創価学会の信仰に功徳はあるか?

コメントする人は「01.創価学会の信仰に功徳はあるか?を書く前に」を読んでね。

211.日蓮の過激な言動と創価学会教義とその批判

2007年08月26日 01時39分19秒 | 創価学会
創価学会の信仰に功徳はあるか? 地獄論、罰論、メモ(その1)
『立正安国論』は正しく読みましょう  Libraさんのコメント より。

『立正安国論』は正しく読みましょう (Libra@かじってナンボの商売だ)
2007-08-14 23:10:15
 本題からはズレますが、『立正安国論』を誤読している人がまだおられるようなので、以下を引用しておきます。

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 注目されるのは、これらの法難において、決して日蓮側から暴力をもって攻撃しなかったということである。攻撃を受けたとき、確かに日蓮側も武力をもって防戦したが、日蓮側から仕掛けることはなかった。日蓮の過激な言動を見るとき、これは意外にも見えるが、日蓮は決して暴力主義者ではなかった。確かに本書の第七問答では、殺生をも辞さないという文面が見られるが、その点を問題にした第八問答では、「釈迦以前の仏教では、罪人を斬るけれども、能忍(釈迦)以後の経説では、その人への布施を止める」(二二四)と、釈尊以後の仏教では、悪法に対して布施しない、すなわち、経済面での非協力こそ、悪法廃絶への道であるという信念を明らかにしている。日蓮の過激な言動は、『立正安 国論』の上奏をも含めて、いわば敵側を刺激し、その行動を炙り出すアジテーションという戦略的な役割を果しているのである。

(末木文美士『日蓮入門──現世を撃つ思想』、ちくま新書、2000年、p. 95)
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1.日蓮は鎌倉時代に生きていた。

日蓮は武士が台頭しつつある鎌倉時代に生きていたので殺生が当然の時代だったと考えています。


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当時の常識の一つとして「首をはねよ」といったと考えています。日蓮は公の場で対決を望みましたから、

「私、日蓮が説得(折伏など)しましょう。」

という一面やそのつもりもあったのでしょう。しかし立正安国論においては残念ながら、仏教思想の一面である縁起、無常、無我、その延長としての対話や説得や慈悲(?)という姿勢ではないと思います。

「私のいうことを聞いて他宗の人間を殺せ」

対話、説得、慈悲ではない攻撃的な面です。武士の役割の一つとして考えたのではないでしょうか?

★日蓮に他者批判、他宗排除、「害す、殺す」などの攻撃的な面があったのは間違いないと思います。

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殺生が当然の鎌倉時代の常識があったためかはわかりませんが、涅槃経を引用したのは事実です。当時の常識の一つとして(場合によっては)殺生をも辞さない、という姿勢や考えがあったのでは?と想像します。日蓮は公の場で対決を望みましたから、

「私、日蓮が説得(折伏など)しましょう。」

という一面やそのつもりもあったのでしょう。立正安国論においても仏教思想の一面である縁起、無常、無我、その延長としての対話や説得といえるでしょう。但し、説得の姿勢はかなり強く主張したと思います。 ”殺生が当然でない現代” の創価学会が「のたれ死ぬまで攻め抜け!」と解釈するくらいですから、 ”殺生が当然の鎌倉時代”当時、日蓮の手紙を受け取った人がどの様に解釈したか???、、、残念ながら今の私には不明です。


少なくとも涅槃経の「問答無用で?いきなり殺しても罪になるどころか功徳がある。」という立場、解釈ではなく、日蓮は「いきなり殺すのではなく、まずは布施をしないぐらいなら当然だ」という解釈で良いと思います。


法華経を根拠、理由に政治家兼、武士の役割の一つとして責任ある態度や政治的執行を求めたのではないでしょうか?

地獄論、罰論とあまり関係がありませんが。。。。。

☆日蓮には他経を学びつつ、法華経を最終目的及び、結論として自他共に信仰する必要があると考えたと思います。

☆日蓮は法華経をノンフィクションとした、という意見があるが、涅槃経はノンフィクションとして捉えたのか?

 経文の捉え方には厳しかったが、「その人への布施を止める」ということは「のたれ死ぬ」可能性があるがそのことをどこまで許容したのか?
その人次第だが改心すれば良いが改心しなかった場合、日蓮はどの様に考えたのか?
もしかすると経文には厳しかったが人には優しく、他宗の人であっても慈悲はあったかもしれない。

☆日蓮一生トータルの考え方として「害す、殺す」など、どこまで許容したのか?
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歴史的な順序がよく分かりませんが、日蓮の弟子が殺されたこともあったようですし、日蓮が立正安国論において「首をはねよ」と考え書き顕したの””涅槃経を引用して書き残した事こと””は鎌倉時代の人間としては普通かもしれないが現代では通用しないと思います。

富士門流信徒の掲示板 素朴な疑問 http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1014180269/3318-3332

日蓮の遺文に多数、「害す、殺す」という記述が見られるようですし、私にはとても「真蹟遺文を精査して読めませんが」ここに関しては犀角独歩さんの3321の意見に賛成です。富士門流信徒の掲示板 素朴な疑問http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/364/1014180269/3321



2.創価学会の教義と思想

 明らかに創価学会には仏教教団とは思えない、宗教教団とは思えない、ポア思想があると思います。

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聖教新聞では反逆者、退転者、あるいは悪人として扱われ、
「青年よ、仏敵を打ち砕け。学会迫害の悪人は厳罰でのたれ死ぬまで攻め抜け」
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私のブログ上で「のたれ死ぬまで」で検索してみてざっと読んでみて下さい。
厳罰、仏罰、こうした言葉が聖教新聞紙上に掲載されていることからしても創価学会員(日蓮系宗教全般??)は
まじない信仰のような何らかの力かあるいは本尊、あるいは祈り、あるいは行動のどれかによって、厳罰、仏罰、がある。「攻め抜け」という「学会員が敵対者に対して罰を加えるか与える」という立場だと思います。

日蓮の”良き”思想が悪用か誤解されていると思います。
(良き思想というのは日蓮にも良い面も悪い面もあり、正しい思想もあり間違っている思想もあるということです。)

★創価学会にも他者批判、他宗排除(敵対者が死ぬように祈る)などの攻撃的な面があるのは間違いないと思います。

「私、池田大作のいうことを聞いて敵対する人間を○○○○」対話、説得、慈悲ではない攻撃的な面です。池田氏の死後、こうした姿勢が変わって良くなれば池田教、池田独裁だった証拠ですし、変わらなければ学会本部自体がカルト集団ということでしょう。

