Simplex's Memo

鉄道と本の話題を中心に、気の向くまま綴ります。

「蒸気機関車200年史」を読んで

2007-05-05 07:44:42 | 読書録(鉄道)
連休中、という訳でもないが、久しぶりに鉄道書籍の感想でも書いてみたい。
それにしても、400ページを超える大著なのに実に面白く、最後まで飽きることのない本だった。

結論から先に書いてしまったが、蒸気機関車の「はじまり」から「いま」に至る200年間をよくもまぁこのページ数に纏めきったものだと感心してしまう。
要所要所に入るイラストや写真も著者自ら描いたり撮ったりしたものだから、頭が下がるしかない。

蒸気機関車の歴史を追っていくと日本の蒸気機関車への評価は芳しくないことに気づく。
それは著者の前著「蒸気機関車の興亡」、「蒸気機関車の挑戦」を読んでいれば頷ける趣旨なので詳細は省くが、事実上C51で機関車としての進歩は止まり、多気筒化の努力も限定的なものに止まり、戦後も完全な新設計には踏み切らなかった。
確かに後述する諸外国の挑戦に比べると淡泊な幕引きというのが主旨だが、それは広範な技術水準の差や日本では電車化の息吹があったことを考えると議論の余地はあると思う。
それでも、諸外国との横並びで客観的に比較するという少ない取り組みに取り組む姿勢には敬意を表したい。
クルマや飛行機、艦船といった趣味の世界では常識の範疇となっている諸外国の同じ製品との比較。
それが鉄道車両で行われなかったのは不思議でならなかった。

その比較対象になっている外国の機関車についても紙幅の許す限りよく纏められていると思う。
対象になっているのはドイツ、イギリス、フランス、アメリカの諸国。
ドイツについてはずっと昔に「全盛時代のドイツ蒸気機関車」が出ていたが、今では入手困難。何とか手に入れて読んではいたものの、改めてあの分量をここまでまとめたかというのが正直な印象。
イギリス、フランスについては知識が皆無に近いので本書を読むこと自体が冒険に近かった。
特にフランスの蒸気機関車については、詳細にまとめた本を見たことがなかったのでおおいに参考になった。
そこで気づかされるのは高気圧ボイラー、多気筒化への飽くなき挑戦。
第二次世界大戦が終わり、ディーゼル化、電化の息吹が近づく中でも技術的な挑戦が続けられていた。
その背景について考えてみるのも面白いと思う。

最後のアメリカについて、著者も「とにかく大きい」としているが、自分も同感でヨーロッパの蒸気機関車に比べると大味な印象は否めなかった。
しかし、その大きさには理由があることを本書を読んで改めて知る。
高速走行と大出力の両立。
それが巨大な従台車を備え、複数のシリンダーを備えた理由であることが事細かに語られる。
そして、その大きさに安住することなく飽くなき挑戦はディーゼル化が本格化しても続けられた。
戦後間もなくディーゼルに変わったというイメージを持っていたが、最後に商用ベースで火が落ちたのは1960年。
イメージ以上に長く蒸気機関車が残ったということを改めて知る。
各国の機関車事情は大変面白く、もう少し詳細に書いてくれればと物足りなさを覚えた位だが、これをやってしまうと上下分冊になってしまうのだろう。

先進国から蒸気機関車が去ってしまった後も試行錯誤は続く。
その中で個人的に興味を持っていた「ACE」プロジェクトの顛末が描かれていたのが有り難い。というより「歴史」から外すことは出来ない位置づけになっているのだろう。
「ACE」について触れておくと、「American Coal Enterprises」の頭文字を取ったもの。
石油ショックによる石油価格の高騰に伴い石炭焚きの蒸気機関車が見直されることに賭けたプロジェクト。
鉄道雑誌には3000馬力を出す「ACE3000」のイラストが掲載されていたのを覚えていたが、ディーゼル機関車とうり二つのプロポーションは果たして「蒸気機関車」と言えるのか頭を抱えたことを思い出す。
石油価格が想像以下の上昇幅に止まったこともあって、それ以降「ACE」関係の話を聞かなくなった。
しかし、本書で描かれる試行錯誤のプロセスは興味を惹くに十分なものがあった。

どこのページをめくっても新鮮な発見がある。
そうした鉄道関係の本に巡り会うのは珍しい。
実際、分厚い本であるにも関わらず、最後まで一気に読み通してしまった。
日本の蒸気機関車への評価については議論が分かれる、もっとはっきり言えば好き嫌いが出る所だが、読んでみて損はないと思う。

<データ>
「蒸気機関車200年史」
斎藤 晃著
定価4200円(本体)

追記:
蒸気機関車の国際的な比較については本書で(議論はあるものの)満足できたが、電車に関する他国との比較について触れた本というものにお目にかかったことがない。
一度この種の本を読んでみたいと思うのは自分だけだろうか。

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