モンゴル ドルタイ(モンゴル大好き)

念願のモンゴルに行ってきました。森の国日本から草の国モンゴルへ憧れと尊敬をこめてつらつらと・・・

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ゆる~いモンゴル人

2005-08-11 14:11:09 | Weblog
用意周到で規則ずくめの日本人の目から見ると、かなり笑えることがある

ナーダムの開会パレードが行われたスフバートル広場は
以前社会主義国だったらしいだだっ広さ
中央に英雄スフバートルの銅像、正面は国会議事堂

パレードは、まず演奏隊、騎馬隊が広場に集まり
大統領が登場するという国家的な行事なわけです

観光客がバラバラいる所に突然演奏隊が現れる
その後、騎馬隊と大統領が現れるのに確かに少し時間がかかった
だからといって・・
ユーフォニウムを持っている彼が、ごそごそし出したと思ったら
ポケットから出した携帯のメールチェックしてる!(^◇^ ;)エー!
隣りの仲間のさりげない忠告にもかまわず、メールチェック!またメールチェック!
そのうち、メールじゃ埒があかないのか、電話をかけ始めた!(≧ロ≦)エッエー!
「今スフバートルに来てるんだけど、大統領がちっとも出てこねぇんだよ」とでも?
携帯に飽きたのか、しばらく静かにしてると思ったら、今度は楽器の練習を始めた!
来る前にやっておけよとツッコミたくなった。
演奏隊の周りにいる警察のおじさん達もコワモテなんだけど、タバコとか吸ってるし・・・
その警察官が突然、演奏隊の一人の所にツカツカ歩み寄った。
「さすがにダラダラするなよって注意するよね~?」と私たち
違いました!
トイレに行きたくなった隊員をトイレに行かせ、自分が代わりに立っている(^-^; ・・・・
式の前にオシッコをすませておきましょう。は、小学校の時教えられたような・・・
 手前のユーフォニウム(トランペットの小さいの)の彼も演奏はちゃんとしてました

そして、国立競技場での開会式
観客を入れてから、準備をするんですね~
観客はのんびり準備をする様子を眺めているわけです
裏方、ぜんぶ丸見え(笑)
 手前に出番を待ってる子供たちや相撲取りたち、裏方丸見え~


到着した空港で、いつの間にか外に出た
あれ?税関は?通ってないけど・・・???
「そんな時もありますよ」現地ガイドはなんでもないと笑うけど
スーツケースが出てくるのも、果てしなく遅かった
小さな飛行機1機到着しただけなのに・・・

このゆる~いモンゴル時間も慣れるといいもので、
私たちは、ゆるさを楽しんで、心のしわが伸びた気がしたものです
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モンゴル僧コンサートと原爆忌

2005-08-07 16:52:23 | Weblog
   原爆忌で灯されたろうそくと馬頭琴演奏
8/5、松本市神宮寺で行われた平和への祈りコンサートに行ってきました。
神宮寺では、ずっと原爆忌を行ってきて、今回が49回目!!
今回は、モンゴル僧6人と、環境音楽家長屋和哉氏、そして馬頭琴演奏を組み合わせてコラボレーションコンサートという初めての試みだったそうです。
観覧は無料、ただ参加した人は、原爆や不慮の事故、戦争、テロなど、不条理な死を迎えた人々に祈りを捧げてください、とロウソクを渡されました。
神宮寺は歴史ある禅寺、うっそうと茂る森を背景にした野外コンサートでした。
モンゴル僧の重低音の声明と神宮寺のご住職の般若心経がみごとに調和して、深い森に響き渡ります。
長屋氏の仏具を使った打楽器が静かに音を合わせます。
長屋氏の楊琴演奏や、リガ・スチント氏の馬頭琴演奏も周りの環境に溶け込んですばらしかった。

モンゴル僧ということで、出かけていった私は
改めて、原爆に想いを馳せることができました。

神宮寺には、丸木伊里・俊ご夫妻の原爆の図の屏風がかけられています。
有名なこの図は、10万語の言葉より雄弁に語りかけます。

近代戦争における最悪の戦争犯罪が
アウシュビッツとヒロシマ・ナガサキと言われています。
アウシュビッツは、1つの民族を根絶させようとしたことで・・
ヒロシマ・ナガサキは、世界初の核兵器を使用したことで・・

死者の数なら、他にもあるでしょう。
核兵器が最悪の兵器と言われるのは
破壊力の大きさもさることながら、その後に続く放射能被爆の後遺症。
それは、母体からその子へと広がります。
100年草も生えないと言われた広島の町は復興を遂げたけど
匂いも音もしない放射能汚染は、静かにヒトの中で生き延びていきます。

