穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

S・キング悪霊の島独白じゃないだろう

2010-10-23 08:42:00 | 書評

主人公のエドガーは成功した建設会社のオーナー社長であった。大事故で瀕死の重傷を負い、片腕を失う。過酷で長期のリハビリの後、回復に向かい後遺症に苦しみながら絵を描くようになる。

絵を描くことが超能力のメディアとなる。つまり彼に透視や千里眼の能力を与えた。念動能力も獲得する。この能力によってお化けのパーシーとも過去の修正、再設計競争が出来るようになる。現在未来の設計もパーシーと争う。

世界各地、古今の超能力者の例は、その超能力は遺伝するか、大病などの強烈なストレスを受けた後に獲得することを示している。つまり、超能力は遺伝病によるか、生死の淵をさまようような大病や大けがあるいはストレスのあとで獲得する一種の補完能力である。注

キングの超能力物は多いが、一応この前提に沿っている。具体的にいえばほとんどの場合大事故を前奏曲としている。処女作キャリーの場合だけは遺伝病(幼児の出来ごとが暗示)が思春期のいじめというストレスで火を噴く。

ここまで書かないとタイトルの説明が出来ないのだが、小説に「絵の描き方」という章が10か所ほどある。訳者はあとがきでこれはエドガーの独白であるという。

違うだろう。あるいは、キングがどこかでそのような説明をしているかもしれない。もしそうならキングは嘘をついている。

これらの章はいわゆる「自動書記」ないしは「お筆先」である。つまりどこかにフワフワ浮いている霊がエドガーの口を通じて語っているのである。腹話術だね。腹話術といえば別の個所でキングは腹話術をうまく使っていたっけ。

この内容が本筋とシンクロするようでシンクロしていない。そこが妙と言えば妙なんだ。キングが何故これを入れたか。

ずばり廃品利用だと思う。つまり初期草稿、シラバス、メモの類を捨てるのはもったいない、なんとか使いたいと思った。御筆書きとして適当に挿入して紙数を稼いだのだ。本人は一種の味が出ると思ったのではないか。つまり一石二鳥を狙ったというわけ、廃品利用、エコだ。

注:世界各地のシャーマンを調査した民俗学者はみな、この傾向に気が付いている。

注2:そういえば薬の影響で、というのもキングにはあったね。ファイアスターターだったかな。幻覚剤、麻薬などの影響で新しい「知覚の扉」が開くこともあるようである。

未開民族のシャーマンが薬草を利用するのは周知の事実で、そのようなものが先進国で麻薬などとして製品化している例もある。

つづく