スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

秋華賞&第二部定理四九備考

2015-10-19 19:00:44 | 中央競馬
 昨日の第20回秋華賞
 ノットフォーマルがハナへ。16番枠から強引に行ったので,2番手を離す形に。その2番手は単独でホワイトエレガンスでしたが,向正面に入るとレッツゴードンキが抑えられなくなり,交わしていきました。離れた4番手がシングウィズジョイとマキシマムドパリ。また離れてディアマイダーリン,ミッキークイーン,ココロノアイ,トーセンビクトリーとアスカビレン,ディープジュエリーという隊列で続き,また離れた後方集団の先頭にクイーンズリング。前半の1000mは57秒4の超ハイペース。
 人気のミッキークイーンは馬群の中で抑えたまま直線に。直線に入ったところできれいに前が開き,3番手の外まで進出していたマキシマムドパリの外から末脚を伸ばして先頭。大外から追い込んだクイーンズリングに詰め寄られはしたものの,しっかりと凌いで優勝。クビ差まで迫ったクイーンズリングが2着。早めの競馬のマキシマムドパリがよく踏ん張って1馬身4分の1差で3着。
 優勝したミッキークイーンオークス以来の大レース2勝目。前走のローズステークスは2着でしたがあくまでも前哨戦。本番で実力を完全に発揮しました。内回りの大外枠を克服してのものですから価値が高いといえるでしょう。今日が7戦目で連対を外していない安定性があり,牝馬同士なら古馬が相手でも通用するものと思います。父はディープインパクト
 騎乗した浜中俊騎手はオークス以来の大レース制覇。第19回に続いての連覇で秋華賞2勝目。管理している池江泰寿調教師は宝塚記念以来の大レース制覇。秋華賞は初勝利。

 スピノザとステノNicola Stenoの間の確実性の相違がどこに存するのか。ステノからみれば,書簡に示されている通り,スピノザは論理的な証明だけを確実性の根拠にしているのに対し,ステノには信仰fidesの確実性があったという点を措いてほかにありません。一方,スピノザの立場からこれを分かりやすく説明してくれるのが第二部定理四九備考です。
                         
 「ある人間が偽なる観念にどこまでも固執する〈そして誰も彼にそれを疑わせることができない〉と仮定しても,我々は彼がそれについて確実であるとは決して言わぬであろう。なぜなら我々は確実性をある積極的なものと解し(この部の定理四三およびその備考を見よ),疑惑の欠乏とは解しないからである」。
 〈〉の中はオランダ語版De Nagelate Schriftenから訳された部分であることを示します。
 備考Scholiumの中で触れられている第二部定理四三は,真の観念idea veraを有する者は自分が真の観念を有していることを知るからその観念の真理性を疑えないというものです。ですがその真理性に対する疑いの欠如privatioが,確実性を保証するのではないとスピノザはいっていることになります。確実性とは積極的なものでなければならないというのは,単に自分が真の観念を有していることを知っていること,疑惑の欠乏に対峙させていうならそうした認識の充足が確実性であるという意味でしょう。
 なぜスピノザは確実性をそうした認識の充足から説明しようとしたのでしょうか。それはおそらく以下のような事情があったからだと考えます。
 真の観念を有している者が真の観念を有していることを知ることができるのは,真の観念とその真の観念の観念が,ふたつの平行論のうち思惟属性内の平行論における同一個体であるということに由来します。誤った観念ないしは混乱した観念idea inadaequataは,たとえば人間の精神mens humanaのような有限知性に関連付けられる限りでいわれるのであり,神Deusの無限知性intellectus infinitus,infinitus intellectusに関連付けられれば真であり十全です。ですからそうした観念にも,同一個体である観念の観念idea ideaeがあります。いい換えれば人間は,自分が誤った観念を有していることも知ることができます。このことは第二部定理三六からしても認められなければならないでしょう。
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