アメリカが、核兵器使用に対して躊躇や倫理的な迷いがあったとは思えません。
時のトルーマン大統領は、投下に疑念を全く抱かなかったと発言しました。
原爆投下直後、大量の研究者がヒロシマに入り、
治療という名目で、多くのデータを持ち帰りました。
この大規模な人体実験の効果を冷静に調べたかったのでしょう。
ヒロシマ・ナガサキは、原爆投下前、非常に空襲が少なかったのです。
それも、核兵器の効果を正確に調査するためだったのでしょう。

そして、その被害の甚大さから、その後核兵器を使われることはありません。
核抑止力という、微妙な平和バランスも生みました。
戦争責任を敗戦国に問うのなら、その恐ろしさを知っているアメリカ自身も、核兵器を使用した責任を明確にして、自らを律して欲しいと思います。

数年前、スミソニアン博物館で展示予定だった原爆展が直前に中止されました。
原爆ドームが世界遺産に登録される時、アメリカは賛成しませんでした。
日本政府がアメリカに原爆投下の戦争責任を糾弾することもないでしょう。

だから、記憶を風化させないで、後世に伝えていくことが
日本人である私たちに唯一できることかも知れない。

コンサートの最後に、長屋さんが話した言葉も心に残ります。
なぜ、モンゴル僧は皆こんなに若いか
モンゴルでは、1930年代スターリン粛清の嵐の中
宗教に対する猛烈な弾圧で、寺院や経典は焼かれ、何万人もの僧侶の殺戮が行われました。
ソ連崩壊、民主化のなかで、ようやく回復しつつある・・・と

国家の大きな流れの中で、人一人の命など軽い
そして、今は保っている平和の均衡がいつ崩れるかわからない
原爆記念碑に書かれた「過ちはもう2度と繰り返しませんから」が
空虚にならないことを・・・

そういえば
松本に行って、モンゴルの子供たちを支援する会の人たちと知り合えました。
今回のコンサート遠征の収益の一部で、貧しい母子にゲルを送るそうです。
民主化がもたらしたのは、自由と貧しさ
戦争も貧しさも、まっさきに犠牲になるのは子供なんですね
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8/3の記事「郵政民営化法案通してください」は移転しました

2005-08-07 10:49:51 | Weblog
モンゴルブログである当ブログの趣旨と異なるのではないかという
ご意見を何人かのみなさんから頂きましたので
私の雑記帳のようなブログに移転しました。

頂いたコメントのうち、郵政民営化に関する内容は、記事とともに移転し、
モンゴルに関するコメントは、この記事につけさせていただきました。

移転先 ↓
http://blog.livedoor.jp/catch_the_wind/
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モンゴル僧の声明コンサート

2005-08-05 09:19:56 | Weblog
今日は、松本神宮寺で行われる「風よ伝えて!モンゴル草原を吹き渡る声明に平和を祈る」コンサートに行ってきます。

長屋和哉(楊琴奏者)氏が、去年モンゴルで行って好評だったので、日本公演が実現したらしいです。
仏具を打楽器に、モンゴル僧の声明とのコラボレーションです。

一晩松本に泊まってきますので
帰ってきたら、モンゴルブログ更新します。
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モンゴルでみかけた子供たち

2005-08-02 13:41:56 | Weblog
ツアーでは、安全面のこともあり、経済発展しつつあるモンゴルの光の部分だけを見ていたし、ガイドも影の部分の話になると口が重かった。
そのなか、少ない機会だったが、接することができたモンゴルの子供たちは同じ国に住んでると思えないほど違っていた。

ナーダム祭りは、モンゴル最大の夏の大イベント。
モンゴルのあちこちで行われるらしいが、ウランバートルのナーダムが最大規模。
「相撲」「弓」「競馬」の3種の競技が行われる。

 弓競技に出場した少年は9歳、顔をしかめてるのはまぶしいから。

ナーダムの花形「競馬」は、速さを競うため、旗手は軽い子供だ。平均年齢6歳の子供たちが、時には鞍もつけずに、最大60kmの炎天下の草原を疾走して速さを競う過酷なレース。落馬したり、長時間を走ったりするため、怪我をすることもしばしば。
スタート地点から折り返し地点までの往路は馬を歩かせ、折り返しから走らせる。
スタートからゴールまで何時間も人々はのんびりと待つ。
草原のはるかかなたに砂ぼこりをともに点が現れた時、なんだか胸が熱くなる。
やがて、大歓声の中、先頭集団が現れる。ほんとに小さな子供が、懸命に鞭をふるっている。モンゴルでは鞭は片方だけでなく左右両方当てる。それでも、ゴール近くで力尽きて、何度鞭をふるってもビクとも走らなくなる馬もいる。馬上の幼い子供は、他に為す術もなく、ただ懸命に鞭をふるうが、走らない馬の横を次々他の馬が追い越していく。
馬上の子供はどんな思いでいるのだろう・・

