二十軒道路桜並木でコスモスのフラワーラインを眺め、静内へ引き返すことにしました。
旅はまだ始まったばかりです。
坂を転がり下る自転車の、空に浮ぶ雲の先に、秋が顔を覗かせていました。

坂下の民家の庭先でコスモスの花群れを見かけました。
北海道の心地好い大気と広やかな大地、屈託ない人々の暮らしぶりを、爽やかなコスモスが象徴する気がします。
あっけらかんと明るく、素直なコスモスの花は、ほんとうに北海道の景色に良く似合います。
自転車をこぐ背に朝陽を浴びながら、静内の街へ向かうと、

小川の岸にアカマツらしき木立を見かけました。
本当にアカマツでしょうか?
この辺にアカマツが育つかな?
函館付近で松並木を見た記憶が蘇ります。
今まで私は、渡島半島がアカマツやクロマツの北限と認識していました。
興味を覚え、マツ林の方へハンドルを向けると、鳥居が見えました。

鳥居の横に
「皇祖神社由来 明治四年静内郡開拓の朝令を受けた稲田家臣団が淡路から移住した際、神武創業の古に復するという明治維新の趣旨を奉じ、開拓の守護神として奉斎したものである」
と記された掲示と、その横に「百年の赤松」という石碑が設けられていました。

北海道にアカマツの自生はありません。
どうやらこの杜のアカマツは、明治初期に淡路からの入植者達が持ち込んだようです。
周囲に広がる稲穂とともに、人と植物の興味深い関係を再認識しました。
そして、三年前にイギリスを旅した時、グラスゴー植物園に掲示されていたアンリ・ルソーの絵を思い出しました。
その絵に付された
「動物には植物が必要で、この絵から植物を取り去ることはできません」
の解説文に記された「動物」を「人間」に置き換え、
静内のコスモスやアカマツの存在から、
「植物を必要」とするものに、精神的、心理的な意味が含まれることに気付かされました。
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