日々是雑感

心の片隅に引っかかった何かを、自分の中でまじめに分析して書いてみたいと思います。

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ノルウェイの森

2013年07月28日 | 芸術は爆発だ系
久しぶりに投稿です。

最近、思い立って村上春樹のノルウェイの森を読み直した。はじめて読んだのはかなり若い時。なにが言いたいのか、まったくの理解不能だったのを覚えてる。二回目はカナダにいってしばらくした頃。昔よりはおとなになった分、少し理解出来たような気がしたが、それでもよくわからなかった。

そして今回。ビックリする位、色々なことが理解出来る。でも、それは、ホンマもの死を身近に経験したからだと思う。。。

“死は生の対極にあるのではなく、我々の生のうちに潜んでいるのだ…どのような真理をもってしても愛するものを亡くした哀しみをいやすことはできないのだ。どのような真理も、どのような誠実さも、どのような強さも、どのような優しさも、その哀しみを癒すことはできないのだ。我々はその哀しみを悲しみ抜いて、そこから何かを学びとることしかできないし、そしてその学びとった何かも次にやってくる予期せぬ哀しみに対してはなんの役にも立たないのだ。”

果てしなく続く絶望感は、生きながらにして半分死んでしまった感覚に似ている。がむしゃらに頑張ってきたけど、この失望感から逃げ出せない。それどころか、脇においていた失望感に追いつかれて、窒息しそうな気がする。物語の主人公のワタナベみたい。もしかしたら、直子の方が近いかも。

ノルウェイの森が全く理解できないのは、幸せなことだった。理解できなかった自分に戻るべく、人生のリセットボタンなんかあったらいいのだが、そんなものは存在しない。傷だらけでも、やっていくしかない。でも、どんなに嬉しいことがあっても、嬉しく感じられない今の私は、人生頑張れる気力がない。精神少し病んでると思う。でも、やっぱり自殺なんて考えられないし、生への執着があるんだと思う。

旦那が死ぬ間際、執着が人を苦しめるといっていたのを思い出した。旦那は生きていたいから、生に執着して苦しいし、悲しいのだと。私はそんな旦那をみていたから生に執着があるんだ。手放せば楽になるという考え方もあるが、私は苦しくても執着してる。でも苦しみがずっと続くと思うと絶望だ。でも執着し続けるしかない。

世の中知らない方が幸せなんだ。私は色々なことを知り過ぎた。
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変化

2012年11月12日 | 日常のつぶやき系
夫がなくなってしばらくして、学校に通いだした頃、よくつらくなってカウンセリングに通っていた。1年半前に突然行くのをやめた。なんでかわからない。ただ、なんとなく人にこぼさなくても、自分で対処できるくらいの痛みに変わってきてたからだとおもう。その当時、カウンセラーさんによく相談していたののひとつは、友達が前のようにできなくなったということだ。昔からシャイだったけど、昔は知らない人と話をするのは面白いと思っていた。でも、私は夫がなくなってから変わってしまった。知らない人と話をしたくなくなった。

夫がなくなったことを知らない新しく出会う人たちに、私が何でカナダに来たのか、なぜ勉強しているのか、を話すのが嫌だった。なぜなら、私が、結婚したからカナダに永住して、夫がなくなってこれから自分で食ってかなくてはならないから勉強を始めたわけで、それを話すたびに人々の顔が曇るのと、必死でその話題を避けるのを見ると、自分の人生を否定されているようで、非常に耐え難かった。今は夫の話をしないでも話がつなげられるようになってきたけど、当時はまだまだ夫との生活の思い出が近すぎて、日々の生活の中で夫の話をしないのは難しかったのだ。新しく知り合いになった人々の輪の中で、家庭の話なんかされて、その話題提供ではないけれど、過去の旦那との話などしようものなら、それこそ、どうしていいかわからない=私の話は全くもってスルーなどされたりもしてしまう。悲しい話ならそうされても仕方ない気もするけど、笑い話でも、人々の顔は曇るのだ。もちろん、そんな人ばかりではないけれど、大半の人が、どうしていいかわからない、腫れ物に触るような感じで接してくるので、あまりに嫌気が差してしまって、あるときはもう、そういう感じになるのがいやで、新しい友達はもう要らないと思っていた時期もある。だから、話しかけられても、関係ないことはさらっと話して、自分のことは一切話さない。それで自然と人から話しかけられなくなった。話しかけられても、話したくないオーラが出てるので、みんな避けるのだ。そうしたいからそうしていたんだから、仕方がない。。。