3.いわゆるアンチ創価と呼ばれる人々の注意、警鐘、警告、アドバイス

 チョンガーさん、freeさんの記事は 「北条時頼が日蓮の立正安国論をどの様に考えたか?」 というのを時頼や現代人の立場から”考察”していると思います。
また、現代人の意見、考察として下記のような「世界大戦と日蓮主義」という考察もあります。
創価学会の彼女との関係:世界大戦と日蓮主義 - livedoor Blog(ブログ)
日蓮の思想がどのように悪用、誤解されているかは具体的には論じませんが、結論としてだけでも上記2の創価の教義と思想、そして過去の歴史的経緯もあります。

★いわゆるアンチ創価と呼ばれる人々としては「”現代の”創価学会が持つ日蓮的カルト思想の危険性」(日蓮仏法の危険性ではない)を一般人、及び学会員の関係者に訴えることは当然のことでしょう。

(学会員や正宗の人間に何処まで通用するかは全く不透明です。1人もいないわけではないでしょう。)

4.補足:2の原因

創価学会の彼女との関係:世界大戦と日蓮主義 - livedoor Blog(ブログ)
ちょうどここにもcanary_windさんの見解が書かれていますが、【日蓮正宗、及び創価学会に特有】の【日蓮本仏論】の危険性が書かれています。
私も同意見であり、さらに私としては、【日蓮正宗、及び創価学会に特有】ともいえる【日寛教学や大御本尊、日蓮の真筆とは認められない遺文】を持ち出していることにも疑問を感じています。その結果としてポア思想、や「日蓮大聖人に帰依しなければ日本は滅びる」という本を出版しています。

canary_windさんとも過去話し合い意見の一致を見たのですが、★何らかを「絶対である」という思想は危険であると思います。

日蓮にしろ法華経にしろ、御本尊にしろ、創価学会にしろ、池田氏を永遠の指導者とすることにしろ、何らかを「絶対である」という思想は危険であり、また、無常、無我、縁起、空の思想からはむしろ「遠い思想」ではないでしょうか?

無常、無我、縁起、空の思想から”絶対ではない”自分の師匠や自分、組織や本尊だと思えます。
日々に様々な事が”起”こりますが、Libraさんから様々に沢山教えて頂いたおかげか、日常に”絶対ではない”事や無常や縁起らしきモノ?を感じるようになってきました。無我なんて全く実感できませんが。。。。

5.Libraさんのご意見

 学者さんの意見として理想的だと思いますが、日蓮の遺文に多数、「害す、殺す」という記述が見られますし、末木文美士さんの書籍を読んでいないので他の日蓮の遺文への見解がわかりません。少なくともLibraさんの引用した末木文美士さんの意見箇所にだけは賛成できそうにありません。申し訳ありません。

 これからの日蓮仏法、法華経教団としては人間日蓮として、また法華経の行者(の先輩)として尊敬し、捉えていくことが大事だと思います。
末木文美士さんの意見はこれからの日蓮仏法の現代的思想、及びこれからの ””日蓮や法華経に限らない”” 仏教全体の思想の再構築としても賛成できる所です。

'07.09.08 20:03 緑文字追記
'07.09.08 修正
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事実のねじまげは許されない (Libra)
2007-08-26 14:03:29
1.立正安国論は「首をはねよ」などとは主張していません
 「日蓮が立正安国論において『首をはねよ』と”考え書き顕した」というそううそさんの解釈は誤読だとおもいます。
 「末木文美士さんのの〔ママ〕意見箇所にだけは賛成できそうにありません」とのことですが、べつに「末木文美士さんの書籍を読」むまでもなく、立正安国論の第八問答の当該部分を素直に読みさえすれば、上のような解釈がたんなる誤読にすぎないことは明らかでしょう。これは、【思想解釈の問題ではなく、文章の読解(国語)の問題】です。以下に当該部分を引用しておきます。

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夫れ釈迦の以前仏教は其の罪を斬ると雖も能忍の以後経説は則ち其の施を止む、然れば則ち四海万邦一切の四衆其の悪に施さず皆此の善に帰せば何なる難か並び起り何なる災か競い来らん。

(「立正安国論」、全集、p. 30)
───────────────

 この部分は、末木先生のように「釈迦以前の仏教では、罪人を斬るけれども、能忍(釈迦)以後の経説では、その人への布施を止める」と読むほかはないでしょう。もしその読みに賛成されないのだとすると、いったいどのように読まれるというのでしょうか。


2.日蓮の遺文に多数、「害す、殺す」という記述が見られる???
 具体的に遺文を指摘して頂かないと全く議論になりません。【釈迦以後でも、仏教では、謗法を禁断するための殺害を説いている】というような主張が、日蓮の遺文に多数あるというのでしょうか。そのような説を主張されるなら、具体的に遺文を引用して説明されるべきでしょう。

 さて、この「害す、殺す」という問題でよく話題にあがるのは、以下の「撰時抄」の文章です。

───────────────
去し文永八年九月十二日申の時に平左衛門尉に向つて云く日蓮は日本国の棟梁なり予を失なうは日本国の柱橦を倒すなり、只今に自界反逆難とてどしうちして他国侵逼難とて此の国の人人・他国に打ち殺さるのみならず多くいけどりにせらるべし、建長寺・寿福寺・極楽寺・大仏・長楽寺等の一切の念仏者・禅僧等が寺塔をばやきはらいて彼等が頸をゆひのはまにて切らずば日本国必ずほろぶべしと申し候了ぬ

(「撰時抄」、全集、p. 287)
───────────────

 たしかに、「彼等が頸をゆひのはまにて切らずば日本国必ずほろぶべし」という発言だけを見れば過激です。しかしながら、この発言は、【頸をきられようとしている者の発言】であることをふまえて読まれるべきでしょう。以下に引用する山中さんの解釈がすぐれているとわたしはおもいます。

