思うままに

あるがままに、思うままに、ゆるゆると時間を過ごしましょう。

ウィスキーと葉巻

2018-07-27 | Weblog
先月、高カリウム血症で入院していましたが、退院して今日で一ヶ月になります。
一ヶ月立っても、なかなか回復しません。
貧血は若干改善されたものの、クレアチニンやeFRG(要するに、どれくらい腎臓に老廃物を尿に排泄する能力があるか)の数値を見ると、完全に末期的腎不全の様相を呈しています。
それでも透析の指示はありませんが、近い将来、透析患者になることは間違いありません。

この一ヶ月、徹底的に食事制限をしてきました。今さら、美味しいものを食べたり飲んだりするつもりはありませんが、塩分控えめやタンパク質制限には嫌気が差してきました。
今、一番欲しいのは、グラスに大きな丸い氷を入れ、なみなみと注いだウィスキーを一杯と、上質のハバナ産の葉巻を一本です。

誰か用意してくれないかな~、誰か~!!
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死に損なってしまった!

2018-06-29 | Weblog


高カリウム血症というのがあります。
何らかの原因で血液中のカリウム濃度が高くなり、一定の限度を超えると心臓が勝手に動きを止めてしまいます。

先週、17日の日曜日、私は高カリウム血症でカリウム濃度が高くなり、心肺停止の一歩手前どころか半歩手前までいってしまったようですが、何故か死に損なってしまいました。

17日の朝、突然下血しました。おそらく胃か十二指腸からの出血と推測されます。あまり大量だったのか貧血になり気分が悪くなりました。日曜なので病院の救急外来に行こうと思いましたが、私が住んでいるあたりは暇な人が多いのか、救急車が近くに止まると、何事かとみんな飛び出して来ます。救急車に乗るところを目撃されると、うわさはたちまち遠方まで拡がってしまいます。それがいやなのでタクシーで行くことにしました。ところが救急外来は救急車優先になります。待っているうちに容態がどんどん悪くなっていきます。呼ばれた時には自力で立ち上がることが出来ませんでした。車いすで運ばれ診察台に上がりましたが、そこで意識不明になりました。

素っ裸でベッドにころがっています。エアコンの冷気が体に心地よかったのを覚えています。
医者が家内に状況を説明している声が聞こえます。下血による出血で貧血状態になり、それが引き金になってカリウム濃度が上がり、数値が3.5~4(単位は難しいので省略)が普通のところ、私の数値は9.0だと。心臓が停まっていてもおかしくない状況だ、と説明しています。
私も時々カリウム数値が高くなることがあり、医者から注意を受けることが何度かありました。その時聞いたのは、レベルが7~8になると心臓が停まるので注意してくださいと言われたことを思い出しました。それが9だということは、ひょっとしたらもう死んでいるのではないかと思いました。後日、医者の話では、この病院でカリウム値が高くても生還出来た人の値は9.2だったそうです。私は9.0で二番目の症例だそうです。「あのときは本当にビビりました」と医者は言っていたので、そこそこ危険だったのでしょう。

腎臓がかなりダメージを受け、血液検査ではかなりの項目で危険水準を上回っていたため、急遽透析を受けることになりました。これだけにはなりたくないと思っていた透析患者に一歩近づいた気がします。透析が終わった後は下血原因を調べるため内視鏡検査を受けました。
胃カメラでは詳しいことが分からず、翌日再検査をすることになりました。

一日が終わると、生きているのが当然と思っている自分がいました。しかし実に多くの人たちの世話になり、死の淵から引き揚げられたことを思うと、感謝しても感謝しきれない気がします。




腎臓の方は3回透析を受け、5回輸血を受けました。それでも血色素量は人の半分もありません。徐々に回復していくのでしょう。従っていまだに体のふらつきはぬぐえません
内臓の方は内視鏡カプセルを飲んで胃から十二指腸、小腸から大腸にかけてくまなく検査しましたが、私の年代になると内臓の組織はどこもかもが寿命でボロボロになっています。
どこから出血しているというのではなく、知らないうちにどこからともなくじわじわと出血していたのでしょう。
意識下鎮静法による徹底的解明をして治療されようとしていましたが、無駄だということが分かりました。消炎剤を投与して見守ることにしました。幸い尿素窒素量も減り、出血の恐れもなくなったので治療は打ち切りになりました。

約10日ほど入院して退院しましたが、今回は退院しても不安の方が多いような気がします。
この年で、この場面で死に損なった私の結末は如何なるものになるのでしょうか?



