スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

竜王戦&一般的解釈

2011-08-02 23:23:26 | 将棋
 勝者が久保利明二冠と挑戦者決定戦三番勝負を戦うこととなる第24期竜王戦本戦トーナメントの左の山の準決勝。対戦成績は丸山忠久九段が11勝,深浦康市九段が14勝。
 振駒で丸山九段の先手。深浦九段の一手損角換り1-Ⅱ。先手の棒銀,後手は腰掛銀から4筋位取りという序盤。膠着状態から先手が角を打ち込んで馬を作ったものの,互いに相手玉が遠く長い中盤戦。このあたり,両者の対局らしい雰囲気が出ているように感じました。後手も角を打ち込み先手がこれを捕獲。代償に後手はと金を作って飛車を入手。先手は上部を開拓して入玉を視野に入れての戦いに。まだはっきりとした終盤戦とはいえないかもしれませんが今日は第1図から検討開始。
                         
 銀取りですから守るところ。△3六銀と出ました。これは第一候補で王手馬取りがあるので取れません。よって馬が逃げる一手。ただし▲5五馬は考えていませんでした。後手の手番で指し手は難しいですが,先手の馬に働きかけるか,自陣の飛車を働かしにいく手が有力ではないかと思いました。△7五歩▲同馬△6六銀の展開は前者といえるのではないでしょうか。ここから▲同馬左△同歩は必然。▲7三とは上部を広げつつ▲3四桂をみせた一石二鳥の手。それを避けて△4四歩。この手は△7五歩のところでもあるかもしれないと思っていました。ここは先手もどう指すか難しい。それでも▲6五桂は第一候補でした。次の後手の手も難しい。攻める手だけを考えていましたが△5八とは僕の候補にはありませんでした。ここはさすがに受けるほかない。取るか逃げるかの二択ですが,▲7七金右は第二候補。単に△4九角(第2図)と打ったのは考えられる手で,驚きはしませんでしたが予想はしていませんでした。
                         
 このまま△5七とと取られては辛い。▲6六馬も考えられましたが▲7五王の早逃げ。△6八とは第二候補でしたが,一気に決めにいく意図があるように思いました。▲同金はこの一手で△8八飛も手の流れからは必然に思えます。△8五角成を受ける手は金を取られるか二枚換えになり,これ以上の駒損はじり貧になるだけかもしれません。▲7八金寄は寄ったら仕方ないと下駄を預けた手と思います。飛車取りが残らないように△8五飛成でいきました。逃げ場所はふたつですがまあ▲6四王と逃げるでしょう。△6七歩成は予想できませんでしたが,6筋に歩を使えるようにしながら金を質駒にする手で納得。どちらで取っても大差はないように思いますが▲同金上。△同角成▲同金△5四金▲同馬△同歩まで検討の第一候補。最有力と思えた▲7四銀だと△6三歩でこれは寄りそうです。ただ▲6六角(第3図)は予想できませんでした。
                         
 △5五角は僕にはこれ以外に思い浮かばなかった手。▲同角△同歩までは必然と思います。今度は▲7四銀がありそうと思いましたが下から▲7六銀。△8四龍は時間がなければこう指すだろうと思います。▲7四金は第一候補。1回△6三歩と打診するかと思いましたが単に△8九龍と逃げました。ただこれは寄せを断念したように思える手で,まだまだ長くなるだろうと覚悟を決めました。▲6三と△4三金寄▲8七歩△4五角▲5三とと進展。△6三歩はあるかもしれないと思いましたが▲同金と呼び込む意味もあるので危険な感じもしていました。△6七角成。取る駒がみっつあって三択ですが▲4二とは第三候補。△同金は当然で▲6七銀かと思いましたが▲5四桂。確かにこのあたりは効かすだけ効かしておいた方が得に思います。△4三金にも▲3ニ銀。ただここは後手も△5四金(第4図)と食いちぎっていきました。
                         
 ▲同王△4五馬は第一候補。▲5三王と入りました。何かありそうな気もしましたが△8一飛。▲3一角と打てば△同飛の一手で▲同銀不成△1三玉まではほぼ一直線。そこで▲3ニ飛の詰めろ。△2五銀は最善の受けかもしれません。▲2二銀不成△2四玉▲4六金というのを考えていましたが単に▲3五金(第5図)。
                         
 なるほどこれが鮮やかな決め手でした。ここで検討終了。以下は数手で先手の勝ちとなりました。勝った丸山九段が挑戦者決定戦に進出。1組優勝は挑戦者になれないというジンクスを覆すことができるでしょうか。

 僕が第三部定義二でスピノザが我々と名指しているものの範疇について,人間よりさらに踏み込んで考える理由は次の点にあります。
 スピノザが我々ということばで何を意図しようとしたかは別に,この我々というのを任意のものと仮定します。そこでこれをXとしてみましょう。するとこの定義は以下のような意味を有するということになるでしょう。
 Xというものがあって,このXが十全な原因となって結果を生じるならば,これはXの能動であり,もしもXが部分的原因となって結果を生じるのであれば,これはXの受動である。これは我々をXに変換しただけともいえますので,きわめて当然です。
 ここではXというものを任意のものとして仮定しているので,Xが実在的であるということを示すことは困難です。いい換えれば,この定義を実在的なものとして理解することは難しくなっていますので,その点では新たな問題が発生してしまっているとはいえるかもしれません。ただし,その点を踏まえずに,これがXについての能動と受動の本性を示しているかいないかと問うならば,僕はこれは立派にそれらの本性を示していると思うのです。したがって,名目的に理解する限り,これでも定義は十分に通用しているということになると思います。これについては後で別に根拠も示すことになるでしょう。
 今回の考察の主題の第一のものは,一般的な意味で能動と受動というのをどのようなものと僕が理解し,またその根拠を示すという点にあります。したがってこの部分に関しては,単に人間の能動と受動について考察するのではなく,むしろあらゆるものの能動と受動についてそれらを対象に考察する方が,当然ながら万全を期すことができます。よって,第三部定義二は,『エチカ』に訴えて考える限りでは,人間の能動と受動についての定義であると理解するのが妥当であるとはいえますが,とくにこの考察においては,この定義を,人間には限定せず,一般的な意味における能動と受動の定義であると解釈しておくことにします。
 ただし,この定義は実在的な意味を保たないとこの考察では意味がありません。よってここでいうXというのは,とくに現実的に実在するすべてのもの,あるいは現実的に実在することが可能なすべてのもの,つまり第二部定義六の実在性を有するすべてのものと規定しておくことにします。
ジャンル:
文化
コメント   この記事についてブログを書く
« 東日本大震災被災地支援松戸... | トップ | 王位戦&第一部定理三六 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

将棋」カテゴリの最新記事