社会科学上の不満

政治・経済上の不満のハケ口(左翼出入り禁止)
外交と防衛、歴史と現状についての不満のハケ口。(観念論の方は出入り禁止)

中国のハッタリと言う外交

2011-01-31 23:59:58 | 外交と防衛

 「小皇帝」と言う言葉をご存知であろうか。中国の子供たちのことである。一人っ子政策で親に大事にされた中国の子供たちを中国ではそう呼んでいるそうだ。日本でも一人っ子にありがちなワガママや強度の依頼心が恐ろしく強い子供たちのことだ。

 中国にはまだ徴兵制がある。その訓練を親が見学し行軍の途中で倒れる我が子を見て、部隊隊長にクレームを言う親の数が激増しているそうだ。

 ここまで中国の病巣は深い。が、一方その見栄を張る性格は益々ひどくなっているようだ。先日のステルス機の発表、実用化はまだまだのようである。外交のうまさは中国のお家芸ともいえる。米大統領と自国の総書記との会見時にステルスの試作機を飛ばし、交渉に圧力をかける。古典的ではあるが、古典的と言うことはそれだけ有効だから古典として生き残ってきた方法でもある。先日このblogで私が見透かしたように、産経新聞によると米国の情報アナリストたちはとっくに見透かしていたようだ。

 イスラエルのラビ「もどき」のJ10も米国に睨まれることを良しとしないイスラエル側の事情もあり、「もどき」のようだ。ロシアとの事情はもっと複雑で、中国がロシアの兵器のコピーでロシアの市場を荒らしていることもあり、表向きは良好でも裏では相当熾烈な状況のようだ。その裏づけの一つとして、中国の空母に搭載する艦載機の訓練がまだ行われていないことにある。訓練どころか艦載機すらないのではないだろうか。中国からロシアにスホーイ33or35のオーダーがあったことは4年ほど前に問題となった。しかし、未だに発・着艦訓練が行われていない。空母への発・着艦訓練は陸上では出来ない。

 中国の軍事力の報道は日本のマスコミが軍事音痴であることも手伝い大げさになる傾向が強い。

 日本は「交戦規定」の改定を行うことが先である。

コメント

サッカーの効果

2011-01-31 00:01:22 | Weblog

 サッカーの効用は幾つかあるがその代表的なものに、国際試合で試合前に国歌を斉唱することだと思う。ボクシング等格闘技も同様だが観客数が今一つ少ない。その点サッカーの国際試合は5万人以上の観客がいる。ここに国歌反対を叫ばれる左翼の方々もその声を上げることができない。また国際慣行で国歌はありませんと言うことは通用しない、そのような基本的なことも判らないで騒いでいるのだろうかこの左翼の方々は。

 そうすると君が代の歌詞が戦前の天皇崇拝と同じであるとのご意見を頂戴する。この左翼の方々は「君が代」の作詞者はだれかご存知であろうか。「そんなもの知らない」と仰る。が、正解である。これは詠み人知らずの古今和歌集に納められた一首である。「君」が天皇崇拝でけしからんとされる方は古典の勉強を再度やられたほうが良い。天皇は大君であり、君は地方領主等を指す代名詞である。それこそ戦前で君が天皇といえば不敬罪もあり得る発言でもある。

 さらにこの君が代は明治時代にフランスのボアソナードらから近代国家には「国歌」が不可欠と言われた明治政府が大山巌等らにより選ばれた歌詞である。江戸時代、大奥の歌会始で詠まれていたこの「君が代」を採用したとき多くの反対があった。「なぜ幕府の将軍賛美の詩を選ぶのか」と。

 しかし、現在はその「幕府の将軍」が「天皇」となっている。無知な左翼のために。しかしサッカー等の国際試合で国歌を斉唱されれば左翼のかたには遺憾であろう。

 次に、帰化選手に惜しみない声援を送る点にある。10余年ほど以前国際Aマッチで帰化し日本代表になった李選手に多くの日本国民が声援を惜しまない。同様に在日の選挙権問題で騒いでる民主党はここに注目すべきだ。帰化すれば選挙権は何の問題もない。帰化しないのは本名と通名とで二重に口座を持てる特権などそのような違法行為を棄てたくないためである、また親戚近所から裏切り者扱いされるためだ。これは在日の友人に聞いた。

 サッカーの国際試合でこれだけのものを見せてくれる。

 

