文庫 麦わら帽子

自作小説文庫

秘密の花園 番外編 『TRAP 騙し合い』

2019-04-29 | 秘密の花園 別章

【クラウンベリーおじさんの憂鬱】
       
 週に一度巡回してくる、物売りのクラウンベリーおじさんは、《総管理局》の回し者である。
《中央》は(善人面をして)国の利益を、国民に等しく(?)還元しておきながら、
その一方ではこのような人間を使って、個人の財産を回収しようとしている。
そしておそらくは、抜け目なく個人の生活を監視しているに違いなかった。
しかしながら、その回し者の口車にまんまと乗せられてしまう人間を、
「騙される方が悪い」などと、容易に否定しないで戴きたい。
とりわけ『箱庭生活』というものは、想像以上に退屈で過酷なものであったからだ。
今日もまた、クラウンベリーおじさんがやってきた。
彼はいつも生け垣の向こう側で、カウベルを振って合図する。
子供たちの反応は敏感だ。
先に外へ飛び出すのは決まってヴィオラ。
その後にそそくさと庭の主であるローズが続く。
一番敏速なはずの剣士のレイが出遅れるのは、注文書を用意する手間に足をひっぱられる所為だ。


       
              

「おはようございます、ローズ様」
クラウンベリーおじさんは礼儀正しい紳士だ。
年齢不詳だと噂されるのは、そのダサいスタイルの所為。
くたびれて色落ちした作業服に、帽子を目深くかぶっている。
時折ちらりと素顔がのぞくが、そんなに「おじさん」ではないかも知れなかった。
この国特有の孔雀石の眸はきれいだし、一応長い髪も手入れは行き届いている。
もっときちんとすればいいのに。そう思う者も少なくない。
「今日も余計なものを色々持ってまいりました」
それはおじさんの常套句。これから商談をはじめる合図となった。
おじさんが用意している品物は、不思議と買い手の嗜好や趣味を心得ていて、
ついつい予定外のものを買うはめに陥ることになっている。まさに相手の思う壺。
美しい更紗布。虹色の刺繍糸。銀細工の指ぬき。ドライフラワーに、花の精油。
ターゲットにされたローズは、手芸に興じる予定はなかったのに、手作りリースキットから目が離せなくなった。
玄関先を模様替えしようかな、なんて思いはじめる。
間違いなく配給の対象外になるであろうお菓子も、籠いっぱいに用意されている。
(このあたりは絶対に計画的。やりかたが汚すぎる) ヴィオラはお菓子しか見ていない。
ローズの服を引っぱってせがんだものは、毒々しい色のラムネ菓子だった。
ふたりが品物を物色している間、レイは辛抱強く後ろに立って待っている。
彼がクラウンベリーおじさんとこっそりアイコンタクトをとったのに、女性ふたりは気づかない。
「いつもご利用いただいているお礼です」
今日は、おじさんがヴィオラになにかをサービスした。
小さな紙袋に入っていたので、中身は不明だ。
「どうもありがとう」
少女は大喜びで家のなかへ戻っていった。
ローズは袋の中身を確認する必要に駆られ、娘の後を追っていった。
「ご苦労様です」
レイは、今週の注文書と引き換えに、頼んでおいた生活備品を受け取った。
「それで、例のものは」
 声を潜めると、おじさんは心得たもので、無言で笑ってそれを手渡す。
 錠剤の入った小瓶だ。
「こんなものが役に立ちますか」
「気分が腐ったときはこれに限ります」
 レイはどこかうっとりとして錠剤をながめた。
 それは合法スレスレで認可されている、云わば公認ドラッグ。
《中央》が行った調査によると、この国の殆どの者が、慢性的になんらかのフラストレーションに悩まされている現状が明らかになった。
そこで《医務局》は、軽度の鎮静剤を解放。
それを《研究院》が、「いつでも手軽に使えるドラッグ」に作り変えて販売した。
特徴は一粒でスカッとできること。しかも短時間でケリがつく。中毒症状は皆無。
絶対安心のドラッグだ。                
しかし、公認はされていても、そんなドラッグに手を出していることなど、なるべく人には知られない方がいいに決まっている。
知ればローズだって気を病むだろう。
例え、少年が抱えこむ「モヤモヤ」や「イライラ」が、思春期にありがちな、ごく自然な症状だと判っていてもだ。

