スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

農林水産省賞典安田記念&第四部定理七三

2018-06-03 19:04:27 | 中央競馬
 香港から1頭が遠征してきた第68回安田記念
 好発のレーヌミノルが一旦は抜けましたが,大外のウインガニオンが押していき,こちらの逃げに。譲ったレーヌミノルが2番手。3番手がアエロリットで4番手はキャンベルジュニア。この後ろにスワーヴリチャード,ペルシアンナイト,ウエスタンエクスプレス,サングレーザーの4頭。その後ろにダッシングブレイズ,モズアスコット,リアルスティールの3頭でしたが,モズアスコットは向正面で控えるシーンがあり,やや位置取りを下げました。ここまでは一団。2馬身ほど離れてヒーズインラブとリスグラシューが追走。また2馬身ほど離れて発馬で1馬身ほどの不利があったサトノアレス,レッドファルクスの順で続き,2馬身差の最後尾がブラックムーン。前半の800mは45秒5のミドルペース。
 4コーナーを回ってウインガニオンが一旦はリードを広げました。レーヌミノルはここで一杯になり,アエロリットとその外に持ち出したスワーヴリチャードが追ってくる形。この2頭が競り合いながらウインガニオンを捕えると,2頭の間からモズアスコット,スワーヴリチャードの外にサングレーザー,さらに大外からサトノアレスも追ってきて優勝争いは5頭。最後に脚を使うよう形になった内から2頭目のモズスコットがこの競り合いを制してレコードと同タイムで優勝。最内のアエロリットがクビ差で2着。真中のスワーヴリチャードが4分の3馬身差で3着。大外のサトノアレスが半馬身差の4着で外から2頭目のサングレーザーがクビ差で5着。
 優勝したモズアスコットは重賞初制覇を大レースで達成。デビューが3歳6月と遅く,3戦目となった7月に初勝利をあげるとそこから500万,1000万,1600万と立て続けに勝ってオープンに。オープン初戦の阪神カップで勝ち馬から約2馬身半差の4着に入り,キャリアからしてこの時点で将来の大レース優勝馬候補になったと思っていました。今年の3戦はいずれも2着と勝てていませんでしたが,安定して走っていましたから,ここも優勝候補の1頭。人気がやや下がっていたのは前走が先週のオープン特別だったためでしょう。ただ,競り合った馬たちの中では脚を最後に使うことができるようになった展開が味方したのは事実で,大レースを勝つ能力はあるけれども,抜けた能力があるというわけではないと思います。8代母がクヰックランチの半姉にあたります。
                                     
 騎乗したクリストフ・ルメール騎手は先々週のオークス以来の大レース制覇。安田記念は初勝利。管理している矢作芳人調教師は一昨年のジャパンダートダービー以来の大レース7勝目。安田記念は初勝利。

 第四部定理三五は,人間は理性ratioに従う限りでは本性naturaが一致するといっています。これはすべての人間が自由の人homo liberであるなら,すべての人間の本性が一致するという意味です。第四部定理四から,そうしたことが実際に生じることはあり得ないことになりますが,もし現実的に存在する人間のすべてが,自身の理性に従うのであれば,いい換えれば現実的に存在するすべての人間が自由の人として振る舞うのであれば,すべての人間の本性が一致するのですから,現実的に存在する場合の本性を意味する人間の現実的本性actualis essentiaもまた一致することになるでしょう。
 現実的本性が一致するということは,何が喜びlaetitiaであり何が悲しみtristitiaであるのか,他面からいえば何が善bonumであり何が悪malumであるのかということもすべての人の間で一致するということです。したがって何を希求し何を忌避するのかという意味で,何を欲望するのかということも一致することになります。このために人間は理性に従う限りでは,自分自身に対して欲望することのすべてを他人のためにも同じように欲望することになります。これを具体的に示しているのが第四部定理三七であるということになります。
 したがって,現実的には不可能な理想的な状態ではあるものの,このような状態においては一人ひとりの人間が万人に対して自身の自然権jus naturaleの一部を譲渡し合うようになるでしょう。なぜならそうした方がより自由libertasにまたより安全に生活することができるようになることは自明であるからです。他面からいえばより多くの喜びを享受でき,より多くの悲しみを忌避できることは明白であるからです。これはひとりのなし得ることよりふたりのなし得ることの方が多く,したがってすべての人によってなし得ることは,ひとりでなし得ることより遥かに強大になるということから明らかでしょう。
 よって理性に従う人は,より多くの人間が共同で決定する集団での生活を希求します。それを示したのが第四部定理七三です。
 「理性に導かれる人間は,自己自身にのみ服従する孤独においてよりも,共同の決定に従って生活する国家においていっそう自由である」。
 ここに自然権の譲渡の意義があります。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする