13th Avenue日記

一歩ずつ、一歩ずつ・・・・

2月27日

2009-02-28 | 日記
We have ignored your call to serve, even though you have served us.
We have not been faithful to your truth.
What we have and have not thought and done has grived your Holy Spirit.
Oh, Lord, have mercy on us.

callというのは、リージェントの学生にとって
永遠の問題。
多分、リージェントの学生じゃなくても、callは大問題。
それにどうレスをするのかは、さらに問題。
無視をしたいわけじゃないけど、
callって言葉は不安になるから、
返事の仕様が無いっていうのが正直なところ。
だから、とりあえず「分かりません!!」とか言ってみる。
いや、わかんないんだよね。
よく、ゴードン・フィーは
「聖書は読むために書かれたんじゃなくて、
声に出して読んで、それを聞くっていうために書かれた」
って言う。
彼の言うとおり、現代の人間は聞くってことが苦手なんだと思う。
会話をしていても、ちゃんと聞いて無い事が多いし・・・
対話をしていても、ちゃんと相手の声も言葉も聞けないから
意味を頓珍漢に自分で解釈して返しちゃうし・・・
とっさに反応することが多いかもしれない。
それが近しくなればなるほど、相手への期待も大きくなるから、
さらにちゃんと聞けなくなる。

落ち着いてちゃんと聞く事って
凄くエネルギーが要る。
で、対話をするって実はエネルギーをとっても使うこと。

「ちゃちゃっと分かったふりをしたくないから、なんとか時間を作りたい」って
よくアンドリューが言うこと。
そのたび、私は「はあ?」って思うし、
「出来ないくせに・・・大体そこまでする必要ないでしょ?」って反応するけど、
それは、大切な友情に私は泥をかけているのかもしれないな・・・
よく、「分かってない!」って私は思うけど、
分かってないのは私かもしれない。
他の友達はそんな肩肘はらないもん・・・って思うけど、
それは、ちゃんと聞きたいって言う声に
思いやっているように見えて、
実はいい加減に反応しているのかもしれないな・・・

私は我がままだ・・・って思う時もあれば、
私は正当だ・・・と思うときもある。

でも、それが神様相手だったら・・・

聖霊は哀しんでるのかもしれない。

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2月26日

2009-02-27 | 日記
We have not loved you with all of our heart, mind and strength. We have not loved those around us as wehave loved ourselves. We have not forgiven freely, as you have forgiven us. Oh, Lord, hae mercy on us.

このフレーズを言うとき、神様の許しを受け取れていない事実を思う。
神様は許してくれているのに、それを受け取れない。
それは愛される事も同じ。
受け止められることというのは、ものすごく願っているくせに
そう簡単には出来ない。
結局は信頼しているのか・・・って事になる。
「どうしたら、この先もずーっと信頼してもらえるんだ?」って
言われると、私も困る。
死ぬほど信頼したいと願っているのに、
それが出来ない自分に一番イラついているのは
私かもしれないわけで。

本当に全部許されているのか?
それは、簡単に分かる事でもなく、
本当にこのままで愛されているのか?って疑問と同じ。

相手を知ること、
相手に知られること・・・

そこから、生まれる信頼は
インスタントに生まれるわけではなくて、
そこには何故か産みの苦しみがある。

それが、多分、罪人だってことなんだろうな。
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2月25日に書きたかったこと

2009-02-27 | 日記
昨日からレントが始まりました。
今年、レントの間、しようと思っていたこと。
それは、毎日、リフレクションをここに書く事でした。

実は、すでに10日間にわたって、偏頭痛が変化球でやってきてるらしく、
ちょっと大変な思いをしていました。
カンバセーション・グループはどんどん成長しているし・・・
頭も左顔面も痛みで感覚がなくなるほどで、さすがの私も、先週の水曜の夜はベッドで唸りました。
現役ERの看護婦セーラがかなり心配してくれて、
でも、そしたら私も心配になったりして・・・笑える。
元医学生アンドリューも「単に偏頭痛かもしれないじゃ~ん」とか言ったら、
「偏頭痛の症状じゃないから!今すぐ病院に行ってくれ!」って怒っていいました。
で、11日に神経科にかかるのですが、それまでには治ってくれよ・・・って感じ。

ペーパーもやっと1章目ややOKが出たので、
直すところをなおしたら、次の行程に入ります。なんたって、第2,3,4・・・とプルーフ・リーダーが並んでいるので、
おたおたおしていられません。

さて、私が昨日書きたかったこと・・・

Will you let me be your servant,
Let me be as Christ to you?
Pray that I might have the grace
To let you be my servant too.
(by Richard Gillard)

最初の2行も本気で言うなら、かなりガッツがいる言葉で、
そう簡単に言えません。キリストのように・・・なわけで、
それは、真剣に相手のベストを想って、行動するということで、
自己犠牲が当然伴うわけで・・・
そして、さらに、次の2行は難しい。
自分のコントロールできない世界を受け取るってね・・・
serveされるって居心地が良い状態とは限らない。
だって、自分が愛されたいように、相手が愛してくれるとは限らない訳で・・・

人格的な交わりを深めると、不思議な場所にたどり着く時がある。
All I want is your best
なんだけど、同時に自分の無力さとも向き合わないといけない。
自分が何をしたら、相手は一回でそのつらい場所から抜け出せるんだろう・・・
人はプロセスと時間の中に生きている以上、そうは簡単にいかない。
そして、1回で抜け出せない苦しさを本人も味わっているわけで。
それでも一緒に旅を続けるのが愛。
それでもお互いに存在し合うのが愛。

「イエス様の様に」という歌詞を歌うたび、深いな・・・って思う。
そして、本気でそう言える自分であれたらなって思う。
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