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スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

ニューイヤーカップ&ステノの実例

2016-01-07 19:32:31 | 地方競馬
 5日に1日だけ中央競馬の開催があったため年始の浦和競馬は昨日から3日間。2日目に第59回ニューイヤーカップが組まれました。
 好発はラクテでしたがこのコースの外は不利。先手を奪ったのはアンサンブルライフ。以下,タービランス,フォクスホール,ワールドプリンスとなり,ラクテはその後ろに。モリデンルンバとジャーニーマンが並んで追走。最初の800mは48秒8の超ハイペース。とくに最初の200mのラップが11秒9というのは滅多にないのではないでしょうか。
 向正面に出たところからアンサンブルライフがリードを広げ,3コーナーにかけて後続が徐々に追いついていくという展開に。3コーナーの入口ではタービランスがアンサンブルライフの外に並び掛け,雁行のまま直線に入りました。手応えがよかったのはタービランスの方で,一旦は先頭に。大外からモリデンルンバが鋭く追い込み,2頭が並ぶようにゴールイン。外のモリデンルンバが優勝。タービランスがアタマ差の2着。直線でフォクスホールの内から追い込んだジャーニーマンがアンサンブルライフを捕えて1馬身半差の3着。アンサンブルライフがクビ差の4着。フォクスホールもクビ差の5着と,ここまでは接戦でした。
 優勝したモリデンルンバは北海道で3勝した後,昨年11月の南関東転入初戦だった平和賞で2着。12月に条件戦を勝ってここに出走。南関東重賞初制覇を飾りました。おそらく前に行った2頭が能力上位で,その競り合いに乗じた展開面の恩恵は少なくなかったでしょう。とはいえ枠順の有利さを生かしての勝利というのとは違いますので,一定の評価は必要。クラシックで好走しておかしくないだけの力量はあると思います。父はマーベラスサンデーフロリースカップトサモアーの分枝。
 騎乗した大井の矢野貴之騎手は10月の鎌倉記念以来の南関東重賞制覇。ニューイヤーカップは初勝利。管理している船橋の坂本昇調教師は南関東重賞6勝目。第48回以来11年ぶりのニューイヤーカップ2勝目。

 ある知性のうちにXの混乱した観念があって,しかしその知性がそのことを疑わないとしても,それはその知性のうちにXの十全な観念があるという意味ではないというごく当然のことを,なぜわざわざ迂回したような手続きで論証したのかということについては,すでにお気付きの方がいらっしゃるかもしれません。この迂回した手続きにまことに合致した実例が存在していたからです。それがステノがカトリックに入信した動機です。
                                   
 ステノはローマカトリックの原理が真理であると信じていました。しかしそれはステノが何らかの確実性を有していたという意味なのではなく,単にそれに対する疑惑が存在しなかったというだけのことです。他面からいうなら,ステノにはその観念に疑惑を抱かせるような表象の動揺が生じなかったということなのです。
 この実例から理解できるのは,ステノの知性に疑惑を抱かないような混乱した観念が現実的に存在するということが,ステノがそれについて十全な観念を有することになるための契機とはなり得ないということです。そしてここから一般的な結論を引き出すことができます。たとえば知性のうちにXの混乱した観念があるということは,その知性のうちにXの十全な観念が発生するということの原因ではあり得ないということです。それどころかXの混乱した観念に疑惑を抱かない場合,つまりXの混乱した観念に対する表象の動揺が生じないという場合には,むしろそれはその知性がXを十全に認識することの妨げとなるでしょう。そしてこうしたことは往々にして起こります。なぜなら現実的に存在する人間は,第三部定理一二により,自分を喜びに刺激するものを表象する傾向にあるからです。ですから人間は,そうした表象について動揺が生じることを避ける傾向を有するのです。これはステノの場合に顕著だといえますが,ステノにとってのローマカトリックあるいは教会の表象というのは,ステノ自身にとっての喜びだったのです。だからその喜びを排除する観念の表象を忌避することになり,それだけ表象の動揺が生じにくくなります。つまり教会を十全に認識する契機がより多く失われているのです。
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