それは、本当はするべきことじゃなかったんだと思う。でも、自分が傷つかないために仕方なくやってたのだけど。。。いまになって、結局それで損したのは自分なのだと気づいた。結局、どうやっても、周りの人の反応というのは変わらないのだ。いつも、新しい人に出会うたびに同じ問題にぶつかるわけだし、不特定多数の人に、期待した行動を取ってもらうのは非常に難しい。友達が欲しければ、その話題を避けられない。避けたいなら出来ない。でも、話題を避けないで話してみて、その人の反応によって自分が傷つくかもしれない。考えた末、私は避けて出来ないほうを選んだけど、最近になって、すごく間違っている気がしてきた。

一度そういう風に振舞ってしまうと、周りの私に対するイメージは固定してしまって、返上するのはとても難しい。突然フレンドリーに話しかけるのは、やっぱり変な感じもするし、よくよく考えるとまだまだ自分のことを話すのはいやなのだ。本当は自分の話すことを聞いて欲しいくせに、話しかけて拒絶されるのを、今でもとても怖く感じる。怖いのは、自分の過去や、夫のことを拒絶されていると感じるから。相手はただどうしていいかわからないだけなのはわかるけど、やっぱり克服できない。頭と感情は違うのだ。

なんか、もうどうやっても、昔の私にもどって、今できてしまった私のイメージを払拭するのは難しい気がしてきた。特に今の環境では。。。何かいいきっかけがあったら、自分を変えるチャンスがあったら、やり直ししやすいのかもしれない。よくいじめられっ子が転校していく話を聞いてなぜ?と思ったことがあるけれど、私も今似たような状況なのだ。。。今の学校が終わって、仕事を見つける段階になったら、バンクーバーに引越しをしようと思ってる。ビクトリアは人も街も、ほがらかでいいけれど、私の町ではないのだ。それももう何年も思っていることで。。。だから、これがいい機会になるのかもしれない。そう思って今は耐えるしかないのかな。。。幸い数は少ないけど、とてもいい友達もいて、それだけが私の救いです。本当に感謝。

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事故

2012年09月17日 | 日常のつぶやき系
今日、初めて車で事故をおこしてしまった。夕方の授業にでるため、学校へ車で行く途中に。。。不幸中の幸いでけが人はいなかった。物損事故だけとはいえ、相当落込んでしまった。。。100パーセント私の過失。止まっている消防車にぶつかるというなんともどじな事故。。。

狭い片道一斜線道路に消防車が止まっていて、反対側の斜線の交通が途切れたとき、消防車を追い越そうとしたら、右側前を消防車の左後ろ角にぶつけてしまった。(ちなみにこちらは日本と反対で、車は右側通行)何度も行こうといけず、少しづつ前に出て行っていたので、多分自分が想像してた以上に、消防車の近くまで行ってたのだ。。。今だと思って勢いつけたら、バンパーとドアがずぶぶぶと消防車にめり込んでいった。消防車ってさすが頑丈に出来てるんだね。。。私の車がめりめりっとなってるにもかかわらず、消防車には傷ひとつありませんでした。。。幸いぶつかったのも、シルバーのステップの角のとこで、塗装もはげなかったし。。。相手に物損がほとんどないというのも、不幸中の幸いかも。。。

ちょうど、消防士さんたちが、車にもどってくるところだったので、いきおいよく囲まれて、相手は警察じゃないけど、すごい刑事ドラマの容疑者確保みたいな展開だったなぁ。私はめり込んだ車をひとまず引き離そうとおもって、少しだけバックしたんだけど、逃げるつもりだと思われたようだ。ぱっと囲まれて、止まれ、エンジンを切れ、キーを抜け。。。うんぬん。逃げるつもりは一切なかったんですが。。。ま、向こうも仕事なので仕方ないね。。。私も、もちろん、すぐに素直に命令に従ったので、その後は容疑者扱いはうけなかったけど。。。怪我はないかとか、気分は悪くないとか、ひととおり質問をうけて、命令どおりに車から降りた。