      
               
「ところで、あのゲームの調子はいかがですか」           

クラウンベリーおじさんは、話題を転じた。先週購入した、駒を使う簡単な陣取りゲームの件だ。
 二重商称でもある、俗称「cheat」の名のごとく、対戦相手を最初から欺いて絶対に勝たせない、イカサマゲームだった。
 その門外不出のカラクリは最大企業秘密であるため、買い手にも明かされないが、
マニュアル通りに駒を進めれば、何故か不思議と勝てるのである。
 先攻後攻問わず、相手の機略も及ばず。ただし、理屈が判らないのでマニュアルを丸ごと頭に叩きこむ必要が生じる。
 面白半分でゲームを購入した少年は、このイカサマをうまい具合に日常面で活用した。

 最近、ローズは子供たちに食事の支度をさせるようになった。
 ヴィオラも年頃の娘になったし、レイだって、一応は守人としての立場がある以上、身の回りのことをこなさなくてはならない。
 しかし子供たちにしてみれば、それは悲劇の発端でしかなかった。
 毎日続くと本当に気が滅入ってくる。
 そこでふたりは交代で食事当番をすることにした。
 そしていつからかそこにゲーム的要素を加えては、ささやかなスリルを味わうようになっていたのだ。
 簡単なゲームで勝敗を決め、負けたものが一日の食事当番を担うというルール。
 できるなら、その手の面倒は避けて通りたいのが人情というもの。
 ましてや、男の自分が料理の腕を上げるよりも、ヴィオラの将来を考えて、当番を「譲ってあげる」方が、親切というものだろう。
 少年はもっともらしい理由をでっちあげて、このゲームを使った。
 今のところ、連敗するヴィオラはその真意に気づいていない。
 負ける方に落ち度があると思い、自分を呪い続ける日々が続いている。
「お陰さまで、楽をさせて戴いています」
 レイは真面目くさった表情で告げた。クラウンベリーおじさんは心得顔でうなづいた。
     
「今日はもうひとつ、とっておきのモノをご用意しました」
 合法ドラッグの決して安くはない料金を受け取りながら、彼は云った。
「そんな安っぽい快感よりも、もっとすごい体験ができる」
 彼が差しだしたのは、明らかに「ヤバイ」雰囲気を醸しだしている、碧い錠剤だった。
 自分が手に入れたものとは、雰囲気からして違う。
「こいつを噛み砕かずに、ゆっくりと口の中で溶かすんです。アノ感覚が味わえますよ」
 クラウンベリーおじさんの孔雀石のような眸が、少年を探るようにきらめいた。
「アノ感覚?」
「そう、アレです。判るでしょう」
 思い当たったらしいレイは赤面して眼をそらした。
「ああ、アレね。…でも、ぼくは」
 思わず後退した。「まだ、こんな年齢なので」
「庭を管理しているからって、将来の伴侶が得られる可能性まで保証されたわけではないのですよ。
貴方だって、もしかしたら一生、それを経験することなく死んでゆく運命かも知れない。知りたいと思ったことはないですか」
 ないわけがないではないか。しかし、はっきりあるとは云えない。
 クラウンベリーおじさんはやや砕けた感じになって、懐から煙草を取りだした。
 いつも通り少年にも気前よく分けてくれる。
「…《軍部》のキャンプの惨状には眼も当てられません」
 彼は暗澹たる気分で云った。《軍部》に籍を置きながらも、レイはあまりキャンプには出向かない。
あそこはどうも陰険で、男くさくて嫌なところだ。
薔薇の香りとお菓子の甘いにおいに飼いならされた者には、生理的な拒絶反応が出るような場所だった。
 しかし興味はある。少年はクラウンベリーおじさんが時折入手する《軍部》情報を聞くのがたのしみだった。
「狂気に陥った男社会というものはむごいものだ」
 おじさんは嘆息する。「私はその現状を目の当りにしてきました、貴方の所属する
《軍部》はその最たるもので、行き場をなくした欲望をもてあます若者は、同性の仕事仲間に慰めを求めて徘徊する…」
「マジですか」
 レイは真っ青になった。
 あの《軍部》の荒くれ者たちが? 
 なんて気色の悪い話だろうか。
「軍のキャンプなんてもはや無法地帯のようなものです。
 クラウンベリーおじさんは、自らの体験を物語っているかのように、物憂げな表情だった。
「貴方ももうじき十三の節目を迎える。国が貴方を大人として扱うようになれば、連中の視線も変わってきますよ。
くれぐれも警戒を怠らぬように、ということですな」
 レイは最悪の状況に追いこまれている自分を想像して身慄いした。
 おじさんは少年の反応を見て笑う。
「貴方のように無菌状態で育った子供は、闇に囚われる傾向が強いといいます。知りたいと思うことは悪いことではない。
むしろ無知であることの方が罪です」
 クラウンベリーおじさんは、いつも饒舌だ。そこには不思議な説得力があった。
「これを貴方に差しあげましょう」
 彼は、ふたつの錠剤をパラフィン紙に包んで手渡した。キャンディーのように見えなくもない。
「サービスです。ただし、絶対秘密にしておいてください。こいつは違法行為になります」
「受け取れません」
「それでは捨ててしまってけっこう。これくらいの量では中毒にはならないし、後々料金を請求するつもりもないことだけは云っておきます」
「貴方を疑っているわけではないんです」
「判っています。君は、いい子だ」
 突然、おじさんの口調が変わった。「他の庭の管理者ときたら、傲慢でとりつくしまのない連中ばかりでね。
この庭は唯一、心が和む場所だ。私は君に逢えるのがたのしみなんだよ」
 口調が砕けてくると、身近な兄のような感じがしてくる。
 白状してしまうと、本当は、レイは少しこのおじさんに惹かれていた。
 時折見せる素顔は端整でなんと云っても頭がいい。彼の深いバリトンは、聞いていると気持ちがよくなってくる。
それに、時折垣間見せるあの物憂げな表情。
それは露骨に心臓を突いてくる。            
「陶酔」とか「心酔」とかいう言葉を、少年が知らないのは不幸な事実だった。
おじさんの持つ独特な波動に、すっかり毒気を抜かれていた。
 少年がここまで警戒を解くのは珍しいことでもあった。        
 周りの女性たちはみんな文句なしにやさしい存在だったが、やはり時には、同性の力に頼りたくなることもある。
(もっとも、カルパントラばあちゃんなんかは、オールマイティーで頼りがいがあるのだけども)
 レイは、心のどこかで兄のような存在を求めていた。
 クラウンベリーおじさんは、それにぴったりの人材だった。

「私は君に、ちょっとしたプレゼントをしたかっただけだから」
「貴方は、これを使用したことがあるんですか」
 おずおずと少年が聞いた。
「ありますよ。ただ、私は重大な過失を犯した。場所と時間を選ばなかった。おかげで、大衆の面前で大恥をかきました」
「それって、一体どういう…」
 そこへローズがやってきたので、ふたりはすばやく「商談中」の顔を作った。
「クラウンベリーさん、娘が戴いたものはなんでしょうか」
 何故かヴィオラは、それを秘密にしておきたいらしい。自分の部屋に入るなり鍵をかけてしまった。
「ラズベリーのバスキューブです」
 おじさんはにっこりと笑って答えた。



 『Bad Trip』へ続く 



           

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