私は襟裳岬からクロマツ林の中を自転車ではしりながら、しかしその時はまだ、周囲に広がる魚付き林の内容を正確には把握していませんでした。
只々、強さを増してきた風にあらがって、庶野の街を目指して自転車を進めていました。

そして、荒れる狂う海に身を竦めながら、海岸にへばり付くように並ぶ庶野の街に灯りが点る頃、
道道34号が国道336号と交わる庶野の街に到着しました。

庶野の街は予想以上に小さくて、当てにしていたスーパーマーケットどころか、コンビニの姿さえ見当たりません。
強い風を伴って降る雨に、テントを張る場所を探すことを諦め、定期バスの停留所である2畳弱の小屋を今夜の寝場所に思い定め、夜の食料を求めて、シャッター一枚分だけ開けた、一軒の商店の庇をくぐりました。

棚に並ぶ商品に選択の余地はありません。
私よりも年嵩があると思える、穏やかなおばあさんが、店舗に続く居間の中で店番をしていました。
「何か、今夜食べるものが欲しいんですが」と問いかけると、「カップ麺で良ければ、お湯を入れて上げますよ」と言われました。
「それは有難い」、棚に並んだ大き目のカップ麺とコッペパンを一つ選んで、これを下さいとおばあさんに挿し出しました。
「ちょっと待ってて下さい」と言いながら、おばあさんは奥に下がり、暫くして出てきたのが下の写真です。
本当に驚きました。カップ麺と一緒に、白いご飯にルビーのように輝くイクラが添えられていたのです。
店に続くカーペット敷きの居間の上り口を指して、ここに座っておあがり下さいと勧められましたので、慌てて濡れた合羽を脱いで、遠慮なく御相伴にあずかることに致しました。
庶野のこのお店は佐藤商店さんです。
食事を頂いている間、居間のテレビが台風18号による大雨で鬼怒川の堤防が決壊したニュースを伝えていました。
そして、その台風とは別の台風17号が明日は北海道に近づき、北海道東部は明日には大荒れの天気になると報じていました。
ええ!どうしよう。
いっそのこと、今夜中に広尾まではしり、広尾のホテルに逃げ込んだ方が良いかもしれないと、店の外に出て雨降る夜空を見上げていますと、40代と思しき男性が奥から出てきて、トラックで広尾まで送ってあげましょうと言ってくれたのです。
この方はおばあさんの息子さんで、数年前に亡くなられた父さんの跡を継いで、庶野で漁師をされているそうです。
私はこのお言葉に頭を深く下げ、遠慮なく甘えさせて頂くことにしました。
庶野から約30kmもの距離、軽トラックで1時間程の雨降る夜の道を広尾のホテルまで、自転車ごと送り届けて頂けて下さったのです。
「佐藤さん、ご家族の皆様、あの夜は本当に有難うございました。」
襟裳砂漠と呼ばれた地に営々と魚付き林を守り育てる人々、雨降る夜に逃げ込んで来た、旅狐に心優しい手を差し伸べてくれた方々、本当に忘れられない北国の一日となりました。
今日の走行距離は、静内桜並木への往復も含めた約120kmと軽トラックでの +30kmという結果でした。
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