幸い最初こわかった消防士さんたちが、私の落込んでいるのを見て気を使ってくれて、それだけが救いでした。事故のあと、誰もが動転しているので、一人じゃないほうがいいと思ったのか、誰か電話して呼べる人はいないのか?とか色々聞かれたけど、その時に、私って本当にひとりぼっちでくらしてるんだなーって改めて感じてしまった。。。旦那だったり、親だったり、子供だったり。。。だれも、その場に駆けつけてくれる人はいない。警察が来たり、牽引車が来たり、保険会社に電話したり。。。動転しておろおろしている中、全部一人で対処しなくてはならなくて泣きそうになった。というか、家に帰ってきて泣いてしまった。旦那がいたら、電話一本で来てくれるだろうなっておもった。事故処理がおわって、家にもどって、誰かに話したくても、誰も話せる人がいない。怪我したとかになったら、誰かに電話して助けを求めなくてはいけないかもしれないけれど、ただ単に精神的にダメージがあって。。。くらいじゃ、友人はみんな家庭のことで忙しくしている人ばかりで、やっぱり簡単に頼れないような気がしてしう。。。

なんか、前にもこういう風に思ったことがあったなぁ。。。そうそう。親知らずを抜いたときだ。2年前に矯正を始めるにあたり、歯を一気に6本抜いたことがあって、誰か家族が迎えに来なくてはいけないといわれて、誰もいなかったときのことを思い出した。その時は、一人ではどうしても病院が帰してくれないので、しかたなく友達にお願いして来てもらったんだった。夜中に死にそうなほど高熱がでて、このまま一人で死んでしまったらどうしようと。。。その時も一人で怖い一夜を過ごしたんだった。

こういうとき、急に落込んじゃうのよね。。。自分は本当に一人で生きているんだなって。旦那がいたら、来てくれるだろうし、落込んだのを話聞いてもらうだけでも、だいぶ違うだろうなーとか。旦那がいるときはそういうことにも気づかなかった。一人で生きていくのって本当に大変。。。旦那とであって、カナダで暮らしていけると思った自信は旦那がいたからもてた自信だったんだよね。。。だからって、今さら日本に帰ってもなぁ。。。この年になると、自分の人生の周りが少しづつかたまっていって、後戻りが難しい。。。

こんなに落込んでるけど、保険も上がるかもしれないけど、車は運転し続けていこう。今回を教訓にひとつ学んだこと。焦らない、ぶつけるくらいなら、ゆっくり確実に行った方が自分の得。ということかな。

人に話せなくても、文章に書くと少し落ち着くのがちょっと不思議。長くブログお休みしてたけど、昔こうやって、心のテンションをリリースしてたのを思い出した。

今日はもう勉強しないで、酒飲んでねちゃおう。

おやすみなさい。
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四回忌

2012年09月14日 | おセンチモード系
夫の四回忌に、ひさびさSookeの町に行ってきました。

夫の遺言で散骨をしたビーチは、私にとってはお墓と同じなので、本来なら、思い立ったときにいつでも一人で訪れたい場所。。。のはずだけど、ビクトリアから車で1時間もあり、いままで車の運転が出来なかった私は、一人で山道を運転する勇気もなく。。。で、過去の命日は、毎年友人の運転でつれてきてもらっていたのですが、今年はがんばって車を運転してみました。危なっかしかったけど、無事に運転できました。夫がなくなった時は、車を運転したことがほとんどなかった私が、この4年間でここまで出来るようになれたのは、友達のサポートがあったから。。。今でも、支え続けてくれる友人たちに本当に感謝しています。

昨年まで、命日前は涙がたくさん出たけれど、今年は一度しか泣かないですみました。夫がいなくなったことで出来た心の傷はなくなることはないけれど、傷が発する痛みの強さがすこしづつ和らいできているのを感じています。

今年は毎年来てくれるビクトリアの友人たちに加えて、バンクーバーからも友人が来てくれました。バンクーバーの友人と海の目の前のバケーションハウスに3泊し、夫の好きだったSookeの海の近くで過ごせて、夫の近くで4日間過ごせたような気分になりました。これでまた、日々の生活を送るのに必要な力が少しわいてきた気がします。

今度は会いたいときに、一人で夫に会いにいけたらいいなぁ。運転がんばります。


宿泊した家のプライベートビーチに上がる朝日

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3年ぶり

2012年09月01日 | 日常のつぶやき系
すごい久しぶりに自分のブログを開いて読んでみました。

最後に更新してからもうすでに約3年。。。つらいこと、多々あったけど、前より泣く回数は少なくなったし、笑う回数は少しづつだけど、おおくなってきた気がします。この三年、特に報告するような変化もなく、基本的にビクトリアで、同じような生活をしています。ほんの少しづつしか、変化はないけれど、それでも、最近の私は、だいぶ前向きにがんばれてる気がしてます。

来週の週末は夫の4周期。4年間がんばったなー。としみじみ。で久々にブログアップしてみます。

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