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 たしかにこの文だけ読むならば過激な文である。しかし、これがどういう時に誰に向かって言った言葉なのかを考えるべきであろう。「文永八年九月十二日申の時に、平左衛門尉に向つて」とあるように、日蓮を処刑するために来た平頼綱の軍勢の刃の下から、平頼綱に向かって叫んだ言葉である。
 逆なのである。常に刃とテロにさらされていたのは日蓮たちであった。刃を突きつけた人ではなく、またそれを画策した良観たちではなく、テロに遭っている人が、刃の下から叫んだ言葉でもって、その人をテロリスト呼ばわりするのは、どのように考えても理不尽であろう。
 日蓮学者たちは、自己の客観的立場にこだわるあまり、先の「行敏訴状御会通」の言葉を無視している。そこで日蓮は次のように述べている。
「但し良観上人等弘通する所の法、日蓮が難脱れ難きの間、既に露顕せしむべきか。故に彼の邪義を隠さんが為に、諸国の守護・地頭・雑人等を相い語らいて言く『日蓮並に弟子等は、阿弥陀仏を火に入れ水に流す、汝等が大怨敵なり』と云云。『頸を切れ、所領を追い出せ』等と勧進するが故に、日蓮の身に疵を被り、弟子等を殺害に及ぶこと数百人なり。此れ偏えに良観・念阿・道阿等の上人の大妄語より出たり。心有らん人人は驚くべし、怖るべし云云」(御書一八二頁)。「頸を切れ」とテロを主張し、実行していたのは良観たちではなかったのであろうか。

(山中講一郎『日蓮自伝考──人、そしてこころざし』、水声社、2006年、p. 100)
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 前述のとおり、立正安国論では「首をはねよ」などとは主張されていません。そして、日蓮の最後の説法は、立正安国論の講義でした。この問題についての日蓮の公式見解は、立正安国論で示された「悪法に対して布施しない、すなわち、経済面での非協力こそ、悪法廃絶への道である」(末木先生)ということに尽きるとおもいます。ここに関しては、「真蹟遺文を精査して読」まれている山中さんの意見にわたしは賛成します。

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 日蓮の説は「其の施を止む」に尽きるのである。ところが、「初期には立正安国論のような立場であったが、後には変化して殺すべきと主張するようになった」などと言う学者もいる。しかし、日蓮は、平頼綱に向かって「念仏者等の頸を由比ヶ浜にて切れ」と言い放った同じ日に、平左衛門尉に対して「立正安国論」を進呈[12]している。佐渡よりの帰還後、幕府で三度目の諫暁をした時も非常に厳しいことを言っているが、その後の建治の広本と言われる「立正安国論広本」では、若干の書き換えが見られるが、「其の施を止む」(昭和定本一四七四頁)という文言、立場は一貫して変わっていない。また日蓮の最後の説法は池上での「立正安国論」講義であった。日蓮の姿勢は「立正安国論」で終始している。

(山中講一郎『日蓮自伝考──人、そしてこころざし』、水声社、2006年、p. 109)
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───────────────
(12) 「立正安国論」を進呈……平頼綱宛の「一昨日御書」に「御存知の為に立正安国論一巻之を進覧す」(御書一八三頁)とある。

(同上、p. 113)
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3.日蓮の他者批判は仏教徒として当然の姿勢
 「日蓮に他者批判」の「攻撃的な面」があったというのは間違いないとわたしも思いますし、その部分については、むしろ、弟子として見習いたいとわたしはおもっています(以下の資料を参照)。

  真の知性人とは(伊藤瑞叡)
  http://fallibilism.web.fc2.com/005.html

 もっとも、前述したとおり、日蓮の思想は「害す、殺す」などというものでは全くありませんから、「攻撃的な面」といっても、あくまでも討論のレベルです。【討論のレベルでの攻撃性】というのは、【初期仏教から一貫する、仏教徒として当然の姿勢】だとおもいます。たとえば、『ダンマパダ』では以下のように説かれています。

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七七 (他人を)訓戒せよ、教えさとせ。宜しくないことから(他人を)遠ざけよ。そうすれば、その人は善人に愛され、悪人からは疎まれる。

(中村元訳『ブッダの真理のことば 感興のことば』〔岩波文庫〕、岩波書店、1978年、p. 21)
───────────────

 しかし、このようなことは、すでに他のところでもさんざん議論したことがありますので、これ以上はくりかえしません。前々回のコメントでも引用しておいた以下の拙文を参照されてください。

  日蓮考察
  http://fallibilism.web.fc2.com/bbslog3_004.html


4.創価学会の教義と思想
 「日蓮の”良き”思想が悪用か誤解されている」という点については、おっしゃるとおりでしょう。しかし、わたしが今問題にしているのはそんなことでは全くありません。わたしが申し上げているのは、【誤解している人(創価学会)の解釈にもとづいて、オリジナル(日蓮)を評価するのは誤っている】ということです。このことも他のところですでに述べていますので、これ以上はくりかえしません。前々回のコメントでも引用しておいた以下の拙文を参照されてください。

  法華経について、No. 74~
  http://fallibilism.web.fc2.com/bbslog3_002.html


5.いわゆるアンチ創価と呼ばれる人々の件
 わたしも、「いわゆるアンチ創価と呼ばれる人々としては『”現代の”創価学会が持つ日蓮〔誤解〕的カルト思想の危険性』(日蓮仏法の危険性ではない)を一般人、及び学会員の関係者に訴えることは当然のこと」だろうと思います。しかし、わたしが今問題にしているのはそんなことでは全くありません。わたしが申し上げているのは、【事実のねじまげは許されない】ということです。

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 【創価学会を批判するためであれば、たとえ事実をねじまげても許される】というような考えは、明らかに誤っているでしょう。

 「創価学会に疑問を感じる私としては、”日蓮の過激な言動を見るとき”どうしても、悪い方の解釈をブログに書かざるを得ません」とのことですが、日蓮遺文の解釈として許容されうる範囲の中で、最も悪意に解釈するというのであれば、「創価学会に疑問を感じる」者の解釈の態度としてはごく自然な態度だろうとおもいます。しかし、文章の読解として許容される限度をこえてまで、悪意に解釈することは許されないでしょう。そんなのは【事実のねじまげ】です。

(「 地獄論、罰論、メモ(その1)」のコメント欄、2007-08-18 12:48:47、http://blog.goo.ne.jp/soukagakkai_usotuki/e/1bcb282c40eb61349ba73d71e27046c0
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6.わたしは可謬主義者です
 わたしは可謬主義者ですから、「何らかを『絶対である』という思想は危険」というお考えにはもちろん賛成です。わたしも日蓮を「絶対である」とは考えていません。このことは、以下の拙文からも明らかでしょう。

