テリー・イシダの『独酌酔言』。

夜な夜な酒場で一人飲み、酔った勢いであれこれ、一言、申し上げます。

“関東炊き”ってなに!?おでんと違うの?~今日のお店:貴重な大阪の温酒場「上田温酒場」。

2018年06月22日 | 世の中

ちょっと早いですけども、一杯飲みに行きましょか、

いや、この店はね、20時には終わってしまいますから、

これくらいから飲むのがええんですわ、はい、



駅からちょっと歩きますけどね、

お、開いてますね、“かんとうだき”に“温酒場”の提灯、

エエですね、ではでは入りましょか、

え?なんで“おでん”のことを関西では“関東炊き”っていうのしょうね?

おでんと関東炊きって違うんですか?ってか、

エエこと訊いてくれました、

これがまたややこしいというか、歴史を感じるというか、

ワタシが好きなエピソードなんですわ、ええ、



まずね、“おでん”というのは関東での呼び名、

もともとは関西で“田楽(でんがく)”と呼んでいた、

具材に味噌をつけて焼いていた料理が原型ですわ、



豆腐とか、こんにゃく、大根とかにね、味噌付けて焼いてた、

これっておでんの具材でしょ、



この“田楽”、昔は串に刺して焼いていたようなんですが、

おそらく簡単で美味しい料理というファストフード感覚で田楽が徐々に東へ伝わって行く、



名古屋の味噌文化と交った料理も串に刺してある、

すでに焼きませんけどね、
煮込む感じ、



静岡辺りのおでんも串に刺してある、あれも“田楽”の名残ですわ、知らんけど、

炊くのもこの辺りからかな、



そうそう、関東のおでんも昔は串に刺していたんです、たぶん、

赤塚不二夫先生の“チビ太のおでん”、

あれですわ、あれも串に刺さっているでしょ、



こうして関東に伝わった“田楽”を関東の人はそれを“おでん”と呼ぶようになり、

さらに焼くのではなく、出汁で炊くのが主流となり、

一部の具材を除いて串も使わなくなり、

それでやっと今の“おでん”と云う形になり、

関東の庶民に愛されるようになったんです、



けどね、ここでえらいことが起こります、

今週、大阪でも大きな地震がありましたが、地震ですわ、はい、関東大震災、

首都東京は壊滅的な被害を受け復興に何年かかるか分からない、職も食べ物も不足、

で、多くの人が関西にも移住してきたんです、



その中にはもちろん“おでん”屋さんもおられたんでしょうな、

関西で“おでん”屋を始められた、



ところが関西の人から見ると、それはどう見ても“おでん”=“田楽”とは違う料理、

そこで、この関東の人が持ち込んだ炊きモノ料理を“関東炊き”と呼ぶようになった、

とまあ、こんなことみたいなんですわ、ま、だいたいの話ですけどね、



さらに、この炊くスタイルのおでんを関西風の出汁や具材を使って、

より繊細な仕上がりにして“関西炊き”なんていう名前で売り出した店もあります、

みなさん、いろいろと知恵を絞りますな、



あ、神戸辺りでおでんに味噌を掛けたりするのも“田楽”の名残ですな、

大阪でも古い店はおでんに味噌が付いて出てきます、




ま、今は関西でも“おでん”が普通、

“関東炊き”は少し古い店が使っている、という感じですね、



いつの時代も食はなくてはならないもの、時代と共に移り変わる食、

なんかエエですな、

では、もうちょっと“関東炊き”をいただきましょか、

【今日のお店~大阪野田「上田温酒場」】

“温酒場”についてもいろいろと書けそうです、



日本酒を常温でそのまま飲ませるのが主流だった時代、

燗酒を出すサービスが流行り始めた頃の謳い文句が“温酒場”です、



本来は“おんさかば”ではなく“おんしゅじょう”と読むそうです、

知らなんだ、



この昔からの“温酒場”も今は大阪に2店しか残っていません、たぶん、

そのうちの一店がここ、野田の「上田温酒場」です、




こじんまりした10数席のコの字カウンター、

おでんとどて焼き、あと少しの料理、







ビールでも焼酎でもエエけども、

やはりここはお母さんと向き合って、燗酒でしっぽりと呑むのが合います、





阪神「野田」駅から10分くらい歩きます、

ま、関東大震災で東京から避難してきた人たちのことを想えばラクチンなものです、

ぜひ一度寄ってみてください、

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