清濁混交フリートーク

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管理人:観月伽耶、白利

美味礼賛

2007年01月26日 20時59分52秒 | 情緒不安定とつきあう
 役割性格という考え方があります。
 性格というのは多分に状況依存的であり、何かの役割を与えられてそれをこなしているうちに自然とその役割にふさわしいと期待される振る舞い、考え方をするようになっていくというものです。
 極端な例が悪名高きスタンフォード模擬監獄実験。運悪く囚人役を割り当てられた学生は卑屈なふるまいをするようになり、看守役はどんどんと高圧的で理不尽な行動がエスカレートしていきました。
 うっかり仕掛け人のジンバルドー教授まで、研究に感情移入しすぎて中止どころを誤りかけたというから、いかに役割の影響力が大きいかがわかりますよね。
 幸い、オブザーバーだった牧師の働きかけで致命的なことになる前に実験は中止。その後10年にわたってカウンセリングを行った結果、後にトラウマや人格障害を残した被験者はいなかったそうです。
 けれど、もしも実験が予定通り2週間存分に行われ、役割性格がしっかり刷り込まれたままの被験者をアフターケアなしに放り出したらその後の人格はどうなったのでしょう?被験者は精神的に安定した健康な大学生だったそうですが、精神的に成長途中の被験者だったら?役割性格は一過性のその場しのぎでしょうか。それとも後々まで影響を及ぼし続けるでしょうか?役割性格が本当の性格になってしまうことはありえるでしょうか?
 もちろん模擬監獄条件でそんなことをしてはまさしく悪魔の実験で、倫理的に検証不可能ですが。
 役割性格といっても悪いものばかりではありません。たとえば、責任職についたことをきっかけに責任感あるしっかりした人間になるだとか、プラスの方向もありです。
 もともと性格とは数々の経験を経て変化していくものでもあり。
 さて、この今の性格は周囲から期待されたからの演技なのか、それとも本物か?

 後から分析すればどうとでも言えそうですが、今現在の性格については役割性格なのかそうでないのかの線引きはできないんじゃないかと思われます。
 たとえば、私は『時間に正確で、勉強を真面目にする、几帳面な子』だったはずなのですけれど、どうもそれは実家での役割性格としての面が大きかったようで、大学入って親の目が届かなくなりがちになるとあれよあれよというまにいい加減な悪い子ですよ。しかしまぁ監視がないとすぐに堕落するってのも、我が事ながら情けない。時間はきちんと守らなきゃという意識はわりと強い方だと思うので、『真面目な子』の価値観というのは役割というより染みついた本物なのでしょうね。
 さて、早いもので栄養学科の3年目ももうすぐ終わろうとしていますよ。
 最近は自然に料理を色々考えられるようになってきましたが、さてこれは役割からの義務感か、本物の振る舞いになってくれているのか?
 元は一日もかけずに考えた、作文のような管理栄養士志望動機。そんな薄っぺらいものがこの先持続していくものでしょうか?
 薄っぺらくとも、役割性格として演じていくうちに本物になっていくでしょうか?
 受験生諸君はセンター試験も終わって2次試験本番に突入ですね。大変でしょうが、私は正直あなた達が妬ましい。まだ選択肢があるあなた達が妬ましい。
 受験生はまだしも浪人生とか、なんて贅沢なとなじりたくて仕方がない。たいした理由もなく留年する人を見るとずるいと掴みかかりたい気分になる。じりじりと私の時間はなくなっていって、どんどん追いつめられていくのに。なんでその一方でそんな時間の贅沢を赦されているのかと。
 浪人や留年のモラトリアムなんて、そんなに居心地が良いはずもないなんてのはわかってるんですがね。
 ああそれでも妬ましい、私にもその自由よこしやがれ。時間よこしやがれ。私を望まざる檻へ追い立てるのをやめろ!

 さて、抜けきったつもりがまだまだダーク周期まっただ中な模様ですよ困ったもんです。
 本当は役割性格の話なんてそこそこでぶったぎって、今日試したレシピの話にでもつないでこの作品の紹介へと跳ぼうと思ってたのですが。

脳噛ネウロOP『人生美味礼賛』

 一瞬、『あれ、ネウロアニメ化してたっけ?』と本気で思ってしまいましたよ。
 ALI PROJECTの『人生美味礼賛』という曲なのですが、まるでネウロのために書き下ろしたかのような歌詞。もしもアニメ化することがあったとしてもこれ以上の曲なんてありえないよと思うぐらい。
 全部の歌詞を読むとカニバリズムを臭わせていたりします。まぁ素敵。さすが宝野アリカさん。
 フルで聞けるのどっかにアップされてないかなー…もしくはCD買うか…

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