  日蓮の罰論の問題点
  http://fallibilism.blog69.fc2.com/blog-entry-13.html
Unknown (みれい)
2007-08-27 01:03:20
こんにちは。

能忍の名前が出ていますが、

>能忍(釈迦)

というのが私にはその文章だけでは違和感があるので、日蓮との時代関係を少し加えてみたいと思います。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%88%BF%E8%83%BD%E5%BF%8D
http://mirei2007.blog88.fc2.com/blog-entry-45.html

・【日蓮】(当時19歳) 仁治元年(1240年)に比叡山へ遊学。また高野山でも勉学に勤しむ。その際妙法蓮華経(法華経)こそが釈迦の本懐であるとの結論に至った。(中略)南無妙法蓮華経」と唱えることを第一として弘教をはじめる。

の頃に

・【懐奘】(当時45歳) 仁治2年(1241年)、
道元との法戦により、懐奘と共に日本達磨宗の僧数十人が道元門下に改宗する。

とあるので、この時代に日本達磨宗が終了したと思われます。
その20年後に日蓮は立正安国論執筆のようですが、日蓮は能忍(あるいは栄西も?)は知っていても、道元、懐奘は当時知らなかったと思われます。まだ僧堂生活のみで宗派として成り立っていません。

また、確かに能忍、栄西以前の釈迦仏教には殺し合いがあったようですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%83%A7%E5%85%B5
あの弁慶もそういえばナギナタ持ってますね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて図書館でやっとこ法華3部経訓読を見つけたので、「日蓮考察」でご紹介のLibraさんのアドバイスで「勧持品を掘り下げる」ためにちょっとずつ読んでいます。
(他も調べながらなので時間はかかっています)
現在気になっているのはこの勧持品に加えて安楽行品、常不軽菩薩品。
加えて別の用事で観世音菩薩普門品(日蓮の言う自力とこの品について)

>『開目鈔』に言う、
無智悪人の、国土に充満の時は摂受を前とす、安楽行品のごとし。
邪知妨法の者、多時は折伏を前とす。常不軽品のごとし。

とあるので、
私はもっと常不軽菩薩品も掘り下げていってもいいと思います。
常不軽菩薩となると、理性的というばかりではなく、相手に対する礼拝と敬いの念あるいは慈しみと寛容など、どちらかといえば頭脳でなくハートに関わってくると思います。そこがもしかしたら手薄なのではと思いました。

特に「理性的」(理性的批判)ではなく「感情的」(感情的非難)になっているとき、そこに相手に対する礼拝の精神はあるか、それはどういったものなのか、問うて見る必要があるのではと思いました。
理性的批判に関してはLibraさんのご意見に賛同しています。そして必ずしも理性的であるばかりではなく(相手は学者ばかりではないので)、感情をもってしても心がけにおいて日蓮の折伏が可能なのではないでしょうか。

個人的には曹洞宗のご僧侶の調べたところの日蓮折伏の解釈、
加えて先日お話させていただいた日蓮宗のご僧侶の折伏の話で共通性を感じまして(いずれも法華経を取り扱う宗派ではあります)、どちらも常不軽菩薩品と折伏の心についてお話いただいてこれまた賛同するところが多々ありました。さらに自分でもまだ読み進めなければなりません。

>七七 (他人を)訓戒せよ、教えさとせ。宜しくないことから(他人を)遠ざけよ。そうすれば、その人は善人に愛され、悪人からは疎まれる。

疎まれるとしたら、理由は当然ながらいくつかあると思います。
これが「自分が疎まれる」→「(自分が正しいのであって)相手が悪人だから私を疎んでいる」という直結が先に成り立ち、
「その理由はなにか」をいくつも洞察するということがなかなかなされていないことがあるように思います。
正直これは普通でもとても難しいことだと思いますし、さらに思考停止も考えられる部分です。

また、ひょっとしたら「相手が悪人だからその相手を疎んでいいのだ」ということにもなっていないかちょっと心配になってきました。

「いがみあいより、おがみあい」の相互批判の折伏は、法華経(日蓮)信者とその周囲の間に溝を作らないと思いました。
「能忍」とは釈迦のことです (Libra)
2007-08-27 19:07:07
 みれいさん、こんばんは。コメントありがとうございました。


1.「能忍」とは釈迦のことです

 「善無畏三蔵抄」に「釈迦如来の御名をば能忍と名けて」(全集、p. 885)とありますように、日蓮がいうところの「能忍」というのは、インドに生まれた釈迦のことです。


2.クールロジックとアイアンウィル
 クールロジックはアイアンウィルにささえられるものでしょう。クールロジックはアイアンウィルと全く矛盾しません。日蓮の折伏(クールロジック)はアイアンウィル(慈悲)にもとづいているとおもいます(以下の拙文を参照)。

  折伏は慈悲が根本(Libra)
  http://fallibilism.web.fc2.com/z004.html


3.日蓮は常不軽菩薩品を重視しています
 日蓮は「法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり」といっています。

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日蓮は『崇峻天皇御書』で、「一代の肝心は法華経、法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり。不軽菩薩の人を敬ひしはいかなる事ぞ。教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」と述べ、『教行証御書』で、「彼(不軽菩薩)は像法、此(日蓮)は濁悪の末法。彼は初随喜の行者、此は名字の凡夫。彼は二十四字の下種、此は唯五字也。得道の時節異りと雖も、成仏の所詮は全体是れ同じかるべし」と述べ、常不軽菩薩の語りかけた二十四文字(「我深敬汝等。不敢軽慢。所以者何。汝等皆行菩薩道、当得作仏」)と「妙法蓮華経」の五字とを類比対照させたが、これは常不軽菩薩の授記の実践こそが『法華経』の核心であることを洞察したからではないか。

(菅野博史『法華経入門』〔岩波新書(新赤版)748〕、岩波書店、2001年、p. 130)
───────────────


4.『ダンマパダ』第76詩
 『ダンマパダ』第77詩についてのみれいさんのご心配は無用ではないでしょうか。第77詩の直前には以下のような詩があります。

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七六 (おのが)罪過を指摘し過ちを告げてくれる聡明な人に会ったならば、その賢い人につき従え。──隠してある財宝のありかを告げてくれる人につき従うように。そのような人につき従うならば、善いことがあり、悪いことは無い。