 DVD「Photo Album of Mongolia」から ゴールを目指して走る子供たち

ナーダムの競馬に来ている子供たちはとても誇らしげだ。ナーダムの晴れ着を着た出場する子供も誇らしげだが、ゴール付近で到着を待っている子供たちも元気なガキ大将という感じで、見ていて飽きない。
朝からバルサーたちがゴール間近の特等席を取っていてくれたおかげで、私たちツーリストの1群は、見晴らしのいい観覧席で、到着を待っていた。
その後ろに馬に乗った見物客が次々と押し寄せてくる。さすがモンゴル競馬。車よりも馬で来ている人々の方が圧倒的に多い。
後ろの子供たちが馬に乗りながらふざけている。見物席の最上段に座った私たちの後ろはいつの間にか、馬たちのラッシュになっている。息ができるの?というくらいの混み方なのに、馬たちは顔を寄せ合って大人しくしている。集団で生活するモンゴルの馬の習性なのかな?
ひどい土ぼこりの中を散水車が来る。適当に撒いていくので、何も知らずに見物してる人々は土と水でどろんこになる。その散水車の前を馬に乗った子供たちが水を浴びようと横断しては歓声をあげる。日本ではホースで水まきする中を子供がキャアキャア通るけど、その馬バージョンだ。さすが、馬の扱いは堂に入ってる。

  馬上の女の子は4歳

時おり西洋風に着飾った子供をみかける。
大勢の大人たちに囲まれて大切に扱われている子供がいる。
ウランバールでみかけた少年は同じモンゴル人?と思うほど、色白で日に焼けてない。馬の代わりに自転車を乗り回す。

 モンゴル相撲会場にいた女の子はロシア系なのか色白

そして、華やかな喧騒の中、馬に乗ってはしゃぐ子供の横を、もくもくとペットボトルを拾って歩く子供がいる。大きな袋をひきずりながら、決して顔を上げることなく、下を向いたまま、混雑する人の間を歩く姿が目に焼きつく。

翌日、ラマ教寺院を見学に訪れた私たちの前に3歳くらいの男の子が、手に鳩のえさを持って現れる。黙って袋に入った鳩のえさを渡そうとする。汗とほこりにまみれた汚れた衣服をまとった幼い子供。買ってはだめというゾロウに従って寺院に入る。
帰りにまた男の子は、今度は強引に手の中に入れようとする。この子一人だけなら買ってあげたいとゾロウに聞くけど、やはりノーだった。

えさ代なんてわずかな金額だろう。私はえさを買い、さらに手元にあるお菓子をあげて、痩せた体を抱きしめてあげたいと、その時思った。
その後、レストランで食べきれないほどの料理を食べたあと、あの子は何か食べることができたのだろうかと後ろめたかった。

けれど今思う。
豊かな国の私が、その国の事情も知らずに、同情だけで援助することが、私には小さな小石を投げたつもりが、彼らの生活に波紋を広げて狂わせてしまうことになるのでは?と。
援助ということについて考えてみたので、次回に・・
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アンプッティ(おいしい)モンゴルの食べ物

2005-07-31 17:04:44 | Weblog
5日過ごしたツーリストキャンプ、ウランバートルのレストラン、お邪魔したゲルで、モンゴル料理をいろいろ食べたが、食べられないものはなく、どれもおいしかった。
中華とロシア料理、遊牧民の料理が融合したような料理。そして、とにかく肉・肉・肉!メインは羊肉らしいが、キャンプ地では嗜好を考えて殆んど牛肉だった。野菜は家畜が食べるものなので遊牧民は食べない。ウランバートル近辺でじゃがいも、人参などを一部作っているようだが、ほとんど輸入らしい。

お粥
朝食に必ず出る。ミルク粥、塩味のお粥のほかにヨーグルト粥もあった。さっぱりして食べやすい。訪問したゲルでもかまどでミルク粥をつくっていた。

甘いパン
ビュッフェスタイルの朝食では、4種類ほどの甘いパンが出る。ボーブは甘いドーナツ、卵・ヨーグルト・卵・砂糖・小麦粉で作る。他にチョコパンやお砂糖のかかったミニロールパン。キャンプのコックさんが毎朝手作りで焼いてくれた。

3つの餃子
ボーズ最も有名なモンゴルの羊肉蒸し餃子。中国のパオズ(包子)がモンゴルに入ったという。見た目は皮の厚い小龍包、野菜は入っていなくて、噛むと肉と肉汁が口の中に広がる。
大晦日の晩にこれを山盛り作って食べる習慣があり、正月はどこの家庭でもボーズばかり。
ホーショール
ロシアのピロシキのような形だが、パンではなく小麦粉を使った揚げ餃子。とにかく1個が大きい。さめてもおいしいので、遠出の乗馬のお弁当だった。やはり、中身は肉のみ!
バンシ
水餃子だが、焼いたものもある。キャンプでは焼き餃子が出た。なんとマヨネーズがかかっていた。

モンゴルうどん
シュルテホール。レストランで注文して食べた。
熱々の羊肉のスープに、添えられているうどんを入れて食べる。このスープがめちゃくちゃおいしい。羊肉の臭みはなくとろけるように柔らかい。

モンゴル焼きそば
日本の焼きそばより少し太め、中華麺とうどんの中間のような麺に、たくさんの牛肉。野菜は・・・あったかな?味付けは塩味で食べやすかったのだけど、とにかく量が多くて、一向に減らないのにはマイッタ。

骨付き羊肉の塩ゆで
チャンサン・マハ。モンゴルの代表的な羊肉料理で、まるごとゆでたものをナイフでそり落としながら食べる。牛肉料理主体のため食べることはできなかった。

羊肉の蒸し焼き
ホルホグ。圧力のかかる容器に羊肉とたまねぎをいれ、熱した石を一緒に入れて蒸し焼きにする。これも食べていない。野外で豪快に作るところを見てみたい。

乳製品
モンゴルでは乳が豊富に取れる夏の間に、5種の家畜の乳からチーズやバター、ヨーグルトなど30種類もの乳製品を作る。乳はモンゴルの人にとって特別な意味を持つ神聖な食べ物だ。

ウルム
沸騰した牛乳の泡を一晩おいたクリーム状の食べ物。モンゴルの固いパンに塗って食べたのがそうかな?バターと言っていたので、このウルムをもとにして作ったものだったのかもしれない。

アーロール
乾燥チーズ。酸味がきいていて、とても硬い。ゲルに訪問した時、ゾロウは子供がつまみ食いするように、何度もつまんでいた。食べてみたけど、とにかく硬い!

他に、柔らかく発酵させたチーズは、チーズケーキのような味がした。
ヨーグルトは新鮮で、さっぱりしておいしかった。

モンゴルミルクティ
スーテイツァイ。モンゴルでは乳をそのまま飲むことはなく、だん茶(レンガ伏に固めた中国製のお茶)を使ったミルクティにして飲む。インドのチャイのようだが、違うのは甘くなくて塩味なのである。塩はミネラルが豊富なモンゴル岩塩を入れる。ゲルでいただいた時は、冷やしてあるからと、どこからともなく運んできてくれてふるまってくれた。ひんやりしておいしかったが、どこに置いてあったのだろう・・深く考えないこと

お酒
アイラグ(馬乳酒)。
あまりに有名なこのお酒は、酒と名前がついているが、アルコール分が少なく(1~3%)清涼飲料みたいで、とにかくおいしかった!あれ?どこかで飲んだことある?
そう!カルピスの味だった。カルピスは馬乳酒をヒントに作られたと言われているが、真偽はどうなんだろう。夏場には1日に1人で何リットルも飲み、アイラグだけを食事にすることもある。 アイラグは各種ビタミンやミネラル、カルシウムが豊富で、体の調子を整える薬効がある。実際、私はモンゴル入国以来続いていた便秘が解消した!
馬の乳を使うのは、他の乳に比べて乳酸菌が豊富なためで、皮袋などの容器に入れて棒でひたすらかき混ぜて作る。

アルヒ(モンゴルウォッカ)
40度くらいの小麦粉を原料にしたウォッカ。チンギスハーンの絵がついたウォッカをお土産に買ってきたが、エチルアルコールの味がした。

他に食べたもの
キャンプ地の食事では、ポテトサラダ、人参サラダ、キャベツサラダなどの野菜料理が毎回出る。お昼に出るスープはコンソメだったりポタージュだったり、朝からフランクフルトのごとく大きなソーセージが3本!もったいないけど食べきれない。ボーズではなく肉まん風のパンが朝食に出た。カレー風味のチキンソテー。
ナーダム祭で食べたランチボックスは、黄色いピラフと上に乗っている肉・ピーマンのソテー。ボリュームたっぷりのサンドイッチ。
レストランで食べた、馬の舌、塩っ辛いチンジャオロースー風の炒め物、ビーフシチュー。

野菜は出たけど、魚は皆無だった。自然を大切にするモンゴルの人は自然界にある生き物(魚や鳥)は神のものだから食べない。

食べてないけど、キャビアが有名らしい。ロシアから入荷するんだけど、すごく安い!
お土産に買いたかったけど、ナーダム祭でお店はすべて閉店。ざんね~ん!

日本では野菜中心の食生活を送っている私、モンゴルでは、肉食う→馬に乗る→肉食う→馬に乗る→寝る、という生活で、心身ともにたくましい牧民になった気分だった。
ただ、ロシア式のもてなしが最高のもてなしになるモンゴルで、外国人の私たちに気を使ってくれた西洋料理が中心だったので、もっとガツンとモンゴル料理を食べたかった・・・とか言って1日で音を上げたかも(汗)
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漆黒の天空に織りなす星の饗宴

2005-07-31 00:24:39 | Weblog
星がきれいな時間帯、夜中の3時ごろ、ベッドから起き出して、ゲルの外に出る。
瞬間、無限の宇宙空間に投げ出されたようだった。
目に飛び込んできた無数の星のきらめきに息を呑む。
ちょうど月のない時期、そしてキャンプ地の1本の街灯のほかに明かりもひとつもない。

さえぎるものがない草原では、地平線ぎりぎりまで星が見える。
まるで天然のプラネタリウムだ!
西の地平線に北斗七星が突き刺さる。
あとの星座はわからない、宝石をちりばめた、いやぶちまけたような星の饗宴だ。
満天の星空の中央に天の川がかかる。
ちょうど七夕の頃だったので、アルタイルとベガもひときわ明るく輝いていたはずだけど・・・

立っていると首が痛くなるので、草原に大の字に寝転んだ。
星空と大地の間にいるちっぽけな存在の私。
大地、そして地球のエネルギーを感じる。
言葉で表せない荘厳な世界だ。
私の短い生涯のはるかな昔から、そしてはるかな未来まで、存在し続ける星と大地。
「人間よ、小さきものよ、やがて土に還るはかなきものよ。奢ることなく真摯にその生涯を全うせよ」
無宗教の私も、目に見えない大きな存在を感じ、自分に語りかけているような気がする。

流れ星!?流れ星!!
夢中になって天体ショーを見ていた私は、闇夜に響く馬のいななきや犬の遠吠えが急に怖くなって(野生の狼がいるかも)ゲルに逃げ込んでしまった。

ビビリな自分が情けない。
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サンバエノー!遊牧民のゲル訪問

2005-07-29 18:17:58 | Weblog
サンバエノー!遊牧民のゲル訪問
乗馬トレッキングの途中で、ゲル訪問がある。
働き盛りの男はウランバートルに行って働くので、お年寄りと女子供がゲルを守っている。そして、学生は、学校のある間は学校近くの寄宿舎で暮らすが、3ヶ月もの長い夏休みは草原のゲルに帰省する。きっと彼らは忙しい夏の貴重な働き手なんだろう。
モンゴルの子供は小さい時から家畜の世話など、よくお手伝いをする。そして10歳ころにはりっぱな牧民として、大人の仕事をひと通りこなすようになる。
そういえば、日本でも10歳といえば“つ”がとれると言って幼児期から少年期への転換点と言われるが、日本の10歳はなんだか心もとない。

乗馬ガイドゆうすけさん(日本名)のゲルに、2回お邪魔した。
(この日のために、モンゴル語を練習してきたんだ!)と、勢い込んでのご対面だった。
馬をつないでから、ゲルにお邪魔する。
ゲルの中では正面の奥まった場所はホイモルと呼ばれ主の席、左が客人または男性の席、右が家人とくに女性の席と決まっていて、右の入り口に近いところが台所になる。中央にはストーブが置かれていて、ミルク粥が大鍋に作ってある。
仕切りのないワンルームで家族全員が暮らすには整理整頓が大切なんだろう、必要なものが必要な場所にきちんと収納されているようだ。
そして、ここでも日本製のテレビが・・・朝青龍や他のモンゴル力士(調べたら7人もいた)が活躍しているおかげで、大相撲の中継は大人気だ。ゾロウの弟は、夏場所に出る全力士の名前をすべて知ってるらしい。日本の相撲不振は言い出せなかったなあ、なんだか。
ゲルに入ったら左側から進まないといけない。私たちは左の客人の席にちんまり座った。