コメント

国民の保護

2011-01-30 00:00:04 | 外交と防衛

 ソマリア沖の海賊に対し韓国軍が人質救出作戦を敢行した。人質が一名負傷で全員救出されるたようだ、海賊は12名中8名射殺。これはある意味大変すばらしい実績である。これで大極旗(韓国の旗の別名)を見た海賊は襲うことを躊躇するであろう。一方わが国はいかがであろう「人命は地球より重い」との迷言を残した、寝ぼけた国だ。日本のやり方では海賊は根絶できない。仏教には不動明王等恐ろしい形相の仏がいる。キリスト教やイスラム教やユダヤ教と言った旧約聖書を母体とする宗教では神は人間に罰を下さる。

 国家が国民の生命財産を守れないのであれば誰もその国家を支持しない。辻本民主党議員がなぜ社民党議員で国交省副大臣を辞めたか思い出していただきたい。ピースボートと言う社民党洗脳船がソマリア沖から紅海を航行する時海上自衛隊の護衛を断ったためだ。その船が海賊に付狙われギリシア海軍に護衛をしてもらった経緯があるためだ。寝言は国際社会では通用しなかったようだ。

 同様に民主党ももう少し国防引いては国民の安全に力を入れてはどうか。安全保障は一朝一夕に整うものではない。軍の熟練度は数年の時間が必要である。後経験も。

コメント

現代日本と歴史上の国の相似点

2011-01-29 00:00:15 | 社会常識と教育
 

カルタゴと現代日本との類似性を説かれる方が多い。確かに良く似ている。同様に宋と金、宋とモンゴル時代の宋に日本が似ていると説かれる方も多い。元駐タイ日本大使であった岡崎久彦氏は、17世紀初期のオランダと日本の類似性を説かれる。

 共通する事項は、いずれも経済大国であったことだ。また近隣に、ローマ帝国やモンゴル帝国、無敵艦隊のスペインがあった。

そしてカルタゴ、宋、オランダは軍事的には弱小国であった。軍備だけでは現代日本はかなりのモノである、そのため現代日本との類似性を否定される方もいる。しかし、シビリアンコントールの現代日本ではいかがであろうか。「友愛」などの寝言で沖縄の普天間基地問題でアメリカと溝を深めた。その間隙を突いた形が、尖閣問題と北方領土へのメデベージェフ露大統領訪問である。その事後処理も大問題である。民主党が国家経営の鼎の軽重を問われても反論のしようがない。結果としての実績である。

「平和」「友愛」などの美辞に歎美し、国際社会がヤクザや不良グループの縄張り争いと変わらないということに目を反らした結果がこの状況である。これは中華民国の黄文雄氏や石原新太郎氏、長谷川啓太郎氏、故小室直樹氏など多数の方が説いている。ここにも共通していることがある。マスコミに受けが悪いという方々が多い。

中国の古典の中の古典「管子」でも、平和主義が過ぎると国家を滅ぼすと言っている。管子は紀元前の孔子より数百年も前の春秋時代の斉の宰相(総理大臣クラス)である。その実績として斉の桓公を春秋五覇の最初の覇者桓公につける。有名な「衣食足りて礼節を知る」などの人間観察もスゴイ。

3世紀の諸葛亮(孔明)は、軍事は燕の「楽毅」を政治は斉の「管子」を手本とする。

その管子以来2500年以上前から続く言葉の重みを、戦後60年程度の歴史しかない、また日本国内でしか通用しない平和主義者の言葉の重みなど考えてみられては如何だろうか。

 

コメント

日本の国際の格付け

2011-01-28 12:05:28 | 外交と防衛

 日本の国債の格付けが下がったそうだ。スペインより下だそうだ。そいつは大変だ。とてもスペインの国債を購入しEUの危機を助けている場合ではない。まず自分を立て直さなければならない。同様に国連やODAの寄付金を減額もしくはゼロにして国内経済の建て直しがまず先である。さらに格付けが上がっても国連への寄付金もGDP世界第二位お中国より低くするのが筋ではないか。一度世界に対し日本のこれまでの貢献を判らせるためにも良い機会だとおもえるのだが、外務省も省益だけに溺れず日本国の立場を考え直すには良い機会だと考えるのだが。

 

コメント

中国が言う「平和」とは

2011-01-23 23:56:28 | 外交と防衛

 赤いマスコミが中国を援護し辛くなっている。しかし中国の「平和外交」とやらの「平和」とはナンなのだろうか。北朝鮮の正式国名は「朝鮮民主主義共和国」である。どこが民主主義なのか疑問に思う方は多いのではないだろうか。同様に中国の「平和」とは如何なるものであろうか。