(中村元訳『ブッダの真理のことば 感興のことば』〔岩波文庫〕、岩波書店、1978年、p. 21)
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 他人を批判するということは、自分も批判されるということです。そうやって、お互いを高めあっていくことができるわけです。

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誰かを批判するということは、その批判対象から反批判をうけるということでもあります。
ですから、批判〔の目的は、批判対象をよりよきものにすることにある〕のと同時に、反批判により自分自身をよりよきものにすることにもあるのです。
われわれは相互批判によってお互いを高めあっていくことができるのです。

(みれいさんの記事「日蓮と批判精神2」の中で引用して頂いた拙文、http://blog.goo.ne.jp/mirei-2005/e/01199c7a03c95081f92aaf8198f36e25
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 釈尊は「善き友をもち、善き仲間のなかにあるということが、この道のすべてである」といっていますが(以下の資料を参照)、そうやって、お互いを高めあっていくことが「この道のすべて」なのではないでしょうか。

  「われを善き友として」(増谷文雄)
  http://fallibilism.web.fc2.com/012.html
持つべきはサンガ (みれい)
2007-08-27 20:04:13
>Libraさん

>1.「能忍」とは釈迦のことです

これは面白いと思いましたが、同時に紛らわしいですね。
なぜ能忍と呼ぶに至ったのか、謎です。
しかも戦国時代ともわりとあてはまったりします。

>2.クールロジックとアイアンウィル
> 折伏は慈悲が根本(Libra)

Libraさんの慈悲についての見解はとても賛同する所におりますが、
もう少し批判精神と絡めて取り扱ってみたい部分です。
これはまたのちほど。

>3.日蓮は常不軽菩薩品を重視しています
 日蓮は「法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり」といっています。

この言葉で個人的にはすべて解決です。安心しました。
あとは各々の実践となりますね。
だとしても不軽品も目を通しておこうと思っています。

開目抄をとりあげてみて、「常不軽菩薩のごとし」が真蹟ではないとのツッコミが先に入るかと思いましたが、その前にこちらの意図を汲み取ってくださったことに感謝します。

>4.『ダンマパダ』第76詩
 『ダンマパダ』第77詩についてのみれいさんのご心配は無用ではないでしょうか。

ありがとうございます。
もともと八正道の中にいる人にとっては問題のないものと思います。

>釈尊は「善き友をもち、善き仲間のなかにあるということが、この道のすべてである」といっていますが(以下の資料を参照)、そうやって、お互いを高めあっていくことが「この道のすべて」なのではないでしょうか。

おっしゃるとおり。

またいずれこの話でもう少し煮詰めていくと、ひとつ記事が出来そうです。
そのときはまたLibraさん、よろしくです。

合掌。
「能忍」まめ知識など (Libra)
2007-08-28 00:36:33
 みれいさん、こんばんは。ご丁寧なレス、感謝いたします。

1.「能忍」まめ知識
 「能忍」という語については、goo辞書にも、「釈迦のこと」と出ています。日蓮の「四恩抄」には、「此の世界をば娑婆と名く娑婆と申すは忍と申す事なり・故に仏をば能忍と名けたてまつる」(全集、p. 935)とありますが、「裟婆」という語は、「忍耐」を意味するサンスクリット語「サハー(sahA)」の音写です。


2.「常不軽菩薩品」まめ知識
 わが創価学会が世界に誇る研究者・菅野博史先生は、以下のようにいわれています。

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私はこれまで『法華経』を読み、研究してきたが、『法華経』の思想を一言で表わせと求められたならば、どのように答えたらよいであろうか。この問いを前にして、私は『法華経』に登場するある不思議な人物を思い出さざるをえない。彼は、自分の出会う人すべてに「私は深くあなたたちを尊敬する。軽んじあなどろうとはしません。なぜならば、あなたたちはみな菩薩の修行を実践して、成仏することができるであろうからです」と語りかける。つまり、彼はすべての人を未来の仏として尊敬するという実践をしたのであった。ところが、周囲の人々は彼にきわめて冷淡であり、そればかりか石をぶつけたり、杖で打ち据えたりする。それにもかかわらず、彼はこの実践行を一生貫いたのである。この人物は常不軽菩薩という名の菩薩である。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩に出る「デクノボー」は、この常不軽菩薩をモデルにしたとされ、宮沢賢治自身が彼のように生きたいと痛切に祈った人物である。
 この、あらゆる人々を未来の仏として尊敬するという、きわめてシンプルではあるけれども混迷する現代の諸問題を解決に導くための基本的な視点、人としての振舞いの原点を指し示した思想と実践が『法華経』の真実の核心であると思う。

(菅野博史『法華経入門』〔岩波新書(新赤版)748〕、2001年、iii~iv)
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3.日蓮のクールロジックとアイアンウィル
 【日蓮のクールロジック(折伏)はアイアンウィル(慈悲)にもとづく】ということは、「報恩抄」をお読みになるとよくわかるとおもいます。以下に、「報恩抄」(および藤井学先生の現代語訳)を引用しておきますので、参考にしてみてください。
「報恩抄」の引用 (Libra)
2007-08-28 00:38:20
【1】
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いかにいわうや仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや、此の大恩をほうぜんには必ず仏法をならひきはめ智者とならで叶うべきか、〔中略〕仏法を習い極めんとをもはばいとまあらずば叶うべからずいとまあらんとをもはば父母・師匠・国主等に随いては叶うべからず是非につけて出離の道をわきまへざらんほどは父母・師匠・等の心に随うべからず

(「報恩抄」、全集、p. 293)
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【2】
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 かくのごとく存して父母師匠等に随わずして仏法をうかがひし程に

(同上、p. 293)
───────────────


【3】
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我等凡夫はいづれの師師なりとも信ずるならば不足あるべからず仰いでこそ信ずべけれども日蓮が愚案はれがたし

(同上、p. 294)
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【4】
───────────────
十宗七宗まで各各・諍論して随はず国に七人・十人の大王ありて万民をだやかならじいかんがせんと疑うところに一の願を立つ我れ八宗十宗に随はじ天台大師の専ら経文を師として一代の勝劣をかんがへしがごとく一切経を開きみるに涅槃経と申す経に云く「法に依つて人に依らざれ」等云云依法と申すは一切経・不依人と申すは仏を除き奉りて外の普賢菩薩・文殊師利菩薩乃至上にあぐるところの諸の人師なり

(同上、p. 294)
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【5】
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 されば専ら論師人師をすてて経文に依るならば大日経・華厳経等に法華経の勝れ給えることは日輪の青天に出現せる時眼あきらかなる者の天地を見るがごとく高下宛然なり

(同上、p. 295)
───────────────


【6】
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日蓮此れを知りながら人人を恐れて申さずは寧喪身命・不匿教者の仏陀の諌暁を用いぬ者となりぬ、いかんがせん・いはんとすれば世間をそろし止とすれば仏の諌暁のがれがたし進退此に谷り

(同上、p. 297)
───────────────


【7】
───────────────
古の人人も不可思議の徳ありしかども仏法の邪正は其にはよらず、外道が或は恒河を耳に十二年留め或は大海をすひほし或は日月を手ににぎり或は釈子を牛羊となしなんど・せしかども・いよいよ大慢を・をこして生死の業とこそなりしか、此れをば天台云く「名利を邀め見愛を増す」とこそ釈せられて候へ、光宅が忽に雨を下し須臾に花をさかせしをも妙楽は「感応此の如くなれども猶理に称わず」とこそかかれて候へ、されば天台大師の法華経をよみて「須臾に甘雨を下せ」伝教大師の三日が内に甘露の雨をふらしておはせしも其をもつて仏意に叶うとは・をほせられず、弘法大師いかなる徳ましますとも法華経を戯論の法と定め釈迦仏を無明の辺域とかかせ給へる御ふでは智慧かしこからん人は用ゆべからず

(同上、p. 319)
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【8】
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法華経には「我身命を愛せず、但無上道を惜しむ」ととかれ涅槃経には「寧身命を喪うとも教を匿さざれ」といさめ給えり、今度命をおしむならば・いつの世にか仏になるべき、又何なる世にか父母・師匠をも・すくひ奉るべきと・ひとへに・をもひ切りて申し始めしかば案にたがはず或は所をおひ或はのり或はうたれ或は疵を・かうふるほどに去ぬる弘長元年辛酉五月十二日に御勘気を・かうふりて伊豆の国伊東にながされぬ、又同じき弘長三年癸亥二月二十二日にゆりぬ。
 其の後弥菩提心強盛にして申せば・いよいよ大難かさなる事・大風に大波の起るがごとし、〔中略〕日本六十六箇国・嶋二の中に一日・片時も何れの所に・すむべきやうもなし、古は二百五十戒を持ちて忍辱なる事・羅云のごとくなる持戒の聖人も富楼那のごとくなる智者も日蓮に値いぬれば悪口をはく・正直にして魏徴・忠仁公のごとくなる賢者等も日蓮を見ては理をまげて非とをこなう、いわうや世間の常の人人は犬のさるをみたるがごとく猟師が鹿を・こめたるににたり

(同上、pp. 321-322)
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【9】
───────────────
日本国の中に一人として故こそ・あるらめと・いう人なし道理なり、人ごとに念仏を申す人に向うごとに念仏は無間に堕つるというゆへに、人ごとに真言を尊む真言は国をほろぼす悪法という、国主は禅宗を尊む日蓮は天魔の所為というゆへに我と招ける・わざわひなれば人の・のるをも・とがめず・とがむとても一人ならず、打つをも・いたまず本より存ぜしがゆへに

(同上、p. 322)
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「報恩抄」(現代語訳)の引用 (Libra)
2007-08-28 00:39:27
【1】
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ましていわんや、仏教を学ぶ者が父母の恩、師匠の恩、国の恩を決して忘れてはいけないのである。
 これら三つの大恩に報いるためには、仏法を学び究めて智者となるほかには方法はない。〔中略〕
 仏法を学び究めようとするならば、〔修行の〕時間がなければできない。〔修行の〕時間を得ようとするならば、父母・師匠・国主らの心にいつも随っていてはいけない。出離の道をどうしても理解しようとするならば、ときには父母や師匠らの心に背を向けねばならないこともあるのである。

(藤井学訳『大乗仏典 中国・日本篇 第24巻 日蓮』、中央公論社、1993年、p. 171)
───────────────

   
【2】
───────────────
 私はこのように固い決心をして、父母や師匠等の心にもときには背く覚悟で仏法を究める道に入った。

(同上、p. 172)
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【3】
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 我ら凡人は、〔先に挙げた諸師であれば〕、どの師であろうと信じさえすれば不満はなく、仰ぎ尊べば信ずることができようが、日蓮だけは、それではかねがねいだいている疑問は容易にはとけない。

(同上、p. 173)
───────────────


【4】
───────────────
〔現実には仏教は〕十宗も七宗もあって、互いに自宗が第一だと言い争っていては、国に七人も十人もの大王がいて争っているようなもので、万民は穏やかな生活ができない。そこで、私はどうしたらよいものかと考え、一つの願を立てたのである。
 私は、既存の八宗十宗の宗派が説くところには随わない。天台大師智■〔豈+頁〕がひたぶるに経文を師として、一代聖教の勝劣を考えられたように、釈尊の本意が奈辺にあるのか、一切経を開きみることにしたのである。
 すると、『涅槃経』というお経に、「法に依って、人に依らざれ」という文言がある。依法というのは一切経のこと、不依人とは、仏を除いた普賢・文殊などの菩薩や先に挙げたいろいろの人師たちのことである。

(同上、pp. 173-174)
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【5】
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 よって、インドの論師や漢土の人師の説くところを捨てて、直接経文に立ち返って一切経の心をたずねると、『法華経』が『大日経』や『華厳経』等に勝れていることは、ちょうど太陽が青天に輝きわたったとき、天地の上下がはっきりと見えるように明白なことである。

(同上、p. 175)
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【6】
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 日蓮がこのことを知りながら、〔華厳や真言の〕大師を恐れてなにもいわないならば、「むしろ身命を失っても真実の仏教を匿すことをするな」という仏陀が説かれた諌暁の教えに背く者となる。どうすればよいのだろう。真実の教えをいおうとすると、世間の迫害が恐ろしく、口をとざせば仏の諌暁の教えに背くこととなる。どうすればよいか、私は途方にくれる。