遊牧民は白い食べ物と赤い食べ物を食べる。5種の家畜を飼っている彼らは出産調整をして、春に子供が産まれるようにする。その子供たちが大きくなってきた夏に乳をしぼる。夏の間は白い食べ物(乳製品)だけで暮らす。中央にミルク粥、テーブルには牛乳のうわずみのような柔らかいチーズや、少し発酵させたのかチーズケーキのようなお菓子、乾燥チーズ、モンゴルの固いパンなどが並び、ヨーグルトや塩味のミルクティをごちそうしてくれる。ヨーグルトは新鮮でとてもおいしい。
私たちのために並んでいるのかと思ったが、そうではなく(恥)仕事の合間、休憩する時つまめるようにしてあるんだそうな。
夏が終わり家畜が乳を出さなくなると、赤い食べ物(家畜の肉)の季節になる。1頭の肉が多いため、冷凍保存のできる冬になってからさばく。

 ゲルの屋根ではチーズが干されていた

勧められた乳製品を食べて「アンプッティ(おいしい)」と笑顔で返したら、だんだんなごやかな雰囲気になる。食べ物はすごい!おじさんが、いたずらっぽい顔でお酒を勧めてくれた。うわさのモンゴルウォッカ「アルヒ」だ。のりちゃんが一口飲んでのけぞる。それを見てみんなで笑う。

ゆうすけさんの妹エムテンザガスはウランバートルの大学に通う22歳。
モデルのように贅肉のないすらっとした長身で美人の女の子。
ずっと日本語わからないと思っていたのに、最後に流暢な日本語が・・大学では日本語を学んでいて、ゾロウのような日本人ガイドになるのが夢らしい。持参した大相撲夏場所の雑誌を渡したら喜んでくれた。

 ゲルで記念撮影!手前左がエムテンザガス。後ろの2人のおじさんはとてもフレンドリー♪サングラスが決まっています
日本の折り紙を持っていって、子供たちとトントン相撲を作って遊ぼうと企んでいたが、残念なことに男の子ひとりとしか会えなかった。しかも、急で折り紙持っていかなかった。練習したのになあ・・でも日本からの旅行者が折り紙を持ち込んでいるらしく、ゾロウは帆かけ舟とか器用に折っていてビックリ!

2回目の訪問では、家畜の乳搾りをさせてもらった。
牛・馬・ヤギ・羊、すべての家畜の乳を搾る。特に馬乳は糖分が高いため発酵させて馬乳酒「アイラグ」を作る。
春に産まれたばかりの仔馬はいつも母馬と一緒にいる。
♪お馬の親子はなかよしこよし、いつでも一緒に・・・♪
ゆうすけさんは、馬を走らせながら長い棒の先につけた輪で仔馬を捕まえる。捕まえた仔馬を地面に張られた綱につなぐと、母馬はいつも仔馬のそばにいる。
仔馬に少し乳を吸わせると、すばやく引き離して、馬乳搾りが始まる。バルサーが独特の掛け声をかける。母馬を大人しくさせるためだ。この馬乳搾りは遊牧民の暮らしを垣間見る貴重な体験。

 走っている仔馬をつかまえる遊牧民の雄姿

もちろん、私たちにそんな真似はできない。囲いに集められた羊やヤギの乳搾りをさせてもらったけど、情けないほど搾れないよ~
遊牧民のおかあさんはリズムよく次々搾っていく。ヤギに申し訳なくてリタイア(泣)

 羊の毛を刈るのも夏の大切な仕事
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モンゴルの交通事情

2005-07-28 11:12:54 | Weblog

モンゴルの車の運転は、とにかく荒っぽい!
1921年、モンゴル人民共和国として独立した北モンゴルはソ連の経済的・軍事的援助のもとで社会主義国としての道を歩んできたが、1992年社会主義を放棄する新憲法が発布され、モンゴル国として国名を改めた。市場経済になった直後はソ連の援助がなくなったことによる国力の疲弊を招き、経済的に厳しい状況が続いたが、13年たって徐々に豊かになってきているらしい。
ただ、モンゴルの人口200万のうち、大半が住むウランバートルはまだまだ都市インフラの整備は追いついていない状況で、交通事情の悪さと散乱するゴミ、草原とは打って変わった大気汚染が目に付く。急激に近代化が進むほかのアジアの国と同様、ここも都市の公害が深刻化するだろうと思った。

