後、家にも勤め先にも全く連絡なし。中学や高校の友人も心あたりはなかった。
元北朝鮮工作員の安明進(アン・ミョンジン)氏が、「1991年に平壌市内の病院にいた女性と似ている」と証言している。
平成16年1月29日、千葉県警に告発状提出。
平成17年4月13日政府に対し拉致認定を求め東京地裁に提訴。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/
■救う会千葉HP
http://sukuukaichiba.web.fc2.com/
■救う会千葉ブログ
http://sukuukaichiba.blog.fc2.com/
■古川了子さんを救う会HP
http://2.furukawanoriko.michikusa.jp/
■しおかぜ収録inハーグ
https://m.youtube.com/watch?v=CeE7fbhZALk

《特定失踪者・関谷俊子さんについて》
◆氏名:関谷 俊子
(せきやとしこ)
(Toshiko Sekiya)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年7月11日
◆生年月日:昭和32(1957)年5月19日
◆性別:女性
◆当時の年齢:17歳
◆当時の住所:千葉県市原市徳氏
◆当時の身分:薬品会社勤務。定時制高校在学中
◆身長:160cm
◆血液型:A型またはO型
◆失踪場所:千葉市内

【失踪状況】
親類の男性と幼馴染の同級生(女性)と千葉市内の飲食店で飲食後、親類の男性が「車で二人を家まで送ってくる」と店の従業員に言い残して出たまま3人一緒に行方不明となった。
店の従業員は男性の兄と妹。
男性の乗っていた車も発見されていない。
関谷さんは古川了子さん(昭和48年失踪)と同じ高校で3学年下。
古川事件の1年後の同じ7月の失踪。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/
■救う会千葉HP
http://sukuukaichiba.web.fc2.com/

《特定失踪者・遠山常子さんについて》
◆氏名:遠山 常子
(とおやまつねこ)
(Tsuneko To-o-yama)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年7月11日
◆生年月日:昭和32(1957)年6月22日
◆性別:女性
◆当時の年齢:17歳
◆当時の住所:千葉県市原市田淵
◆当時の身分:県立高校学生(夜間部)
◆当時の勤務先:千葉市内のスーパーマーケット
◆身長:158cm~160cmくらい
◆血液型:B型
◆特徴:左右どちらかは不明だが眉の上にホクロの切除痕有り
◆失踪場所:千葉市内

【失踪状況】
遠山常子さんと、幼馴染の友人女性である関谷俊子さん、ならびに関谷俊子さんの親戚である峰島英雄さんの3人は、峰島英雄さんの兄妹が勤務する千葉市内の飲食店で食事をした。
峰島英雄さんが、「二人を家まで送ってくる。戻ってくるから、食事を用意しておいてくれ」と兄妹に言い残し、車で飲食店を出たまま三人とも失踪。
峰島英雄さんの車(赤いマーク2)も未発見。
失踪の当日は、関谷俊子さんの引越しの日だった。
引越しが終わったあとに、三人で飲食店に食事に来た模様。
失踪以降、何ら手がかりとなるものは無かった。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/
■救う会千葉HP
http://sukuukaichiba.web.fc2.com/

《特定失踪者・峰島英雄さんについて》
◆氏名:峰島 英雄
(みねしまひでお)
(Hideo Mineshima)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年7月11日
◆生年月日:昭和27(1952)年9月2日
◆性別:男
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:千葉市(稲毛区)轟町
◆当時の身分:会社員(千葉市内の電話工事会社)
◆身長:170cm
◆血液型:B型またはO型
◆失踪場所:千葉市内

【失踪状況】
遠山常子さんと、幼馴染の友人女性である関谷俊子さん、ならびに関谷俊子さんの親戚である峰島英雄さんの3人は、峰島英雄さんの兄妹が勤務する千葉市内の飲食店で食事をした。
峰島英雄さんが、「二人を家まで送ってくる。戻ってくるから、食事を用意しておいてくれ」と兄妹に言い残し、車で飲食店を出たまま三人とも失踪。
峰島英雄さんの車(赤いマーク2)も未発見。
失踪の当日は、関谷俊子さんの引越しの日だった。
失踪以降、何ら手がかりとなるものは無かった。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/
■救う会千葉HP
http://sukuukaichiba.web.fc2.com/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

【みんな生きている】お知らせ[めぐみへの誓い-奪還-公演]/NNN

2018-08-16 07:26:15 | 日記
-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!「めぐみへの誓い-奪還-」公演のお知らせ》

■拉致問題啓発舞台劇「めぐみへの誓い―奪還―」寒川町公演を開催します

本公演は、国民の皆様が拉致問題への認識を深め、拉致問題の悲劇を心から理解していただく一助となるよう政府が企画したものであり、地方公共団体との共催により全国各地で実施しています。
本舞台劇は、中学一年生だった横田めぐみさんが新潟の海岸で拉致された当時から現在に至る拉致問題の経緯、めぐみさんや田口八重子さんたち拉致被害者の北朝鮮での生活等を描いたものです。
多くの皆様のご来場をお待ちしております。

1.日時・場所等
◆日 時:平成30年10月11日(木曜日)
13:30開場
14:00開会
16:30閉会(予定)
◆場 所:寒川町民センターホール(定員600名)
※神奈川県高座郡寒川町宮山165
◆主 催:政府拉致問題対策本部、神奈川県、寒川町
◆後 援:法務省、外務省、文部科学省

2.プログラム
◆主催者等挨拶
◆拉致問題の概要説明(行政説明)
◆ミニコンサート「空と海の向こう」
・シンガーソングライター 山口采希
◆舞台劇「めぐみへの誓い―奪還―」上演
上演:劇団夜想会

[出演]
・原田大二郎(横田 滋役)
・石村とも子(横田早紀江役)
・北 煬子(横田めぐみ役)
・半井小絵(田口八重子役)
ほか

◆拉致問題啓発パネル展示

3.申込方法
・往復はがき
・電子メール
・FAX

のいずれかの方法により、寒川町町民部町民窓口課町民相談担当までお申し込みください。
入場は無料です。

■寒川町HP
http://www.town.samukawa.kanagawa.jp/
■横田めぐみさんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_2.html
■横田めぐみさんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_2en.html
■「めぐみへの誓い-奪還-」PV
https://www.youtube.com/watch?v=J6cZyGknNi8
■「めぐみへの誓い-奪還-」(英語版)
https://m.youtube.com/watch?feature=share&v=VEQdbP3JlVo
■アニメ「めぐみ」
https://m.youtube.com/watch?v=OXGYACTRGjI
■VOA拉致問題動画
https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■救う会神奈川HP
http://kanagawa.trycomp.net/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■No Fence北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会HP
http://www.nofence.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■ベナTVHP
http://www.benamu.org
■ベナTVブログ
http://blog.naver.com/benamu1004
■ベナTVFacebook
http://www.facebook.com/bnatv1004
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ベナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8
■ベナ救出団:日本語(1)
https://youtu.be/USkALHXYyfI
■ベナ救出団:日本語(2)
https://youtu.be/W9yxZD9sjuM
■ベナ救出団:日本語(3)
https://youtu.be/Mv2kbq4hamU
■ベナ救出団:日本語(4)
https://youtu.be/xpocs10Hx0E
■ベナ救出団:日本語(5)
https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(Megumi Yokota)
(拉致被害時13歳)
※This person was Abduction by North Korea
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「白い翼でも黒い翼でも、赤い翼でも青い翼でも、何でも結構なんで、帰って来られる翼をめぐみに与えてほしい」
(横田早紀江さん。拉致被害者・横田めぐみさんの母)
※「正義は必ず勝つ、と私は信じていますので、あとしばらくお力をお貸しください」
(横田哲也さん。拉致被害者・横田めぐみさんの弟)
■新潟県警HP
http://www.police.pref.niigata.jp/
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■あさがおの会HP
http://www.asagaonokai.jp
■ブルーリボンの祈り会/スイス日本語福音キリスト教会HP
https://www.jegschweiz.com/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%9C%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%A5%88%E3%82%8A%E4%BC%9A/
■アニメ「めぐみ」
https://m.youtube.com/watch?v=OXGYACTRGjI