(同上、p. 180)
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【7】
───────────────
昔の人びとにも不可思議な徳があったが、仏法の邪正をその徳によって決めることはなかった。〔『涅槃経』によると〕、外道の〔阿竭蛇仙は〕ガンジス川の水を耳に十二年留め、〔耆兔仙人は〕大海の水を飲みほし〔て大地を乾かし〕、〔世智外道は〕日月を手に握り、〔瞿曇仙人は〕釈迦一族を牛や羊にしたという。〔だが、かれらはこの不可思議な徳によって〕かえって慢心を起こして生死の業にとらわれることになったという。このことを、天台大師は、〔その著『法華玄義』で〕「世俗の名声と利益を求めると、見愛の煩悩を増す」と解釈された。また、光宅法師はたちまちに雨を降らしたり、瞬時にして花を咲かせることができたが、妙楽大師は、〔その著『法華玄義釈籖』で〕「このような神仏の感応〔による不思議〕は〔『法華経』の〕説く道理にはかなってはいない」と書いておられる。
 したがって、天台大師も『法華経』を読んで瞬時のうちに雨を降らせ、また伝教大師も〔祈雨の祈■[示+壽]で〕三日のうちに雨を降らせたが、この奇瑞をもって仏意にかなったと仰せられたことはない。
 弘法大師にいかなる徳があろうとも、『法華経』を無益な戯論の法と定め、釈迦仏を煩悩にしばられた無明の辺域におられる仏だと書かれているのだから、智慧のある人は用いるべきではない。

(同上、pp. 224-225)
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【8】
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『法華経』〔の観持品〕では、「自分の身と命を愛さないで、ただ無上道を惜しむ」と説かれ、また『涅槃経』〔の如来性品〕では、「むしろ身や命を失っても教えを匿すな」と諌められている。
 今まさに命を惜しんで〔真実をいわねば〕、いつの世に仏に成ることができるだろうか。また、いつの世に父母や師匠を〔悪業の世界から〕救うことができるだろうかと思い定めて、真実のことをいい始めたところ、案の定、この日蓮はあるいは住庵を追われ、あるいは罵られ、あるいは杖で打たれ、あるいは刀で疵つけられ、そして弘長元年(一二六一)辛酉五月十二日、〔鎌倉幕府の〕咎を受けて伊豆国の伊東に流されたのである。
 そして同弘長三年(一二六三)癸亥二月二十二日に赦免された。だが、日蓮はその後も仏道を求める菩提心はいっそう強く、〔謗法を責め、真実の仏法を〕申したので、大きな法難がつぎつぎと起こること、さながら大風によって大波が起こるようなものだった。〔中略〕
 こうして、日蓮は日本全国、六十六箇国と島二つの中では、一日片時も住むことができないような有様である。二百五十戒を守って迫害を耐えしのんだ羅云のような昔の聖人も、富楼那のような智者も、日蓮にあえば悪口を吐く。魏徴のような正直な人、忠仁公のような賢者等も、日蓮をみると道理をまげて非を行う。まして、世間の普通の人びとは、犬が猿をみたときのように、また猟師が鹿を追いつめたときのように、〔日蓮を〕責めたてるのである。

(同上、pp. 230-231)
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【9】
───────────────
 日本の国の中で、一人として「〔日蓮のいうことにも〕何か理由があるのかもしれない」という人はいない。だが、これも道理である。なぜなら、人はみな、念仏を唱えている。〔それなのに、日蓮は〕人にあうたびに「念仏を唱えると無間地獄に堕ちる」という。人はみな、真言を尊んでいる。〔それなのに、日蓮は〕「真言は亡国の悪法である」という。国主〔の北条得宗〕は禅宗を尊んでいる。〔それなのに、〕日蓮は「禅は天魔の所為だ」という。だから、〔日蓮にふりかかった法難は〕自分で招いた禍である。人が罵っても咎めることはしない。また咎めようにも〔罵る人は〕一人や二人ではない。棒杖で打たれても悲しいとは思わない。もとよりそれを承知で真実の仏法を説いているのだから。

(同上、p. 232)
───────────────
事実の捻じ曲げではなくて勘違いでは (みれい)
2007-08-28 01:47:20
そううそさん

>日蓮が立正安国論において「首をはねよ」と"考え書き顕したこと

それは撰時抄ではないでしょうか?

「彼等が頚をゆひのはまにて切らずば日本国必ずほろぶべしと申し候了ぬ」

それにしても、撰時抄にざっと目を通してみましたが、脱会者はフラッシュバックを起こしそうな文章オンパレードですね。
また、このまま信じたらトンデモな信者が量産出来そうです。
他宗批判ももはやほとんど的はずれですし(でも当時はよく調べたものだと思います)、日蓮が平成に生きていたら、改定したい文章はたくさんあるのでしょうね。


Libraさん

>「能忍」まめ知識など

諸々なるほどでした。ありがとうございます。

>「報恩抄」

これはタイトルからいいですね。
師匠父母の話、とてもいいと思いました。

【9】に関して、やはり撰時抄の話でも出ましたが(他の御遺文でもすべての宗教教典に言える事だと思いますが)、現代の考証を忘れたら意図を汲み取る事ができなくなるでしょうね。
(今更なにをな話ですが、信仰ってやつは他宗教批判においてしばしば気をつけなければならない面があると思います。)

ついでに質問したいのですが、Libraさんにとって法華経観音菩薩品はどのような扱いで見ていますか?
Unknown (みれい)
2007-08-28 02:36:07
>それは撰時抄ではないでしょうか?

とっくに書かれてました。
失礼しました。
日蓮遺文は丁寧に読むべき (Libra)
2007-08-28 22:43:19
 みれいさん、こんばんは。

1.「事実のねじまげは許されない」と書いた経緯
 わたしが「事実のねじまげは許されない」と書いた経緯につきましては、以下の拙文の冒頭部分で説明してあります。

  『立正安国論』は正しく読みましょう
  http://fallibilism.blog69.fc2.com/blog-entry-15.html


2.日蓮の遺文は「ざっと」ではなく丁寧に読むべき
 日蓮の遺文は、【日蓮自身の主張の部分】と【仏典の主張の部分(文証)】から構成されています。日蓮は、【仏典の主張は正しい】という当時の常識の上に、自らの主張を組み立てています。

 日蓮の遺文を読むさいには、【日蓮自身の主張の部分】と【仏典の主張の部分】をきちんと頭の中で区別しながら読んでいく必要があるとおもいます。とくに、【仏典の主張は正しい】ということが、すでに常識ではなくなっている今日においては、この区別はとても重要だとおもいます。日蓮の遺文を読むさいに問題にすべきなのは、あくまでも【日蓮自身の主張】の妥当性だとおもいます。