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引き算の年代

2018-01-02 | Weblog
「一年の計は元旦にあり」という言葉があります。
普通の人は、今年一年、何を目標に頑張ろうかということを念頭に思い浮かべるものです。
私の年代は、今年から何をやらないでおこうか、引き算を考えてしまいます。それらを羅列します。

読書 私は何故か分厚くて難しい本を読むのが好きです。ところが最近は本を読んでいると、右肩が凝るようになってきました。右肩が凝ると内臓疾患があり、左肩が凝ると心臓疾患が疑われます。どこか内臓疾患があるのかもわかりません。こういう時は読書しないほうがよろしい。

家庭菜園 今まで年中何がしかの野菜を作っていました。去年は夏野菜も冬野菜も出来がよくありませんでした。天候のせいだけではなさそうです。それに土仕事が体に応えるようになってきました。やはり野菜は他所の畑から取ってくるのが手っ取り早いようです。今年は何も作らないでおこう。

映画や遠出 歳がいくと、トイレが近くなります。映画で2時間を超える作品を観るのはとても持ちません。車や電車で出かけるのも辛いと思います。こんな時はどこにも出かけないのが一番です。

ブログ ブログに限らず、ツイッターやフェースブックなどSNSはつまらないものだと思うようになりました。私の書いたブログを読み返しても、よくこれだけつまらない文章が書けるな、とびっくりします。こんなブログを書くのは恥ずかしいのでやめます。



そんな生活、楽しい?




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何だ、これは?

2017-12-22 | Weblog


最近、皇子が丘公園というところをよく散歩します。昔、ユースホステルのあった場所はマンションか住宅を建てようとしたのか、造成途中で放ったらかしになっているところがあります。山手を見ると住宅が4,5軒建っているのが見えます。どのようなところなのか急勾配の坂を上っていくと、突き当りは湖西道路になっていてトンネルがあります。向こう側の景色が見えるので行きましたが、行き止まりになっていました。行き止まりであれば、別にトンネルにしなくてもいいようなものですが・・・。トンネルを引き返してくると、中ほどに枯葉が固まったようなものがありました。よく見ると、何か動物の死骸がミイラ化したようなものです。何だろうと思い見ていると、軽トラに乗って近くを通りかかったJAのお姉さんがいました。呼び止めて一緒に見てもらうと、「タヌキじゃないですか?」と言いました。
未確認生物なら持って帰ろうと思っていましたが、タヌキではしようがない。写真だけ撮って帰りました。エイリアンかと思った。

この辺りは昔からキツネやタヌキがたくさんいました。鹿もいました。
だんだん都市の開発に伴い、山奥に追いやられたようですが、いまだに細々と生を営んでいるのかもしれません。
私の住んでいるところは、ここから1Kmほど琵琶湖に近いところです。子供の頃、自宅近くの洞穴にキツネが巣を作っていました。当時は食糧難だったので自宅で鶏を数羽飼っていましたが、時々キツネに殺られました。それでも近くの大人たちは追い払おうとはしません。動物と共存出来ていたような気がします。
20年ほど前までは、時々鹿が山から下りてきて、悠々と車の列を縫いながら走っている姿を見ることが出来ました。それでも警察やマスコミが追い掛け回すということはありません。
先日、東京都内で猿が出たということで、警察やマスコミが追い掛け回しているニュースがありました。マスコミはこういう話にははしゃぎすぎです。

大津には何が住んでいてもおかしくないというところがまだまだあります。もうすこし山歩きをしようと思っています。それにしてもこの動物の死骸は何だったのだろう?



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君たちは遊んでいるのかね?