[November 15, 1977: Young girl abducted]

Abductee: Megumi Yokota (13, female, Niigata Prefecture)
Disappeared on her way home from school in Niigata City.
During the third round of Japan-North Korea Working-Level Consultations in November 2004, North Korea claimed that Megumi Yokota died in April 1994 and handed over what it claimed were her remains. DNA analysis, however, indicates that some of the bones from these remains belong in fact to a different person or persons.
Additional DNA analysis conducted in April 2006 by the GoJ indicated a high probability that Kim Young-Nam, a Korean citizen abducted from the Republic of Korea in 1978 when he was a high-school student, was married to Ms. Yokota.

《特定失踪者・東 修治さんについて》
◆氏名:東 修治
(あずましゅうじ)
(Shu-ji Azuma)
◆失踪年月日:昭和62(1987)年10月
◆生年月日:昭和38(1963)年1月24日
◆性別:男
◆当時の年齢:24歳
◆当時の住所:神奈川県内
◆当時の身分:会社員(病気で休業中)
◆身長:182cm
◆体重:75kg
◆足のサイズ:27.5cm
◆特徴:交通事故により、左手首からひじの間がくの字型に変形している
◆失踪場所:神奈川県横浜市のアパートから

【失踪状況】
昭和63年1月に不動産屋より家族に家賃滞納の連絡があり、家族がアパートを訪ねると突然出て行ったような状態だった。
お金、免許証はなく、車は置いたまま。免許証の切り替えはされていない。
昭和62年10月頃から胃病のため会社を休業中だった。
家族に送金を依頼する連絡があり送金している。
失踪後家族に無言電話があった。
■福岡県警HP
http://www.police.pref.fukuoka.jp/

《特定失踪者・岩佐寅雄さんについて》
◆氏名:岩佐 寅雄
(いわさとらお)
(Torao Iwasa)
◆失踪年月日:昭和36(1961)年12月20日
◆生年月日:大正15(1926)年12月8日
◆性別:男
◆当時の年齢:35歳
◆当時の住所:神奈川県鎌倉市材木座
◆当時の身分:魚屋の店員(板前も出来た)
◆身長:170cm
◆体重:70kg
◆血液型:A型
◆特徴:
1)少し前かがみで歩く癖があった
2)スポーツが趣味で、陸上短距離の国体に2度出場している
3)酒は少々飲む
◆失踪場所:神奈川県鎌倉市の材木座海岸

【失踪状況】
勤めていた店の人に黙っていなくなった。
その後、横須賀のいとこが四方八方探し回ったが消息はつかめず。
■宮城県警HP
http://www.police.pref.miyagi.jp/

《特定失踪者・小川雅樹さんについて》
◆氏名:小川 雅樹
(おがわまさき)
(Masaki Ogawa)
◆失踪年月日:平成5(1993)年8月31日
◆生年月日:昭和43(1968)年8月20日
◆性別:男
◆当時の年齢:24歳
◆当時の住所:神奈川県逗子市
◆当時の身分:無職
◆身長:173cm
◆血液型:B型
◆特徴:眼鏡又はコンタクト使用(乱視)
◆失踪場所:東京都渋谷区幡ヶ谷

【失踪状況】
平成5(1993)年3月、神奈川県内の大学を卒業後、北海道の競走馬を育てる牧場で馬の飼育係として働くため5月に単身北海道に渡り住み込みのアルバイトを始めたが3カ月後の8月下旬、家族に「北海道でのアルバイトを辞めるが家には帰らない」と電話をかけてきた以降、音信不通となった。
家族が北海道の牧場に連絡を取ると8月31日付で牧場を退職していた。
同年11月下旬、都内渋谷区の男性から家族に連絡があり状況を確認した結果、北海道での牧場勤務を辞めた直後に東京まで戻っていたが、神奈川の実家には戻らず都内で知り合った渋谷区の男性宅に数日間、居候した後、荷物を男性宅に残したまま所在不明となっていた。
失踪後の実家には年に2~3回無言電話がある。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

《特定失踪者・岡元幸弘さんについて》
◆氏名:岡元 幸弘
(おかもとゆきひろ)
(Yukihiro Okamoto)
◆失踪年月日:昭和62(1987)年8月31日
◆生年月日:昭和30(1955)年1月14日
◆性別:男
◆当時の年齢:32歳
◆当時の住所:千葉県松戸市
◆当時の身分:ラーメン店店長
◆身長:175cmくらい
◆体重:65kg
◆失踪場所:神奈川県横須賀市

【失踪状況】
失踪前日、釣りに行くと言って千葉県松戸市の家を出たまま、翌日昼の開店時間になっても戻らず。
東電横須賀火力発電所付近で釣りをしているところを目撃されている。
車も残っていた。
当時営業も順調であり仕事にも張合いを持っていた。
借金もなかった。
失踪時浦賀署でも付近の捜索やヘリコプターでの捜索、海保の海上捜索なども行ったが発見できなかった。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/

《特定失踪者・川満敏弘さんについて》
◆氏名:川満 敏弘
(かわみつとしひろ)
(Toshihiro Kawamitsu)
◆失踪年月日:昭和47(1972)年5月
◆生年月日:昭和13(1948)年11月3日
◆性別:男
◆当時の年齢:33歳
◆当時の住所:愛知県名古屋市港区
◆当時の身分:自動車メーカーの季節労働者
◆沖縄県出身
◆身長:160cmくらい
◆特徴:
1)痩せ型
2)四角顔
3)浅黒
4)左右いずれかの目頭に切り傷有り
◆失踪場所:愛知県名古屋市か神奈川県

【失踪状況】
季節工の他に名古屋市内で荷役の仕事をしていた。
同じ沖縄出身の人が複数いたが仕事が終わって皆沖縄に帰り、川満さんだけが残った(残った理由は不明)。
愛知県名古屋市か神奈川県で働くと言い残し失踪。
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/
■沖縄県警HP
http://www.police.pref.okinawa.jp/

《特定失踪者・越川 力さんについて》
◆氏名:越川 力
(こしかわつとむ)
(Tsutomu Koshikawa)
◆失踪年月日:昭和45(1970)年7月19日
◆生年月日:昭和21(1946)年4月18日
◆性別:男
◆当時の年齢:24歳
◆当時の住所:東京都練馬区
◆当時の身分:会社員
◆身長:166cm
◆体重:60kg
◆特徴:両足の指にソバカス模様の点々
◆失踪場所:東京都練馬区のアパート

【失踪状況】
アパートの大家に「海に行ってくる」と言って出ていった後行方不明。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・齋藤正治さんについて》
◆氏名:齋藤 正治
(さいとうしょうじ)
(Shouji Saitou)
◆失踪年月日:昭和36(1961)年10月1日
◆生年月日:昭和14(1939)年7月10日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:神奈川県逗子市
◆当時の身分:県立高校定時制に在学していて、アルバイトで運輸省湾口技術研究所に勤めていた
◆身長:170cmくらい
◆特徴:内向的な性格
◆失踪場所:神奈川県逗子市

