『斬(ざん)』
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やっぱり、そーゆー場所も必要なのかなぁ?

ん、何がって…?

… それは、ネット社会が殺伐としてるという環境。


どうもね、何でもかんでも過保護化しつつある、日本の現代社会。

イチゴ狩りを通して子どもに何を教えるか』とか『おれはおまえのパパじゃない - 動物殺し』とか『「で、みちアキはどうするの?」:■「死んだら終わり」と考えない人たち 』とか、生物の生き死にを考えさせられた時、人間ってのは、やっぱり残酷に出来てる上に成り立ってるよな、って思った。ってか生き物そのものがなんだろうケドさ。

動物の食物連鎖ってな事はよく言われてる話だけど、その中に人間が入ってるのって、何か他人事ってか入ってないような感覚ってないかな?

で、そんな中で何か隠して、どこか知らないフリして生きてる事があるし、イチゴ狩りを通して子どもに何を教えるかにリンクされてた屠殺についてのこともなんだけど、実際屠殺場って見たこと無いし、何処にあるかも知らないんだよね。

これってオレが無知なだけなのかな?牛や豚や鶏がトラックに乗って運ばれていく風景はよく見ているけど、その先にある屠殺場ってのは、イメージとしてあるだけで、何処か現実に無いような錯覚をしてる。そう知らないフリをしてる。やっぱり残酷な場所って事で、そうそう話題にはしないし。そーゆー現実はあるんだけど、見るのは勇気が入るからね。想像してたよりも衝撃が強すぎて、深刻な場合もあるだろうから、覚悟のある、または意識した上でその場所に行くなり、その光景を見るなりしなければいけない。だから普段では気付かないよう、配慮されているのかな、と思ったりしたわけ。

「残酷だから、避ける」ってのは正解でもあるし、逃げでもあるようにも思える。

とかく今の日本は、残酷なシーンについては規制が厳しいと思う。オレの周りにも昔、飼ってた鶏を親が絞めて、その光景を見てから鶏は食べられなくなった、って人がいるくらいだから、全ての人に見せるのはどうかと思うけど。
その上で人間が生きてるって現実はもっと知っておくベキだと思う。

先日実写版でドラマ化してた「火垂るの墓」を見てて思ったんだけど、「戦争」ってのは、誰が考えてもバカなことなんだよ。どれでだけ偉くなろうが、小学生だろうが「戦争」は良くないなんて事は分かってること。でもやめられない止まらないのが「戦争」なわけで、それは人類がおバカだって証明してるに、人類はバカじゃないと思い込んでるってか知らないフリしてるわけで。

それで、結局戦争とかの極悪環境に人間が追い込まれて、食うものも住むトコも着る物にも不自由になれば、四の五の言ってられない。本性剥き出しで、自分と自分の家族を守る為には何でもするよってのが「火垂るの墓」で伝えたい「戦争」ってことの残酷さや人類の愚かさ残忍さでしょ。それは、環境が人類を動物化させたって事で、そんな環境は人間が人間じゃなくなるから良くないゾって事だろう。

でもね、逆をいえば、いつ「戦争」以外でも、そーいったことが起きるか、わかんないんだよね。津波や地震などの自然災害でもそーなることはあるわけで、その場合、それが地球規模で起きちゃえば、震災地に救援なんてことは言ってられないわけですよ。そん時はやっぱ人間本性でちゃうんだろうから、常日頃からそーいった本性が体験できる場所ってのは必要なんじゃないかと思えたんですよ。

で、一皮向けば人間って単なる動物に過ぎないんだよね。なんか特別な生き物みたいな錯覚してるけど、人類を滅ぼそうとする何かが出てきたら、それは敵なわけで、それは自己防衛でもあるわけで、その場合は、その相手を殺さないようにとか、傷付けないとか、悠長なこといってるヤツなんていないわけで、そうなったら生き物殺しちゃいけないなんて事は成り立たないよな。全力で排除、撲滅は生きるためにはまさに必死な優先事項なわけで。

でも、人類は種の絶滅ができる立場にいるわけで(そのなかに人類自身も入ってるわけだが)、その上で偉そうに種の絶滅から守ろうとかいったり、エゴから滅ぼしちゃったりしてるんだよね。

「弱肉強食」って言葉は凄く残酷だけど真理な四字熟語だよなって改めて思った次第。

で、かなーり話が遠回りしたんだけど、今の日本においてこーゆー「臭いモノには蓋」的なぬるい生活環境にあって、ネットってのはある意味、自然環境なんだなって思える。


無知なヤツがアホな事すると叩かれて晒されたり、炎上したり。


世の中(特に日本の場合)知らなさ過ぎて平和馴れし過ぎてるから、こーいった危機管理ってか危険予知ってのが、疎かになってるんだよね。


何だか、そーゆー誰も教えないで、気が付かない(知らない)ヤツが悪いっていうネットの環境は、頭でっかちで防衛本能を忘れた日本の人々にとっては、イイ薬になるような気がしてきた。多くの「祭り」における炎上ってのは、祭られたほうに「祭られる」それなりの原因がある場合が多いわけで、その「祭り」が盛大なら盛大なほど、「祭られる」本人に問題があることが多いでしょう。

ネット社会ってのは、人類の本能を目覚めさせ、本性を自覚させる環境として必要なのかもしれないと思った。そして、いつ何が起こるかわからない、この不安定な文化社会にとっては、人類を動物としての本性を体験できる貴重な場所にも思えてきた。仮名でやりさえすれば、その体験は自然社会の厳しさを教えてくれるでしょう。実名でやっちゃった人は、現実体験しちゃったって事で、今後の有事に適応能力が磨けるでしょう。現実は、一歩足場踏み違えると地獄があるんだよって事を教えてくれるわけで。その細くて脆い足場を歩いていくスリルってのもあるような気もするし。


物事の道理ってヤツをズバッとストレートに体験で教えてくれるネット社会もあっていいんじゃないかな?

って、ちと言い過ぎかもな。

[参考]
otsuneの日記 - はてなブックマークコメントで嫌な思いをしている人たちは、ネタとして「仲間内でお互いに罵詈雑言を浴びせるハートマン先任軍曹遊び」をしていないのだろうか


[TB:備忘録2005年11月04日:イチゴ狩りを通して子どもに何を教えるか]
[TB:おれはおまえのパパじゃない - 動物殺し] *TB先無かった
[TB:「で、みちアキはどうするの?」:■「死んだら終わり」と考えない人たち]

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コメント
 
 
 
Unknown (きさ)
2005-11-29 23:20:20
こんばんは。はじめまして。

屠殺、実際に仕留めるところは見られませんが、

東京都中央卸売市場食肉市場は、見学ができますよ。

http://www.shijou.metro.tokyo.jp/syokuniku/syokuniku_top.html

事前に申し込みをしておくと、

屠殺のビデオも見せていただけます。

「お肉の情報館」では図解と模型で、私たちの食べるお肉が

どういう流れを経て手元にやってくるのかを

分かりやすく説明してくれていました。
 
 
 
きささんへ> (souryuusei)
2005-11-30 22:54:30
はじめまして、こんばんは。



見学方法の紹介ありがとうございます。

屠殺のビデオについては、この記事のリンク先のさらにリンク先より見ました。それを見た後にこの記事を書いています。



屠殺については、差別があるようですね。

お肉を食べられるのも、そういった嫌われる作業をしていただいているお陰なので、残念ですね。

お肉を食べる人なら、その一端を間接的にせよ担っていることを忘れてはいけないと思います。





 
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