2017-12-14 | Weblog
広島高裁で伊方原発差止め命令が下されたそうです。
今まで福井地裁や大津地裁で、高浜原発や大飯原発の差止め仮処分決定はいずれもその後、異議審や抗告審で取り消されています。どうせまた裁判長が変わると、仮処分は破棄されることでしょう。裁判所は何か原発をネタに遊んでいるような気がします。
聞くところによると、広島高裁の野々上裁判長は今月いっぱいで退官されるようです。
本人は退官前に素晴らしい裁決をしたと思われるでしょうが、国や四国電力、国民を戸惑わせただけに過ぎません。
と言っても、私は原発推進論者でもなければ反対論者でもありません。次世代発電が出来るまでは賢く原発を使うほうが良いと思っています。

それに原発再稼働というと、ムキになって反対する人がいます。地震や津波などで原子力発電所が被害に遭った場合、稼働中であれば危険なのですか?稼働していなければ大丈夫なのですか?

原発が無くても電力は足りているという人がいます。それは原発が停止している分を火力発電に頼っているからにすぎません。こういう人たちは地球温暖化排ガス規制には目を瞑っているだけです。

世界的に電気自動車の開発が恐ろしい勢いで進んでいます。今のところ車の台数も少なく、充電する場所も限定されていますが、充電する場所がどんどん増えていくと、電力の確保はどこでするのでしょう?

リニアモーターカーの工事が始まっています。開通するとどれくらいの消費電力がいるか知りませんが、いつまでも電力は足りているという考えを捨てないと大変なことになるのではないでしょうか?

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皇子が丘公園

2017-12-11 | Weblog




自宅から1Kmほど山手に皇子が丘公園があります。
何故か最近はここで散歩をすることにしています。
この辺りは、昔進駐軍に接収されていたところで、将校向けの住宅や教会が建っていました。
勿論私たちは立ち入ることが出来ません。
山の下の方は駐屯地になっていました。進駐軍が撤収したあとは、陸上競技場や野球場、多目的四面コートなど皇子が丘スポーツ公園になりましたし、山側は皇子が丘公園になっています。
春は桜、秋は紅葉と綺麗なところですが、訪問客はいません。どうやら人々は、桜や紅葉というと、わざわざ人ごみの多いところに行くのがお好きなようです。地元住人にとっては、これほど有難いことがありません。ゆっくりとのんびりと桜や紅葉を楽しむことが出来ます。

進駐軍が来て様々な影響があったのでしょうが、私が一番感化されたのは音楽です。
当時FEN放送は大津から発信していました。音響機器といってもラジオしかありません。
その頃はNHK以外にボツボツ民間放送が始まったところで、電波も弱く雑音が入ります。
FENは近くで強力な電波だったのか、どこにダイアルを回してもFENが飛び込んできます。ひょっとしたら機器を使わなくても、針金一本で聞けたのではないかと思うくらいでした。
朝から晩まで、今まで聞いたこともないような軽快な音楽を流しています。それがカントリーミュージックであったりディキシーランドジャズだったことはあとから知りました。
ポップスがそろそろ始まったころで、ロックやモダンジャズが流行ったのはずっと後のことです。
土曜日の夜に「TOP20」という番組があり、当時アメリカで流行っている曲を順位をつけて流しています。それを聞いて半年ほどしてから日本でも流行るという現象がありました。

昔のことを思い出しながら歩いていると、すっかり足腰の弱くなったおじいさんは、足が痛くなってきました。




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2017-12-04 | Weblog
夢といっても、寝ているあいだに見る夢のことです。
最近、何故か夢の中に外国人がよく出て来ます。そして私も何語か知りませんが夢の中では流暢に何語かを話しています。家内に言わせると、それは願望だと言います。しかし、年がいって日本語をしゃべるのも覚束なくなっているのに、外国語を話す願望はとっくの昔に無くなっています。あるいは、英米作家以外にも、南米やヨーロッパ各国の作家による本をよく読んでいるので、その影響があるのかもしれません。

昨日は何故か夢の中にトランプ大統領が出て来ました。何語をしゃべっているかというと、何と思いっきり関西弁でしゃべっていました。関西弁でしゃべっていても夢の中では通じるのが面白いところです。

夢というのは朝起きると忘れているような他愛のないものですが、これを一つ一つ思い出して文章にすると、ジェイムズ・ジョイスばりの作品が出来るのかもしれません。
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最近の世相

2017-11-30 | Weblog
1.害虫は早めの駆除を!