【失踪状況】
定時制高校に通いながら運輸省(現・国土交通省)のアルバイトのような仕事をしていた。
御両親が早く亡くなり、兄弟はそれぞれ住み込みで働いていた。
正治さんと良司さん(弟)は学年は1年違いだが、正治さんが高校に入ったのは1年遅れ。
同級生の女性が弟の勤務先に訪れ、その女性の話によれば「正治さんが学校に来ない。下宿に行っても生活しているそのままの状態だった」とのこと。
当時、良司さんも住み込みで自由に動けなかったので直ぐには下宿に行っていない。
あとで警察には家出人届は出したが見つからなかった。
正治さんは中学校卒業後すぐ3年ほどパン屋に勤めていたが、退職後は母の妹の家(安浦町)に住所を移し、さらに逗子市に転居していたことがわかった。
転居先は住民票を辿ると逗子市で、住所は元横須賀海軍工廠の宿舎。当時は朝鮮半島出身者が500世帯くらい住んでいたが、原因不明の火事(昭和36年頃)で焼失した。

《特定失踪者・齋藤 武さんについて》
◆氏名:齋藤 武
(さいとうたけし)
(Takeshi Saitou)
◆失踪年月日:昭和58(1983)年10月30日
◆生年月日:昭和20(1945)6月14日
◆性別:男
◆当時の年齢:39歳
◆身長:168cm
◆当時の住所:神奈川県横浜市
◆当時の身分:会社員
◆特徴:子供の時、凍傷で左手親指の爪が欠落。
◆失踪場所:神奈川県横浜市

【失踪状況】
昭和60年1月にアパートの大家から家賃未納の手紙が届き、失踪していることが判明した。
家人が会社に問い合わせたところ、昭和59年10月で退職し、以後行方不明であるとのことであった。
失踪者の部屋の様子は衣服にカビが生え、缶詰は錆び付いているなど数年間も住んでいなかったような感じで、荷物もそのままの状況だった。
■山形県警HP
http://www.pref.yamagata.jp/police/

《特定失踪者・笹垣範男さんについて》
◆氏名:笹垣 範男
(ささがきのりお)
(Norio Sasagaki)
◆失踪年月日:平成4(1992)年9月12日
◆生年月日:昭和49(1974)年3月4日
◆性別:男
◆当時の年齢:18歳
◆当時の住所:神奈川県三浦市
◆当時の身分:予備校生(美大志望)
◆身長:168cm
◆体重:58kg
◆特徴:
1)剣道をしていた(2段)
2)利き腕側の胸が厚い
3)歯並びがよい
4)腹部に2mmくらいのほくろ
◆失踪場所:神奈川県三浦市

【失踪状況】
当日、母親が出勤する時(午前9時)には「今日は予備校(横浜市)で絵の授業はないが空いている教室で勉強できるので行くかも」と言っていた。
姉が昼に出かけるときはまだ自宅にいた。
予備校に行ったかどうかは出席をとっていないので不明。
普段と同じ服装、お金も4、5千円しか持っていない。朝の雰囲気からはとても家出するようには見えなかった。
いなくなる10日位前から誰かと会っている様子。
いつもは夕方5~6時に帰宅するのが、10~10時半に帰宅する日もあった。
前日、前々日は終電で帰ってきた。
誰と会っていたか聞いても答えなかった。
預金通帳は残っている。

《特定失踪者・佐藤剛生さんについて》
◆氏名:佐藤 剛生
(さとうたけお)
(Takeo Satou)
◆失踪年月日:平成9(1997)年7月29日
◆生年月日:昭和46(1971)年11月30日
◆性別:男
◆当時の年齢:25歳
◆当時の住所:千葉県船橋市
◆当時の身分:会社員
◆身長:170cm
◆体重:70kg
◆特徴:
1)体形普通
2)眼鏡使用
3)高校時代水泳
4)高校時代から長距離走に興味を持ち、ミニトライアスロンに出場したこともあり
◆失踪場所:千葉県船橋市のJR駅近く

【失踪状況】
7月28日22時頃、先輩と帰社。
翌29日11時20分頃、出社しないため、会社から寮に寮に電話。
寮の管理人が部屋を見にいったところ、本人は電話中、かなりの長電話だった。
その後本人の姿を見かけた者はいない。
8月1日と4日は会社の先輩グループと登山の計画があり、有給休暇申請済み。
写真が寮に残っていない。
その他持ち出したものは特定できない。
パスポートも後日発見。
仕事上の問題なし。
国外には出ていない、サラ金の借入なし、その他手がかり、痕跡なし。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/

《特定失踪者・渋谷浩邦さんについて》
◆氏名:渋谷 浩邦
(しぶやひろくに)
(Hirokuni Shibuya)
◆失踪年月日:平成10(1998)年8月4日
◆生年月日:昭和39(1964)年3月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:34歳
◆当時の住所:神奈川県厚木市
◆当時の身分:県庁職員
◆身長:168cm
◆特徴:
1)太り気味
2)むち打ちで寒いと痛みが出る
3)趣味は山とスキー、全国の山を登っている
◆失踪場所:長野県白馬山中

【失踪状況】
8月2日、「5日夜か6日の朝に帰宅する」と言い残して長野県白馬に登山に出かける。失踪当日午後1時頃、「大町市の黒部観光ホテルに着いたので、これから山に行く」と電話があった。
白馬山荘に2泊し、4日の朝5時頃1人で出たが、方角は不明。車でホテルまで行き、荷物を預けて、そこからバスで乗ったのをホテルの客が見ている。
5日、ホテルから自宅に電話が入る。
平成11年3月頃までヘリを何回かとばして捜す。車の中には着替えたものがあった。
預金が引き出された形跡なし。
失踪した年の暮れ頃から平成13年まで無言電話や不審な電話あり。
■長野県警HP
http://www.pref.nagano.lg.jp/police/

《特定失踪者・高橋太一さんについて》
◆氏名:高橋 太一
(たかはしたいち)
(Taichi Takahashi)
◆失踪年月日:昭和38(1963)年6月初旬頃
◆生年月日:昭和16(1941)年11月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:神奈川県川崎市
◆当時の身分:会社員。元陸上自衛隊員で北海道、青森に勤務
◆身長:165cmくらい
◆体重:60kgくらい
◆特徴:
1)右手首内側、手首より10cmくらい上の位置に大豆粒くらいの大きさのホクロあり
2)喉に手術痕あり
3)趣味は読書・音楽・軟式野球
◆失踪場所:神奈川県川崎市内の下宿先

【失踪状況】
家主から「6月初旬から下宿に帰って来ない」との連絡の葉書がある。
室内は身の回り品を残したまま。
衣類、布団はたたんであった。
免許証や危険物取扱主任者免状、実印等も置いたまま。
元自衛官。
■静岡県警HP
http://www.pref.shizuoka.jp/police/

《特定失踪者・高松康晴さんについて》
◆氏名:高松 康晴
(たかまつやすはる)
(Yasuharu Takamatsu)
◆失踪年月日:昭和36(1961)年11月1日
◆生年月日:昭和16(1941)年3月23日
◆性別:男
◆当時の年齢:20歳
◆当時の住所:神奈川県鎌倉市の寮
◆当時の身分:会社員
◆身長:165cmくらい
◆体重:50kg
◆特徴:
1)痩せ型
2)趣味は尺八
3)どちらかと言えば快活な方
4)高校では化学を勉強した
◆失踪場所:神奈川県鎌倉市の材木座海岸

