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【みんな生きている】古川了子さん/産経新聞

2013-12-24 05:48:37 | 日記
「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」(12月10~16日)に合わせ、千葉市中央区のJR千葉駅前で14日、昭和48年に千葉県内で失踪し、北朝鮮による「拉致濃厚」とされている特定失踪者の古川了子(のりこ)さん(失踪当時18歳)の家族たちが、拉致問題の早期解決を訴える街頭活動を行った。
啓発週間中は拉致被害者の救出を求める全国の団体が、各地で署名活動やパネル展示等の一斉活動に取り組んでいる。
「北朝鮮に拉致された日本人を救出する千葉の会(救う会千葉)」では、古川さんの姉の竹下珠路さん(69歳)たちが街頭活動に参加。拉致問題についての理解を呼びかけると、多くの通行人が国に拉致被害者の救出を求める署名に協力していた。
古川さんが失踪して今年で40年になるといい、竹下さんは

「北朝鮮の情勢は不安定で、拉致被害者の命も危険にさらされているかも知れない。一日も早い救出を訴えていきたい」

と話した。

《特定失踪者・古川了子さんについて》
◆氏名:古川 了子
(ふるかわのりこ)
◆失踪年月日:昭和48(1973)年7月7日
◆生年月日:昭和30(1955)年1月1日
◆性別:女性
◆当時の年齢:18歳
◆身長:157cmくらい
◆当時の身分:三井造船社員
◆特徴:
1)中学時代水泳部、高校では卓球部部長。
2)簿記、珠算和文タイプ等資格持っている
3)書き初めで入選したことあり、文字を書くのは左右同じに使える
◆失踪場所:千葉県

【失踪状況】
午前中に美容院へ行き、午後から母親と浴衣を買いに行く予定をしていた。
朝早く家を出て、美容院に「今日の美容院はキャンセルしたい。出かけるところができた。母親にも浴衣を買いに行けなくなったと伝えて下さい」と言った。
母親は美容院からの電話で、友達にでも会うことになったのだろうと気にしなかったが、それから何の音沙汰もなくなった。
7月に初めて貰ったボーナスは手付かず、預金通帳も置いたまま。持って出たのは財布とハンカチくらいしか入らない、いつも持っている小さなバッグ1つだけだった。
その後、家にも勤め先にも全く連絡なし。中学や高校の友人も心あたりはなかった。
元北朝鮮工作員の安明進(アン・ミョンジン)氏が、「1991年に平壌市内の病院にいた女性と似ている」と証言している。
平成16年1月29日、千葉県警に告発状提出。
平成17年4月13日政府に対し拉致認定を求め東京地裁に提訴。

《特定失踪者・加瀬テル子さんについて》
◆氏名:加瀬 テル子
(かせてるこ)
◆失踪年月日:昭和37(1962)年4月
◆生年月日:昭和19(1944)年5月4日
◆性別:女性
◆当時の年齢:17歳
◆身長:158cm
◆当時の身分:家事手伝い
◆特徴:細面
◆失踪場所:千葉県海上郡海上町

【失踪状況】
午後、自宅からパーマに出かけてそのまま行方不明。
所持金はパーマ代のみ。
翌日に新宿コマ劇場へ観劇に行く約束を叔母としていた。
脱北者が北朝鮮から持ちだしたとされる写真が、鑑定の結果、加瀬テル子さんである可能性が極めて高いことが判明。
また同じ脱北者が「同一の人物」とするもう一枚の写真も、加瀬テル子さんである可能性がある。
※のちに写真は加瀬さんとは別人であることが判明。
平成16年12月17日、千葉県警に告発状提出。

《千葉県警公開特定失踪者・鵜浦礼子さんについて》
◆名前:鵜浦 礼子
(うのうられいこ)
◆身長:158cm
◆血液型:A型?
◆当時の年齢:20歳(昭和47年当時)
◆当時の住所:東京都目黒区碑文谷
◆当時の身分:無職

