2015年9月6日の日曜日朝、64歳と179日目の私は、自転車にテントと寝袋を積んで都内の自宅を出発しました。
60歳で定年退職し4年と6ヶ月ちょっと。
遠慮がちに、図々しく100歳までの命と見積もれば、私に許された時間は後35年程。
外痔核、平たく言えばイボ痔の手術を二度済ませましたが、それ以外はいたって健康です。
しかし、何度やっても懲りない深酒に体力は確実に低下しています。
更には、40数年ぶりの自転車旅ですから、無事にはしり続けられるだろうかと、不安が胸に去来します。
ゆっくりと無理をせず、慎重第一に自転車をこぎ進めました。
目の前に文京区役所の庁舎が見えてきました。
今日の目的地は約120㎞先の茨城県大洗港。
のんびりとペダルをこぎ続けました。
自転車のサドルを降りるのが面倒で、目の前の信号が赤であれば、横から交差してくる横断歩道を渡って路地に入り、その先の十字路で進行方向を修正します。
大洗への最短ルートは、頭の中にあるので、都内を抜けるまでは、何処を通っても距離と時間に大差はありません。
気が付くと、浅草の浅草寺裏手の石畳に迷い込んでいました。
そのまま進んでゆくと、何と、浅草寺のお賽銭箱の前に出ました。
正月は人人人で身動きが取れない賑わいを見せる浅草寺ですが、今朝は全く異なる場所かと思うほどに閑散としていました。
宝蔵門の後の仲見世が、見たことも無い趣で雷門へ続いていました。
その雰囲気に魅了されて、賽銭箱正面の石段に座って、前夜コンビニで買ったジャムパンとコーヒー牛乳で朝食を済ませました。
朝食後にポケットに手を突っ込み、最初に触れた赤銅色のコインを確認し、それを賽銭箱へ投げて、手を合わせました。
不安に満ちたサイクリング旅行の安全祈願ですが、金額の多寡で判断する神様なら、手を合わせるまでもないと考え、十円玉以外のコインを探すことはしませんでした。
浅草寺の境内を横切り、言問橋で隅田川を越えました。
正面に見えるスカイツリーは、雲の中に頂きを隠していました。
東京を出立する旅の情景として、これほどまでに象徴的な光景は無いと思えます。
それにしても、人が築いた建造物の頂きが雲に隠れるなんて、そうめったに見れるものではありません。
隅田川を渡って左折し、国道6号に入りました。
その先で荒川を渡り、江戸川を越えて、千葉県に進んで行きます。
松戸辺りの赤信号で自転車を止めると、中学生らしき子供達の姿が目に留まりました。
今日は日曜日なので、クラブ活動にでも出かけるのでしょうか。
どうやらそんな時間帯だったようです。
そうなんです、今回の旅で私は時計を持参しませんでした。
携帯電話も持ちませんし、地図さえも持参しませんでした。
大まかなルートは考えましたが、半年後には65歳となる身ですから、一日でどれ程走るかを計算するような旅にするつもりは無かったのです。
今思えば、サイクリングは40年ぶりですから、かなり大胆な冒険旅行だったかもしれません。
しかし不思議なことに、脚力以外は、旅の不安は全くありませんでした。
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