胡桃地区に来たのは、中山家熊野権現のツバキが目的ですが、ナビを頼りにはしって来たものの、周囲にそれらしきものが見当たりません。
火神社の道路を挟んだ向かい側の、農作業用の建物で働いていた方に、丸山さんの資料を見せながら、中山家熊野権現の場所を尋ねました。
年長者の方が、それなら、道を少し戻った、リンゴ畑の脇道を入った場所と教えて頂きましたが、
「え・・! 東京からわざわざツバキを見に来たの? 」と非常に訝しげな表情で見られてしまいました。
そうですよね、氷見市街からも結構な距離の山里ですから、こんな所にツバキを見る為だけに東京から人が来るなんて、俄かに信じがたいのかもしれません。
教えられた通りに、リンゴ畑の横の畦道を進み、2mほどの高さの崖下を回り込むと突然、目の前にツバキの森に包まれた小塚が現れました。
足に絡まる葛の蔓と、ススキの枯葉の中を、塚に向かって近づいて行きます。

斜度の緩い東側の斜面に回り込むと、塚の頂きに小さな祠が見えてきました。
祠を包み守る、幾本ものツバキの巨木が塚の頂きで枝葉を広げていました。
椿の花が、斜面の至る所に紅を射し、幾年もの間、朱色の花弁で染められた続けた塚の斜面は、赤味を帯びています。

一歩ずつ祠へと近づゆきますと、株立ちとなって枝を広げたツバキの梢の狭間から、根が走り広がる祠の周囲へ、西日がちらちらと光のリズムを奏でていました。

一人では抱えきれぬ程の太さの、株立ちツバキの枝々が祠の周りに柔らかな曲線を描いています。
ツバキの根が、地を這う大蛇の装いで、邪悪な物から祠を守っていました。

祠の周囲の、鈍色の枯葉や小枝が作る褥の上へ、5弁の椿が散り落ちています。
傷み始めた朱色の花弁に包まれ、最後まで品性を失わない健気さで、目に刺さるほどの白さを保った花糸が鬱金色の葯を掲げていました。

幻想の椿の中で、どれほどの時を過していたのでしょうか。
去りがたい想いで、塚を下り振り返ると、熊野権現のツバキの杜が、西に傾く斜陽を受けて、現世とは異なる世界を垣間見せていました。

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