【不明の状況】
昭和47年7月6日、都内の実兄方に同居し「職探しに行く。錦糸町の叔母の所に行く」と言って出掛けた。
その後、北海道稚内にいる旨の電報が届いたものの行方不明となっています。

《千葉県警公開特定失踪者・秋本 弘さんについて》
◆名前:秋本 弘
(あきもとひろし)
◆身長:170cm
◆血液型:A型
◆当時の年齢:23歳(昭和44年当時)
◆当時の住所:千葉市花見川区検見川町
◆特徴:左右何れかの足に骨折痕有り
◆当時の身分:会社員

【不明の状況】
昭和44年1月4日朝、いつもの様に自宅から会社に「行って来ます」と言って出掛けたが、会社には出勤しないまま行方不明となっています。

《千葉県警公開特定失踪者・小林敏孝さんについて》
◆名前:小林 敏孝
(こばやしとしたか)
◆身長:170cm
◆血液型:O型
◆当時の年齢:33歳(昭和56年当時)
◆当時の住所:千葉県山武郡大網白里町
◆特徴:
1)近視
2)がに股大工

【不明の状況】
昭和56年7月3日午後、仕事先から帰社し、着替えのため会社から徒歩2~3分の自宅アパートに向かったまま行方不明となっています。

《千葉県警公開特定失踪者・古賀 守さんについて》
◆名前:古賀 守
(こがまもる)
◆身長:170cm
◆血液型:不明
◆当時の年齢:19歳(昭和43年当時)
◆当時の住所:佐賀県佐賀郡久保田町
◆当時の身分:会社員

【不明の状況】
昭和43年6月20日頃、家族と同居していたが、姉の結婚式を3日後に控えたころから帰宅せず、そのまま行方不明となっています。

《千葉県警公開特定失踪者・東條 薫さんについて》
◆名前:東條 薫
(とうじょうかおる)
◆身長:160cm
◆血液型:A型
◆当時の年齢:25歳(平成4年当時)
◆当時の住所:千葉市若葉区都賀の台
◆特徴:色白
◆当時の身分:無職

【不明の状況】
平成4年5月6日午前、自宅から軽装でポーチ様のバックを持ち、徒歩で外出したまま行方不明となっています。

《千葉県警公開特定失踪者・高松日出子さんについて》
◆名前:高松 日出子
(たかまつひでこ)
◆身長:155cm
◆血液型:不明
◆当時の年齢:20歳(昭和41年当時)
◆当時の住所:栃木県那須塩原市塩原
◆特徴:左肩胛骨付近におでき痕
◆当時の身分:洋品店員

【不明の状況】
昭和41年5月初旬頃、千葉県市川市内の従姉夫婦方に同居していたが、「友達と旅行に行って来ます。」と言って出掛けたまま行方不明となっています。

《千葉県警公開特定失踪者・新野博行さんについて》
◆名前:新野 博行
(にいのひろゆき)
◆身長:165cm
◆血液型:A型
◆当時の年齢:21歳(昭和62年当時)
◆当時の住所:大阪府南河内郡太子町
◆特徴:眼鏡使用
◆当時の身分:大学生

【不明の状況】
昭和62年12月末頃、大学の下宿先(大阪府南河内郡)から行方不明となっています。

《千葉県警公開特定失踪者・水村真紀子さんについて》
◆名前:水村 真紀子
(みずむらまきこ)
◆身長:164cm
◆血液型:B型
◆31歳:(平成12年当時)
◆当時の住所:東京都大田区大森西
◆特徴:天然パーマ
◆当時の身分:無職

【不明の状況】
平成12年9月9日、旭市内の入院先から、行方不明となっています。

《千葉県警公開特定失踪者・渡邉弘美さんについて》
◆名前:渡邉 弘美
(わたなべひろみ)
◆身長:150cm
◆血液型:不明
◆当時の年齢:16歳(昭和53年当時)
◆当時の住所:千葉県茂原市本納
◆特徴:左足太腿にひっかき傷ような痕あり
◆当時の身分:無職