【失踪状況】
就職が決まり、東京の本社で辞令をもらって鎌倉の寮に入った。
その翌日の夕刻、他の同僚2人と材木座海岸の浜辺へ散歩に出て、3人で話をしているうち、高松さんひとり、そこを離れて行った。
その後、寮にも戻らず。昭和36年12月『週刊読売』で、2週間前に失踪した他の男性とともに記事になっている。
■熊本県警HP
http://www.police.pref.kumamoto.jp/

《特定失踪者・武内 卓さんについて》
◆氏名:武内 卓
(たけうちたかし)
(Takashi Takeuchi)
◆失踪年月日:平成8(1996)年1月14日
◆生年月日:昭和32(1957)年1月20日
◆性別:男
◆当時の年齢:38歳
◆当時の住所:神奈川県横浜市鶴見区
◆当時の身分:警備員
◆身長:179cm
◆血液型:O型
◆特徴:
1)痩せ型
2)近視
◆失踪場所:神奈川県愛甲郡清川村丹沢大山国定公園

【失踪状況】
平成7年9月にアメリカより帰国し、同12月1日に横浜市で警備員の仕事に就く。
翌年1月12・13日の連休にレンタカーを借りて出かける。13日夕方に車を返す予定だったが、同日夕方に返却を1日延ばして欲しい旨の連絡がレンタカー会社に入るが翌日になっても戻らず。
14日の夜からは夜勤があった。
レンタカーは神奈川県の丹沢大山国定公園の駐車場で発見され、警察でも山を中心に捜索を行なった。
1月23日朝に勤務先から実家に電話があって失踪したことがわかった。
レンタカーの中には本人のジャンパーと地図、パンなどを食べた包紙があり、ガソリンスタンドのレシートもあった。
14日朝8時、丹沢の山麓のガソリンスタンドで満タンにしている。
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/

《特定失踪者・田村正伸さんについて》
◆氏名:田村 正伸
(たむらまさのぶ)
(Masanobu Tamura)
◆失踪年月日:昭和35(1960)年5月
◆生年月日:昭和11(1936)年8月27日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:神奈川県横浜市鶴見区
◆当時の身分:会社員
◆身長:170cm
◆体重:60kgくらい
◆特徴:
1)酒は少々
2)真面目で正義感が強い
3)元自衛官で自衛隊時代はかなりきつい肉体訓練を受けていたとのこと
◆失踪場所:千葉県館山市

【失踪状況】
横浜市の会社に勤務していたが、千葉県館山市にある大手水産会社に転職するため、館山の叔父の家に宿泊し、会社の面接を受けに行った。
その帰りに叔父の家に戻らず、消息不明となった。
横浜市鶴見の下宿先にある身の回りのものは何もなくなっておらず、何の手がかりもつかめなかった。
横浜市の下宿先から、身の回りのものは特になくなっていない。
■千葉県警HP
http://www.police.pref.chiba.jp/

《特定失踪者・寺島佐津子さんについて》
◆氏名:寺島 佐津子
(てらしまさつこ)
(Satsuko Terashima)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年8月10日
◆生年月日:昭和35(1960)年7月26日
◆性別:女性
◆当時の年齢:19歳
◆当時の住所:神奈川県横浜市戸塚区
◆当時の身分:銀行員
◆身長:157cmくらい
◆体重:48kgくらい
◆特徴:中肉
◆失踪場所:神奈川県横浜市戸塚区

【失踪状況】
失踪当日、勤務先の支店の親睦会で鎌倉の花火大会に行き、夜10時に現地解散。
同僚と鎌倉駅で別れ、戸塚駅からバスで帰宅途中に行方不明。
翌日、自宅近くの草むらからセカンドバッグが見つかる。
警察犬の捜査でもここまで来たのは間違いない。

《特定失踪者・仲里次弘さんについて》
◆氏名:仲里 次弘
(なかざとつぐひろ)
(Tsuguhiro Nakazato)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年5月
◆生年月日:昭和25(1950)年11月15日
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:神奈川県
◆当時の身分:自動車会社季節工終了後
◆身長:161cm~162cm
◆失踪場所:神奈川県から失踪したと思われる

【失踪状況】
陸上自衛隊に入隊し、約2カ年間の訓練を受けたあと、沖縄へ帰郷。
その後自動車工場に3ヶ月の季節労務に就くために再び上京し、契約期間の就労を終えたあと連絡が途絶えた。
昭和52年5月には神奈川県茅ヶ崎市にあった断食道場に20日間いたことがわかっている。
警察に行ったり、全国版新聞での尋ね人の広告を出したり、職業安定所での登録の確認等、東京・神奈川を中心に歩き回るが、手がかりは何一つ見つからない。
2002年8月に男の声で「次弘はおばさんの世話で北朝鮮に行った。“ちゅうさん”と呼ばれていた。元気でいると思いますよ」などと早口で話す不審電話が実家にあった。
■沖縄県警HP
http://www.police.pref.okinawa.jp/

《特定失踪者・森 武史さんについて》
◆氏名:森 武史
(もりたけし)
(Takeshi Mori)
◆失踪年月日:平成4(1992)年5月31日
◆生年月日:昭和40(1965)年11月15日
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:茨城県ひたちなか市
◆当時の身分:陸上自衛官(一等陸士・平成3年入隊)
◆当時の勤務地:茨城県勝田駐屯地
◆失踪場所:神奈川県横浜市

【失踪状況】
ゴールデンウィーク中、横浜市戸塚区の実家に帰省し3日間滞在。
失踪当日の昼頃、弟と義母に「早めに隊に帰るから」「JR戸塚駅で待ち合わせしている…」などと言い残し実家を出た。
変わった様子ではなかった。
その後、部隊から「戻っていない」との連絡が実家にあり、そのまま行方不明となった。
■茨城県警HP
http://www.pref.ibaraki.jp/kenkei/

《特定失踪者・山形キセさんについて》
◆氏名:山形 キセ
(やまがたきせ)
(Kise Yamagata)
◆失踪年月日:昭和40(1965)年8月以降
◆生年月日:昭和18(1943)年9月13日
◆性別:女性
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:神奈川県川崎市
◆当時の身分:和裁見習
◆身長:159cmくらい
◆特徴:中肉、八重歯
◆失踪場所:神奈川県川崎市

【失踪状況】
青森県弘前市の中学卒業後、川崎で和裁の見習をしていた。
昭和40年8月以降、手紙も写真も届かなくなり、それ以来音信不通となった。
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■青森県警HP
http://www.police.pref.aomori.jp/

《特定失踪者・横山辰夫さんについて》
◆氏名:横山 辰夫
(よこやまたつお)
(Tatsuo Yokoyama)
◆失踪年月日:昭和56(1981)年11月18日以降
◆生年月日:昭和27(1952)年9月6日
◆性別:男
◆当時の年齢:29歳
◆当時の身分:溶接技師
◆失踪場所:神奈川県横浜市

【失踪状況】
本人から長崎の実家に「横須賀の米軍基地内の仕事につくため、戸籍を送って欲しい」と電話があり(11月18日)、家族が友人宅に戸籍を送ったが、それ以後連絡が途絶える。
失踪前の11月5日には、父の一周忌のため長崎に帰省していた。
■長崎県警HP
http://www.police.pref.nagasaki.jp/

