正面から吹き付ける雨と風は強さを増してきました。
3~40m程のアップダウンを繰り返す丘陵地帯の登り坂で、向かい風に負けた私は、とうとう自転車から降りて100m程の距離を歩かされました。
その後も、世界から孤立した異次元世界に導かれるかのように、丘の稜線を上下する鈍色の道で、自転車を黙々と進めました。
少しでも推進力を得ようと、ヨットの帆を操るように、風の向きに対し体躯を斜めに構えながら自転車を進めました。
断続的に吹き付ける雨と風に煽られ、対向車線側に押し流されながら、ただひたすらに、何も無い襟裳岬を目指しました。
雨と風が吹き荒ぶ中、私は生きていることの手応えを感じていました。
そんなプリミティブな感覚を味わうのは久しぶりのことです。
生命体としての、己の器官全てが、齟齬なく機能している喜びを感じていました。
そして、皮膚直下の神経線維に、アドレナリンが滲みわたるような充実感に満たされ、灰白色の霧に包まれた襟裳岬に到着しました。
岬の売店で時間を確認すると、時計の針は既に16時を廻っていました。
取り敢えず、岬の先だけでも見ておこうと、遊歩道に歩を進めました。
過去にこの場所に立った時、岩礁が沖に向かって並ぶ光景を眺めましたが、今は足元の海が乳白色に霞み、何も無い岬は、何も無いことさえ霧のベールに包まれています。

「風極の地 襟裳岬」と記された石碑通りの光景の中に私は居ました。
風と波が奏でる音だけが、この時の今を語っていました。

そんな岬の中、
「御製 吹きすさぶ海風に耐えし黒松を 永年(ながとし)かけて人ら育てぬ」
と記された石碑を目にしました。
そのとき、この歌の意味が良く分からなかったのですが、その歌が意味する光景を、その後程なく目にすることになります。

嵐の中の襟裳岬から広尾方面に向かって自転車をこぎ出したのは16時30分頃でした。
すぐに下り始めた道の、坂道の下の民家の前を、雨に濡れた狐が歩きます。
私もきっとあんな風に見えていたかもしれません。

風と雨が支配する世界では、人も狐と同じように、ちっぽけな存在でしかないのです。
しかし、私も狐も自らの意志で、自由の風吹く中を、身を洗う雨の中を歩き続けます。
私は濡れそぼる狐にシンパシーを覚え、夕暮れ迫る旅を急ぎました。
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