【不明の状況】
昭和53年12月23日夕、自宅から着替え入りのチェック柄のバックを持って出掛けたまま行方不明となっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】愛媛県庁編/愛媛新聞

2013-12-24 05:44:55 | 日記
北朝鮮による拉致問題を考える研修会(愛媛県主催)が12月18日に県庁であり、講演した拉致被害者・松本京子さんの兄の孟さん(66歳)=鳥取県米子市=が「国民の力がないと助からない。一歩踏み出してほしい」と集まった自治体職員ら約300人に訴えた。
松本さんは昨年亡くなった母に触れ

「(京子さんが)好きだったたくあんを漬けてずっと待ち続けていた」

と無念な心境を吐露。

「北朝鮮では生きていくことで精いっぱいだろう。問題を正しく認識し一日も早い問題解決を」

と力を込めた。
続いて登壇した政府拉致問題対策本部の三谷秀史事務局長は、北朝鮮の張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長の失脚を取り上げ

「いかなる影響があるか冷静に観察している」

と説明。拉致問題の解決へ、制裁等8項目の施策を紹介し

「私たちはまだ怒ってますと示すことが重要」

と述べた。

◆昭和52(1977)年10月21日
女性拉致容疑事案
被害者:松本京子さん(拉致被害時29歳)
自宅近くの編み物教室に向かったまま失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日朝実務者協議において、我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において、北朝鮮側より、北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成18年11月に松本京子さんが拉致認定されて以降政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・二宮喜一さんについて》
◆氏名:二宮 喜一
(にのみやよしかず)
◆失踪年月日:昭和37(1962)年9月頃
◆生年月日:昭和13(1938)年1月15日
◆性別:男
◆当時の年齢:24歳
◆身長:156cm~157cm
◆体重:52kg
◆当時の身分:会社員。夜は専門学校生
◆当時の住所:東京都品川区小山
◆愛媛県西宇和郡保内町出身
◆特徴:
1)やせ形
2)面長
◆失踪場所:東京都品川区

【失踪状況】
「ちょっと頭を冷やしに十和田湖に行ってくる」とメモを残して失踪。
1ヶ月位後に下宿先から「帰ってこないが、実家に帰っていないか」と家族に連絡が来た。
将来は無線通信士を目指していた。

《特定失踪者・山下綾子さんについて》
◆氏名:山下 綾子
(やましたあやこ)
◆失踪年月日:昭和46(1971)年4月
◆生年月日:昭和17(1942)年9月20日
◆性別:女性
◆当時の年齢:28歳
◆当時の身分:看護師
◆当時の住所:愛媛県今治市石井町
◆失踪場所:愛媛県今治市

【失踪状況】
4月のある日、自宅から出たまま行方不明となった。
翌日、国鉄今治駅(当時)に自転車が置いたままになっているのが発見される。
自宅から勤務先の病院には自転車で通勤しており、鉄道は使っていなかった。
また、その病院も失踪一週間前に自ら辞めていたことがあとからわかった。
自転車の前カゴに桜の小枝が一本入っていた。
普段着のままの外出で、家には預金通帳・印鑑などがそのまま残っていた。

《特定失踪者・大政由美さんについて》
◆氏名:大政 由美
(おおまさゆみ)
◆失踪年月日:平成3(1991)年3月28日
◆生年月日:昭和42(1967)年4月5日
◆性別:女
◆当時の年齢:23歳
◆身長:150cm
◆当時の身分:三重大学研究生
◆愛媛県伊予市出身
◆特徴:下唇の下に縫合跡(2歳6カ月の時に5針くらい)
◆失踪場所:韓国慶州市