《特定失踪者・和智 博さんについて》
◆氏名:和智 博
(わちひろし)
(Hiroshi Wachi)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年
◆生年月日:昭和13(1938)年8月10日
◆性別:男
◆当時の年齢:39歳
◆当時の住所:福岡県福岡市
◆当時の身分:建設作業員
◆身長:158cmくらい
◆体重:55kgくらい
◆特徴:
1)盲腸炎の傷跡
2)犬歯(左上、プラチナ)
◆失踪場所:福岡市内

【失踪状況】
昭和41年~44年まで4年間、広島市内に母と一緒に住んで工員として働いていた。
44年、母の死後福岡市に住んでいた姉のところを数回たずねていたが、姉も52年に死亡。最後に病院に姉を見舞った折に「遠くなるけどお金になるので行きたい」と言い置いてその後行方不明。
■広島県警HP
http://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/police/
■福岡県警HP
http://www.police.pref.fukuoka.jp/

《神奈川県警・静岡県警公開特定失踪者・河嶋功一さんについて》
◆氏名:河嶋 功一
(かわしまこういち)
(Kouichi Kawashima)
◆当時の年齢:23歳(昭和57年当時)
◆当時の住所:神奈川県横浜市金沢区
◆当時の職業:無職
◆静岡県浜松市出身
◆身長:167cmくらい
◆体重:60kgくらい

【失踪状況】
昭和57年3月21日、大学卒業に伴う実家(浜松市)への引越しのため、自家用車で迎えに来た両親とともに車で実家に戻る予定でしたが、急きょ電車を利用することになったため両親と別れた後、行方不明となっています。
■静岡県警HP
http://www.pref.shizuoka.jp/police/
■浜松ブルーリボンの会HP
http://www.hamamatsu-blueribbon.org/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

【みんな生きている】田口八重子さん[日米首脳会談]/STV

2018-08-16 07:22:16 | 日記

-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!米・朝首脳会談で拉致問題も「具体的方策を」》

安倍晋三首相とアメリカのドナルド・トランプ(Donald John Trump)大統領が日本時間4月18日朝、フロリダ州の大統領の別荘で会談し、米・朝首脳会談の際に拉致問題を取り上げることで合意しました。
一方、拉致被害者家族会の飯塚繁雄代表(田口八重子さんの兄)は、

「日本人拉致被害者をどうやって帰すんだという具体的な方策なり行動を(米・朝首脳会談で)確認したい。(拉致問題を)議題に出しただけではだめ。日本人を帰すという確約を取ってもらいたい」

と語りました。
また、飯塚代表は

「米・朝首脳会談というチャンスをものにするべく動いてもらいたい」

と、拉致問題の解決に向けた日本政府の対応を改めて求めました。

■田口八重子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_1.html
■田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_1en.html
■VOA拉致問題動画
https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■救う会道南HP
http://www.satoukenji.jp/sukuukai_dounan/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■No Fence北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会HP
http://www.nofence.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■ベナTVHP
http://www.benamu.org
■ベナTVブログ
http://blog.naver.com/benamu1004
■ベナTVFacebook
http://www.facebook.com/bnatv1004
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ベナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8
■ベナ救出団:日本語(1)
https://youtu.be/USkALHXYyfI
■ベナ救出団:日本語(2)
https://youtu.be/W9yxZD9sjuM
■ベナ救出団:日本語(3)
https://youtu.be/Mv2kbq4hamU
■ベナ救出団:日本語(4)
https://youtu.be/xpocs10Hx0E
■ベナ救出団:日本語(5)
https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm
■上尾市民の会HP
http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)
Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.
North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.
At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.
Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

◆昭和55(1980)年5月頃
欧州における日本人男性拉致容疑事案
被害者:石岡 亨さん(To-o-ru Ishioka)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
被害者:松木 薫さん(Kaoru Matsuki)
(拉致被害時26歳)
※This person was Abduction by North Korea
2人とも欧州滞在中の昭和55年に失踪。
昭和63年に石岡さんから日本の家族に出した手紙(ポーランドの消印)が届き、石岡さん、松木さん、そして有本恵子さんが北朝鮮に在住すると伝えてきた。
北朝鮮側は、石岡 亨さんは1988(昭和63)年11月にガス事故で有本恵子さんと共に死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
また、同様に松木 薫さんについても、1996(平成8)年8月に交通事故で死亡したとして、平成14年9月及び平成16年11月に開催された第3回日・朝実務者協議と2回にわたり、北朝鮮側から松木さんの「遺骨」の可能性があるとされるものが提出されたが、そのうちの一部からは、同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
捜査当局は拉致実行犯である「よど号」犯人の妻・森 順子及び若林(旧姓:黒田)佐喜子について、平成19年6月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/
■熊本県警HP
http://www.police.pref.kumamoto.jp/

[In or around May 1980: Two Japanese men abducted in Europe]

Abductees: Toru Ishioka (22, male, Europe), Kaoru Matsuki (26, male, Europe)
Both men disappeared while living in Europe in 1980. A letter postmarked in Poland and sent by Mr. Ishioka in 1988 to his family in Japan indicated that he, Mr. Matsuki and Keiko Arimoto (see 12 below) were all living in North Korea.
North Korea asserts that Mr. Ishioka and Ms. Arimoto died in a gas poisoning accident in November 1988, but has provided no documents or evidence to support these claims. North Korea also asserts that Mr. Matsuki died in an automobile accident in August 1996. In September 2002, and at the Third Japan-North Korea Working-Level Consultations held in September 2002 and November 2004, North Korea handed over remains possibly belonging to Mr. Matsuki, but analysis in Japan indicates that these remains contain DNA belonging to someone else.
The Japanese authorities issued arrest warrants in June 2007 for Junko Mori and Sakiko Wakabayashi (nee Kuroda), wives of Yodo-go members, who are believed to be responsible for these abductions, and listed them both with Interpol. The GoJ demands that North Korea extradite them to Japan.

《特定失踪者・斉藤四郎さんについて》
◆氏名:斉藤 四郎
(さいとうしろう)
(Shirou Saitou)
◆失踪年月日:昭和31(1956)年3月18日
◆生年月日:昭和13(1938)年11月23日
◆性別:男
◆当時の年齢:17歳
◆当時の住所:北海道札幌市中央区
◆当時の身分:板金工見習
◆身長:160cmくらい
◆失踪場所:北海道札幌市

【失踪状況】
昭和29年から板金見習として住み込みで働いていた。
当日は板金組合の講習があり、朝会社の人と一緒に行ったというが講習会場には行っていない。会社にも戻ってこなかった。
会社の同僚の話では、前夜布団を被って泣いていたとのこと。

《特定失踪者・吉田信夫さんについて》
◆氏名:吉田 信夫
(よしだのぶお)
(Nobuo Yoshida)
◆失踪年月日:昭和40(1965)年5月25日
◆生年月日:昭和10(1935)年8月30日
◆性別:男
◆当時の年齢:29歳
◆当時の住所:北海道小樽市
◆当時の身分:会社員
◆身長:160cmくらい
◆体重:55kgくらい
◆特徴:右目の視力が弱く多少斜視
◆失踪場所:札幌市の会社を退社後

【失踪状況】
手稲工場を退社後行方不明となる。
汽車通勤で転勤後間もないため小樽工場へ立ち寄った可能性がある。

《特定失踪者・阿部妙子さんについて》
◆氏名:阿部 妙子
(あべたえこ)
(Taeko Abe)
◆別名:山田 妙子
(やまだたえこ)
(Taeko Yamada)
◆失踪年月日:昭和50(1975)年8月25日
◆生年月日:昭和28(1953)年2月17日
◆性別:女性
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:北海道札幌市中央区
◆当時の身分:飲食店従業員
◆身長:167cm~168cm
◆体重:45kgくらい
◆特徴:
1)話をするとき歯を舌で隠すような話し方
2)細身で足が長くスタイルは良かった
3)顔は小さく卵形
4)色白
◆失踪場所:北海道札幌市