2.大相撲の力士の暴力問題は、学校のいじめ問題の構造と同一。

それにしても、北朝鮮の不審船が何艘も漂着したり、ICBMを発射したりしているなか、新聞やテレビは「日馬富士引退」のほうが、よほど大事なのでしょうか?
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売れるかな~?

2017-11-27 | Weblog


滋賀県の水産課とカルビーがタイアップして「ポテトチップス ふなずし味」というのを販売はじめました。今月17日から関西圏のコンビニで先行販売しましたが、今日から量販店で全国販売するそうです。ようやく手に入れて来ました。

袋を開けると、ほんのり乳酸菌の匂いがします。味は少々酸味はありますが、あっさりした味に仕上がっています。「ふなずし味」と言われなければわからないくらいです。

これで売れるのかな~?

ふなずしというと、こういうことがありました。
学生時代の友達三人と大阪で会ったときのことです。何故かふなずしの話が出ました。
三人とも、ふなずしというのは知っていましたが、まだ食べたことはないと言っていました。
一度食べてみたいということだったので、三人を大津に招待して自宅近くのレストランに行きました。

ふなずしが出てくると、三人とも急に無口になりました。
そのうちの一人は、おそるおそる匂いを嗅ぎ、一口食べて「うん、これなら何とか我慢できる」と言いました。
「あのね~、別に我慢して食べてくれなくてもいいんですけど・・・!」
もう一人は黙って食べていましたが、酒で流し込んでるという感じでした。
あとの一人は「今日大津に行ってふなずしを食べてくると息子に言ったところ、”別にお土産買ってこなくてもいいからね!”と言われた」と笑っていました。

口直しに近江牛のすき焼きを食べました。これはおいしかったです。
その後、三人に会っても「もう一度ふなずしを食べたい」とは言いませんので、おそらく懲りたのだろうと思います。

私は小さいころからふなずしが好きで、私のように通になると、熱いご飯の上にふなずしを置き、熱いお茶をかけて食べるのが好きです。安物のふなずしは皮や骨が硬いことがあります。
高いものは皮も骨もやわらかくてとてもおいしいです。
最近はにごろぶなの収穫量が減っているので、高価なものになっています。
私はふなずしというのは理にかなった食材だと思います。滋賀県に来られた時はぜひお召し上がりください。
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ジェイムズ・ジョイスを読む

2017-11-07 | Weblog


ジェイムズ・ジョイス著「ユリシーズ」を図書館で借りてきました。

先月、ケヴィン・バーミンガム著「ユリシーズを燃やせ」を読みました。「ユリシーズ」がどのようにして世に出たかという、いわばジェイムズ・ジョイスの伝記のようなものです。
これを読んで「ユリシーズ」は絶対に読まないでおこうと思っていたにもかかわらず、借りてしまいました。

この本は出版前から物議を醸していたそうです。1904年6月16日、ダブリンで主人公三人が織りなす一日の出来事を描いたもので、あまりにも赤裸々に人間の生を表現していたので、猥褻書物として発行禁止や焚書として葬られようとした時代があったようです。
たった一日の出来事を、約2000ページの文章にするところが驚きです。
やたらと固有名詞が出てきて、約四分の一がその解説になっています。解説抜きに読むと、何のことが書いてあるのかさっぱりわかりません。聞くところによると、ギリシャ神話の「オデュッセイア」を参考にしているそうです。

訳が分かってもわからなくても、ムキになって読むのが私の読書法で、「そんなことをしていておもしろいの?」と聞かれますが、すくなくとも新聞やテレビのくだらないニュース解説を聞いているよりもましです。

このところ、穏やかで暖かい日が多いので、テーブルと椅子を庭に出し、日向ぼっこをしながら、ビールを飲みながら本を読んでいると、とても幸せな感じになります。
老人は出来るだけ外出し、人としゃべり、運動するほうがよいと言われますが、そんなことは嘘です。年寄りは穏やかにひっそり暮らすのが一番です。


この本を読み終われば、マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」に挑戦しようと思います。
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