【失踪状況】
同年3月に三重大を卒業。考古学専攻。
3月27日夜、慶州ユースホステルにチェックインし、翌朝10時に荷物を置いたまま外出し、その後消息不明。
現地、慶州警察署で捜索。
1991年3月~1994年10月の間に数回無言電話。
正確な日付は不明だが、午後から夕方にかけてがほとんど。
受話器を取ると人の息、生活音も聞こえず受話器を置くまで一言も話さなかった。
北朝鮮にいるとの複数の不確定情報がある。

《愛媛県警公開特定失踪者・槙野國貞さんについて》
◆氏名:槙野 國貞
(まきのくにさだ)
◆当時の年齢:19歳(昭和38年当時)
◆当時の住所:大阪府大阪市
◆職業:会社員(運送業)
◆身長:155cmくらい

【失踪状況】
昭和38年12月6日の午後6時30分頃、大阪市内で運送の仕事を終え、同市内の道路上に自動車を放置したまま、行方不明になっています。

《愛媛県警公開特定失踪者・仙波照男さんについて》
◆氏名:仙波 照男
(せんば てるお)
◆当時の年齢:38歳(行方不明当時)
◆当時の住所:愛媛県新居浜市宮原町
◆当時の職業:工員(製作所勤務)
◆身長:170cmくらい
◆特徴:
1)右鼻横にホクロ
2)眼鏡使用

【失踪状況】
昭和43年1月12日、家族に黙って新居浜市の自宅から出て行ったまま行方不明になっています。

《愛媛県警公開特定失踪者・兼井仲由さんについて》
◆氏名:兼井 仲由
(かねいなかよし)
◆当時の年齢:30歳(行方不明当時)
◆当時の住所:大阪府大阪市西成区
◆愛媛県西条市丹原町出身
◆職業:理容師
◆身長:165cmくらい
◆特徴:
1)面長顔
2)浅黒

【失踪状況】
昭和42年頃から大阪市内の理髪店で勤務していましたが、昭和53年4月初旬、荷物をまとめて当時の自宅を出て以来、そのまま行方不明になっています。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。

【みんな生きている】松本京子さん/産経新聞

2013-12-24 05:40:46 | 日記
北朝鮮による日本人拉致問題に理解を深めてもらおうと、愛媛県は12月18日、県庁第2別館で「拉致問題を考える研修会」を開いた。
拉致被害者・松本京子さんの兄、孟(はじめ)さんたちが講演を行い、県民たち約300人が熱心に聞き入った。
鳥取県米子市出身の松本京子さん(拉致被害時29歳)は、昭和52年に自宅近くの編み物教室に出かけたまま行方が分からなくなり、平成18年に拉致被害者に認定された。
講演で孟さんは、

「妹を救い出すためには一生懸命、講演や署名活動を行い訴えていくしかない」

と説明。
昨年から鳥取県内の小学校でも講演活動を行っていることや、高校生たちが応援してくれていることなどを報告し、

「国民の力がなければ拉致被害者は助からない。一歩踏み出してほしい」

と訴えた。
続いて、政府拉致問題対策本部の三谷秀史事務局長が

「認定の有無にかかわらず、全ての拉致被害者の安全確保及び即時帰国のために全力を尽くす」

等とする方針について説明。拉致問題を風化させないために、教育現場や自治体等で啓発活動を積極的に行っていることなどを強調した上で、

「拉致問題を話題にし、講演や署名活動に何度でも参加してほしい」

と力を込めた。
また、拉致問題についての映画やDVD、講師の派遣等さまざまな啓発ツールの用意があるとし、

「学校現場や自治体、団体で活用してほしい」

と呼びかけた。

◆昭和52(1977)年10月21日
女性拉致容疑事案
被害者:松本京子さん(拉致被害時29歳)
自宅近くの編み物教室に向かったまま失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日朝実務者協議において、我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において、北朝鮮側より、北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成18年11月に松本京子さんが拉致認定されて以降政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆当時の住所:埼玉県川口市南町
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。



【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。