【失踪状況】
本名は阿部妙子。
山田妙子、山田洋子という通称を使っていた。
家族が同棲相手に電話したところ「2、3日前からいない」と言われて友人と部屋を訪ねたが姿はなかった。
失踪の数日前電話があり「兄弟仲良く、元気で暮らすように」と言われた。
その後妹が、妙子さんの友人から「妙子さんがお別れの挨拶に来た。別人のようにやつれていたし、どこかに行くの?」と聞かれた。

《特定失踪者・本多茂樹さんについて》
◆氏名:本多 茂樹
(ほんだしげき)
(Shigeki Honda)
◆失踪年月日:昭和55(1980)年5月21日
◆生年月日:昭和28(1953)年8月21日
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:北海道札幌市豊平区
◆当時の身分:電話に関する仕事
◆身長:160cm
◆特徴:
1)痩せ型
2)色白
◆失踪場所:青函連絡船

【失踪状況】
就職のため東京へ行く途中、青函連絡船の中に荷物だけ残し行方不明。
北海道警は自殺であろうといい、家族もそうかと思い仏事も済ませたところ、実家や兄のところに、約8ヶ月間、度々無言電話がかかってきた。
■青森県警HP
http://www.police.pref.aomori.jp/

《特定失踪者・長尾直子さんについて》
◆氏名:長尾 直子
(ながおなおこ)
(Naoko Nagao)
◆失踪年月日:昭和56(1981)年3月16日
◆生年月日:昭和35(1960)年10月25日
◆性別:女性
◆当時の年齢:20歳
◆当時の住所:北海道札幌市北区
◆当時の身分:自動車学校事務員
◆身長:155cm
◆体重:45kg
◆特徴:
1)コンタクトレンズ使用
2)前歯2本ほど差し歯
◆失踪場所:北海道札幌市北区篠路

【失踪状況】
いつも通り出勤したがすぐに傘を取りに引き返してきた。
会社に着いたと思われる頃会社から出勤していないと連絡。
普段は会社から日に1、2回電話してくる。
夜になっても連絡なし、心当たりもあたったが分からず。
身の回りのものは手つかずで、預金を下ろしたりもしていない。

《特定失踪者・武山京子さんについて》
◆氏名:武山 京子
(たけやまきょうこ)
(Kyouko Takeyama)
◆失踪年月日:平成4(1992)年6月12日
◆生年月日:昭和10(1935)年12月20日
◆性別:女性
◆当時の年齢:56歳
◆当時の住所:北海道札幌市清田区
◆当時の身分:会社員
◆身長:145cm
◆体重:48kg
◆特徴:
1)面長
2)左手第四指(薬指)第一関節欠損
3)第三指(中指)第二関節変形

【失踪状況】
6月12日午前8時ころ、浜益郡浜益村の通称大阪山にタケノコ採りに入り失踪。
大捜索するが遺留品は全くなし。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。

《警視庁公開特定失踪者・小住健藏さんについて》
※西新井事件の被害者
◆氏名:小住 健藏
(こすみけんぞう)
(Kenzou Kosumi)
◆当時の年齢:27歳(行方不明当時)
◆当時の住所:東京都板橋区
◆当時の職業:工員
◆身長:160cmくらい

【失踪状況】
昭和36年以降、行方不明になっています。
「西新井事件」は、秋田県下の海岸から密入国した北朝鮮工作員チェ・スンチョルが、小熊和也さん、小住健藏さんの2人の実在する日本人に成り代わり、対韓国工作、極東におけるスパイ拠点の構築、日本の防衛力等に関する情報収集等を行っていた事件です。
警視庁は、その後の捜査により、自称小住健藏こと通称チェ・スンチョルを免状等不実記載同行使違反の容疑等で逮捕状の発付を得て国際手配の手続を行うとともに、警察庁を通じて、北朝鮮に対し身柄の引き渡しを要求しています。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp
■秋田県警HP
http://www.police.pref.akita.jp/
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

【みんな生きている】田口八重子さん[日米首脳会談]/RAB

2018-08-16 07:18:15 | 日記

-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!米・朝首脳会談で拉致問題も「具体的方策を」》

安倍晋三首相とアメリカのドナルド・トランプ(Donald John Trump)大統領が日本時間4月18日朝、フロリダ州の大統領の別荘で会談し、米・朝首脳会談の際に拉致問題を取り上げることで合意しました。
一方、拉致被害者家族会の飯塚繁雄代表(田口八重子さんの兄)は、

「日本人拉致被害者をどうやって帰すんだという具体的な方策なり行動を(米・朝首脳会談で)確認したい。(拉致問題を)議題に出しただけではだめ。日本人を帰すという確約を取ってもらいたい」

と語りました。
また、飯塚代表は

「米・朝首脳会談というチャンスをものにするべく動いてもらいたい」

と、拉致問題の解決に向けた日本政府の対応を改めて求めました。

■田口八重子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_1.html
■田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_1en.html
■VOA拉致問題動画
https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
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■青森県警HP
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■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
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■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
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■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
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https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm
■上尾市民の会HP
http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)
Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.
North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.
At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.
Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

《特定失踪者・今井 裕さんについて》
◆氏名:今井 裕
(いまいゆたか)
(Yutaka Imai)
◆失踪年月日:昭和44(1969)年3月2日
◆生年月日:昭和25(1950)年12月20日
◆性別:男
◆当時の年齢:18歳
◆当時の住所:青森県弘前市
◆当時の身分:青森県立弘前工業高校3年生
◆身長:170cmくらい
◆体重:62kg~63kg
◆特徴:
1)眼鏡着用
2)右の頬に子どものとき木に登ってついた傷が残っている
◆失踪場所:青森県弘前市内

【失踪状況】
3月4日の卒業式で答辞を読むことになっていたので、「制服のボタンを買いに行く」と自宅を出たまま行方不明に。
東京の営団地下鉄(現・東京メトロ)に就職が決まっていた。
平成16年1月29日、青森県弘前署に告発状提出。

《特定失踪者・平山政子さんについて》
◆氏名:平山 政子
(ひらやままさこ)
(Masako Hirayama)
◆失踪年月日:昭和47(1972)年3月24日
◆生年月日:昭和21(1946)年9月4日
◆性別:女性
◆当時の年齢:25歳
◆当時の住所:青森県青森市
◆当時の身分:飲食店従業員
◆失踪場所:青森県青森市

【失踪状況】
当日、絵を描いていた姉妹が入賞し、お祝いのために待ち合わせていたが現れず。
アパートを訪ねると、特に身辺整理した様子もなく、普段の生活状況のまま。
無断欠勤したことのない政子さんが丸2日も職場に連絡せず失踪。
趣味の手品のアシスタントとしてステージに立つこともあった。
同日、ハワイで行われるマジックの世界大会に参加するための打ち合わせがあった。
■三重県警HP
http://www.police.pref.mie.jp/

《特定失踪者・山口浩一さんについて》
◆氏名:山口 浩一
(やまぐちこういち)
(Kouichi Yamaguchi)
◆失踪年月日:昭和48(1973)年5月
◆生年月日:昭和29(1954)年9月28日
◆性別:男
◆当時の年齢:18歳
◆当時の住所:大阪府東大阪市
◆当時の身分:高校生
◆身長:168cm
◆体重:60kg
◆血液型:O型
◆失踪場所:青森県十和田湖か?

