信の信州からの贈り物

信州で単身生活 6年、その間に魅せられた信州の大自然。そして関東周辺の自然と花々を織り交ぜて発信しています。

晩秋の東京駒込 六義園

2021年12月04日 | 紅葉狩り




お早うございます、信です。
今朝は寝坊しました。久しぶりに会社へ出て、若い人たちの元気に触れた影響かも知れません。

やはり会社を盛り上げている、若い人たちが動く職場には活気があります。
残念ながら、もう私はその風景の一部にはなれません。浮いた自分を感じて、早々に用事を済ませテレワークに復帰しました。


11月30日にお休みをもらって、久しぶりに東京都内の駒込 六義園に行ってきました。
何しろコロナが始まって以来、都内は素通りしたことはあっても、電車で降りることはありませんでした。

このブログの記録を見ると、前回訪問は2019/12/24(2年前のクリマスイブ)でした。
私のブログに「コロナ」の文字が出るのは2020年2月の厳冬・上高地の巻ですから、まったくのコロナ禍の前夜でした。

六義園南の正門から入って、内庭大門です


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修学旅行の子たちが来ているようです。





こちらは茶屋 心泉亭、宣春亭への門です


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園内マップです。
南の正門から入って、反時計回りに周回します


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内側の竹垣の門を潜ります


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六義園は、徳川5代将軍・徳川綱吉の側用人・柳沢吉保が、自らの下屋敷として造営した大名庭園である。
1695年(元禄8年)に加賀藩の旧下屋敷跡地を綱吉から拝領した柳沢は、約2万7千坪の平坦な土地に土を盛って丘を築き、千川上水を引いて池を掘り、7年の歳月をかけて、起伏のある景観をもつ回遊式築山泉水庭園を現出させた。

「六義園」の名称は、紀貫之が『古今和歌集』の序文に書いた「六義」(むくさ)という和歌の六つの基調を表す語に由来する。
六義園は自らも和歌に造詣が深かった柳沢が、この「六義」を『古今和歌集』にある和歌が詠うままに庭園として再現しようとしたもので、紀州の和歌浦を中心とした美しい歌枕の風景を写して、庭園を造ろうと思い立った。その設計は柳沢本人によるものと伝えられている。


まさしく「大忠臣蔵」その時代のリアルです


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1702年(元禄15年)に庭園と下屋敷が一通り完成すると、以後将軍綱吉のお成りが頻繁に行われるようになる。
その回数は記録されているだけで58回もあり、吉保の寵臣ぶりもさることながら、この庭園自体が当時にあっても天下一品のものと評価されていたことが窺える。

甲斐甲府藩主であった柳沢家は、吉保の子の吉里期の享保9年(1724年)に大和郡山へ転封となるが、六義園は柳沢家の下屋敷として幕末まで使用された。
時代が下るにつれ徐々に荒れはしたものの、江戸を襲った度々の火災で類焼することもなく明治を迎えた。


出汐湊からの大泉水です


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明治の初年には三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎が六義園を購入、維新後荒れたままになっていた庭園に整備が施され、このとき周囲が今日見る赤煉瓦の塀で囲まれた。
その後は関東大震災による被害もほとんど受けず、1938年(昭和13年)には東京市に寄贈され、以後一般公開されるようになった(有料)。
東京大空襲の被害を受けることもなく、造園時の面影を残したまま今日に生き延びた六義園は、1953年(昭和28年)に特別名勝に指定されている。


大河ドラマでは岩崎弥太郎は死んでしまいましたが、東京に大きな財産を残しました。

蓬莱島にシラサギが停まっていました


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     職人さんがいたので聞いてみたら
     松の何本かは雪吊りをするそうです     

     
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出汐湊の石灯籠


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ここの名物 櫨(ハゼ)が良い色に染まっていました


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雰囲気の良い、庶民的な茶屋です


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出汐湊の案内 



ちょっと上の松が掛かり過ぎ


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これは千両でしょう


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田鶴橋を過ぎて


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渡月橋です


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ここは六義園の中でも名所


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しばらく粘りました


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Good Timingで女性が


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橋の真ん中で気づいて


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あとは大股で急ぎ足


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楽しませて頂きました


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藤波橋から


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水面に映る 紅葉と鴨


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明日は藤代峠に上がります


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明日も東京駒込 六義園です。


 撮影日: 11月30日
 撮影場所:東京駒込 六義園


それでは皆様、ご機嫌よう。







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6 コメント

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Unknown (はりさん)
2021-12-04 08:52:52
おはようございます。
東京(江戸)は大名の屋敷が多かったのですが
その庭が公園になってたくさん残っていますね。
大阪は商人の町だったので全く雰囲気がちがいます。
東京に行くと緑が多くて大阪人からは羨ましいです。
庭の様式等はよくわかりませんが
六義園は素晴らしい庭園だというのはわかります。
将軍様が何度もお成りされたというのですから
天下一品だったのでしょう。(今もですが)
大都会の真ん中で紅葉も楽しめる良いところですね。
Unknown (takayan)
2021-12-04 10:11:58
おはようございます。
この庭園の紅葉は何度も見せてもらってますが、
何度見ても素晴らしい庭園ですね。
やはり水辺の紅葉は、より一層色が鮮やかに感じて、見応えがあります。
22〜23番の連写は見ていて楽しい作品です。
26番の写り込みと鴨の絵も好きな一枚です。
明日も楽しみにしています。
柳沢吉保 ()
2021-12-04 10:30:33
はりさん>

お早うございます。
犬公方 綱吉のお気に入りで、権勢を恣にした吉保。
ここから江戸城までは、歩いて1時間足らずでしょうか
都立庭園は確かに殆どは江戸時代に造られたものです。
この後、少し南下して小石川の水戸屋敷庭園(後楽園)に廻りました。

何となく忠臣蔵ファンとしては、素直にその美しさ、華麗さにはややはすかいに見たくなりますが
職人たちが精魂込めた、造りにはグイグイと惹き込まれてしまいます。
江戸っ子たちの粋と、誇りを感じます。
岩崎弥太郎が惚れたのも良く分かります。
コメント有難うございます。
いいですね (イワン)
2021-12-04 10:41:40
駒込の六義園・・見どころ撮りどころが満載な庭園ですね。
行ってみたくなるお写真ばかりです。
3月の開幕戦には行く予定なので、行ってみることにしスケジュールに入れました。
渡月橋 ()
2021-12-04 10:53:35
takayan師匠>

お早うございます。
毎年のように行っていた六義園ですが、このコロナ禍で昨年は来れませんでした。
この庭園はモミシもまあまあありますが、ハゼが多くこの時期は良い色に染まっています。
イロハモミジより長持ちする感じがします。

この渡月橋は大泉水を回遊する水路にあり、両脇にハゼを配置して
心憎い演出がされています。
江戸時代の造園職人の罠に、すっかり嵌められてしまい橋を渡る麗人を待ちました。
このポイントでは、20分、50枚ぐらい撮っていました(笑)
明日は藤代峠を越えて、圧巻の灯台躑躅の前に出ます。
コメント有難うございます。
開幕戦 ()
2021-12-04 18:36:17
イワンさん>

こんばんは。
開幕戦の頃だと、まだ花の季節には早いですね。
それでも芽吹きの草花が、春一番に輝く季節でしょう。
ここから後楽園までは南北線で3駅しかありません。
この日は北から南へ移動して、小石川後楽園も徘徊しました。
六義園の見どころは沢山ありますが、私的には今日の渡月橋、そして吹上峯から下った灯台躑躅、そして紅葉に包まれるつつじ茶屋です。
コメント有難うございます。

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