私はコーンウォリス要塞の受付窓口で、ペナン観光ガイドの冊子を入手することができました。
その冊子にはジョージタウン市内の歴史的建造物が紹介されていましたので、以降はその冊子を頼りに市内を見学することにしました。
まずは、要塞を出てキング・エドワード・プレイス(マレー語で〔Pesara King Edward〕と表記:以下〔 〕内はマレー語)と呼ばれる地域に向かいます。そこのロータリーの中央に時計塔が建っていました。この塔は1897年に中国人の実業家がヴィクトリア女王の即位60周年を記念して建設したものです。
日本では明治30年に当り、その年には京都帝国大学が開設され、「ほととぎす」が正岡子規によって創刊されたりしています。

この時計塔を眺めた時は午後4時を過ぎていたと思いますが、しかし、それにしても暑い!
多分この時点でも気温は30度を越えていたのではないでしょうか。
歩くのは辛いので、もう一度循環バスに乗ろうと、先程降りたバス停に戻ってバスを待っていたのですが・・・ 7、8分で痺れを切らしました。
観光ガイドの冊子に紹介されている施設は殆どが市内中心部に集中し、各施設間の距離は徒歩で数分程度のようです。
どんなに暑くても、やっぱり徒歩で周ることにしました。
ロータリーに戻り、ビーチ・ストリート〔Lebuh Pantai〕に歩を進めます。
路の両側には昔の面影を残した白い建造物が並んでいます。どうやら1880年代に建てられた役所や銀行などのようです。


更に先へ進んで右折し、ジェレジャストリート〔Lebuh Gereja〕に入ると、19世紀末に建てられた、緑の壁が印象的なペナン・プラナカン・マンションがあります。


プラナカンとはイギリス植民地時代に渡ってきた中国人が、マレー人の女性と結婚して生まれた子供達のことで、男の子ならババ、女の子はニョニャと呼ばれるのだそうです。
現在この建物はプラナカン文化に関連した骨董品などを展示する博物館となっているそうですが、残念なことに、閉館時間(~16:30)を過ぎてしまったようです。
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