【失踪状況】
青森の十和田湖のホテルから「お金が足りない」と連絡のあと、女性とともに行方不明。
■大阪府警HP
http://www.police.pref.osaka.jp/

《特定失踪者・木本佳紀さんについて》
◆氏名:木本 佳紀
(きもとよしのり)
(Yoshinori Kimoto)
◆失踪年月日:昭和60(1985)年10月1日
◆生年月日:昭和38(1963)年5月18日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:青森県弘前市
◆当時の身分:大学生
◆身長:176cm
◆体重:65kg
◆血液型:A型
◆視力:右0.06、左0.05で眼鏡使用
◆特徴:
1)手首に約1cmの火傷の跡がありケロイド状になっている
2)首の後ろに直径約3mmの大きなほくろがある
◆失踪場所:青森県弘前市

【失踪状況】
下宿先アパートから失踪。
机の引き出しには免許証、預金通帳、キャッシュカード、旅行鞄、衣類も残っている。
10月1日付の新聞が部屋の中にあった。
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

《特定失踪者・山形キセさんについて》
◆氏名:山形 キセ
(やまがたきせ)
(Kise Yamagata)
◆失踪年月日:昭和40(1965)年8月以降
◆生年月日:昭和18(1943)年9月13日
◆性別:女性
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:神奈川県川崎市
◆当時の身分:和裁見習い
◆身長:159cmくらい
◆特徴:
1)中肉
2)八重歯
◆失踪場所:神奈川県川崎市

【失踪状況】
青森県弘前市の中学校卒業後、川崎で和裁の見習いをしていた。
昭和40年8月以降、手紙も写真も届かなくなり、それ以来音信不通となった。
■神奈川県警HP
http://www.police.pref.kanagawa.jp/
■北海道警HP
http://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/

《特定失踪者・木村かほるさんについて》
◆氏名:木村 かほる
(きむらかおる)
(Kaoru Kimura)
◆失踪年月日:昭和35(1960)年2月27日
◆生年月日:昭和13(1938)年8月27日
◆性別:女性
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:秋田県秋田市中通
◆当時の身分:日赤秋田高等看護学校3年生
◆身長:152cm
◆血液型:B型
◆特徴:
1)中肉中背
2)色白でいつも微笑みをたたえ優しい感じ
3)知的で物静か
◆失踪場所:秋田市内

【失踪状況】
戸籍上は「かをる」だが、日常は「かほる」としていた。
看護学校の卒業式を10日後に控えていた2月27日午後5時半ごろ、「ちょっと出掛けてくる」と言って学校の同室の友人数人に言って出て行ったきり戻らず。看護学生の教則「看護必携」を抱えていたという。
「金正日(キム・ジョンイル)の料理人」こと藤本健二氏ら複数の北朝鮮での目撃証言がある。
平成16年9月29日、青森県八戸署に告発状を提出。
■秋田県警HP
http://www.police.pref.akita.jp/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.

【みんな生きている】田口八重子さん[日米首脳会談]/ABS

2018-08-16 07:12:16 | 日記

-その命、見捨てますか?-
《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!米・朝首脳会談で拉致問題も「具体的方策を」》

安倍晋三首相とアメリカのドナルド・トランプ(Donald John Trump)大統領が日本時間4月18日朝、フロリダ州の大統領の別荘で会談し、米・朝首脳会談の際に拉致問題を取り上げることで合意しました。
一方、拉致被害者家族会の飯塚繁雄代表(田口八重子さんの兄)は、

「日本人拉致被害者をどうやって帰すんだという具体的な方策なり行動を(米・朝首脳会談で)確認したい。(拉致問題を)議題に出しただけではだめ。日本人を帰すという確約を取ってもらいたい」

と語りました。
また、飯塚代表は

「米・朝首脳会談というチャンスをものにするべく動いてもらいたい」

と、拉致問題の解決に向けた日本政府の対応を改めて求めました。

■田口八重子さんのご家族のメッセージ
http://www.rachi.go.jp/jp/message/movie_1.html
■田口八重子さんのご家族のメッセージ(英語版)
http://www.rachi.go.jp/en/shisei/keihatsu/videomessage_1en.html
■VOA拉致問題動画
https://youtu.be/o2i_u8y8GJM
■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
■警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
■秋田県警HP
http://www.police.pref.akita.jp/
■救う会秋田HP
http://sukuukai-akita.com/
■救う会秋田facebook
http://ja-jp.facebook.com/sukuukaiakita/
■救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
■特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
■北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■No Fence北朝鮮の強制収容所をなくすアクションの会HP
http://www.nofence.jp/
■北朝鮮人権人道ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015
■ベナTVHP
http://www.benamu.org
■ベナTVブログ
http://blog.naver.com/benamu1004
■ベナTVFacebook
http://www.facebook.com/bnatv1004
■北朝鮮を離れて自由へ★イ・エラン★のブログ
http://blog.goo.ne.jp/aeran2000
■姜哲煥(カン・チョルファン)さん動画
https://www.youtube.com/watch?v=T8wXjTN2W8E&feature=youtu.be
■脱北者トーク番組動画
https://www.youtube.com/watch?v=KJZWxe9P-L8&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[前編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=zCPxzwHK8fQ&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画[後編](日本語訳付き)
https://www.youtube.com/watch?v=bq4sYy6d6EA&feature=youtu.be
■脱北者・金柱聖さんの動画(3)
https://youtu.be/pMC2G7akiiM
■ベナTV(日本語版)
https://www.youtube.com/watch?v=4YHLDtOoJOo
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=KeCTTaSgwx4&feature=youtu.be
■ベナTV(日本語版)動画
https://www.youtube.com/watch?v=_WZoh00PGV8
■ベナ救出団:日本語(1)
https://youtu.be/USkALHXYyfI
■ベナ救出団:日本語(2)
https://youtu.be/W9yxZD9sjuM
■ベナ救出団:日本語(3)
https://youtu.be/Mv2kbq4hamU
■ベナ救出団:日本語(4)
https://youtu.be/xpocs10Hx0E
■ベナ救出団:日本語(5)
https://youtu.be/SYT--pNiFqc
■ベナ救出団:日本語(6)
https://youtu.be/p1MN3RHXQBc



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(Yaeko Taguchi)
(拉致被害時22歳)
※This person was Abduction by North Korea
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮の南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
(拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)
■埼玉県警HP
http://www.police.pref.saitama.lg.jp/
■救う会埼玉HP
http://sukuukai.gozaru.jp/
■拉致問題を考える川口の会HP
http://kawaguchi.aikotoba.jp/list.htm
■上尾市民の会HP
http://www.emo.co.jp/rachi/list.html

[In or around June 1978: Lee Un-Hae abducted]

Abductee: Yaeko Taguchi (22, female, Unknown)
Kim Hyon-Hui, a former North Korean agent convicted of the bombing of a Korean Airlines jet in November 1982, claims to have been trained to blend into Japanese society by a woman named Lee Un-Hae. Lee Un-Hae is thought to be Yaeko Taguchi, a woman reported as missing in Japan.
North Korea asserts that Ms. Taguchi married Tadaaki Hara in 1984 and, soon after Mr. Hara’s death from illness in 1986, died in an automobile accident. North Korea has, however, provided no documents or evidence to support these claims.
At a meeting in March 2009 between members of the Iizuka family, relatives of Ms. Yaeko Taguchi, and Kim Hyon-Hui, important new information regarding the whereabouts of Ms. Taguchi (see note) was gained from Ms. Kim. The GoJ is currently working to confirm this information.
Note: Ms. Kim said: "After returning from Macau in January 1987, I heard from a driver in February or March that Ms. Taguchi had been taken to an unknown location. I'd heard that in 1986 an abductee living alone had been made to marry, so I thought that Ms. Taguchi must also have gone somewhere to get married."