中国は台湾を自国の領土といい台湾併合は外国への戦争ではない。同様に尖閣諸島も中国の領土であり日本の不法占拠であるという立場を採っている。

この中国に対して日本は如何なる外交戦略をもっているのであろう。もともと「外交的戦略とは?」発言されたのは外務省OBの元アメリカ大使である。この発言を私は直に聞くことができた。オバマ民主党政権になる時自民党系の勉強会でお聞きした。官僚は民主党でも共和党でもどちらの党にも付き合わねばならない。この考え方も否定できない。

しかし、政治家は外交戦略がないということは許されないことである。日本の民主党にも外交戦略はあったようだが、その戦略があまりにも現実から乖離していたため、現状何も出来ていないのが実状ではないであろうか。

中国ベッタリの外交戦略を採っていたため尖閣問題では大失態を演じてしまった。その遠因になったのが安全保障問題を理想主義だけで片付けようとした鳩山政権により生じた日米安保の溝に近隣諸国がつけ込んだ現象だ。

多くの方がその危険性を予測していた中国にマンマとやられるとはこの政権はやはり素人集団ということだ。

 

コメント

大臣は政治家である政治家は結果責任を

2011-01-23 00:03:58 | 社会常識と教育

 小沢一郎氏の問題より竹中平蔵氏の証人喚問をと言う声が意外に大きいことに驚きと共感をもった。日本人はまだ正常だと。竹中平蔵氏は単なる経済学者ではない。大臣としてその手腕を期待された方である。政治家として多くの権限を有しておられご自分の学説を実際の世の中に実戦された方である。政治家は結果に責任を取る必要がある。残念ながら日本経済は復興しなかった。一部の企業は復興したが、多くの国民は不幸にになった。「大企業は良くなった」と評価される方が政治評論家の方々にもいるが、国民の就業者の99.8%は中小零細企業や農業魚業林業といった大企業と縁のない世界で生きている。

日航や大銀行のように破綻したら政府から援助は入らない。倒産である、食べる糧がなくなる世界で生きている。

しかしこの竹中平蔵氏はまた大学に戻り学者として糧を得ている。一旦政治家になった以上その結果に責任を持つべきではないか。また竹中平蔵氏の学説は日本では空論であったことを自ら実証したのであり、その結果に恥を感じないのか。

北朝鮮でさえデノミの政策実行者は処分された。日本より信賞必罰が働いているのではないか。ここに北朝鮮が崩壊するといわれ20年以上もっている要因があるのかもしれない。逆に日本は政治家さえ結果に責任を負わなくなって久しい。日本の復興の難しさはこんなところにあるのではないか。

この竹中平蔵氏は「よく現場・・・・」と発言していたが、本当に現場を知っていたのだろうか。彼が知っていたのは大企業の応接室ではないだろうか。大企業になればなるほど管理部門や経営者は現場から距離がある。高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウムモレ事件で流動系を作成した町工場は「ナトリウムを流すなど一言も相談されていない。『ただ設計図どおり作れ』ではアドバイスもできない。水と金属ではその強度計算も違う」と発言していた。同じ形だ。彼の母校の福沢諭吉は「学問のための学問は意味がない、世に役立ってこその学問である」と「学問のすすめ」で言っているが、理解されていないようだ。そう言われても反論できない「結果」が出てしまった。

 

コメント

報道の裏付け

2011-01-22 00:59:57 | マスコミ批判

 「GDPが、中国が日本を抜いた」とマスコミが大騒ぎしているが、それ程騒ぐことだろうか。そもそも中国の統計系の数値にそれ程の客観性があるとは思えない。本当に統計の基礎となる数値に信憑性があるのならば、軍事費の数値の低さはどう説明するのか。中国の軍事費は表に出ている数値の数倍はあるというのが多くの国の見解である。

 GDPがそれだけ躍進したということは軍事費もその伸びに比例して伸びるわけである。軍事費が中国政府の発表した数値であり、GDPの基礎数値も中国政府が提出した数値と国際機関の数値とをあわせて出された数値である。

 中国の外貨準備高は現在世界一であるが、その資本は日本から「円」を借りて「ドル」購入している。日本の「円」の利息が安いので大量の「円」を借り入れて「ドル」を購入している。ある意味中国がこけたらこの日本が貸し付けた「円」が戻らない可能性がある。

 そのようなトリックにわざわざ載せられて騒ぐアスコミや日本人の評論家の罪は大きい。

コメント

編集権についての疑義

2011-01-21 00:13:15 | マスコミ批判

 中国の胡錦濤国家主席がアメリカを訪問した。在ワシンドンDCの中国人の熱烈歓迎を受けた。これをそのまま報道する既存マスコミのどこが「編集権」の必要性なのか、疑問を呈したい。この中国人の熱烈歓迎はアルバイトであり4000円以上の日当が出ているそうだ。国よりこのような文化がある。「泣き女」と言う職業もそれを伝える既存マスコミは少ない。小平や金日成等の死に際し国民が大泣きしている女性がマスコミに登場するが、これが「泣き女」と言う職業である。その事実も報道しない。それが既存マスコミの言う「編集権」だ。

 インターネットに報道を問題視するテレビ関係者が多いが、彼らは国民を見下している。「情報のタレ流しがいいのか」と、少なくとも変にベクトルをかけられることを嫌った方々が、インターネットでニュースをアップするのであろう。尖閣事件のビデオ、小沢一郎氏の会見、そして広島市長の辞任会見等、この後増加していくことは予測できる。この「大衆」と言う昔マスコミがよく使用していた用語に今しっぺ返しを受けているのである。

 マスコミの一部が、殆ど年配の方々であるが、旧ソ連や中国にベッタリの姿勢が目だった。教科書の記述で「侵略」を「侵攻」に書き換えさせた、教科書問題。中国からの強力な外交圧力に日本政府は翻弄された。しかしこれが誤報であったことは数年後小さな記事があった。

 このような「編集権」に多くの国民が嫌気を指していることにそろそろマスコミは気付いてもよいのではないか。

 

コメント

二大政党制とマスコミ

2011-01-19 00:12:03 | 社会常識と教育

大正デモクラシーの時代日本は、政友会と立憲改進党との二大政党政治であった。そして大正末の世界恐慌から立ち直りかけた日本を関東大震災が襲う。そして昭和二年の金融恐慌である。その間、総理大臣は猫の目のように交代していた。何か現在と似ていると思われないか。違うのはテロの嵐が吹いていないことだけだ。右翼によるテロ、軍部によるテロ、そして左翼によるテロ未遂。このテロが今の日本にはない。

 その後、政権を安定させるために大政翼賛会となり、戦争へと走っていった。日本にテロがないことが社会不安をなくし、安全に暮らしていけるが、反面政治家の発言に「命がけ」と言うことがなくなったことも事実である。

 今後、日本国内でテロが発生し、国民が萎縮すると国家として危険な方向に走ると予測される。

しかし、政治家の多くや、マスコミの多くは安全保障について全くの無知であり、マスコミが視聴率や部数獲得のためだけの商業機関に成り下がって久しい。戦前戦後、マスコミのミスリードにより国益を損ねた事例と国益を守った事例とどちらが多いのだろうか。主観的基準での判断となるため意味がないのかも知れない。しかし、政治家の無能は国民に不幸をもたらすことが多い。

日本のマスコミのミスリードでどれだけの国益が喪失したか考えてみてはどうだろうか。1963年の佐世保市におけるエンタープライズ入港事件で機動隊が「毒ガスを使用した」と多くのマスコミが報道した一件でもマスコミの無知さがよく表現されている。

「言論に暴力で反論するのはケシカラン」とマスコミは言うが、責任を取らないマスコミを「無冠の帝王」と評したのは、戦前のアメリカであったa king without a crownは権力に屈しないという意味と無責任な権力と言う意味の両方があるようだ。

少なくとも日本のマスコミは、「無能」と海外のメデイアに思われているようだ。確かに、勉強していない。政治家への質問も芸能人への質問も同レベルにみえるのだが。台湾の黄文雄氏等によれば、日本のマスコミや政治家の半数まで中国に言いようにマインドコントロールされていると言うニアンスを発表している。石原都知事も同様のニアンスを発言している。

今までのように自分に都合が良い「編集」を行ってきた既存マスコミが混乱している。インターネットで声明を発表する政治家が今後増加してくることは間違いないであろう。その昔、佐藤栄作元総理の「新聞は出て行け、テレビは前にこい」と同じことが、今起きている。「既存テレビは出て行け、ネットテレビは前に来い」、歴史は繰り返す。

そういう意味では、二大政党制が日本において「良きことなるか」も疑問である。

 

コメント