敏音知(ピンネシリ)岳を見つめながら自転車を進めました。

しかしやがて、国道275は道の駅ピンネシリを過ぎると、山に背を向け始めました。

平坦な道が山間部に続きます。
そして、小頓別を通過すると、見覚えのある建物が見えてきました。
今から40年程前、仕事でこの辺を走り廻ったことを、以前のページに記しましたが、その頃も、常に気になっていた特徴あるデザインの建物です。
今回「小頓別 丹波屋」で検索しますと、「旧丹波屋旅館 保存会」のホームページが見つかりました。
大正から昭和にかけて建てられた和洋折衷様式の旧丹波屋旅館は、平成元年(1989)にJR天北線が廃止されるまで、宿泊者を受け入れていたそうです。
旧丹波屋旅館を解説するホームページを見て私は、音威子府から浜頓別、更にその先のオホーツク海に沿って、線路が伸びていたことを思い出しました。

小頓別を過ぎると、上り坂が待っていました。
今思えば標高差は100m程、坂の長さは7~800m程度と思いますが、敏音知岳の横を過ぎたら後は下りだけと思い込んでいたので、不意打ちを食らったような思いで、足と心に負担を感じながら坂を登りました。

この坂の頂上が天北峠です。
標高は187m程だそうです。
車で通り過ぎれば坂を意識しないかもしれません。

天北峠の頂きを過ぎると、その先の森に、快適なダウンロードが続いていました。

そして国道40号との合流点が見えてきました。

国道40号との合流点に、音威子府の道の駅が設けられています。
道の駅で時計を確認すると、16時20分でした。

宗谷岬を早朝に出発し、10時間程かけて、120㎞の距離を走り来たことになります。
我ながら、よく頑張れたと思います。
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