 現代のわれわれから見ますと、【仏典の主張が常に正しいとは限らない】わけですが、鎌倉時代に生きた日蓮が【仏典の主張は正しい】という当時の常識の上に、自らの主張を組み立てようとしたことじたいを責めるのはナンセンスでしょう。
 
 さて、「害す、殺す」という問題でよく話題にあがる日蓮の遺文としましては、先に挙げた「撰時抄」の文章のほかにも、「佐渡御書」の中にみられる以下の文章があります。

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 不殺生戒と申すは一切の諸戒の中の第一なり、五戒の初めにも不殺生戒・八戒・十戒・二百五十戒・五百戒・梵網の十重禁戒・華厳の十無尽戒・瓔珞経の十戒等の初めには皆不殺生戒なり、儒家の三千の禁の中にも大辟こそ第一にて候へ、其の故は「■〔彳+扁〕満三千界・無有直身命」と申して三千世界に満つる珍宝なれども命に替る事はなし、蟻子を殺す者・尚地獄に堕つ況や魚鳥等をや青草を切る者・猶地獄に堕つ況や死骸を切る者をや、是くの如き重戒なれども法華経の敵に成れば此れを害するは第一の功徳と説き給うなり、況や供養を展ぶ可けんや、故に仙予国王は五百人の法師を殺し・覚徳比丘は無量の謗法の者を殺し・阿育大王は十万八千の外道を殺し給いき、此等の国王・比丘等は閻浮第一の賢王・持戒第一の智者なり、仙予国王は釈迦仏・覚徳比丘は迦葉仏・阿育大王は得道の仁なり

(「秋元御書」、全集、p. 1075)
───────────────

 この文章も、【日蓮自身の主張の部分】と【仏典の主張の部分】をきちんと頭の中で区別しながら丁寧に読んでいかないといけません。さもないと、【仏典の主張の部分】にひっぱられて、肝心の【日蓮自身の主張の部分】を読み誤ってしまうことになります。以下に引用する山中さんの解釈がとてもすぐれているとおもいます。

───────────────
「秋元御書」に「法華経の敵に成れば此れを害するは第一の功徳と説き給うなり」とあるのは、語尾が「説き給うなり」とある通り、これは日蓮の主張ではなく『涅槃経』の見解である。日蓮の『涅槃経』読解においては、その経典で「正法」とされることを『法華経』と読み替えてしまうのでこのような表現になっている。しかし、すぐ後に「況や供養を展ぶ可けんや」とあって、供養しないのが日蓮の立場であることは明瞭である。ようするに正釈は、『涅槃経』の立場では謗法の悪人は殺してもよいとされているくらいであるから、日蓮の立場である「供養をしない」のはごく当然のことであるという意味になる。
 〔中略〕じっさい「秋元御書」の文脈では、その後に「故に仙予国王は五百人の法師を殺し・覚徳比丘は無量の謗法の者を殺し・阿育大王は十万八千の外道を殺し給いき、此等の国王・比丘等は閻浮第一の賢王・持戒第一の智者なり、仙予国王は釈迦仏・覚徳比丘は迦葉仏・阿育大王は得道の仁なり」と『涅槃経』の説[11]が紹介されるのである。

(山中講一郎『日蓮自伝考──人、そしてこころざし』、水声社、2006年、p. 108)
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───────────────
(11) 『涅槃経』の説……「仙予国王」の出典は〔中略〕『涅槃経巻十二』(大正一二巻、四三四頁)、『涅槃〔経巻〕十六』(大正一二巻、四五九頁)、「覚徳比丘」の出典は『涅槃経巻三』(大正一二巻、三八三頁)。

(同上、p. 113)
───────────────

 ただ、山中さんのご説明で1つだけ残念なのは、「阿育大王は十万八千の外道を殺し給いき」の部分の出典が記されていないことです。この部分の出典は、『阿育王経』の「復有一国名分那婆陀那。…彼国一切信受外道。…時阿育王見已生大瞋心。於分那婆陀那国一切外道悉皆殺之。於一日中殺十万八千外道。」(大正蔵第50巻、p. 143b)だと思います。

 ようするに、日蓮は、【仏典の中のヒーローもの】を文証としてあげて、仏典の中には「謗法の悪人は殺してもよい」という話まであるくらいなのだから、「『供養をしない』のはごく当然のことである」と主張しているのです。そのように読まなければ、「況や供養を展ぶ可けんや」という表現がわざわざそこにおかれていることの説明がつきません。

 日蓮の遺文は、「ざっと」ではなく、丁寧に読まれるべきだとおもいます。粗雑な読解(誤読)にもとづいて、日蓮についておかしなことをおっしゃる方があまりにも多いのは残念なことです。


3.観世音菩薩普門品には注目してきませんでした
 観世音菩薩普門品にかぎらず、羅什訳でいうところの最後の六品については、これまでほとんど注目してきませんでした。『法華経』の中心思想は、最後の六品よりも前の部分にすでに説かれていると思ってきたからです。しかし、観世音菩薩普門品にも、もしかしたら注目すべき思想があるのかもしれませんね。

───────────────
 【最後の六品の意義】
 ここ〔引用者註:嘱累品のこと〕までの範囲において、すべての衆生を平等に成仏させる一仏乗を説き、釈尊滅後の『法華経』の受持・弘通の主体者が地涌の菩薩であることを説き、さらに釈尊の永遠の生命を説き、それを信受する者の功徳を説き、地涌の菩薩とその他すべての菩薩に『法華経』を付嘱するのであるから、『法華経』はここで終わっても何ら差し支えないと考えられる。そこで、多くの学者もこの後の六品は後代の付加であると推定した(ただし、近年、提婆達多品を除く二十七品の同時成立説が出された)。
 嘱累品までで『法華経』は一応完結したといってもよいのであるが、実際には薬王菩薩本事品第二十三から普賢菩薩勧発品第二十八までの六品が続き、陀羅尼品第二十六を除いて、偉大な菩薩や王の故事を取りあげ、彼らと『法華経』との密接な関係を説き示して、『法華経』の偉大さをたたえている。分量的にもかなり長く、興味深い物語も説かれるのであるが、『法華経』の中心思想はすでにこれ以前に説かれたと考えてよいだろう。

(菅野博史『法華経入門』〔岩波新書(新赤版)748〕、岩波書店、 2001年、pp. 74-75。ただし、【】印は原文のゴシック体を表現するために Libra が補った。)
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