スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

サンケイスポーツ盃優駿スプリント&入院

2018-06-27 19:08:49 | 地方競馬
 昨晩の第8回優駿スプリント。達城騎手が疾病のためクルセイズスピリツは西啓太騎手に変更。
 好発をきめたクルセイズスピリツに内からビッグマロンが並び掛け,この2頭で3番手以下を引き離していきました。3番手集団にはサンダーマックス,シングンレガシイ,アヴァレソーの3頭。その後ろがヴィブラビ,メモリーメンヒル,オーサムロード,ユニバーサルライトの4頭。ハタノサンドリヨン,レベルスリーが単独で続き後方集団にキタノシャガール,ミスターバッハ,サンニコーラの3頭。後方2番手にデニストンで最後尾がラウルアという隊列。前半の600mは34秒3のハイペース。
 3コーナーを回るあたりで前の2頭と3番手以下の差は5馬身。内から追い上げたシングンレガシイと外から追い上げたユニバーサルライトが3番手になって直線。前の2頭のうち外のクルセイズスピリツには余裕があり,ビッグマロンを抜いて自然と先頭に立つと騎手が後方を確認してから追い出し,そのまま危なげなく先頭をキープして優勝。クルセイズスピリツのすぐ外から追ってきたシングンレガシイが1馬身差で2着。シングンレガシイの外のユニバーサルライトは一杯になり,その外から差してきたヴィブラビがクビ差で3着。
 優勝したクルセイズスピリツは昨年5月に北海道でデビュー。フレッシュチャレンジは逃げ切ったもののその後の3戦は勝てず名古屋に移籍。6勝を積み重ねましたが東海地区の重賞は勝てず,南関東に移籍。今月7日の転入初戦は逃げ粘って3着でした。東海地区の重賞を勝ちきれない馬は南関東重賞では苦戦必至で,個人的にはノーマーク。ただ,小回りの名古屋や笠松で連続して逃げている馬は確かなスピード能力があり,転入初戦が1800mだったことを考えれば,距離短縮で一変があってもおかしくないところではありました。このレースは混戦模様でしたが,2着から5着までの4頭は僕が上位争いをするだろうと予想していた馬たちで占められましたので,能力が反映された結果であると判断しておいた方がいいと思います。父はサウスヴィグラス。母の父はバブルガムフェロー。3代母は1980年に牝馬東京タイムス杯,1981年に新潟大賞典と毎日王冠,1982年に京王杯オータムハンデキャップとカブトヤマ記念を勝ったジュウジアロー
 乗り替りで騎乗した大井の西啓太騎手はデビューから4年2ヶ月で南関東重賞初勝利。管理している大井の荒井朋弘調教師は開業から11年1ヶ月で南関東重賞初勝利。

 備品のチェックなどを済ませて事務員が病室を去ると,今度は薬剤師が訪れました。は腸閉塞の発症を抑止するための下剤の服用は続けていましたので,そうした薬の話がありました。次に看護師がやってきて,手術は10月2日の月曜日で,午後1時からの予定であると伝えました。これは予定で,その前の別の患者の手術が長引くようなケースがあれば,遅れる場合もあり得るということでした。
 この後,執刀医との面談が予定されていたのですが,緊急の手術が入ってしまったために,この日はできませんでした。なので手術前日の10月1日の日曜日の午前11時から行うので,その時間に間に合うように病院に来るようにということが僕に伝えられました。さらに技師が来て,母はレントゲンの検査に向ったのですが,時間が掛かるかもしれないということでしたので,僕はそれで帰宅しました。僕が家に帰ったのは午後6時でした。
 この日は妹の前期の終了日,すなわち給料日でした。このために退勤がいつもより30分早く,午後3時でした。これには間に合わないということは前もって予測できましたので,Kさんに家で待機していてもらいました。Kさんは弁当をふたつ買ってきて,それが妹とKさんの夕食になりました。僕は帰途に根岸駅近くのスーパーで自分用の弁当を買っています。この日は弁当でしたが,この日以降は妹の夕食と合わせて,僕が支度することになりました。母は入院する前は,夕食の支度はしていたのです。
 9月30日,土曜日。妹は休日ですので妹を連れて母の見舞いに行きました。みなと赤十字病院は通院患者がいない土曜,日曜,祝日などは,正面玄関が開いていません。なので別の入口から院内に入ります。この入口は救急車が到着する場所に近いところにあります。緊急用の入場口と考えてよいのではないでしょうか。
                                
 10月1日,日曜日。午前11時から執刀医の話があるとのことでしたので,また妹を連れてみなと赤十字病院へ。予定時刻の少し前から,母の病室の向いにある応接室のような部屋で説明が行われました。病院側からは執刀医と看護師の2名,そして母と僕と妹の計5名での面談でした。
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