車の運転は、まずスピードがハンパでなく速い。そして、走行車線も対向車線もお構いなく、空いてる方を走る。
前方に邪魔になる車が現れると対向車線を車が走ってるのに、対向車線に飛び出し、その間をすり抜けて、あっという間に追い越していく。そして、クラクションをやたら鳴らす。
助手席に乗せてくれると言うので喜んで乗ったのだが、まるでカーチェイスだった。ナーダムで幹線道路はひどい渋滞だったため、私の乗ったワゴンは2台のバスの後ろについたまま前に進めない。運転手はイラついてクラクションを鳴らすけど、「そんなあ・・こんなに混んでるのに無理でしょ、運ちゃん」と思ってのんきに見ていたら、いきなり対向車線に飛び出す。
その途端前方に猛烈なスピードで突進してくる対向車。向こうもクラクションをマックスで鳴らし、でもスピードをゆるめないんだな、これが!ぶつかると思った次の瞬間、なぜか2台のバスの間に入ってる。
なにがなんだかわからないまま命拾いをしてドキドキの私の横で運転手はすました顔をして、またクラクションを慣らしながら強引な割り込み運転をしていく。これって、やっぱり騎馬民族の血なの?運転しているというより、他の車と競い合って速く走ってるとしか思えない。しかし、荒っぽいけど運転がうまい。さすがっ。

そして、なんとモンゴルでは歩行者と車の交通事故の場合、気をつけていない歩行者が悪い!

なんて弱肉強食なんだ!自分の身は自分で守れということ。
ほとんどの場合、車側の過失になる歩行者に優しい日本に暮らしていると、こういう防衛本能って育たないからなあ・・
でも、どう見ても、通行人の波に車が突っ込んでいるとしか見えない。危険すぎる。ゾロウが言うには、青信号で渡っていてぶつかった場合は車の過失らしい。でもほとんど信号はないし、運転手さん、赤信号もふつうに無視してた。
ナーダムで大混雑、無法地帯と化した道路を、歩行者も疾走する車の間を縫って、怖がるでもなく悠然と渡っていく。これも騎馬民族のカンと度胸がものを言うのか、大人しい農耕民族にはとても真似できない。

車のランクは、上から日本車、韓国車、中国車、モンゴル車らしい・・日本車は三菱・ホンダの名前が挙がっていた。道が悪いから三菱の4駆が人気なのかな。よかったね、海外で好調で!三菱自動車。
他にはベンツをよくみかけたが、やはり主流は韓国の現代自動車だった。安いのがその理由、中国製品は粗悪品が多いので、あまり信用してないようだった。車検制度もなく中古車も多いだろうし、なにより砂ぼこりがひどい道路の脇では、故障して止まってる車だらけだ。セダン型の車が圧倒的に多いのだが、あっという間に砂がエンジンルームに溜まってしまうのだろう。さらに、1台の車にあふれんばかりに人が詰め込まれて走っている。
馬に乗っているモンゴル人の方がずっといいのに・・・とは外国人の勝手な思い入れ?

DVD 「Photo Album of Mongolia」から
 ナーダムの時はこの写真の10倍くらいの車と人の波でした。でも、通行人は同じように悠然と渡っていました。

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乗馬トレッキングは最高!

2005-07-27 12:41:13 | Weblog
遊牧民の子は、羊やヤギを遊牧させて待っている長い時間を過ごす遊びをよく知っている。そして、馬に乗って遊牧する時、よく口笛を吹く。草原にいる時間の長い遊牧民だからこそホーミー(のど笛)という特異な音楽も生まれたのだろう。
乗馬の休憩では、石ころを使ったゲームをして遊んだ。手の中に小石を入れて全員の数の合計を当てた人が全部もらえるという単純な数当てゲームだけど、私たちは草原で馬糞を踏むのも気にせず寝っ転がって子供みたいにはしゃいで遊んだ。遊びながらモンゴル語で数字を覚えた。数字をモンゴル語で言うとはにかみ屋の乗馬ガイドバルサーがどんどん打ち解けて笑顔になるので、私たちは一生懸命モンゴル語で言う。
ある時は、ゾロウにモンゴルの歌を教えてもらった。モンゴルでは誰でも知っている「マーモ ナーシェル」小さな子をあやす時に歌うらしい。優しい調べはすぐに覚えたんだけど歌詞がなかなか覚えられない。厳しい(笑)先生のゾロウは、何度も何度もちゃんと歌えるまで繰り返し教えてくれた。なんとか歌えるようになった私たちは最後のお別れの時、幼稚園の発表会のようにキャンプのスタッフの前で披露した。
マーモー ナーシェル マナエダ ホユラトグリ
アゥエイジ ホヨリン アブチェルソン トグロム ビーシー
ゾロウは日本の歌「ふるさと」を知っていた。ウランバートルでは、松たかこの曲が流れていた。この国の人はゆったりとのどかな曲が好きなんだろうな。
小さな小川のほとりで休憩。

