スポイチ編集長日誌

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「横浜市はひとつだ!」何を今ごろ「鼓舞」を発動

2003年09月01日 | 大学・改革
近ごろやたらと市のエライヒト達が「市の職員達は、個別の施設の利害にとらわれず、市全体の職員としての意識を!」みたいなことを言ってるらしいですね。プロレス風に言うと「横浜市(とその職員)はひとつだオラ!」てな感じですかね。激しく既視感のあるアピールだなあ(笑)。
ていうか、今まで島流し出向同然に放置していた人々にむかって、今ごろになって「我々は一つ」なんてアピールするとは、狙いすぎですね。よほど出先での叛乱を恐れているのでしょう。一方、市大では被流刑者たちが表だって叛乱を起こすこともなく、粛々と関東軍方式で既成事実の積み重ねに入っているようだ。このための事務職員の増員は激しく、空き机も無いほどだという。もともと直属の課員を持たない”事務局”という存在が、たったの2年でここまで肥大化したのは、国立大学の独法化が公立大学に波及することを見越した事務幹部による権限奪取クーデターの結果である。これまで大学運営に関する仕事を学部事務室等に任せきりにしてきた教員達が、”893”官僚の大声恫喝に全くなすすべなく既成事実の積み上げで実権を奪われたのだ。とはいえ教員の本分は”大学運営”ではなく研究であり、それゆえに本当なら大学運営をサポートするはずの事務官僚が、「大学のため」には全く働かず、関内復帰の為に大学を壊すこともいとわないのでは本末転倒ですね。なぜ市大の事務職員には、大学のためという意識が無いのでしょうか。
国立大の職員は基本的に異動しないので、大学を職場として守るという意識が強く、外部からのイジリに対して反発する場合が多いとされている。だが一方で自尊心ばかり高く融通が利かず”抵抗勢力”になりがちで、また学生への態度がでかいという弊害があると言われる。
一方、市大の場合は、事務職を専門のプロとして育てようとせず、”誰でも出来る仕事””刑期2~3年の流刑地”として放置してきた。これでは大学へのイジリ行為の発動に対し、事務職員が大学の立場に立って対抗しようとせず、逆に我先にと内応するのは当たり前ですね。それに、市大の事務職員にも態度デカイ人多いですよ。いたいけな俺に言わせれば某”理事殿”はデフォ。公務員は基本的に態度でかいので、どこも同じ。最終的にはその人の人柄によると言えます。つまり市大の場合は「態度がでかくて、しかも大学の為には働いてくれない」という最悪の組み合わせなんですね。

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