《特定失踪者・木村かほるさんについて》
◆氏名:木村 かほる
(きむらかおる)
(Kaoru Kimura)
◆失踪年月日:昭和35(1960)年2月27日
◆生年月日:昭和13(1938)年8月27日
◆性別:女性
◆当時の年齢:21歳
◆当時の住所:秋田県秋田市中通
◆当時の身分:日赤秋田高等看護学校3年生
◆身長:152cm
◆血液型:B型
◆特徴:
1)中肉中背
2)色白でいつも微笑みをたたえ優しい感じ
3)知的で物静か
◆失踪場所:秋田市内

【失踪状況】
戸籍上は「かをる」だが、日常は「かほる」としていた。
看護学校の卒業式を10日後に控えていた2月27日午後5時半ごろ、「ちょっと出掛けてくる」と言って学校の同室の友人数人に言って出て行ったきり戻らず。看護学生の教則「看護必携」を抱えていたという。
「金正日(キム・ジョンイル)の料理人」こと藤本健二氏ら複数の北朝鮮での目撃証言がある。
平成16年9月29日、青森県八戸署に告発状を提出。
■秋田県警HP
http://www.police.pref.akita.jp/

【歌集『いもうと』のご案内】
木村かほるさん(昭和35年秋田で失踪)のお姉さん、天内みどりさんがこのたび歌集『いもうと』を上梓されました。かほるさんへの思いが綴られた多数の短歌が掲載されています。

◆「お姉ちゃん」と呼ぶ声のして目覚めたり昨日も今日もそしてあしたも
◆平壌にゐると言はるる妹に会ふこともなく弟逝きぬ
◆再調査に思ひめぐらせ浜梨の香る道ゆく海眺めつつ

また、本書の冒頭にはお父さんが手帳に書き留めていた短歌も掲載さいれています。その一つは次のようなものです。

◆今ははや生きてあらじとあきらめて帰り行く父あわれと思へ

天内さんによれば「亡くなった父の遺品を整理していましたら今から56年前、すなわち妹が失踪した年の手帳が残されていて、中を覗いたら妹を捜しにいった日の夜書いた短歌六首が書き残されていたのです。短歌とは無縁の父が、極限の悲しみを短歌に詠んでいたのです」とのこと。
私の余計な解説は無用だと思います。本書は近代文芸社刊、本体価格1,800円です。書店でお求めになれます。
天内さんの思いは他の特定失踪者ご家族も共有しているものです。多くの方がその思いの一端に触れていただければ幸いです。
(荒木和博・特定失踪者問題調査会代表)

《特定失踪者・石田 清さんについて》
◆氏名:石田 清
(いしだきよし)
(Kiyoshi Isida)
◆失踪年月日:昭和44(1969)年9月末~10月初め頃
◆生年月日:昭和18(1943)年3月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:秋田県能代市二ツ井(旧二ツ井町)
◆当時の身分:自動車板金工
◆身長:158cm
◆体重:56kgくらい
◆特徴:片方の黒目が若干欠けている
◆失踪場所:秋田県山本郡二ツ井町(現在能代市)自宅アパートから

【失踪状況】
実家に稲刈りの手伝いに来て「明日も来る」と言っていたが、翌日来なかった。
自宅アパートの隣の家に寝巻きが投げ捨てられており、電線(もしくは電話線)が切られていたことから、事件ではないかと警察に通報した。
また日時は不明だが、二ツ井高校近くのバス停の鷹巣方面、藤里方面行き乗り場に立っていたという目撃情報もあった。

《特定失踪者・薩摩勝博さんについて》
◆氏名:薩摩 勝博
(さつまかつひろ)
(Katsuhiro Satsuma)
◆失踪年月日:昭和48(1973)年1月
◆生年月日:昭和24(1949)年10月11日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:秋田県山本郡八峰町(旧峰浜町)
◆当時の身分:農業・牛乳販売店勤務
◆農閑期の勤務先:東京都杉並区
◆失踪場所:秋田県峰浜村(現八峰町)の実家から能代市に向かったのが最後

【失踪状況】
失踪当時は農閑期だったため、勝博さんは出稼ぎで東京都杉並区の牛乳販売店に勤めていた。
そこを頼っていった同じ村落出身の女性(能代市居住)としばらく同居していた。
二人は結婚の意思を固め、失踪前夜に勝博さんの実家を揃って訪れるが父や親戚に反対される。
その夜は実家に泊まり、翌朝「彼女を能代市内に送ってくる」と行ったまま戻らず。
車も発見されていない。
■警視庁HP
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp

《特定失踪者・佐藤正行さんについて》
◆氏名:佐藤 正行
(さとうまさゆき)
(Masayuki Satou)
◆失踪年月日:昭和61(1986)年10月29日
◆生年月日:昭和33(1958)年12月11日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆当時の住所:愛知県名古屋市千種区
◆当時の身分:製薬会社勤務
◆秋田県秋田市新屋出身
◆身長:170cm
◆体重:60kg
◆特徴:
1)やや面長
2)眼鏡とコンタクトレンズを併用
◆失踪場所:愛知県名古屋市千種区の自宅マンション

【失踪状況】
外食店で買い求めた弁当をアパート自室で食事中、部屋着の軽装で外出したまま行方不明。
部屋には財布、自動車免許など一切の身の回りのものは残されていた。
■愛知県警HP
http://www.pref.aichi.jp/police/

《特定失踪者・松橋恵美子さんについて》
◆氏名:松橋 恵美子
(まつはしえみこ)
(Emiko Matsuhashi)
◆失踪年月日:平成4(1992)年1月15日
◆生年月日:昭和40(1965)年5月15日
◆性別:女性
◆当時の年齢:26歳
◆当時の住所:秋田県北秋田郡合煎町三里字屋布岱74-3(現・北秋田市)
◆当時の身分:縫製工場勤務
◆失踪場所:秋田県能代市能代浜

【失踪状況】
祖母に「鷹ノ巣に行って来る」と告げて車で出かけたまま、その日は戻らなかった。
友人の家に行ったのだろうと思っていたら、翌朝出勤していないことがわかる。
家族で探したところ、能代市の海岸で車が見つかる。
車内には身の回りのものが全て残っていた。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。

【松橋恵美子さんの捜索状況】
失踪後、能代浜を中心に、象潟から深浦に至る150kmの日本海沿岸と、生家の周辺の川や野山を10数日にわたり、隈無く捜索したにもかかわらず、発見に至っていない。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
■兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
■救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html
■救う会兵庫facebook
http://www.facebook.com/sukuukai078

[In or around June 1978: Former restaurant worker abducted]

Abductee: Minoru Tanaka (28, male, Hyogo Prefecture)
Disappeared after departing Japan for Europe.
The GoJ requested that North Korea provide information on this case at the 12th round of Japan-North Korea Normalization Talks held in Kuala Lumpur in October 2002 and all three Japan-North Korea Working-Level Consultations held in 2004. During the third round of consultations, North Korea asserted that there is no evidence that Mr. Tanaka had ever entered North Korean territory.
Since April 2005, when the GoJ officially identified Minoru Tanaka as an abductee, the GoJ has demanded that North Korea immediately allow him to return to Japan and provide a full accounting of his case. North Korea, however, has not responded.



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.