3日目、ランチを持って遠出する。今までと違い、石ころだらけの道だったり、砂漠のような砂地だったり、あまり快適ではない道のりを炎天下、ひたすらポコポコ歩く。しばらくするとモンゴルに来て初めての木を見る。モンゴルの中央を流れるトーラ川のほとりは日本の高原のような風景で、こんなモンゴルの姿もあるのかと驚く。
どこからともなく乗馬ガイドが現れて、一人に一人ずつガイドがついたと思ったら、川を渡り始める。それもひずめが濡れるくらいの浅瀬ではなく、馬のお腹まで水に浸かりながら急流を渡る。モンゴルの馬は速い流れもものともせず、ぐいぐい渡っていく。
あとでこれはサービスとわかった。帰りは浅いところを難なく渡ったから。
川べりでランチ♪朝からコックさんが作ってくれたホーショールはロシアのピロシキのような揚げ餃子のような食べ物。とにかく1個が大きい、そして中身は牛肉のみ。コールスローサラダとミニゼリーまでついてる。
ランチ後は、ひさしぶりの木陰でお昼寝する。このあと珍事が!みんなと離れていたところでお昼寝していた私は、動物の気配にうっすらと目を開ける。わぁ!!周りを牛の大群に囲まれている(数匹だけど)もう少しで草と一緒に食べられてしまうところだった(なことないか)
この木の下でお昼寝してたのだ。

モンゴル式の乗馬もなんとかさまになってきたつもりの私は、あの疾走感をもう一度味わいたくて「走りたい、走りたい」と恐る恐る、でもけっこうしつこく言っていたらしい。
最後の乗馬の日、ゾロウはすばらしいプレゼントをくれた。
その日も途中から乗馬ガイドが2人加わって、1人1ガイドになった。先頭のバルサーについてポコポコ歩いていた私の横にゾロウが来る。
「なおこさん、走りたい?みんなから離れるよ」ゾロウがいたずらっぽく合図する。
「もちろん!」
みんなから離れたゾロウ、バルサー、私の3頭の馬は、バルサーの「チョッ!」の掛け声で走り始める。モンゴル式の馬の掛け声「チョッ!」を連呼して、ぐんぐんスピードをあげていく。今日は前の時と違って前方には果てしなく広い草原が広がる。いくら走ってもいいのだ。いいようのない高揚感は、自分にも騎馬民族の血が流れているのかと錯覚してしまう。
今日は「ゆっくりね」が、なかなか出ない。ただ乗っているだけとは言え、だんだん息が上がってくる。「大丈夫?」とゾロウが心配してくれるけど、これが最後だと思うと欲が出る。横目でバルサーを見ると本当に楽しげだ。見事な立ち乗りで軽々と走らせる。
だんだん気持ちがスピードについていけなくなって、魂だけ10Mくらい後ろを走っている気分。悔しいけど、ゾロウにギブアップを宣言。スピードがついている馬の走りを止めるのは怖くて少し緊張した。
あとで、走りたい私のためにガイドを2人頼んだと聞いた。ほんとうにありがとう。そして、すっかり一人前になった気でいた私、ほんとはガイドのみんなが細かく気をつけていたからこそ、安全に楽しく乗馬できたんだと今思う。馬と一体になって制御するのはほんとに難しい。自分の馬を乗りこなしながら私たちの馬を誘導してくれた遊牧民の彼ら、ずっとずっと昔から馬とともに生きてきた民族に心をこめて賛辞を送りたい。そして、今度はテントと食料を持って旅をする本格的なトレッキングに行きたいと思うのでした。
かっこいい乗馬の写真を撮りたかったけど、群れで移動してる時にカメラを出すと後ろの馬が驚いたりするので、自分の写真はおろか他の人の写真も乗馬中に撮るのは無理だった。残念・・
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