スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

小鹿の雑感④&自己の害悪と他者の害悪

2018-02-16 19:05:22 | NOAH
 小鹿の雑感③の続きです。
 天龍源一郎によれば,入団したときに付き人がいたのは馬場だけであったそうです。天龍はそれを疑問に思い,なぜそうなっているのかを馬場に尋ねたそうです。すると馬場は,派閥ができるからダメなのだと答えたそうです。何年かしてからほかの選手にも付き人がつくようになり,たとえば三沢光晴ジャンボ・鶴田の付き人を経験していたのですが,付き人制度が復活したのはザ・グレート・カブキの助言によるものであったと天龍は言っています。カブキが何も発言することなく別の話題に移行しているので,真相は不明の部分もあります。天龍は1976年に全日本プロレスに入団し,カブキは1978年には海外で仕事をするようになっていますので,天龍の発言が真実なら,付き人制度の復活はその間の出来事であったことになります。
 馬場は全日本全体が,自分を父とするファミリーであることが理想だったので,派閥ができることを嫌っていたという天龍の発言は真実味があるように僕には感じられました。ただ,全日本プロレスは設立の経緯から,実際には派閥めいたものが存在していたと考えておくのがよいでしょう。これは小鹿の雑感①における天龍の発言からも裏付けられるように思います。そしておそらく馬場自身もそのことは理解していたものと思います。実際にグレート・小鹿は全日本プロレスからリストラされるような形で離脱しましたが,小鹿のパートナーであった大熊元司は,死ぬまで全日本プロレスの現役選手として仕事を続けました。これはこのふたりはタッグパートナーではあったけれども,派閥は異なっていたからではないでしょうか。これは僕の想像ですが,全日本プロレスには馬場を父とするファミリーという団体の形態を,是とする派閥と非とする派閥があったのだと思います。大熊は前者に,小鹿は後者に属していたのではないでしょうか。
 カブキはクツワダと組んでいました。クツワダは,後に反旗を翻しましたが是とする選手で,カブキはたぶん非としていた選手です。馬場は意図的にそういうチームを組ませていたという可能性もあるように思いました。

 排他主義者は悲しみtristitiaに隷属した人間で,その排他思想を産出しがちな悲しみが不安metusであるということの考察は,これで終了とします。まとめれば,ある人間が別の人間あるいは特定の人間集団に恐怖metusを感じるとき,その人はその不安の対象に対して排他的感情を有していることになります。この条件下ではこれはこの人に特有であり,思想としては大きな力potentiaをもつものではないかもしれません。しかし同じような恐怖を感じる人が増えれば増えるほど,それは思想としての力を増してくることになります。このゆえに,他の人びとに対してあえて不安を扇動する迷信家も存在してくることになるのです。なおかつ不安と希望は表裏一体の感情affectusであるため,人間の現実的本性actualis essentiaは,条件が同一であるなら希望spesという喜びlaetitiaによって恐怖という悲しみを排除するようになっています。これら両感情は,その定義Definitioから明らかなように,必然的にnecessario混乱した観念idea inadaequataを伴った感情です。ですから希望で不安を排除したとしても,それが虚偽falsitasであるということを知っているなら,要するに真理の規範に自覚的であるなら,その人は排他的思想を有することはありません。あるいは,排他的思想を有するに至っても,その思想が虚偽である,誤っているということを自覚します。しかしもしその虚偽を真理veritasとみなす誤謬errorを犯すなら,人は勇気animositasについて錯覚し,寛仁generositasについてそれ自体で憎む,高慢superbiaに隷属した人間になるのです。そしてその誤謬を共有する人びとは,同じように高慢でありつつ互いが互いの阿諛追従の徒であるとみなされ,仲間とか同志といった関係が構築されます。これにより,そうでない人びとに対する攻撃的傾向は,さらに顕著になってくるようになっているのです。このゆえに僕は,不安という感情は排他的思想を産出しやすい感情であると考えています。
                               
 僕は排他的思想を産出しやすい悲しみはふたつあるといいました。では不安ともうひとつは何かというと,第三部諸感情の定義二〇に示されている憤慨indignatioがそれに該当します。不安が自分に対する害悪と関係するなら,憤慨は他者に対する害悪と関係しています。僕が恐怖と憤慨を代表的に分類するのは,その違いに重きを置くからです。
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